第110節 スキルの用法を間違えてはいないか?
いつの間にかレベルが上がっていて、思わぬスキルを手に入れていることってよくありますよね。
でも、気にせずに放置していた結果、思いのほか有用なスキルなのにお蔵入りしていて損していたってこともしばしば。
やはり、新しいスキルが手に入ったら、逐一確かめて、どのような場面で効率的に使用できるのかを確認するのが吉であろうかと。
今日は、そういうお話です。
それでは、どうぞ。
<異世界召喚後48日目昼>
場所:ヨーコー嬢王国ウーバン領ウーバン村
視点:野中
「魔族結界、なんて興味ありませんか?」
改めて、同じセリフを言われた。
今いる場所は、ウーバン村のよろず屋とか領主の館があるあたり。
「ウーバン中央駅」と呼ばれている建物の中。
駅務室の応接セットの向かい側に座る大岩井さんがそう告げてきた。
「興味はあるんだが、理解ができない。」
「はて、野中さんは、おばかさんになってしまったんでしょうか?」
失礼な!
そう言う意味じゃない。
魔族結界とか、興味はとてもある。
そんなものが実在すれば、平和に暮らせてしまうからだ。
でも、今のところ、それに類する魔法道具を見たことも聞いたこともない。
なら、それは、空想の産物だと思うのが妥当だろう。
「でも、存在しないはずの道具だか、魔法だかを、おもむろに示されても。」
「実在したとしたら、使いたいですよね。魔王軍に対する防御側としては。」
その、魅惑的な顔で、さらさらの髪を流して、こちらの顔を覗き込んでくる。
この女、僕が大岩井のことちょっと好きになっていることを知っていての攻撃だ。
こうかはばつぐんだ。
「説明、して欲しい。」
「素直な野中さんは、好きですよ?」
そして、こちらの心を鷲掴んで弄んでくる。
小悪魔、と言うより、比喩的表現として悪魔だった。
なんだか、このままずるずると、都合よく利用されていきそうで怖い。
早くなんとかしないと。
「私のパーティーの、マインウルフさんたちが、大量の経験値をなぜか毎日稼いでくるんです。その結果、ほとんど戦闘に携わっていないはずの私のレベルが上がってしまいまして。今日で、レベル18まで上がりましたよ?」
「そういうこともあるだろう。しかし、それと魔族結界と、どう関係するんだ?」
「本気で分かりませんか? 私の恩寵を思い出してください。」
「いや、知っている。ハーベストとか言っていた。農業系恩寵だったはずだ。少なくとも魔族結界を張れるような恩寵じゃないはずだが。」
当たり前だ。
大岩井さんの恩寵で、僕の知っているのは3つ。
植物の生長を早める「生長促進」。
動物の成長を早める「成長促進」。
そして、生き物を調教する「調教」。
この流れで考えていくと、どう考えても魔族結界とは関係しなさそうなんだが。
「いや、少なくとも僕の知っている大岩井さんには、無理な話だと理解している。」
「それは、以前の私。野中さんは、私のこと好きな割に、私のことあまり知りませんよね? 普通なら、好きな女の子のことって、なんでも知りたくなるものじゃないんでしょうか? それこそ、2人しか知らないようなことって、重要じゃないですか?」
どストレートに、ディスられている。
あなたは、お呼びじゃないですよと。
少なくとも付き合いたいと言う気持ちがないことだけは明確に伝わってくる。
あと、告白もしていないのに、好きだと言うことがしっかりばれている。
なんてことだ!
なんてことだ!
