第97節 慈善事業じゃありませんから
サブタイトルの割には、結果的に慈善事業めいています。
何事にも表と裏があるものです。
甘い言葉には惑わされてはいけないと。
今回は、そういうお話です。
それでは、どうぞ。
<異世界召喚後39日目未明>
場所:サッシー王国グレイトソーンの村
視点:野中
親友である猿渡が、マッカース公爵領の兵士に拘束された。
理由は明白。
再度攻め込んでくる、魔王軍対策としての戦力としてだ。
そもそも、公爵領の兵士の隊長も、現有戦力では手も足も出ないことがわかっている。
なにしろ、目の前で町が魔王軍に攻撃されているのに、離れた場所に陣を敷いて見ていただけなのだから。
戦力の分析とその対応としては、冷徹ではあっても間違ってはいない。
心情的には理解し難いものの、戦場の指揮官としては的確な指示が出せていた。
だから、猿渡に目をつけたのだろう。
僕ら精霊軍団には、ささいな言葉で喧嘩をふっかけてしまった。
次の襲来を考えていなかったため、協力を取り付けることに失敗したのだ。
その仲間である、猿渡にしても、協力する義理も義務のない。
僕たちについてくるはずだったのだが。
グレイトフィールの町にくるまでお世話になったキャラバンに、挨拶をして帰るその時。
僕たちと猿渡達が、一時的に離れてしまった。
そこを、公爵領の兵士隊長に狙われたのだ。
ぬかった。
猿渡パーティーだけでは、多勢に無勢なのだ。
例えば、僕のことを拘束しようと兵士が4〜5人で襲いかかってきたら、カタリナに切り刻まれて終わってしまう。
他のメンバーにしてもそうだ。
なんなら、空を飛ぶメンバーや、捕まえようとして触るだけでダメージが入るメンバーも多い。
だから、完全に油断していた。
だが、それにしても猿渡だ。
頭のいい彼のことだから、必ずうまいこと切り抜けてくれるはず。
そして、今、彼らを助けに行くと言うことは、人質にされて僕らも働かさせられると言うことになる。
それは、絶対に避けるべきことだった。
いつまで、働かさせられるかわかったものではない。
なんなら、王国の戦力として編入されかねない。
脅迫とかと一緒で、一番最初に断らないといけないのだ。
「よかったのです?」
レインが左肩の上に座って、心配そうに顔を覗き込んできた。
「いいんだ。信頼しているし、兵士たちも悪い意味で信頼している。」
「でも、後で恨言言われるのですよ?」
「そういう男じゃない。ちゃんと計算できる男だ。心配ない。ダテに長年、親友していない。」
「でもですよ?」
心配してくれるのは嬉しい。
でも、これは人間関係あってのこと。
そのことを知ってか知らずか。
僕のことを冷たいと罵る仲間はいなかった。
どの道、猿渡達に対魔王軍の戦力となってもらわなければ、公爵領の兵士たちは全滅だろう。
なんなら、自分たちの守るべき公爵領の領都も、危ういのではないだろうか。
命がかかるとなれば、人ななんでもやってのけるようだ。
他人の命も自分の命も、相対的に安くなってしまうのだから。
そして、その命が安くなりまくっている現場に、僕たちは到着していた。
それは、グレイトソーンの村。
魔王軍の進軍により、皆殺しにされてしまった村。
初めて中に入ったのだが、ほとんどの建物は、爆破され、燃やされ、まともに残っている建物はひとつもなかった。
この町に来た理由は幾つかあるが、喫緊の要件として、寝床の確保だった。
そして、まだ食べていない夕食を安全に摂ることだった。
そもそもパーティーメンバーに食事をきちんと摂るメンバーがあまり含まれていない。
エレメント族は、なんか自然からエネルギーを得ているらしいし、精霊達にしてもそうだ。
エレメント族も精霊達も、ご飯を食べるのには、必要ないのに付き合ってくれる。
ご飯でもエネルギーを補充できるらしいのだが。
必要に駆られて食べるのは、僕とハイドウルフのユリだけなんじゃないだろうか。
そこまで夕ご飯にこだわる必要はなかったかも知れない。
村の中でも一番壁とか柱が残っている瓦礫の跡を探していると、魔物や魔族の残党がいた。
もちろん、あっという間に退場していただいた。
なにしろ、みんな気が立っていたので、悪・即・斬、的な感じだった。
普通の住人だったらどうするんだよと言うくらいの反応速度だった。
