第105節 友情・勝利・お金?
新章に入ります。
久しぶりに、領地経営と鉄道の話に戻ります。
そうは言っても、魔王軍も侵攻中。
いつ攻め込まれるかわかりません。
今回は、そんなお話です。
それでは、どうぞ。
<異世界召喚後44日目朝>
場所:ヨーコー嬢王国レーベン領ドエッジ砦
視点:野中
「スティーはこれからどうするんだ? 王国にまた、帰るのか?」
「長く一緒にやってきた仲間も全員死なせてしまった。少なくとも、ご遺族には報告せねばなるまい。一旦、王都に戻ろうと思う。」
「無理なのですよ?」
レインが、変なことを言い出した。
「いや、何が無理なんだ?」
「無理なのです。生きたまま、王都に辿り着くのは、おそらく無理なのですよ?」
「レイン殿。どういうことだ?」
「簡単な足し算と引き算なのです。この、西にある山の向こう側は、10日くらい前に、魔王軍の手に落ちているのです。そして、その魔王軍は、王都へ向かって南進中なのですよ?」
砦地下の地図やら書類やらには、そう書いてあった。
「もしかすると、すでに王都は、陥落している可能性すらあるのです。そこにのこのこ今から行くというのなら、自殺行為なので止めるのです。王都にたどり着く前に、魔王軍の最後方に接触してしまうのです。だから、無理なのです。」
「しかし、しかし私は、この王国の騎士なのだ。」
「出身はどこなのです?」
レインが、スティーの目を凝視して問いただした。
「そうだ。よくわかったな。ここだ。ここ。フィール・ド・エッジが私の故郷だ。何もない、寒くて貧しい、でも人情のある温かい故郷だった。」
そうか。
そうなると、話が変わって来る。
というよりも、レインは、おそらくステータスを覗いて知っていたのだろう。
だから、こんな質問をしたのだ。
彼女が王国の騎士でいるのは、出身地が王国だから。
でも、もし、この土地が、他国のものとなったのなら。
その程度のことで普通なら揺らぎはしない忠誠心を持っているのだろうが。
今なら、口説き落とせるような気がする。
もちろん、レインが。
「故郷に帰ってきたのにな。この間まで、村にいた両親が、いい見合い話があると言って、私を困らせていたんだ。この砦まで歩いてきてな。それくらい、安全だったんだよ。」
この戦禍で、両親は亡くなっているのだろう。
彼女のお見合いの相手も含めて。
「うちに来ないか。」
「む? いや、いくら何でも、まずはお見合いをしてだな、相手の人となりを知ってからだろう? そういうのは。」
「いや、なぜお見合いをする必要がある? あれか、スティーの住んでいた地域独特の風習か?」
「え? なんでだ? 私がおかしいみたいになっているが、お見合いは一般的じゃないのか?」
お見合いが一般的かどうかは知らないが、戦力として勧誘しているのに、勧誘前にお見合いが必要だとか、ぶっ飛んだ常識は持ち合わせていない。
そんな必要があるなら、女子しか勧誘できなくなるだろ?
「一般的じゃないはずだ。その理屈だと、女子しかできないだろ? 僕は男子ともしたいんだ。」
「そ、そうなのか。人は見かけによらないんだな。レインは許してくれているのか?」
「なぜ、レインの許しが必要なんだ? 僕の一存で決めているんだが。」
「そうか。しかし、お前はそういうのオープンな方なんだな?」
「いや、オープンにしないと話もまとまらないだろ? 隠すような話じゃない。」
「そ、そうか。私が田舎者だったのか? いや、まあ、確かにそんな一面もあるが、いや、しかしだな。」
煮え切らないスティー隊長。
とりあえず、お見合いがしたいのなら、セッティングしてもいいと思う。
あまり、意味はないと思うのだが。
両方とも、両親とかいないし。
「じゃあ、するか? お見合い。」
「ひゃっ? な、なんだと。こんなすぐにか? そんなに焦らずとも、私は逃げないぞ?」
「そんなことわからない。今すぐしたいんだ。」
早くしないと、気が変わってしまうかもしれない。
少しでも、我が国への勧誘が成功する確率が高いうちに、ことを終わらせておきたい。
「レイン。準備できるか。」
「ここでいいのですよ? レインが見守るのです。」
「そういうものなのか?」
「もう少ししたら、分かるのですよ? お互い。」
「なぜ?」
レインは答えず、とりあえず、テーブルと椅子の周辺から、人払いをした。
仲間たちはみな、一応、見えにくいところまで下がってくれた。
全員の視線を感じるのは気のせいだろうか。
あと、あいつら耳いいから、どんな小声で話しても、丸聞こえなんだしな。
意味ないじゃんかよう!
