第101節 レーベン領の領主オルローの恐怖
できる人間というのは、どうしても普通の人間には理解されないことが多いものですね。
後世になって、改めて評価される、そういう人も多いですし。
でも、できることなら、生きているうちに評価されたいもの。
そのためにも、自他ともに、理解し、理解されるための努力が必要になってくるのではないでしょうか。
今回は、そういうお話です。
内容はひどいものですが、ほんとですよ?
それでは、どうぞ。
<異世界召喚後42日目昼過ぎ>
場所:ヨーコー嬢王国レーベン領アロー村
視点:野中
昨日のことだった。
レインが正式にこの村をヨーコー嬢王国に編入するにあたって、提案してきた。
「覚えやすくレーベン領とするのです。場所が変わったので村の名前も変えるのですよ?」
「村長、どうする?」
「あ、そうですな。う〜ん。」
正面に座るのは頭髪のさみしい40代くらいの男。
この男がアロー村の村長なのだが、どうにも煮え切らないようだ。
同席しているその娘のオルローが、代わって発言する。
「じゃあ、アロー村で。短くて覚えやすく。レーベンアローでもいい。」
「ああ、グレイトフィールと違う国になったからな。じゃあ、アロー村が覚えやすい。」
「分かったのです。それでは宣言するのですよ!」
というやりとりがあって、温泉に引っ越してきたこの村の名前はアロー村と短くなった。
ちなみに、レーベン領の領主も、村長に兼任してもらおうとして、拒否された。
そこで本件を、オルローに振った。
村人達は、満場一致で賛成した。
本人は、最初は固辞していたものの、村人達に押し切られる形で領主となった。
なりゆきで、娘の方が立場が上になってしまったが、大丈夫なんだろうか?
いや、まあ、今までと同じですと村人達は言い切ってしまっていたが。
そんなこんながあった裏で、ラストとロッコ、レインの精霊3人衆とマインウルフ軍団が、地道に線路を引いていた。
ロッコが大きな斧をぶん回して木を切り倒す。
ラストが、スキルで枕木等に加工する。
レインが、空間魔法で収納したり取り出したりする。
これまでと違うのは、山間部なので高低差や凸凹があるところを、マインウルフ達が、岩石魔法を使って器用に均していることだ。
厳密には、周りよりちょっと高くした城壁となっていた。
城壁を作る岩石魔法の工夫をそのまま路盤に転用していたのだ。
50センチくらいの高さしかない、高架路線のような感じ。
でも、それゆえに線形も真っ直ぐにでき、傾斜を緩くするために遠回りはするものの、スピードの出しやすい線形を作ることができた。
その路盤の上に、岩石魔法でできたバラストをマインウルフ達が準備した。
やはりそのままだと微妙に品質が低いらしく、ラストが丁寧にスキルで整えた後、枕木を設置していく。
あとは、あらかじめ空間魔法に収納していたレールを設置していくだけだった。
もっとも、この作業に一番時間がかかったのだが。
突貫作業が続き、大丈夫なのかと心配したものの、最終的には問題なく線路は完成した。
それがちょうど昼前の話だ。
そして、グレイトソーンの村から、マインウルフ達にトロッコをしゃかりきになって漕いでもらって、ここまで運んでもらった。
下りは、乗っているだけでブレーキだけで大丈夫だから、楽ちんだ。
こうして、アロー村の温泉と、グレイトソーンの村、そして、南の国境の壁が鉄路で結ばれた。
ラストは線路を作っている時は真面目だ。
人気者だから、マインウルフ達も面倒を見て、協力してくれる。
ロッコの木を切り倒す斧捌きが上達してきた。
もしかすると、戦士のスキルとか、身につけているんじゃないだろうか。
いや、木を切り倒しすぎて、木こりのジョブが自然発生したりとか。
考えすぎか。
今、アロー駅の前で、運転要員のむさい男達に、トロッコの操縦方法をロッコが教えていた。
ちっちゃいロッコが、2メートルはあろうかと言う巨漢の男衆に教えている姿は、ちょっと微妙だ。
お互い真面目にやっているからこそ、逆に面白い絵面になってしまっている。
そして、ロッコが実技として、トロッコを軽く漕いで動かした。
「おお〜!!!」
常識的には、人間の力では動かないくらいの大きな鉄の箱が、あっさり動いたことに、一同びっくりしていた。
鉄道車両は、小さな力でたくさんの荷物が運べると言うのがメリットだから。
登りには弱いけどね。
力もたくさん必要になるし。
そして、ひとりひとり、実際にトロッコに乗って漕いでみる。
もちろん、簡単に動く訳なのだが、一人だけ、残念な男がいた。
ウミーヒだった。
いや、お前は村の防衛戦力なんだから、トロッコ要員に入っちゃダメだろ?