そして、瓦礫をどかして、一応、休憩できるようなスペースができた。
2面の石壁が半分ぐらい生きていて、その交差する部分が、建物の天井近くまであった。
そこで、その周りの瓦礫をどかして、周辺に集めて壁を作り、四方を囲った。
天井には、村で見つけてきた毛布的な布切れを集めて紐で結んでおいた。
失敗したテントのような状態になった。
これで、とりあえずいい感じに眠れる。
なにしろ冬なのだから、夜はひたすら寒い。
雪が降ってしまったら、もうおしまいだ。
その、応急措置を施した建物の前の空間で、瓦礫を集めてコンロを作り、火を燃やした。
もちろん、今日ご飯の肉を焼くためだ。
そして、暖を取るためでもある。
すでに指先が悴んでいる。
夕食は、今日も今日とて肉祭りだった。
ワイルドな料理は、皆に好評だった。
火を使っていたので、氷雪系エレメント族2人には、とても不評だった。
凍らせて、一瞬で干し肉にするのがいいんだぞ、とか、新しい? 加工方法を教わった。
そんな荒技、あんた達だけだよ、できるのは。
心の中で、そう激しく突っ込んでおいた。
お腹がいっぱいになったのでちょっとだけ仮眠をした。
たくさんの生き物の気配に目を覚ますと、日付が変わっていた。
でも、未明だった。
なのに無駄に明るい。
なぜ?
マインウルフの集団が到着していた。
結局、決戦には間に合わなかったが、そのために呼んだ訳じゃない。
工兵として、呼んだのだから、問題なかった。
明るいのは、ホーリーエレメントだった。
目の覚める冷たく白い光で、今日もいい感じに輝いていた。
悪い意味で言えば、安眠妨害だった。
その、夜なのに遠慮なく光っているモンドが、マインウルフ軍団を呼んできてくれたのだった。
入れ替わるように、氷雪系エレメント達が帰ると言い出した。
もともとそういう約束だったらしい。
「もっと一緒にいてくれてもいいんだが。引き止めるのも悪いな。」
「ありがたい。だがな、言い忘れていたのだが、我らでネトラレ山の山頂に砦を作ったのだ。ネトラレ砦とでも名付ければいいか。エレメント族が何体か詰めている。魔王軍はもう、ネトラレ山を通過できなくなった。」
「……目的達成。ウーバン村に帰るか。」
「いやいやいや。ちゃんと、こっちも何とかしてから帰ってくれ。砦作ったのだってつい2、3日前の話だから。」
魔王軍がウーバン村に、ネトラレ山経由でこられないというのなら、もう作戦行動は必要ない。
まあ、全てをエレメント族にお願いするというのも、確かに違うような気がするので、言われたことは正論だし、僕もその通り、自分たちの力で何とかしたいという思いがある。
しっかりと目が覚めたので、あらかじめ決めておいた作戦を始めなければいけない。
山越えで疲れているマインウルフに頼み込んで、大掛かりな仕事をしてもらった。
朝方までかかった。
ついでに、その仕事をした場所に、技能で、貨物駅を設定した。
最初からそうすればよかった。
寝床とか、水とかいろいろ、解決してしまった。
万能だな、技能は。
そして、僕とマインウルフ達は、仕事に満足すると、爆睡した。
<異世界召喚後39日目朝>
場所:サッシー王国グレイトフィールの町
視点:猿渡
「おい! 大変なことになっているぞ!」
「なんだよ朝から? え、あ、なんだありゃー?」
「どういうことだよ?」
朝から外が騒がしかった。
僕たちは、檻馬車に入れられていた。
鉄の格子のついた馬車。
まさに今の僕たちを閉じ込めておくのに最適な檻だった。
公爵領の兵士たちが騒いでいるのが何であるか、天井はあるものの、檻の中ではあるものの、実質的に外に放り出されたままの状態だった僕たちだけは知っている。
公爵領の兵士たちは、死にたいのか、見張りをほとんど立てていなかった。
夕ご飯をお腹いっぱい食べると、あっちもこっちも寝転がっていた。
酒が入っていたのだろうか。
凍死しなかったのが不思議なくらいだ。
このところ、ずっと出たままだったので疲れが溜まっているのは理解できる。
なんなら、この隙に脱出できたのではないだろうかと反省だってした。
残されたキャラバンのことを考えると、ことは単純じゃない。
今度は、僕らを動かすために、キャラバンの人間を人質にすると言う鬼畜作戦に出そうな感じだったからだ。
どこまでも非人道的な作戦だった。
でも、そこまでしないと、魔王軍には蹂躙されて死ぬだけ。