まあ、相手のスティーは、この残念な状況を知らない。
知らなければ大丈夫だろう。
僕が、面倒なことを我慢すればいい。
「では、準備ができたので始めるのです。」
「いいんだな?」
「良いのです。」
そして、開口一番、スティー隊長が、場違いなことを聞いてきた。
「あ、あの。ご、ご、ご趣味は?」
なぜ、そんなことを聞いて来るし?
言われて、不安になって来る。
例えば「鉄道」とか答えたら、オタクだとか思われれしないだろうかと。
交渉中に、相手にドン引きされては、まとまる話もまとまらない。
「読書を少々。」
無難な線で、乗り切った。
スティー隊長は、なぜだか俯いて、上目遣いで僕を見てくる。
手は忙しなく動き、もじもじしている。
恋する乙女かっ!
「どんな本を?」
「機械に関する本を。」
「機械ですか。鍛冶職人を目指していらしたのですか?」
「そういうわけでは。ただ、機械をいじるのが好きなもので。」
「兵器とかにも詳しいのですね?」
「いいえ。兵器については、よく知りません。」
なんだか、変な方向に話が行きそうだ。
国境警備隊の隊長をやっていただけあって、軍事関係の話がしたいのだろう。
確かに、スカウトしたい僕らにとっては、軍事技術の話はしておいて損はない。
でも、あまりその話にがっつかれると、ちょっと機密情報とか、そういうのを意識してしまう。
「兵器の話は、まあ、あとでいいでしょうか。今、するべきじゃない。後で、いくらでもしてさしあげましょう。なにか、他に知りたいことがあれば。」
「は、はい。率直に聞きます。女性のタイプは? どんな女性が好みなんでしょう?」
ぶっ込んできやがった。
なんてこと聞いて来るんだ。
何でも聞いていいというと、女子はすぐこれだから。
スティーは石頭っぽかったから、そういうことないと思っていたのに残念だ。
「ま、まあ。何でもと言ってしまったようなものですし。答えましょう。」
すんごい熱い視線を感じる。
レインが机の上で、僕を凝視している。
もう、ヤダ。
「仕事や趣味に理解のある女性がいいです。特段、スタイルとか年齢とか髪型に、こだわりはありません。」
外野の囁くような声が丸聞こえで聞こえて来る。
「な、なんだと? 女性のタイプは、黒髪ロングぱっつんだと知っているんだぞ? マスターはあの女に嘘を教えているぞ?」
「ん、ラスト、それは違う。おとなしい子がすきだと、前に言っていた。」
「何だと! 聞いていないぞ、ラストは聞いてない!!!」
「静かにする。聞こえちゃうから。」
あの、ポンコツ精霊たちのかしましい話が、丸聞こえだった。
スティーの表情が、話の内容と一緒に変化しているので間違いない。
「あの、私は、黒髪でも、ぱっつんでもないのだが、大丈夫なのだろうか?」
「そういうのは、求めていないから大丈夫だ。」
「そうなのか。いや、求められれば応える用意はあるぞ?」
「いやいや。ぱっつんはともかく、黒髪はむりでしょ。せっかくの綺麗な金髪が台無し。」
そういうと、ポニーテールにして伸ばしている金髪に、スティーが触った。
「これでもいいのか。変態だな。」
「なぜ、なぜ変態なんだ?」
「変態だろう。私のこの金髪で、何をさせるつもりだったのだ?」
「いや、金髪を使う機会などないだろ? 何をどうしたら、使えると思ったんだ?」
「私は知っているぞ、この金髪をだな、こう、巻きつけてだな。」
そう言うとスティーは、自分の左手人差し指に、髪の毛を巻き付け始めた。
悪い予感しかしないので、とりあえず急いで止めた。
「わかった。なんか、なんでそんなことするのかはわからないが、わかったから。」
「ノナカには、まだ、早かったか。そうだな。あとで教えてやろう。」
「いいえ、結構です。」
「むう、ここまでさせておいて、そう来るのか。何が不満なんだ? こう見えて、料理だってできるし、花嫁修行と呼ばれる類のものは、一通り両親に手解きされてきたのだが。」
そろそろ、話が変だなということに気がついてきた。
スティーは、完全に、結婚を前提としたお見合いをしているようだ。
いや、あんなことまでして来るのは、それはそれでどうかとは思うのだが。
まあ、あれは、兵士の中で生活していたスティーの感覚が、男たちに毒されていたと解するのが、優しさだろう。
「あのな、スティー。最初から、違和感があったんだよ。どう言う訳か、話が噛み合わないと。で、気がついたんだが、スティーは何か勘違いしていないか? 完全に、僕の嫁になるつもりでお見合いをしていないか?」
「当たり前だろう。お見合いをするんだ。結婚前提以外でそんなことしないだろ!!!」
そりゃそうなんだけれども。
僕が悪いのか?
