第39話 魔王軍侵攻 〜守るは皇帝陛下〜
分かってはいても、どうにもできないことって世の中にはたくさんあるものです。
知っているんならなんとかしてくれよと思うこともたくさんあります。
立場によって、能力によって、そのどちらになるのかは、異なりますが、本質的には同じことを考えているのではないかと思います。
たとえば、国家運営にしても、それに関して言えば、予算と人の問題がありますし、政策にしても、マクロの視点でみた与党側の政策をミクロの視点でディスる野党の戦略とかの問題もあります。
今日は、そう言うお話です。
戦死者多めですので、気持ちの準備をお願いします。
それでは、どうぞ。
<異世界召喚後32日目夕方>
場所:サッシー王国ナース伯爵領ヴァイスフロストの関所
視点:神佐味
「来たな、魔王軍めが。」
皇帝陛下は、私たちと一緒に城壁の上に立たれていた。
額には、嫌な汗が流れていた。
北風が帝国側からこちらに吹き、皇帝陛下の漆黒のマントをたなびかせる。
瘴気の混じるその風を受けて、皇帝陛下は帝国側の大地を睨みつけている。
「す、すごい。すごい数ですね。」
「なんの。この程度、数がいるだけ。敵ではない。」
見るまでもない。
大地は、魔王軍で埋め尽くされていた。
いったい何匹いるのかすら、計算するのが馬鹿馬鹿しいくらいの数。
そして、その黒い絨毯は、徐々に国境の砦、ヴァイスフロストの関所へと接近していた。
「それに前衛は、所詮、地を這う獣のみ。臆するに当たらんよ。」
見るに、先頭は通常の2倍の大きさはある大きなイノシシの魔物。
そして、チラチラと白っぽく見えるのが、白い虎のようだ。
たまに、イノシシを食べてしまっているのがいる。
同士討ちでつまみ食いかよ!
そのはるか後ろには、明らかに魔族と分かる人間型の魔物がいた。
数こそ少ないが、サイズのおかしい魔族がいた。
皇帝陛下の言では、あれは、魔族ではなく、悪魔というらしい。
魔族の親玉だと思えばいいそうだ。
「後衛の人の形をしているのが、魔族、とりわけデカイのが、悪魔だ。魔族は、強力な魔法攻撃をしてくる後衛型。悪魔は、彼らの親玉だ。指揮官、ボスと覚えておけ。すごく、すごく強い。」
皇帝陛下の言う悪魔の数は、簡単に数えられた。
4体だった。
左右に2体、中央に2体。
関所を通過して、サッシー王国へと避難しようとしていた臣民たちも、大きな大地を揺らす足音に、気がつき、パニックを起こしていた。
パニックになってすることは単純だった。
関所を無理やり通過しようとなだれ込んできたのだ。
そんなにいっぱいいっぺんに押し寄せられては、流石の兵士もたまったものではない。
「押さないでください! 走り込んで! 止まらないで!!!」
大声で誘導していた兵士は蹴散らされ、フリーで通過できる状態になってしまった。
そして、殺到する帝国臣民たち。
命あっての物種である。
急いで関所を通過しようとする。
「殺されるー!!!」
「早く走れっ!!!」
「死ぬぅ!!!」
しかし、遅かった。
長蛇の列の最後尾が、魔王軍に追いつかれた。
そこからは、虐殺だった。
いや、殺される姿すら見えなかった。
