第86節 魔王軍への後手になった対策
世の中には、仕事熱心な人がいるようで、頑張る人は応援したいところです。
ただ、それが自分たちを攻撃するのに使われるのであれば、話は大きく変わってきます。
そこは、勤勉であることを恨みこそすれ、応援したら自滅してしまいますし。
今回はそんなお話です。
それでは、どうぞ。
<異世界召喚後35日目夕方>
場所:ウーオ帝国ウーコースト領イツナの町北東
視点:野中
「人形王に、俺はなる!」
「そういうの、いらないのですよ? 真面目にやるのです。」
「いや、しかし、なあ。」
雪の積もる人形王の城には、大量の人形達が、大きなイノシシの魔物を屠った後だった。
問題は、そこじゃない。
大量の人形達だ。
すごくかわいい。
というよりも、版権ものがたくさんある。
つまり、異世界転移者の仕事、日本人が作った人形だと断言できる。
ただの人形じゃない。
等身大フィギュアだった。
しかも異世界なので、普通に生きているみたいに動いているし。
「持ち帰ってもいいかな? すごい精巧にできている。胸も揺れてるし。」
「だ、だめなのです。危険なのですよ? それに、生身の女性に失礼なのです!」
「いや、しかしなあ。」
「持ち帰るのは、イノシシ肉だけなのですからね?」
「もったいない。」
「あと、見つかると攻撃されそうなのです。近寄っちゃメッ! なのです!」
納得いかない。
でも、レインがお冠なので、遠慮しておこう。
同じ人形枠として、危険だと判断したのかもしれない。
レインもそういえば、最初は人形のふりしていたしね。
イノシシ肉をレインが空間魔法で鞄にしまうと、そそくさと帰ることにした。
そこまではよかった。
「人形王のお城に、ようこそ。」
帰ろうとして、踵を返した途端、真後ろ、耳元から聞き慣れない声がした。
振り返るとそこには、アニメっぽい等身大フィギュアが1つ立っていた。
なんかあれだ。
学園もののアニメだ。
エロ可愛い制服だった。
金髪ツインテールだった。
「今、しゃべったか?」
うっかり返事をしてしまった。
「聞こえなかったのかしら? 人形王のお城にようこそ。」
「おかまいなく。」
そう言うと、踵を返して帰ろうとした。
「にんぎょうおうの! おしろに! よ・う・こ・そ!」
回り込まれた。
しつこい。
でも、すごい美少女フィギュアだった。
胸もゆれているし。
どうなっているんだろう、構造的に。
「何がしたいんだ?」
「お客様が来たから、もてなしてあげても、いいんだからね?」
「あんなふうにか?」
そう言って、八つ裂きにされている、大きなイノシシの魔物を指さした。
「てへっ。」
「いやいやいや。そこ、ごまかせてないから。」
「ちょっとだけ、とうばつしちゃった。モンスターだし。」
「人間は、討伐しない?」
「え、ええ。当たり前じゃない。私たちは人形なのよ? 人間に危害は加えられないわ。」
「ロボット三原則?」
「なぜそれを!」
驚いてみせる人形。
いや、人形王の城とか言われていなければ、人形だとは思わなかったよ。
アニメ顔さえ見なければ。
「じゃあ、そういうことで。」
3度、踵を返した。
「あなたの知りたいこと、不思議に思っていること、何でも答えちゃうのになぁ。」
「それはほんとうか?」
「すごい食いつき。」
「じゃあ、まず、お名前から。」
「デレ子。」
「へ?」
「デレ子。」
「マジで?」
「しょうがないじゃない。制作者にネーミングセンスがなかったの!」
同情した。
自分もネーミングセンスはないけれど、これはない。
あれだろ? ツンデレのデレに子をつけてみただけだろ?
ネーミングというのもおこがましい。
「すまない。聞くべきじゃなかった。」
「あなたのお名前は?」
「ええっと、レイン? 答えてもいいのかこれ?」
「そこで、レインの名前を呼ばないで欲しいのです。」
「へー。そこのお人形さんみたいな精霊さん、レインっていうんだ。」
「そ、そうなのです。マスターにつけてもらったのです。可愛い名前です。気にいっているのですよ?」
腰に両手を当てて、えっへんとドヤ顔をするレインさん。
そこ、あんまりいいネーミングじゃないのだから、大きい顔しないでいただきたい。
主に、僕の名誉のために。
「で、あんたの名前、教えなさいよ? まさか、私より恥ずい名前なんじゃないでしょうね。」
「浩平。野中浩平だ。」
「そう。平凡な名前ね。そうね、あなた達の知りたさそうなことって言えば、あれかしら。」
そう言って、今度はデレ子の方が、八つ裂きにされた大きな猪の死骸を指差してきた。
「あんまり知りたくはないが、知りたくはないが気になってはいる。」
「あれはね? 私たちがやったの。だって、ひどくない? お城の中を荒らそうとしていたのよ? あと、悪魔に至っては、ブサイクな奴らとか言っていたから。美的センスゼロだから。」
ああ、あいつら、そういう言わんでいいこと言って、ひどい目にあったのな?