はたして、結果だけを見たら、やるべきだったのかやらざるべきだったのか。
人道的なのは、本当はどっちだったのか。
そんなことよりも、兵士たちの騒動の原因だった。
この町の北には、街道が伸びている。
北に3つも村があるので、それらを結ぶ、馬車も通れるような街道だ。
町の北1キロか2キロくらいのところから林があって、街道はその林に入って消える。
昨日まではそうだった。
ところが、今日、太陽が登って日が出ると、そこに林はなかった。
林の手前に、高さ10メートルくらいの城壁が東西の山まで伸びていた。
何度でも言うが、そんなもの昨日までなかったし、昨日の今日で、できる物でもない。
いったい何が起こったのか。
考えられることは2つ。
一つは、魔王軍が、攻め込んでくる拠点を作ったのではないかということ。
もう一つは、認めたくないが、野中達が拠点を作ったのではないかということだった。
前者なら、いつ、攻め込まれてもおかしくない。
だが、現実問題として、今、一番隙の大きかったこのタイミングで攻め込まれていない。
あの位置からならば、こちらの状況など、手にとるようにわかるだろう。
それでもなお、攻め込んできていないということは、前者ではないと判断できる。
後者とするなら、どうやって作ったのかと言う疑問が発生する。
これが、魔王軍だと言うのなら、なんかすんごい魔法で作ったった。
そう思考停止した説明で納得できる。
でも、同族の人間がそれをなしたとなると、思考停止する訳にはいかない。
作ることができるはずないのだから。
逆に言えば、どうやって作ったのだろうかと。
御託はともかく、目の前の現実を受け入れなければいけない。
城壁は、街道のところだけ門になっていて、他に出入りできるような場所がない。
魔王軍が北から攻め込んでくる分には、かなり邪魔になるだろう。
それが地上戦力なら。
よく見ると、その城壁の上に、何かいる。
もちろん、城壁なのだから、見張りの兵士がいて当然なのだが、いきなりできた城壁に、見張りの兵士を置くだろうか。
ローテーションとか、細かい決まりができないうちは、なかなか配置できないのではないだろうか。
さらによく目を凝らしてみると、その城壁の上にいるのは、どうやら人間の形をしていない。
魔物の類だった。
なら、魔王軍一択になる。
でも、野中は異種族と仲良くしていたから、一択とするのは危険かも知れない。
あとで、種明かしをして欲しいものだ。
朝から兵士の隊長の血圧は上がりっぱなしのようで、大きな声がこちらにも聞こえてくる。
声が大きい割には、指示は冷静だった。
部下への指示は、「近づくなよ」と、「調べろ」の2件だった。
当たり前すぎて拍子抜けだが、有事の際にはなかなかこの当たり前の指示を出せないものだ。
そういう意味で、この隊長は、荒れた現場になれている様子が窺えた。
腐っても、国境付近を守る兵士たちなのだから、そう言う荒事に、ある程度なれているのだろう。
いいことなのか、悪いことなのか。
とにかく、遠目からの城壁調査が、隊長発令の指示により開始された。
調べなくても、城壁は城壁なのにね。
<異世界召喚後39日目午前中>
場所:サッシー王国グレイトソーンの村
視点:野中
精霊軍団とともに、ゆみやの湯を訪れた。
入る気満々のレインを他所目に、村長との交渉に入った。
「村を取り返したら、いくら払える? というか、そもそも金はあるのか?」
「ない。無い袖は触れない。」
「じゃあ、村をいただく。いいな?」
「それは困る。」
「じゃあ、どうする?」
「金は払えないが、村に戻らさせてもらう。」
「ダメだ。村なら我々が占領した。払うものを払えないのなら、返すことはない。」
「どうしてもダメか?」
「当然だ。それに幾らかは溜め込んでいるのだろう?」
「しかし、それは、村に何かあった時の資金として……」
煮え切らない村長だった。
「今が、その時なんじゃ無いのか?」
「もう問題は解決している。すでに我々が村に入れるかどうかだけの問題しか残っていない。」
計算高い村長だった。
足元を見られていたのだ。
「ちなみに。今村に戻っても、何も無い。爆撃で更地になっているぞ?」
「そんなはずはない。1日に1回は偵察している。少なくとも昨日までは、大量の瓦礫が残っていたはず。」
おい!
