第2話 先生から見て生徒は誇りですか? それともコマですか?
異世界もので、学校のクラスごとという状況がある場合の先生と生徒の関係について、いろいろなパターンがあるようです。
魔法やスキルによる力の上下関係の変化や、各々の性格、人間関係によって、色々とドラマを生み出すことができます。
さて、今回の話では、能力を手に入れてしまって、力関係での対応ができない状況の先生の葛藤について、切り込んでみました。
「帰りたい! おうちに返して!」
私の襟首を掴んで高校生くらいの女子が、泣き喚く。
彼女は、私の生徒だ。
私の担任するクラスの生徒だ。
「何で? 何で帰れないの? 先生なんだから何とかしてよ!」
周りの生徒は、こちらに目を合わせない。
この、私の襟首を掴んで揺すっている、金田とて、分かっているはずだ。
私に何かができるわけではないことを。
本来なら、頬を張って、正気に戻してやりたいところであるが、昭和じゃないんだ。
それが結果的に正しいとて、本人のためになることであっても、許されないのだ。
令和の時代において、いや以前からそうなのだが、それを「体罰」というらしい。
だから私は、彼女の気が済むまで好きにさせてやるしかない。
どの道、時間が経てば正気に戻るのだ。
今は色々と溜め込んでいるものを吐き出させるのがいいだろう。
しかし、まいったな。
金田が正気に戻る前に、私が戻しそうだ。
体の小さな私を身長170センチはある、体育会系女子が揺さぶっているのだ。
バシンッ!
救いの手は、訪れた。
先ほどから関わろうとしなかった学級委員長が、手を出した。
学級委員長の桂は、人格的にできたやつで、暴力を毛嫌いしていたはずだ。
彼女の中で、何かの計算が終わって、金田を止める必要性が算出されたのだろう。
私は、計算高く賢しいこの女が苦手だった。
同族嫌悪でないことを祈りたい。
今は、正直助かったが。
助かったか?
金田の手が離れるとともに、私は気を失っていた。
「先生、ごめんなさい。」
件の金田が謝っているようだ。
誰かの膝枕に頭を乗せている感触がある。
気がついて目を開ければ、金田は泣いて謝っていた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」
これは違う。
目が死んでいる。
金田は謝らさせられているだけだ。
本心では謝りたくないのだろう。
私が寝ている間に何かがあって、彼女はその圧力に屈して、謝らざるを得なくなった。
そう看破した。
そんなことができるのは、限られている。
「うるさい。」
寝起きの一言目がこれだった。
不良教師と呼ばれる訳だ。
苦情が絶えないのも自分でわかる。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」
金田は、真っ青な顔で、許しを乞うていた。
顔にはアザが。
「貴様は、自分が何をしたかわかっているのか?」
「先生に手を出して、無理なことを吹っかけました。」
「問題はそこじゃない。」
金田は、わかっていない。
理解していたら、そんな返答はしない。
しかし、理解するのは難しいだろう。
何より、このクラスの生徒31名の中で、果たしてどれだけの者が理解できているだろうか。
「貴様は、本当に帰りたいのか?」
「当たり前じゃないですか! 先生は帰りたくないんですか!」
「いや、そういうことを言っているのではない。」
金田を睨んだ。
膝枕のままなのでかっこ悪い。
「これは遭難した状況とほぼ同じだ。 家に帰りたいならば、まず、帰る方法を見つけなければならない。そして、その方法に必要な道具や金銭、人材を揃える必要がある。」
「うー。」
「しかも、時間との勝負がある。かなりの短期決戦だ。全員が全員、効率よく的確に活動しなければ早晩詰む。こんな状況の時に、やってはいけないことは分かるか?」
「わかりません。」
「そうだろうな。そうだろう。」
私は、少しは話を聞く気になっているであろう金田を諭そうとした。
「やってはいけないこと、それは『冷静さを失うこと』だ。」
金田は、その言葉を聞いて私を敵意を持って睨んできた。
自分が責められていると感じたのだろう。
「皆、不安なのだよ。一人が取り乱せば、堰を切ったように不安は伝播する。するとどうだ。皆、不安になって、取り乱し、しなければならない活動を誰もできない状況が生まれる。結果、私たちは家に帰れなくなる。原因を作ったのは誰だと問われたいか? 帰れなくなった責任を取れるのか?」
普通の教師なら優しい言葉の一つもかけて、暖かく包み込むのだろうが、私はそうじゃない。
容赦無く、指弾した。
お前のせいで、皆、帰れなくなりかけていると。