大きなイノシシ型魔物に踏み殺され、白い虎に噛みちぎられ、魔族にとどめを刺されて、死体は山積みにされていった。
見ていて歯痒いが、すぐにここもそうなる。
背筋が凍った。
もう、これ、私たちの命運は尽きたんだと、本能が自覚させてきた。
「あ、あああっ。」
足が震える。
手が震えて、剣を取り落とす。
周りを見ても、皆同じ様子だった。
戦えそうな感じの勇者は一人もいなかった。
「聞け!!! 皆のもの!!! ワシの責任で、関所の通過を許す!!! 急いで駆け抜けよ! 止まることは許さん!!!」
そう、皇帝陛下が叫んだ。
関所を駆け抜けよと。
責任はワシが取ると。
サッシー国内に逃げ込めと。
この言葉を聞き、私も我に返った。
取り落とした剣を拾って握りしめ、戦いに備えた。
手足の震えは、幾分治った。
仲間の顔は、青いままだが、それでも幾分マシになった。
「ひゃ、はぃぃぃぃっ!!!」
「すぐに入りますぅ!!!」
入国待ちの列に並んでいた帝国臣民たちには、希望が生まれた。
藁をもすがる思いで、関所を走って通過する臣民たち。
この姿を見て、ようやくサッシー王国側で列を作っていた王国民たちも、状況を理解した。
地の利のある分、街道沿いに逃げるようなことはせず、周囲の森へと逃げ込んでいた。
「やばいな。魔王軍が来ているみたいだぜ?」
「逃げるか?」
「並んでる場合じゃねぇ!!!」
「森に逃げ込め!!!」
そして、再び、皇帝陛下が吠えた。
しかし、その言葉は冷徹で、希望のないもの。
皆に恨みを買うもの。
死の宣告だった。
「閉門!!! 鉄扉を落とせ!!! 閉門じゃ!!!」
門扉を操る、関所の砦にいた兵士たちは、唾を飲んだ。
この門を落とすと言うことは、まだ、王国に入りきっていない臣民たちを殺すということ。
自分たちの行為が、直接人殺しにつながると言うこと。
精神的には、耐えきれない行為。
それを、皇帝陛下は身代わりになってくださった。
自分が命令したと言うことで、少しではあっても、精神的負担を減らしたのだ。
でも、それでも、門から締め出されるものにとっては死刑宣告だ。
門の遠くから、臣民の恨言が、皇帝陛下に投げかけられている。
「人殺し!!!」
「あ、ちょ、あとちょっと待ってくれ!!!」
「あんたには、赤い血が流れていないのか!!!」
「皇帝が、人を殺していいのか!!!」
「よい! 落とせ!!! すぐにじゃ!!!」
そして、轟音を立てて、3枚の鉄の扉が門の前と後ろに落とされ、下敷きになった何人かが死んだ。
ほぼ同時に、魔物軍団が、その鉄扉に体当たりをした。
閉扉は、ギリギリ間に合った。
そして、間に合わなかった臣民は、踏まれ、噛まれ、引き裂かれて、魔族により止めを刺された後、死体の山に放り投げられていった。
門が閉じられたことにより、城壁と砦が、サッシー王国を魔王軍の侵攻から守ってくれた。
高くて分厚い国境の壁が、魔物たちの侵入を拒んでいる。
大きなイノシシ型の魔物は、ある程度のジャンプ力はあるものの、3メートルくらいが限界だった。
城壁は、見た目でも10メートル以上はある。
大丈夫だろうと、これで、王国の平和は守られたと安心したところで、不穏な音が聞こえてくる。
砦が揺れた。
ドン!!! ドン!!! ドン!!!