「どこでどう、履き違えてしまったのかはわからないが、我が国の国民として、戦力として受け入れたいのだが、という意味だったのだが。」
「うち、の意味が広しゅぎるだろ!!!」
「いや、これでも、いろいろと国の権限があってだな?」
「は、恥ずかしすぎりゅ!!!」
もう、彼女の顔は、真っ赤だった。
今はもう、何を言っても彼女を追い詰めることにしかならない。
「で、どうだ。こんな男がいる国だが、来てくれるか? 待遇については、ある程度まで相談に乗ろう。ただし、国境警備隊長の座は、ライトエレメントのエナジナーから譲るつもりはないからな。」
彼女の沸騰した頭が、ある程度冷えるまでに時間を要した。
「いい。」
「そうか。きてくれるんだな。」
「何をすればいい? そんな虫のいい話はないだろう? 敵国の将とまでは言わないが、騎士だったんだぞ?」
「自分で考えて、国のために役に立てることをしてくれれば、それでいい。」
「何だと? 私はてっきりお前の世話係かと。」
この女は、いったい僕に何をするつもりだったのだろうか。
危険なので、これ以上は突っ込まないでおこう。
「でも、そうだな。国のために役に立つのなら、お前の世話係も悪くないな。」
「いや、何でそうなるし。それに関しては、ラストもロッコも、そして、ここにレインもいるから、もう枠はない。十分世話を焼いてもらっている。」
「なら、なおさら必要ではないのか。3人を見るに、あの、あれだろ。あれだ。無理しているんだろ?」
あ、あー。
確かに、そう見えるか。
無理はさせていないし、僕もそこまで切羽詰まっていない。
「いや、大丈夫だ。そんなことより、優秀な人間の兵士が足りないんだ。だから、協力して欲しい。」
「そっちなのか。願ったり叶ったりなのだが、本当にいいのか? 後からやっぱりお前が欲しいとか言われても、言うこと聞いてやらないからな?」
「……まあ、そう思うようになった時は、その時だ。恋に落ちるのはコントロールできないからな? 欲しくなった時には、本気で口説くから、覚悟しろよ?」
無いと思うけど。
とりあえず、勧誘の成功率を上げるためには、いろいろ持ち上げておいた方がいいだろう。
そういう判断だった。
後に、失敗だったと知ることになるのだが、まあ、それは別の話だ。
彼女を迎え入れて、あらためて今回の遠征の成果について確認を始めた。
「レイン。今回の戦果は?」
「無いのですよ? 一応、魔物については、死体を回収しておいたのです。あとで、いくらでもたべられるのですよ?」
「いや、戦果なしってそんなことないだろう?」
「無いのですよ? 戦果といのは、敵国の領土だったり、賠償金だったり、人材だったりするのです。領土は増えたのですが、それは、もともとサッシー王国のものなのです。賠償金は、魔王軍からぶんどったと言う話を聞いたことがありません。あと、魔王軍の人材はいらないのです。」
確かに、その通りだ。
魔王軍から、何らかの兵器を鹵獲したわけでも無い。
資源を回収できたわけでも無い。
もちろん、お金を稼げるようなものはなかったのだし。
そもそも勝利といっても、元に戻っただけ。
結局、魔王軍に勝利したものの、かれらから得るものはほとんどなかったのだ。
もちろん、新しい国民や、人間関係を得たことは大きい。
しかし、国が大きくなり、人をたくさん動かすとなると、お金が必要になる。
そう、お金だ。
「攻め込んで、魔王軍から分取って来るか?」
「持ってきていないのですよ?」
「いや、山の向こうじゃなくて、帝国側の兵站の集積拠点を狙ってだな?」
「ず、ずる賢いのですよ? その案、魅力的なのです。」
今、そんなにお金がある訳じゃない。
金貨を試作している段階だが、大量生産できているわけじゃ無い。
だからと言って、紙幣を発行しようにも、そもそも紙がない。
印刷技術もない。
何とかできないだろうか。
そう言う思いが、僕とレインの間には共通理解として存在した。
大岩井さんが以前、和紙なら作れそうだと言い出して、それをお願いしていた。
でも、量産できるのはかなり先になるとのこと。
期待せずに待て状態。
でも、まあ、紙幣流通に向けて、一つの課題の先が見えた。
次に大切なことは、いろいろある。
「課題は、山積みだ。交通の弁の悪い東西の国内移動をどうするか。帝国から魔王軍に攻め込まれないようにするにはどうしたらいいのか。王国から攻め込まれないようにするのは、何かいい案がないか。妙案があったら、喉から手が出るほど欲しいんだが。」
「ん。ある。今まで通り。」
「そんなこと決まっているじゃないか!!!」
ロッコとラストが言い出した。
「鉄道を作ればそれで解決するだろ?」
何ですと?