お前が喚いたせいで、もしかすると帰れなくなると。
「でも、帰れる訳ない! 私たちはここで殺されるの! 先生だってわかっているんでしょう!」
ああ、また喚き始めた。
何とかしたいが、おそらく、相性が悪すぎるのだろう。
彼女は体育会系。肉体と感情を主眼に置き精神論で世界が回る。
私は理系。知識と技術に主眼を置き、理論で世界を回す。
どちらがいいとも悪いとも言わない。
両極端というのが正論だろう。
「まずはそうだな。女神が言うように、大魔王を倒すしかないだろう。そうすれば、元の世界に帰れるというのだからな。今のところ、それ以外の方法はわかっていないのだから。」
私は周囲を見回した。
こういう時に、大抵の生徒は教師の言葉を待っている。
だから私は理論立てて説明した。
ただ、後から考えれば、これは失敗だった。
人間には感情がある。これを蔑ろにしてはいけなかったのだ。
「大魔王を倒すのであれば、それ相応に強くなる必要がある。そして、情報収集も必要だ。何しろ私たちはこの世界のことを知らなさすぎる。大魔王どころか、今ならそこらへんのチンピラにだって負ける可能性の方が大きい。今、身を以て体験したがな。」
笑う生徒と怒る生徒に別れた。
笑った生徒は、私の皮肉に反応したのだろう。
こいつらは大丈夫だ。
なぜなら、話を最後まで聴けていたからだ。
話を最後まで聞く、冷静さと心の余裕があったからだ。
怒った生徒は、おそらく話の途中の言葉に反応している。
強くなることに反発する生徒。
知識がないことを認めたがらない生徒。
恩寵を授かっているので、敵なしだと思っている生徒。
金田を揶揄したのを許せない生徒。
「だが、すでに3人、行方不明になっている。できれば助け出して、一緒に帰りたいものだ。」
女神がいう。
お前たちは選ばれた勇者なのだと。
特別な力を与えられた希望の星なのだと。
でも今の私たちはただの高校生と高校教師だ。
まだ、その特別な力の片鱗にも触れてはいない。
その力は、本当に大魔王に通じるのか。
教師という立場の私が、生徒を戦場に駆り出す事を是として良いものかどうかと。
(組合的には「反戦平和への”たたかい”」とか言うのでダメだろうが。)
生徒を「勇者」にしても良いものなのかどうか。
悩みは尽きない。
できれば勇者にはなりたくない。
勇者にはなりたくないが、女神に言わせれば私たちはすでに勇者なのだ。
逃れられない運命として受け入れるほかない。
ちなみに私の授かった恩寵は「コピーアンドペースト」。
訳がわからない。
一体、戦闘にどのように役立つのか理解できない。
しかし、女神は言った。
「さすが、導く者です。 ほぼ無敵、最強の恩寵です。 誰もあなたを傷つけられないし、誰もあなたの攻撃を超えることはできません。最も、それはあなたも同じなのですが。」
意味深だ。
しかし、彼女が言うには最強の恩寵。
早く使いこなして、生徒を助けたい。
あの3人を今すぐにでも救出に向かいたい。
しかし、それはできなかった。
なぜなら、他の大多数の生徒と同じように、恩寵を授かっても、すぐにスキルが使える訳ではないからだ。
逆に、恩寵と同時にスキルを使えるようになった生徒も一部はいたのだ。
しかし、それがいいことだとも限らない。
彼らはまだ若く、精神的に幼い。
いきなり手に入れた大きな力は、万能感を持つに至らせ、言動を奔放にさせる。
何でもできる。
何をしても咎められない。
そう感じてしまっているのだ。
勇者になるということは、何も世界を救うことだけが課題ではない。
自分の持つ大きな力に飲まれないよう、コントロールすることも課題なのだ。
力を制御できないものは、勇者としては失格だと思う。
なぜなら、最初の課題に戻って、世界を救うことができないからだ。
今ならば、生徒を率いて一軍団立ち上げることもできる。
独立した勢力として大魔王と相対し、元の世界へ帰ろうとすることも可能だ。
しかし、生徒はついてくるだろうか。
そんな事をすれば、自ずと私が軍団のリーダーとなるだろう。
軍団のリーダーとして、時には非情な指示も出さざるを得ない。
生徒をコマとして扱う、そんな未来はできれば来て欲しくない。
しかし、効率を考えるならば、元の世界に帰ることのできる可能性を高めるためならば、そのように行動しなければならないだろう。
私は、それを、よしとしない。
生徒は私の誇りであり、コマではないからだ。
ブックマークありがとうございました。
おかげさまで順調に読者様が増えているようです。
拙い文章なので、なかなか表現したいことが伝わっていないのではないかと反省しています。
いろいろな文章を読んで、表現の幅を広げることが大事なんだなと感じました。