そういうのは、思っていても言ってはいけないって、小さい頃教わっていないんだろうな。
悪魔だし。
むしろ、逆の教育を受けていそうだし。
「あの悪魔も、あと一歩のところで殺せるところだったのに、空間魔法で逃げられちゃった。てへっ。」
かわいい、そしてあざとい。
でも、今時擬音で「てへっ」とかない。
いつの時代だよと。
ああ、一昔前の勇者が恩寵で作ったんだろう。
そして、自らを「人形王」とか名乗っちゃう、痛い子だったと。
「ちなみに、お前さん達の製作者は、どうした。寿命で死んだか?」
「え? まだ、ピンピンしてますけど。なんなら、あの悪魔を追い詰めたのは、私たちのマスター、人形王だし。」
「なんだと?」
存命なのかと。
少なくとも、10年から20年前に日本からこちらの世界に旅立ったことに間違いはないはず。
ならば、生きていればかなりのいい歳だ。
ちょっと、等身大フィギュアとか、うっかり家に飾れないような年頃だ。
まあ、稼ぎ的には、うっかり制作したり、発注したりできる年頃でもあるけれども。
「そっちはいい。悪魔の話を聞きたい。弱点とかについて。」
「弱点は、耳とこめかみ。」
「それは、普通だから。そういうんじゃなくて。」
「精神的に弱い。言葉責めしたら、凹んでた。よってMではない。」
「その情報いらない。」
真面目にする気はないみたいだが、情報を収集しておかなければ。
「あとは、コソナの砦がどうのこうのとブツブツつぶやいていたし。王国側から、攻め滅ぼしてやるとか言っていたし。」
「王国側?」
「なんか、昨日か一昨日か、王国側の村を一つ占領したとか自慢してたし。そこから、コソナの砦に攻め込むんだーって言っていたような気がする。」
ちょっと、看過できない情報だった。
「すまない。僕たちは、あの悪魔から街を守らないといけない。申し訳ないが、すぐに帰らせてもらう。」
「いいけど。面白そうだから、勝手についていくし。」
「着いてくんなし。」
「フィギュアだから、服の着せ替えもできるし? そういうの好きな変態でしょ?」
そういう意味じゃないんだけど。
まいったな、こりゃ。
「レイン、おそらくあの悪魔は、コソナに攻め込んでくる。」
「でも、それは早くても明日なのです。1日に2回も攻め込んでこないのですよ?」
「いや、今日中になんとかしないとっていっていたから。」
「そうだったのです。今日はもう終わりそうなのにです。」
顔を見合わせて、ちょっとお互い青くなっていた。
「かえろう。」
「そうなのです。すぐに帰るのですよ?」
「魔王軍情報もあるんだけどなー。」
「また来る。」
「ならよし。」
こうして、再び訪れることを告げたことで、なんとか許してもらえた。
もしかしたら八つ裂きにされていたかと思うと、ヒヤヒヤして仕方がなかった。
日が沈んでいくのを見つつ、コソナ砦に帰ろうとした。
国境の壁の上をコソナ砦に向かって歩いていると、いつの間にかできていた線路の上を猛スピードで進んでいくトロッコがあった。
運転席には、ヒャッハーしている元山賊団の子分が。
トロッコの座席には、大岩井さんと、ライトエレメントが。
それぞれ乗っていた。
見たまま、緊急事態のようだった。
なら、僕らも行かなきゃだめなんじゃ?
とりあえず、ここからでは下に降りられないので、コソナ砦まで戻った。
ちょうどいいところに、マインエルフのワングマンがいたので聞いてみた。
「何があった? ワングマン。」
ワングマンは、肩をピクッと反応させると、おそるおそるこちらを向いた。
「団長を、オーイワイ団長を助けてください! お願いします!」
そう言って、縋り付いてきた。
かなり切羽詰まっているご様子。
とりあえず、情報をよこすように言った。
「ウーバン村が、魔王軍に襲われています。奴らは西の雪山を乗り越えてやってきたイノシシ軍団です。」
いや、それ、どっかで見たよね?