足漕ぎ部分をスムーズに回転させるコツが、上手に掴めないようだった。
たしかに、異世界にいて、この回転運動をする機会はまずない。
できなくても問題ないのだが、他の5人ができているのに、自分だけできないのが嫌らしい。
結局、できるようになるまで練習を繰り返していた。
ちなみに2時間かかった。
漕げるようになってしまえば簡単なので、歓喜に走り回るウミーヒ。
笑顔から光って見える白い歯が眩しい。
「俺が、一番うまくトロッコを操縦できるんだ!!!」
「いや、ちがうし。」
「ん。嘘はいけない。」
ウミーヒはイケメン顔で、決まった! といった表情を作ってそう叫んだのだが。
ツッコミどころ満載すぎて、みな、好きなように突っ込んでしまった。
凹むウミーヒ。
慰めるオルロー。
ほんとは、オルローにそんなカッコ悪いところ見られたくなかったのに、よりにもよってその彼女に見られて、あまつさえ落ち込んでいたところを慰められる始末。
彼の心のダメージはいかばかりか。
MHPが、限りなく0に近づいているんじゃないだろうか。
あれ、なかなか回復しないから、面倒なステータスなんだよな。
午後は、操縦訓練と称して、2つの村を何往復もしてもらった。
グレイトソーンの村の住民に、新しくなったアローの村へ来てもらったのだ。
これで2つの村は、歩いて半日の距離から、トロッコで登りは2時間、下りは30分で結ばれる距離になった。
下りについては、荷物を運んでもだ。
ブレーキングテクニック次第だが。
そこはロッコが叩き込んでいた。
決して、某親分たちのように「ヒャッハー」させないように、細心の注意をはらって。
「鉄道、ドリフトできないから。」
とか、ロッコの訳のわからないセリフを小耳に挟んで不安になってきたのは秘密だ。
ドリフトって、言葉、この世界にないから伝わらないし。
あ、いや、待て、馬車でやってたりしないよな?
さすがに車輪、壊れちゃうだろ?
グレイトソーンの村人を呼び寄せたのは、村の位置が変わったことを伝えるためでもあったが、それが本来の目的じゃない。
レーベン領の2つの村には共通して抱えるいくつかの問題があった。
そのほとんどは、住民の努力と根性でなんとかしてもらうとして、どうにもならない部分があった。
食料問題。
建物が破壊され、爆破されたため、越冬のための保存食が全滅してしまった。
つまり、残りの冬を乗り切るためには、どうしても食料が必要だったのだ。
冬が終わるまで、この地域で炊き出しし続けるという訳にもいかないだろ?
だから、これも住民達の力を使って、なんとかしてもらうことにした。
「お集まりの皆さんにお願いがあります。ここに、今回の魔王軍の侵攻時に回収した、巨大なイノシシ型の魔物が、死体で100体ほどあります。2つの村で50体ずつ、均等に分けたいところですが、分ける前に、全員で、この魔物を保存食にする作業をしてもらいます。じゃあ、オルロー、後はよろしく。」
温泉からちょっと西に外れた広場で、200人近くいる領民相手に、そう言った。
後は、新しい領主となったオルローの仕事だ。
「レーベン領の新しい領主になりました、オルローです。」
ここで、ざわめきが起こった。
主に、グレイトソーンの村人からだ。
「おい、やばいぞ!」
「オルロー嬢ちゃんだけには、やらせちゃいけない。」
「まずいな。」
「どうすんだよ?」
いや、おかしい。
アロー村と反応が正反対だった。
「これからみなさんには、保存食を作っていただきます。あと、魔物の革は、素材として仕上げて、村の運営資金にしたり、防寒具にしたりしてください。ですから、主に作るのは干し肉と、毛皮です。細かい作業は、村の職人さんが指導します。ちゃんと言うことを聞いて、効率よく作っていきましょう。」
アロー村の人間はやる気だった。
でも、グレイトソーンの村の人たちは、青い顔をしていた。
なぜ?
