第93節 村人たちの希望と魔王軍
コロナで温泉とか行きずらいですが、本文の内容としては温泉回の続きです。
やっと、魔王軍と戦うつもりになったご様子。
鉄道の話はいつになったら書けるのか。
ラストが作品中で荒ぶりそうで心配です。
それでは、どうぞ。
<異世界召喚後38日目午後>
場所:サッシー王国レーベン辺境区秘湯ゆみやの湯
視点:野中
「ノナカ? どうしたの?」
不意に後ろから声がした。
このタイミングて来たかと諦め半分、怒り半分で後ろを振り向く。
裸の少女が、温泉の脇で体をゴシゴシ洗っていた。
なぜ?
「ノナカ? 手が空いているのだったら、体を洗うの、手伝って欲しいのだけれど。」
「いやいや、どこから出て来たんです? あと、体は自分で洗って下さい。」
「照れているの? 気にしているの?」
「当たり前です。」
石鹸のいい匂いがする。
というか、この異世界に来て初めて石鹸を見た。
温泉のお湯で洗っているのに、なぜ泡立っているのか、詳しく。
「や、山神様、お久しゅうございます。グレイトソーンの村長、ビックスです。」
「あ、ビックス。いつの間にそんなにおじいちゃんになったの? 小さい頃はよく遊んであげたのに。」
「い、いや、それは。人間は老いるのが早いのでございまして。」
あ、この男も山神様のこと知っているのか。
というよりも、ここもウーバン山脈の範囲内なのな?
いったい、同時並行的に何人ぐらい山神様は存在できるんだろうか?
恐ろしいな。
「あの、それよりも、この御仁らとは、お知り合いで?」
「そうなの。魔王軍から助けてもらっているの。」
「ほう。」
しまった。
取り囲んでいる村人達の目の色が変わった。
この色はなんだ。
期待の色か?
「ノナカ? 背中を流したくなってきた?」
「くっ。そう言うことですか。策士め。」
「なぁに?」
「いえ、流させていただきます。」
これ以上喋られると、面倒なことになりかねない。
絶対に喋らせるわけにはいかない。
つまり、黙っていて欲しければ、体を洗えと。
そういう取引なのだと気がついた。
そうして、人間からしたらありえない年齢なんだろうけれど、どう見ても小学生体型の山神様の体を両手で洗おうとして、ラストに割り込まれた。
「ま、マスター。うら若き女性の柔肌を、弄るようにして洗うのは、だ、ダメなんだぞ? そ、そんなにそういうことがしたいのなら、ど、どうしてもと言うなら、ラストが相手になってやる。山神様の体は、ラストが洗うからマスターはおとなしくしていてくれ。」
「ん。ロッコも手伝う。石鹸であわあわにする。」
「レインは、髪の毛をもしゃもしゃ洗うのです!」
あ、あー。
山神様、ごめんなさい。
ウチのポンコツ達が、山神様の気も知らずに、ごめんなさい。
山神様は、レイン達にいいように洗われてしまった。
ざっぱーん!
そして、レインに頭の上からお湯をかけられて、綺麗にされてしまった。
もちろん、ドライヤーはない。
あ、レインが何か怪しい魔法を使って、一瞬で乾かしやがった。
そういうのあるなら、早く教えて欲しかった。
髪が乾いて落ち着いた山神様に、僕は冷たい目で見下されながら命令された。
目が、目がかなり怒っている。
そりゃそうだろう。
「ノナカ。正座。」
「はい。」
「今度、こういうことがあったら、ダメなの。ちゃんと言うこと聞いて?」
「はい。」
レイン達の暴挙によって、山神様に正座させられてしまった。
山神様は既に、お召し物を完全装備なさっている。
温泉から上がってほかほかなので、防寒着は腕に持っているけれども。
「マスター? レインは、そういうの、いけないと思うのです。村人の前なのですよ?」
「はい。」
「ノナカとは種族が違うのだから、気にすることないのに。」
「気にするのです! 女の裸は、危険がいっぱいなのです。マスターみたいな朴念仁でも、衝動的に本能に突き動かされることも有るかもなのですよ? 注意するのです。」
「そうなの?」
「そうなのです! マスターにちょっかい出してはメッ、なのです!」
「けちんぼ。」
レインと山神様が、僕を挟んで空中戦をしている。
もう、どうにでもな〜れと言う感じだった。
「このパーティーのリーダーは、そちらの精霊のレイン様、なのでしょうか?」
村長がおそるおそる問うてきた。
「違うのですよ? マスターがマスターなのです。」
そう言うと、左肩に腰掛けていたレインは、右手の人差し指を僕の方に伸ばして、指さした。
そのまま、ほっぺをつんつんとつついてきた。
そういうの、いらんから。
「ううっ! こちらを向いて欲しかったのです。」
「体の大きさ的に、そのトラップは失敗しているから。無理だから。」
「もうちょっといちゃいちゃしたかったのです! 少しは気をつかって欲しいのです。」
「はいはい。」