砦に、大きなイノシシ型の魔物たちが、体当たりをかましてくれている。
しかし、そんなことでは、国境の壁、砦の城壁は壊れない。
国境の壁、最強だなと思ったその時、城壁の上まであと少しのところまでジャンプして這いあがろうとした、白い虎の魔物がいた。
兵士たちは、急いで国境の壁の上に配置された。
もしかしたら、登ってこられるかもしれないと。
猫が、自分の10倍以上高いブロック塀に、易々と登るように、白い虎もまた、同じ要領で城壁を乗り越えようとしていた。
しかし、あと2割ないし1割、ジャンプ力が足りていない。
そう言う計算で作られたのかどうかは知らないが、城壁はきちんと機能していた。
ただ、後衛に徹している魔族と悪魔は、本来なら空を飛んで普通に入ってこられるので別だ。
そしてついに、白い虎が、城壁を駆け上がるのに成功してしまった。
奴は、イノシシの頭を踏み台にしてジャンプしやがった。
踏み台にされたイノシシは、そのダメージで死んでいた。
何でことだ。
「この!! ホワイトタイガーとか聞いてないぞ!!!」
白い虎に対抗する兵士たちがそう叫んでいる。
どうやら、あの白い虎は、ホワイトタイガーという魔物らしい。
兵士たち5人掛かりで攻撃するも、なかなか攻撃が効いていない様子。
このままでは、やられてしまうと思った瞬間、ホワイトタイガーは、城壁から落下していった。
一人の兵士が、他の兵士の攻撃を防ごうとして体制の崩れたホワイトタイガーの腹を蹴り上げ、城壁から落としたのだ。
「よゆぅっ!!」
「いいそ!!! もっとやれ!」
「さすが分隊長!!!」
歓声が上がる。
ホワイトタイガーを討伐することはできなかったものの、そもそもその必要はない。
城壁を越えられなければ、こちらの負けじゃない。
これを見て士気が上がった兵士たちは、奮闘していた。
そのことによって、最初のうちは、何とか攻防の均衡が取れていた。
「登り切る前に、ひと突きして殺すんだ。殺しきれなくても落とせればそれでいい!!」
城壁を、力技でよじ登ろうとするホワイトタイガーの目を、槍で突いて殺し落とす。
目に当たらずとも、攻撃がヒットすればとりあえず、城壁からは落ちていく。
ホワイトタイガーが、城壁に登ってこられなければ負けじゃない。
大きなイノシシ型魔物を大量に犠牲にしつつ、ホワイトタイガーの壁越えチャレンジは続いていた。
両国の兵士たちは城壁の端に張り付いて、ホワイトタイガー対策に追われていた。
国民を守るために、使命感がそうさせていたのだ。
ところが、ふと王国側を見てみると、守ろうとしていた国民が虐殺されていた。
砦の王国側に何故か入り込んでいた魔族に蹂躙されていた。
なぜなのか?
そう、列に並んでいたのは、人間だけじゃない。
魔族も列に並んでいたのだ。
そいつらが、王国内に入ると牙を剥き、人々に襲いかかった。
魔族たちは、街道の中央に殺して集めた死体の山を築き上げると、死体の転送に入った。
消え去る死体の山。
転送を終えると、その本来後衛のはずの魔族たちの手が空いた。
少数だが、その魔族たちは王国側から城壁上の兵士たちに向かって、攻撃魔法を放つ。
それを止めるのは、私たち勇者6人。
ここで働かなければまず、自分たちも死んでしまう。
国民のため、臣民のためにも、なんとしてでも魔族の攻撃を止めなければならない。
私たち3人は、スキルを上手に使って、魔族の攻撃をなんとかいなし、逆に討伐していく。
私は、攻撃型神術の「稲妻」を使って、確実に1体1体、魔族を殺していった。
洞川は、その俊敏さを持って、魔族を翻弄し、ナイフで止めをさしていた。
高野は、その杖捌きで魔族を打ちのめし、体術で魔族の息の根を止めていた。
我ら3人は、戦力になっていた。
そして、我ら3人の近くの魔族は、城壁に攻撃できず、散っていった。
目の前の魔族が消えたことで、周辺に目を向ける。
散開した魔族たちが、城壁に魔法を放っているのが見えた。
このままではいけない。
3人で急襲して、そいつらを殺していく。
いい感じに経験値が入って、レベルが上がっているようなのだが、確認している余裕はない。