手近にいた、グレイトソーンの若い衆を捕まえて小声で聞いてみた。
「どうしたんだ? オルローはヤバいのか?」
「あ、ああ。オルロー嬢ちゃんは、恐ろしく強い魔法使いだ。悪いことした奴には容赦しない。そして、グレイトソーンの村の人間は、結構悪いことしてきた奴が多かったんだ。アロー村の外の人間だって今までは見逃されてきたんだよ。もうおしまいだ。」
「そんなに、悪いことしてきたのか? 隣村だろ?」
「そうは言ってもなぁ。借金の件もあるしな。」
「借金まであるのかよ!」
「ウチの村長が、人のいいアロー村の村長を言いくるめて、金を借りまくっていたんだよ。ただ、オルローの嬢ちゃんが、魔法で証書を作っていたから、絶対に返さないと殺される。」
恐ろしいな。
どっちの村も。
グレイトソーンの村は、印象が大きく変わったな。
村長がそもそもダメ人間だったのか。
一見だったので危なく信頼するところだったよ。
まあ、ああいう人間だからこそ、そんな村をまとめられると言うこともあるのだろうけど。
「ちなみに、借金は返済できないとどうなるんだ?」
「詔書の魔法が発動して、奴隷になる。もちろん地位や名誉も全て奪われた上で、だ。つまり、このまま借金が返せないと、村がオルローのものになってしまうんだ。」
「いや、領主様だから、すでにオルローのものみたいなもんだろ?」
「違うんだよ、そうじゃないんだよ。オルローはもっと怖いんだよ!!!」
ちなみに、今話している相手は、グレイトソーンの村長の息子だったりする。
小さい頃に村長同士の付き合いについて行ってオルローに会い、一緒に遊んで以来、オルローに惚れているのはウミーヒたちと同様で、何かとライバル意識をもっているらしい。
このままいけば、彼が次期村長なのだから、、心中穏やかではない。
「で、お前はどうなんだ? そんな親父の息子として、ダメ人間を引き継いでいるのか?」
「オルローに再教育されてんだよ。何度も! 今じゃ真人間だよ! オルローも認めてるよ!」
じゃあ、やっぱり、父が父なら子も子だったようだ。
オルローと交流することで、更生したのなら、いいことじゃないか。
すんごい怯えているけど。
惚れてるんじゃないのか?
「でも、好きなんだろ? オルローのことが。」
「そうだよ! だから、ひどい目に会うたびに、自分の性癖が歪んで変態にならないように気を付けているんだよ!」
「オルローってもしかして、そういう性癖なんじゃ?」
「私が? なんですって?」
背後から、殺気を感じた。
え? なぜ平和な村の中で殺気?
「お、オルロー。話は終わったのか?」
「ええ。そして、あなたとも、もう少しお話が必要なようですね。」
「え、あ、おい! ちょ、ちょっと、あ〜!!!」
オルローは恐ろしい子だった。
グレイトソーンの村長ビックスの息子、キース君と一緒に、オルローに酷いことをされた。
そのあと、雪の上に正座させられて説教を食らった。
あと、油断していたら、婚姻届にサインさせられそうになった。
それだけはなんとか回避した。
「キース、お前が書けよ。そしたら、オルローと念願の夫婦だぞ? オルローの分はもう書いてあるんだ。やっちゃえ!!!」
「お、おう。俺の時代が来た!!!」
利害が一致したので、ペンをキース君に渡して、キース君長年の片想いが成就しそうになっている瞬間、突然婚姻届が火を吹いた。
「な・に・す・る・ん・で・す・か!!!」
オルローは、それはもうお怒りでした。
説教の時間が、さらに伸びてしまいました。
ああ、ビックスのこと悪く言えないな。
キース君は、オルローの調教の成果もあって、嬉しそうなのがもう手遅れさ加減を物語っていた。
僕も、このままじゃ、キースくんみたいなへんたいになってしまう。
早くなんとかしないと。
説教を聞き流しながら、キース君にお願いされた。
「オルローの村の他にも、最初、父が言った通り、国境にもう一つ、村があるんだ。そっちも助けてもらえないだろうか?」
「そっちにも、オルローみたいなキース君の思い人がいるのか?」
「ち、違うし。俺には、オルローだけだし。オルローを嫁にもらって、勝ち組に返り咲くんだし。」
「人の話を、聞きなさい!!!」
「いや、そんなことより、キース君が言う通り、国境の村は、救助に向かわなくていいのか?」
いきなり、そんなことを言われて、キョトンとしてしまったオルロー。
「ノナカ、今がチャンスだ! 畳み込め!」
「お、おう。」
オルローはおそらく、いろいろなことを頭の中で計算しているのだろう。
でも、そんな今こそチャンスであることには変わりない。
「確か、フィール・ド・エッジの村とか言ったか? 道なりにいけばいいのか?」
「あ、ああ。そうだが。その前に。」
ギャラリーが、いつの間にか集まってしまっていた。
そして、躊躇なくキース君を足蹴にするオルロー。
顔が喜んでるよ? とてもきもいよ?