ラストの案では、北の帝国との国境に、岩石魔法でとにかく大きな城壁を作る。
その上とか、雪の降るところは、その中に鉄道を通す。
そうすれば、戦争の時も大量の人員資材を一気に送り込める。
東西の輸送が簡単になって、内陸に海の魚を送り込める。
ウーバン炭鉱の石炭や金属を、国内各地に送り込めると。
資源を制したものが、世界を制すると。そう、構想を言い出したのだった。
「物流ができれば、国内でお金がたくさん動く。マスターのいつも言っている、キャッシュだかフローだかだ。お金が動くと、国が強くなるんだろ?」
「まあ、単純に考えれば、そういうことなんだが。それにしても、先立つものが必要だ。」
砦改修工事がまず、必要になって来るだろう。
ここ、ドエッジ砦を高く大きくする。
周囲の城壁も。
この砦と空中回廊で、至近距離の村を直結する。
それができるためには、結構な高さの城壁が必要になる。
そう、北の国境の壁建設だ。
国境の壁をコソナ側からウーバンを通して、ここまで伸ばす。
国境に、国境の壁を建設することにしたら、一旦待ってくれと止められた。
「国境の壁をただ、作るのではもったいない。ちょっとアイデアがあるんだが。」
マインエルフがプレゼンをはじめた。
マインウルフたちは、国境の壁を作りたいと、僕と同じように考えていた。
とっても大きくて分厚くて、そして、寒くないのがいいと。
「国境の壁を、これだけ作るのは、正直きつい。でも、地道にやっていけば、そのうち終わる。ただ、それだけじゃもったいない。折角労力をかけて作るんだから、ぜひ活用して欲しい。ついては、線路を引けないだろうか。城壁の上か、城壁の中に。」
なにが待ってくれなのかと言うと、壁の有効利用だった。
折角いいものを作るのだから、国境の壁の中か上に、線路を引くのはどうだろうかと?
国境の壁の中に、線路を引いてみたいようだ。
のぼり下りが激しくならないように、壁の中だったり壁の上だったり。
とにかく、国境に沿った鉄道を引いてみたいらしい。
いわば、国境鉄道。
なお、フィール・ド・エッジの村北にある国境には、始発駅としての駅と、国境食堂を作るつもりらしい。
スティーからマインウルフたちに強い要望があったそうだ。
やはり、誰しも、自分の地元には、鉄道を引きたがってしまうものらしい。
それがわかっただけでも、今回の会議は収穫だった。
そして、この会議の内容が、じわりじわりと実行されていくのであった。
戦後、戦場となった土地は、使い物にならないので、資源やお金を注ぎ込む必要が出て来るのですね。
領地経営的には、当たり前のことなのか、それとも、別の場所に、新しい町や村を作った方が安上がりなのか。
権利義務の問題もあるので、単純にはいきませんが、どうなのでしょうか。
今回の魔王軍襲撃では、領地もお金も巻き上げられませんでしたから。
それでは、筆者がカツアゲにあったりしていなければ、明日も12時から13時くらいに。
訂正履歴
求められてば → 求められれば
しないだろ!!!』 → しないだろ!!!」
あらあめて → あらためて