それでも、基礎ステータスが上昇すると、攻撃が通りやすくなって、少しずつ戦闘が楽になっていった。
それと引き換えに、スキルで疲れにくくなっている洞川以外は、疲労が蓄積してきていた。
何時間も連続で稼働できるわけではないのだ。
周囲を見回してみると、重光3人組も、何とか、魔族に対抗していた。
対抗できているだけで、有効打にはなっていないが。
それでも、引きつけてくれていれば、その間は、城壁に攻撃魔法が飛ばない。
ナイスファイトだった。
城門周辺は、サイモンのおっさんが、一人で仁王立ちしていた。
何もしていないようでいて、重要な役回りだった。
おっさんは、「真聖波」というスキルが使えるらしい。
何もしなくても、おっさんに近づくと、魔族ならダメージを受けるらしい。
おっさんが本気を出すと、ダメージが大きくなって、場合によってはそれだけで死んでしまうと。
だから、おっさんの周りには、魔族は近づけないし、近づかなかった。
つまり、城門の内側は、強固に守られていたのだ。
時折、強めの魔族が血迷って、サイモンのおっさんに喧嘩をふっかけて、灰になって逝った。
万全だとは言えずとも、善戦していたと言う自負はあった。
あったのだが、結果が伴わなかったのだ。
所詮私たち勇者は、6人しかいなかった。
だから、王国側にいる全ての魔族の攻撃を止めることは叶わなかった。
僕ら3人と、サイモンのおっさんの攻撃で、王国側にいた100体前後の魔族は、その数を20くらいにまで減らしていた。
あともう少しで全て討伐できるという場面で、それは発生してしまった。
魔族は、それぞれ得意魔法が異なり、しかし、共通して遠距離攻撃魔法を得意としていた。
背後からその魔法が、兵士たちに降り注ぐ。
それらの魔法によって、一人、また一人と撃ち殺され、城壁から帝国側に落ちていく。
落ちた兵士は、瞬殺されていった。
もっとも、落下しただけで死ぬような高さではあったが。
問題は、そこじゃなかった。
兵士のいなくなったその場所から、ホワイトタイガーが入り込んできたのだ。
城壁に登ったホワイトタイガーは、手近にいる兵士たちを虐殺し始める。
背後からは魔族の魔法攻撃、横と前からはホワイトタイガーの物理攻撃。
城壁上の戦力が瓦解するのは時間の問題だった。
僕たちが、王国側の魔族を殲滅し終えたのは、その直後だった。
間一髪、間に合わなかったのだ。
皇帝陛下が、大技を駆使して、城門付近に魔王軍を近寄らせない作戦を取っていた。
帝国側、門のある砦の上から、散発的に剣による衝撃波攻撃をして、魔物を屠っていた。
王国側の魔族がいなくなったことで、サイモンも、皇帝陛下の攻撃に加わっていた。
そもそも、城門に近づいただけで、弱い魔族は死んでしまっていた。
しかし、それも長くは持たなかった。
夕方から戦い始めて、半日が過ぎた。
この戦いは、明けて翌朝の一番寒い時間に、終わりを迎えた。
イノシシ軍団の度重なる体当たり攻撃により、城壁の一部が破壊されてしまったのだ。
そうなってしまうと、もう、守ることはできない。
僅かながらも流れ込んでくる魔物たち。
魔物たちが前進すると言うことは、後衛の魔族や悪魔が近づいてくると言うこと。
皇帝陛下の判断は素早かった。
「敗北だ。すぐに撤退するぞ。」
すでに、城壁上には生きている国境警備隊員はいなかった。
それを見て、勇者6人とサイモン、そして皇帝陛下は、互いに頷いた。
城壁に穴を開けられた西側を避け、東側の山の中へと走り込む。
魔王軍から身を隠すために、ダッシュで逃げ込んだのであった。
負け戦の焦燥感は、物語上で、とてもよく見るものです。
精神的に追い詰められていく様を、上手に描写できれば、素晴らしい小説になるからです。
古来より、負け戦の物語描写は多いですね。
ざまぁ系の多い、なろう系の小説では、あまり書くべきではない内容なのかもしれません。
とりあえず、自分のレベルアップを兼ねて、頑張って書いてみました。
もうだめだ、勝てないという場面の心理描写はほとんどできませんでしたが。
それでは、自分自身が敗戦によって立ち直れなくなっていなければ、明日も12時から13時くらいに。
訂正履歴
何もしていないようでいた → 何もしていないようでいて