ギャラリーみんなで、残念なものを見る目になっていた。
あたらしい世界を開いてしまっていたようだ。
性癖さえ悪くなければ、すごく使えそうなのがとても残念だった。
「オルロー、やめてください。痛いです。あと、このままじゃ、変態になってしまいます。やめてください。」
いや、もう手遅れだろ。
お前、結構それ、気持ちいいんだろ?
オルローも、悪い笑みを浮かべてノリノリだし。
目があってしまった。
いやいやいや。
僕はそういうの、いらないですから。
変態仲間にするなし!!!
「ノナカさん。あなたも、キースと同じになりたいようですね?」
「いやいやいや。結構です。遠慮します。」
「ノナカ、一緒にオルローのモノになろうよ。」
「な、何いっちゃってるんですかキース君。気を確かに持つんだ。キース君がグレートソーンの未来を背負っているんだからな?」
「も、もう、オルローがいれば、何もいらない。」
惚れた弱みというべきか。
オルローの調教の成果と言うべきか。
キースくんは、言葉遣いは思いのほか上品で、人をじろじろ見る悪癖があるのだが、聞けば魔法使いとしての戦闘能力もそこそこあるらしい。
オルローに教わって、魔法使いになったらしい。
それは、かなり愛されているんじゃないだろうか?
キース君は、自分のそんな性癖がオルローには毛嫌いされていると言うのだ。
相手にしてもらっているんだから、そんなことはないと思うのだが。
とにかく、僕たちは、キース君が気持ちよくなりすぎて気絶してしまい、オルローに解放されるまで、ひどい目に遭わされていた。
変な性癖は、身に付かなかった。
あぶなかった。
これから発言には、気を付けます。
僕らは、保存食作りを順調に始めた領民たちを見た。
年長者の指導のもと、一丸になって肉や革の加工をする、領民達。
動き始めてしまえば、もう大丈夫だろうと判断した。
村に活気が戻っていた。
こういう空気感の方が健全で気持ちがいい。
村が、なんとかなるんじゃないかと思えるようになってきた。
僕たちは、キース君のお願いを聞いて、フィール・ド・エッジの村へ向かうことにした。
「私が、責任を持ってついていきます。そして、ノナカには責任をとってもらいます。」
「訳がわからないのだが。どんな責任だ。あと、責任というのなら、キース君の性癖が歪んで変態になった責任をとってあげてほしいのだが。もう、オルロー以外じゃだめな男になってしまっているのだから。」
「そ、そんなことないし。変態になんて、なってないから。まだ、大丈夫だから。」
「変態はみな、そう言う。」
「キースくんは、まだ変態じゃないです。ちょっと他の人とよろこぶポイントが違うだけですし。」
「いや、それを変態って言うんだが。」
とにかく、オルローが道案内として、僕らについてくると言ってきかなかった。
最終的には、キース君が道案内をしてくれるということになった。
キース君は、温泉で体と服を洗った後、違う服に着替えてから僕たちについてきた。
ああ、そういうことね。
そんなキース君の先導で進むのだが、道はほぼ一本だった。
その代わりと言ってはなんだが、アロー村から北は、かなりの山道になっていた。
馬車が通れるだけの幅はあるので、その雪道をどんどん登っていく。
そして、半日ほど歩いて、日が沈んだ頃、高台に出たところで眼下に村が見えた。
フィール・ド・エッジの村は、霧に覆われた高原だった。
黄昏時で、霧もあり、はっきりとは見えないものの、どうやら村の端から北側が、崖になっているようだ。
この村より北に進むためには、ぱっと見では、崖をなんらかの方法で降りる以外にないだろう。
空を飛べるなら話は別だが。
魔王軍は、ここにどうやって攻め込んできたし?
高台から街道沿いに降って、村に近づいてみると、遠目にも分かるくらい、完全に魔物に占領されていた。
ゴブリン的なものが大量にいた。
数で勝負してくるらしい。
また、なにか小狡い手を考えなければいけないと、頭を悩ませるのだった。
オルロー無双、第二話、と言ったところでしょうか。
こういうできる女性は、結構同性から疎まれやすいんですよね。
あいつと付き合うと、ハブられるよ、とか、警告されたりします。
当人は、そういうの結構気にしていないように見えるのが、周りの女性からさらにヘイトを稼ぐのでしょうが。
じゃあ、どうしろというのかと問いたいものです。
根本は嫉妬や羨望なので、能力や立場が地に落ちてざまぁされない限りは、そのままなんですけどね。
救われないというか、歪んでいるというか。
でも、そういうの、物語としては面白いものですよ?
現実では、ノーサンキューですけど。
それでは、面白くない方の現実が、これ以上無茶振りしてこなければ、明日も、12時から13時くらいに。
訂正履歴
焦げるようになって仕舞えば → 漕げるようになってしまえば