正直疲れていたので、本当にどうでも良くなっていた。
もう少しゆっくりと温泉を満喫したかったのだが。
「あ、え、うー。よろしいかな? お若いの。」
「え、あ。あー、どうぞ。村長さん?」
「そうだ。わたしがグレイトソーンの村の村長、ビックスだ。折り入ってお願いしたいことがある。」
「それは、冒険者に対して、ギルドを通さない直接の依頼と考えていいのか?」
「うっ。お、お願いしたいことがある。」
「依頼なのか? それともそうじゃないのか?」
「い、依頼です。」
村長の顔に、苦渋の決断が見え隠れしている。
いや、大体依頼内容まで想像ができる。
村を取り返せって言うに決まっている。
お願いと2回も言って来たので、訂正させた。
ようは、お金を払いたくないと遠回しに言っていたのだ。
それはない。
それはいくらなんでもひどい。
「きちんとお金の勘定のできるマスターも、なかなかにいいのですよ?」
「レイン。そんなことよりも依頼内容を、よく聞いていてくれ。くれぐれも聞き漏らさないように。あと、変な依頼を増やされないようにな。」
「お任せなのです!」
顎で、村長に話を進めるよう、促した。
僕は、どう見ても尊大な態度で対応している。
相手の心証は最悪だろう。
でも、それでいい。
すでに若干舐められかけているのだから。
「わたしどもの村を、魔王軍から奪還して欲しいのです。」
「本当に、それだけでいいのか?」
「は? と、いいますと?」
「村長の村は、どうして魔王軍に占領されたんだ?」
基本的なことだが、これ幸いにと情報収集する。
ないとは思うが、罠だったり、スパイが混じっていないとも限らない。
一応、収集できる情報は、事前にしっかりと収集しておく主義。
単純なようで、単純じゃない。
この依頼には、そこそこ問題があるのだから。
「ノナカ、奥さんとしては、助けてあげて欲しいの。」
山神様が、余計なことを言い出して、場を荒れさせる。
「ノナカ殿は、山神様の入婿でしたか。」
「違います。違いますから。誤解しないように。」
「いやしかし、山神様が。」
「本人の妄想です。なんか、最近『奥さんになる』という言葉がマイブームになっているみたいでして。」
「そうなのか?」
「そうなんです。ただ、言ってみたかっただけだと考えてください。」
「そういうものか。」
後ろの方で、レインとかラストとかが、山神様に抗議している。
そして、ロッコとラストが山神様を引きずって、ちょっと僕から離してくれた。
こんがらがって、話が先に進まないことを察してくれたようだ。
「ええと、どこからでしたかな?」
「どうやって、村は魔王軍に占領されたのか、その説明をして欲しい、と言ったところからだ。」
「あ、はい。それでは。」
村長は、ゴホンと咳払いをして、話し始めた。
「簡単な話です。魔王軍の悪魔と魔族、そして魔獣が大量に押し寄せて来て、気がついたら村中の者が、殺されまくっていました。私たちはなんとか物陰に隠れつつ、そこから逃げている最中でして。」
「そこが、問題なんだ。僕らが、村を取り返すのはいい。取り返した後、再び取り返されない保証はあるのか?」
「うぅっ。ありません。そうですよね。そこまではさすがに。」
「魔王軍そのものをなんとかしない限り、結局のところ、本当の意味で村は人間の手には返ってこないんだろう? うっかり住んでいたら、また、犠牲者が出るんだろう?」
「うっ、ううっ。その通りです。ですが!」
村長は、泣き出しそうだった。
聞いていた村人達もそうだった。
そんなことは、言われなくても分かっているとでも言いたさそうだった。
分かっていても、いや、分かっているからこそ、できない。
自分の生まれ育った村に、また魔王軍が攻め込んできて殺されるかも知れなくとも。
村にいたい。
望郷とまでは言わずとも、そういう願望が根強くあることは間違いなかった。
それは、人なら誰でも持つ感情。
そこを責めるのはお門違いだ。
僕が責めているのはそこじゃない。
彼らには、ビジョンがない。
自分たちの将来設計ができていない。
今後、どうしたいのか。
そのためには、何をしなければいけないのか。
短期的目標、中期的目標、長期的展望。
そのどれもが空虚で、他人任せで。
結局一番の当事者に、当事者意識が欠けている。
初見で、そこまで分かってしまうほど、彼らにはそれらが足りていなかった。
運命の奴隷に成り下がっていた。
「それはそうと、ノナカ殿たちは、どちらからおいでなすったのでしょうか?」
村長は、今の話題では進展がないと判断したのか、話題を変えて来た。
人の上に立つだけのことはある。
このまま30分くらい、沈黙が続くんじゃないかと不安になっていた。
「隣の、ウーバン村から。」
村人達はざわついた。
嫌なざわつき方だった。
なんだ?