「ほら、あなたの好きな大岩井さんの、ステータス大公開ですよ?」
彼女はそう言うと、ステータス画面を開き、ちらっと基礎ステータスが見えたが、すぐに画面を変えて、スキルの画面に移動させた。
ちなみに、基礎ステータスの画面には、身長とか体重とかその他もろもろのデータが見える。
見られたくないようなデータも、計ってもいないのに自動で表示される。
恐るべし、スタータス魔法。
スリーサイズ、目を凝らして見ようとしたけど、わからなかった。
残念で仕方がない。
「そんなに、気落ちした顔、本人の前でしないでくださいな。体重とかのデータは、見せるわけないとは、思わないのでしょうか。」
「それでも見えるんじゃないかと期待してしまう自分が憎い。大岩井さんの手のひらの上で弄ばれていることに気がついているのに、それでも転がされている自分が悔しい!」
「ふふふふっ。もっと男の修行をしてくださいな。そんなにちょろいと、簡単にハニートラップとかに引っかかって、こっちの世界から元の世界に帰れなくなりますよ?」
「むしろハニートラップに引っかかってみたい。むしろ大岩井さんが僕に引っかけてくれ!」
「ダメです。しません。というか、もう、引っかかっているじゃないですか。」
「あ。」
残念で仕方がない。
そうでした。
結果だけ見れば、もう十分に甘いハニートラップに引っかかっていました。
なんだよもう、ちくしょうめが!
「じゃあ、ちょっとみてくださいな。ここ、ここですよ? どこを覗こうとしているんですか?」
指さしているところにある、ステータス画面じゃないところを凝視しそうになって、慌てて視線を画面に動かした。
わかっていてやられている感がある。
ステータス画面の、10センチほど大岩井さん側に、大岩井さんの体があって、そこは胸だった。
完全にわかりやすくも視線誘導されていた。
「ほら、こんなですよ?」
大岩井 統子 無職 レベル 18
恩寵:ハーベスト
取得Lv 技能名 技能Lv 技能レベルによる影響
1 生長促進 2/10 植物の生長を早める。レベル値に反比例して早まる。
4 成長促進 0/10 動物の成長を早める。レベル値に反比例して早まる。
7 調 教 0/10 レベルに応じた生き物を調教できる。
10 収穫向上 0/10 収穫数を増やす。 レベル値に比例して増加する。
13 神の慈雨 0/10 一定領域に雨を降らせる。レベルに比例して範囲が広がる。
16 防 柵 9/10 農地を守るための防柵を張ることができる。
うん。
やっぱりないよ。
どう見ても、農業特化型の恩寵だよ。
魔族結界とか、ないよ。
「いや、ぜんぜん魔族結界とかないし。」
「え? 分かりませんか? とても分かりやすいと思ったのですが。」
む。
分かりやすいとな。
レベル16で取得したばかりの「防柵」が何故かスキルレベル9まで上昇していることか?
どんだけ集中して、スキルポイントつぎ込んでいるんだよもう。
「いや、『防柵』にスキルポイントを注ぎ込み過ぎと言うことくらいしかわからない。」
「わかっていらっしゃるじゃないですか。」
「いや、わかっていないのだが。」
大岩井さんは、一本だけ伸ばした人差し指を顎に当てて、何かを考えている様子だった。
「それでは、説明いたしますね。」
「いやだから、」
「黙って、聞きなさい。」
「はい。」
なんて従順なんだ僕は。
これも惚れた弱みなのか。
「魔族結界を作りたいのです。でも、そんなスキルはありませんよね?」
「そうだな。」
「ところで、私には『防柵』というスキルがありますよね?」
「何度も見た。スキル自体は見ていないけどな。」
「それでは、そのスキルについてご説明します。」
大岩井は、テーブルの上に置いてあった、木のコップを2つ並べた。
「私の『防柵』スキルは、基本的には、農地を荒らさせないようにするものです。」
「そう書いてあるからな。」
「でも、農地じゃないと使えないとは一切書いてありません。」
「いや、むしろ農地以外で使うことなどないだろう?」