そこはちゃんと確認しているのな?
「それなら、今朝、掃除して、更地にしておいてやった。家を建てるにしても、更地の方がいいだろうと思って。ただ、今から住めるかと言うと、ただの更地だけしかないからな?」
舐めた態度を取ってきたので、予想できた回答から、更地にしておいた。
村を再生するときに、絶対に更地にはするのだから、ある意味サービスだ。
現時点では意地悪でしかなかったが。
「あなた方は、何がしたいのですか? 何の得にもならないでしょう?」
「だから最初に言っただろう? この村をいただくがいいか? と。」
村長は意味がわからなかったらしい。
「言い直そう。僕たちは、サッシー王国の人間じゃない。新しくできた、ヨーコー嬢王国の者だ。そう言う意味で、村をいただくがいいかと聞いている。我が国の版図に編入するがいいかと。」
丁寧に説明してやった。
多少というか、かなり言葉が足りていなかったのは知っていた。
ならばと、細かいところまで丁寧に言ってやった。
「分かった。その条件を飲もう。ただ、ちょっと聞きたい。それこそ、何の得もないのではないだろうか。」
鋭いツッコミだった。
逆の立場なら、僕でもそう思う。
「新しい国の中心都市は、ウーバン村なんだよ。レーベン辺境区が魔王軍に落とされたせいで、ネトラレ山越えで魔王軍に攻め込まれた。結構な被害が出たんだよ。だから、頭にきたので最初から占領するつもりだった。」
村長は、驚いた様子だった。
「こ、コソナは?」
「もう、編入した。」
「しかし、冬になると、行き来できなくなるこの村を編入しても。」
「僕たちが今、ここにいる件について。」
うっ、と詰まっていた。
今までの常識なら、冬に山越えは不可能。
それは自殺行為。
そういう認識だったのだろう。
でも、今は違う。
やりようによっては、冬でも行き来できるのだから。
なんなら、人間が行き来する必要すらない。
マインウルフに荷物を背負わせて放てば十分だった。
村長達とともに村に戻った。
村の中心で、生き残った村人全員が見守る中、レインが魔法を使って宣言することで、正式に我が国へと編入した。
こうして、グレイトソーンの村は、ヨーコー嬢王国の領土となったのだった。
本文のお話です。
戦後処理的なお話で、どうやって復興するのというお話も少し入っていましたね。
更地にされてしまうと、そこから復興する姿があからさまになってしまう部分もあります。
つまり、更地のままの土地が悪目立ちするんですよね。
そして、そういう土地こそ、だれも家を建てたがらないものです。
町の中がスカスカになってしまうのです。
死んだ人のことをカウントすれば、確かにスカスカになるのも仕方のないことですが。
それでも、目に見えてしまうのは精神的にはとてもきます。
それでは、精神的にもうダメとかなっていなければ、明日も12時すぎに。
訂正履歴
必要もにない → 必要すらない