もしかして、ウーバン村は差別の対象にされているような村なのか?
「本当ですか? あの雪山を。我々でも、この時期には無理です。そんな無茶なことを。」
そっちだった。
考えすぎだった。
単純に、雪山を無理やり抜けて来たことにざわついていたのだった。
「ああ、それで。山神様と一緒に来られたのですね?」
「そうだ。山越えで、西からウーバン村が魔王軍に攻撃された。ネトラレ山の西はどうなってるんだと、憤って確認に来た。」
「申し訳ありません。私どもが不甲斐ないばかりに。」
「国は? サッシー王国なら、優秀な王国直属の国境警備隊がいるはずだろう?」
知っている。
もし、いたとしても無駄だっただろうと言うことを。
でも、村人達は、どの程度状況を把握できているのか知りたかった。
また、国としての、それと万が一にも魔王軍の情報操作のレベルを知っておきたかった。
「それが、私どもの村は国境というわけでは……。」
「どういうことだ?」
「国境は、北の帝国との国境は、私どもの村の北にまだあと2つほど村がありまして。その一番北の村が国境となります。ただ、そちらにも国境警備隊はほとんどいないはずです。」
「なぜだ? おかしいだろ? コソナにはきちんと結構な規模の国境警備隊が駐屯していたぞ?」
コソナには優秀な国境警備隊が存在していた。
同じ国なのだから、同じような規模の国境警備がなされていてもおかしくはないはず。
「では、質問で返すようで申し訳ありませんが、ウーバン村も、帝国との国境です。国境警備隊は駐屯していましたか? 私の記憶では、国境警備隊どころか、国の兵士も領地の兵士も、兵士と名のつくような者は、一人もいなかったはずですが。」
うっ。
そういうことか。
「ということは、ここから北には、街道で帝国に抜けられる道があると言うわけではないのか?」
「ウーバン村とは違って、馬車の通れない、人が歩いて通行するくらいの山道ならあります。それで通関のために、国境警備隊が数名、村に駐屯していました。もちろん、その戦力で魔王軍を撃退できるかと言われれば……。」
「でも、そんな細い道を、やつらはみんなで一列になって歩いて来たって言うのか?」
「いえ。空を飛んできたのでしょう。私どもの村に来た魔族や魔獣も、半数近くは空を飛んでいました。」
「よく逃げ切れたな? この人数で。」
どんな避難訓練しているんだよ。
上から見られたら、逃げているの丸わかりじゃないか。
絶対に見つかるだろ?
「この秘湯までは、秘密の地下通路がございまして。あ、ええ。もちろん大きな岩で塞いでいますので、今は通れませんからご安心を。冬になると、雪が積もるので地上を歩いて来るのは難しくなりますから。」
「どんだけ温泉好きなんだよ。」
「冬には、これくらいしか楽しみがありませんので。」
「そうか。まあ、そうだろうな。」
せっかくいい温泉があるけれども、温泉だけでは生きていけない。
もちろん、温泉のそばは一日中暖かいので、うまく過ごせば凍死する心配はない。
ただ、食料はどうなのだろう。
「備蓄はあるのか? 生きていくための。」
「ここが、避難場所になっておりますので。倉庫にはそれなりに。それに、大体誰かがお湯に浸かっていますし、地上から歩いてくるのは困難な場所にありますので、盗賊にやられる心配もありません。」
ん?