「『防柵』レベル1では、『木の防柵』が作れます。資源とMPが必要ですが。」
なんと、普通。
「その『木の防柵』は、家の柵にも、村の柵にも流用できます。」
「まあ、縛りがないのならな?」
「レベル2になると『土の防柵』が作れるようになります。」
「レベルアップしたからな。」
「その順番で、レベルアップするごとに、防柵が高性能になります。」
「それはわかる。とてもわかるんだが。」
恩寵 ハーベスト 技能 防柵
Lv1 木の防柵 木でできた防柵を作ることができる。縦横2×5メートル。
Lv2 土の防柵 土でできた防柵を作る。縦横2×5メートル幅1メートル。
Lv3 石の防柵 石でできた防柵を作る。縦横2×5メートル幅50センチ。
Lv4 鉄の防柵 鉄でできた防柵を作る。縦横2×5メートル幅10センチ。
Lv5 棘の防柵 有刺鉄線の防柵を作る。縦横2×5メートル幅5センチ。
Lv6 雷の防柵 雷魔法の付加された防柵。縦横2×5メートル幅5センチ。
Lv7 空の結界 空を飛ぶ物体が通り抜けできない結界を張る。支柱のみ。
Lv8 闇の結界 天使・精霊・妖精・霊体の通り抜け不可の結界を張る。支柱のみ。
Lv9 光の結界 悪魔・魔族・魔物・妖魔の通り抜け不可の結界を張る。支柱のみ。
ステータス表示中の「防柵」スキルを大岩井さんがタップした。
そうすると、「防柵」スキルのレベルごとに作れる防柵が表示される。
というか、後半、すでに防柵ですらない。
結界柱というべきではないだろうか。
表示されていない、レベル10で作れる防柵が気になって仕方がない。
しかし、とんでもない恩寵だなおい。
これが、大岩井さんの言っていた「魔族結界」というやつか。
ちなみに、Lv9の「光の結界」が、おそらく「魔族結界」に該当するものと思われる。
魔族だけじゃなくて、魔王軍そのものが通れなくなる。
すごいじゃないか。
どんだけだよ。
「大岩井さん。気がついてしまったのだが。この、『光の結界』を国境の壁の上に設置しまくったら、もう、魔王軍に困ることはないのではないだろうか。」
「そんなことはありません。正面からは入ってこれませんが、空間転移とかまでは防げませんから。なにしろ、農作物を守るための防柵ですので。」
「それでも、十分に最強なのでは?」
「結界の支柱を破壊されると、結界そのものも壊れてしまいます。そして、支柱は結構弱くて脆いものです。」
「ダメじゃん。」
でも、ちょっと希望が見えた。
あとで、もう少し大岩井さんがこのスキルを使いこなせるようになった時に、改めてお願いしてみよう。
最初の言いっぷりだと、そのつもりはあるようだから。
なにしろ、魔族結界が欲しくないかと聞いてきたんだ。
そんなのほしいに決まっている。
しかし、スキルのレベルをあげても、これ以上支柱が頑丈になることはないだろう。
どうする?
どうすれば、その弱点になる支柱が壊されにくくなる?
あ、思いついた。
壊れるのなら、見えにくくすればいいんじゃないだろうか。
隠蔽魔法をかけるのはどうだろうか。
光学迷彩をかければ、そもそも結界があることに、追い出されるまで気が付かないのだから。
こうして、大岩井さんの秘蔵のスキル通称「魔族結界」が知れ渡ることになるのであった。
大岩井さんは、パーティー仲間がすんごく多いので、地味に経験値が入ってきます。
どうしても、完全同行者ではないので、その実入りは少ないですが。
それにしても、防柵って、農業をする上では大切です。
イノシシとかクマとかの被害は、結構甚大なんですよね。
でも、いちばん大きな被害をもたらすのは、人間なんですよ?
(危険な内容につき検閲削除)
電柵だと、安全に配慮されてはいても、そういう方が感電すると何を言われるか分かりませんし。
法律の抜け穴というかなんというか、もうなんとかできないものでしょうかね。
それでは、どうにもならなくて、原稿を落としたりしなければ、明日も12時から13時くらいに。
訂正履歴
役務室 → 駅務室
魔族決壊 → 魔族結界