ちょっと待て。
今、何か重要なことを聞かされたような気がする。
「陸の孤島なのか、ここは?」
そりで普通に入ってこれたんだが。
「そうです。周りから崖で一段低くなっていまして。お湯を含んだ川は、これも滝で下に流れ落ちていますし。」
ああ、それで最後に川を飛び越えた時に、ガタンってなったのか。
そり、壊れちゃったしな。
「地図を貸してくれ。どうやって村を取り返しにいかせるつもりだったんだよ!」
「ああ、おい、持って来なさい。」
「はい、ただいま。」
若い男に村長が指示すると、すぐに羊皮紙に書かれた一枚の地図が用意された。
「今いるゆみやの湯が、こちら、そして、その南西に我がグレイトソーンの村があります。一つ北にある村がグレイトアロー、その北の国境にある村がフィール・ド・エッジです。ああ、一つ南にあるのがグレイトフィールの町です。偵察していた若いのによれば、魔王軍は、我らの村からこの町へと進軍していきました。」
「つまり、魔王軍の本隊は、このグレイトフィールの町にいる訳だな。なにか、この町に、魔王軍が侵攻するような特別な施設があったりするのか?」
「よくお分かりで。そうですね、町の西には、女神教の総本山がありまして、この辺一帯は、その女神教の神官長的な方が、区長として治める、『レーベン辺境区』という行政区になっております。ですので、どうしても王国の兵士は少なくなりがちなのです。」
また宗教か。
しかし、女神教も本当に役に立っていないな。
総本山とかあるんなら、神官戦士とか、そういういい感じの強そうな人たちが詰めていてもいいはずなのにな。
とにかく、急ぐ必要があるだろう。
「レイン。じゃあ、その町を占領しに行った魔王軍の本体を壊滅させよう。そうすれば、ウーバン村で枕を高くして眠れるはずだ。」
「そうなのです。あ、でも、この戦力では心許ないのです。ユリを走らせるのですよ? ユリ、マインウルフを1個小隊借りてくるのです。山越えで1日か2日でお願いしたいのです。」
「わふ? オンっ!」
返答の吠え声は、いきなりのオーダーにびっくりしていたようだが。
頭を縦に振って、すぐに出て行ったので、了解したのだろう。
でも、ユリ、結構このパーティーでも主戦力なのだがいいのだろうか。
「マスター。とりあえず、レインとロッコとラストで、魔族を全部消すのです。こっそりこっそり全部消したら、身動きが取れなくなって、悪魔と魔獣だけでは回らなくなるのです。すぐに壊滅するのですよ? そのときにマインウルフ軍団とユリが必要になってくるのです。」
「そう言う作戦か。じゃ、それで。」
そう言って、南の町に出発しようとした。
なぜがユリが戻って来た。
そして、僕が吠えられる。
かなり怒っている様子。
なぜ?
あ!
そうだよ!
「村長、一番大切なことを聞き忘れていたんだが。」
「なんでしょうか。」
「ここから、どうやって外に出ればいいんだ? 流石のユリも脱出できなくて怒っているんだが。」
「あ、ああ。失礼しました。こちらにはしごが。」
組み立て式の伸ばすと20メートルくらいあるとんでもなく長い梯子を用意された。
「これで、ここから上にあがると、すぐに村が見えます。村には入れませんので、歩いて南下すると1〜2時間で町に着きます。町の手前には林がありますのでそちらで様子を見てから突入するといいでしょう。町までは、目隠しになような物はありませんので、大変でしょうけれども。」
いきなり困難な状況に追い込まれていた。
かなり大きくなったユリを、僕が背負って登るのは困難だ。
もう、僕より大きいからね。
よしんばやったとして、はしごが耐えられそうにない。
二人も一緒に登ったら、かなり重いからね。
とりあえず、僕が先に梯子をのぼった。
僕がはしごの中央ぐらいまで登った時。
ユリが、助走をつけて飛び上がると、僕の背中とか肩とか頭を踏み台にしてさらに跳躍し、2段飛びの要領で上まで上がっていったのだった。
はしごが嫌な音を立てていた。
ブックマークありがとうございました。
皆様のおかげでPVも60,000を超えました。
心より御礼申し上げます。
これを心の糧として、今日も頑張って書いてみました。
本文の話です。
3つも村を設定したのですが、3つがそれぞれどこなのか、設定資料に書いたにもかかわらず、自分の中でしっくり来ていなくて、さっきまで、グレイトアローの村とグレイトソーンの村を取り違えていました。
国境の村は、名前、個性が強すぎて間違いようがないので、安心です。
それはそれとして、次回から、また、魔王軍とガチンコで戦います。
ごめんなさい。
嘘です。
正面切って戦うことって、この作品上では少ないですよね。
また、野中が何か小狡い手を使ってなんやかんやして、戦うと思います。
ネタは色々ありますし。
それでは、ネタ切れで書くの無理とか言って逃げ出さなければ、明日も12時すぎに。
訂正履歴
歩いてなんか → 歩いて南下
目隠しになような者 → 目隠しになような物