あれは、今日、イツナの町の街道だったと思う。
イノシシは、人形王の城で全滅したと思ったのだけれども。
また補充しやがったのか、こんちくしょうめが。
ちょうどいいタイミングでコソナ砦にトロッコが戻って来るのを確認した。
漕いでいるのは親分じゃなくて子分達だった。
動力3両にトロッコ1両。
しかもトロッコは空。
僕が気づいたのも、激しいレール音とヒャッハー! という叫び声。
視界に入れてみたときのスピードは、歳には勝てない親分よりもずっと早かった。
つまり、ずっと危険走行だった。
かれらにブレーキの概念はなかったのだろうか。
コソナ砦前の駅は未完成で、レールの端に車止めができていない。
気がついて急ブレーキするも、もちろん止まれるはずもなく。
ギリギリタイヤ一個分だけの脱線で済んだのは、そのテクニックを褒めてやりたいぐらいだ。
説教部屋行きだけどな。
慌てて咎めなければとトロッコに接近すると、何か叫んでいるのがわかった。
「社長! 早く乗ってくだせぇ! このままじゃ、ウーバン村は全滅だ!」
「なんだと?」
「空爆されてるんだよ! 空から爆弾が降ってきて、犬っころの作った強固な城壁が破壊されてるんだよ。このままじゃ、負ける。だから、すぐに乗ってくれ。」
そういうことならばと、急いで乗車する一行。
引き続き、精霊軍団パーティーだった。
定員ギリギリだった。
ハイドウルフのユリが幅を取っていたのが原因だった。
そんなことはお構いなしに、トロッコは進む。
そして、僕たちがウーバン村に着いたときには、すでに手遅れの様相だった。
雪の降りそうな低くて厚い、灰色の雲の上から、爆弾が投下され続けている。
流石のマインウルフが作った城壁も、爆発の前には粉微塵だった。
レインが激怒して雲を突き抜けるように飛んでいくと、その半数を撃滅させてきた。
「ひどいのです! せっかくの綺麗な村の風景が台無しなのです! 絶対に許さないのです!」
「おおお、おちつけ、レイン!」
「こここ、これが、落ち着いていられますか!」
そう言って、ボコボコにされた村の家や畑を指さす。
確かに、落ち着いてはいられないだろう。
そんなことよりも大きな問題があった。
「レイン、そんなことより、ヤバいぞ? マインウルフ軍団が壊滅しそうだ!」
「ふぇ? あ、ああーっ! ほ、本当なのです! 急いで救助するのです!」
慌てて傷ついたマインウルフ達を救助する。
大きな怪我を負った者、瓦礫の下敷きになった者、爆発の直撃を受けた者。
皆一様に、疲弊していた。
自分の分と言われていた、ドライアドの蜜を無理矢理飲ませて、回復させていく。
奇跡のような回復力を引き出すため、とにかく死者を出さないように、少しずつ分け与えた。
回復はした。
死なない程度には。
でも、今の状態では、戦闘で使えそうにもない。
なんなら、敵から逃げることすら叶わないだろう。
そんな、重傷のマインウルフ達が、自分のことも顧みず、僕に警告してきた。
「社長! 俺たち、しくじった! あいつら、集団で山越えしようとしていやがる! もう、敵主力は、コソナに向かった! 頼む、コソナを守ってくれ!」
死力を尽くしたマインウルフ達は、1000匹はいた大きなイノシシ型モンスターを、カメ鶴の空爆に巻き込まれたのも計算に入れれば、900匹は倒した。
残りの100匹は見当たらない。
つまり、敵主力は、その100匹のことを指しているのだろう。
そして、そいつらは、コソナに向かったと。
内側からの攻撃には、どの街も弱い。
コソナも例外ではなく、ウーバン鉱山側からの攻撃には、とても弱い。
「すまん。動けるのだけでも手伝っってくれ。残党勢力を根こそぎ討伐する。コソナを守るぞ!」
「待って、ノナカ。動けないのは私が面倒を見るよ?」
申し出てくれたのは、なぜか村のすぐそばまで来ていた、人型に変身しているドライアドのニース。
さっき使った、チートな回復薬の作り手だ。
制作方法は、いかがわしいので秘密らしい。
逆に気になって仕方がない。
彼女は、その回復薬を使うのではなく、回復魔法を使っていた。
集団で、少ない量ではあるものの、HPが確実に回復していた。
僕の分まで含めて。
「ノナカ、こっちは大丈夫。コソナに行って。悪魔から町を守って!」
そう言うニースの腕には、傷ついて気絶した大岩井さんがエロい格好で抱きしめられていた。
もっと早く気づくべきだった。
ガン見しようとしたら、レイン達に怒られた。
律儀に待っていた元山賊団の子分達の運転するトロッコで、コソナに急行した。
いや、特急だった。
鉱山を抜け、魔物のいた森を抜けて、国境警備隊本部前を通過したとき、ウーバン村を襲った悪魔と大イノシシ、そして、どこから沸いた魔族100人くらいの背後をとった。
オールドコソナの町には火の手が上がり、遠目にも、コソナ砦は陥落寸前だった。
ブックマークありがとうございました。
本文が駆け足のような内容で、申し訳ありませんでした。
とにかく、後手後手に回ると言うのは、何事でもうまくいかないものですね。
後の先とかいう言葉もありますが、それは達人の剣士が使う言葉。
なかなか常人には適応されないものです。
それでは、後の先を取られまくったりしなければ、明日も12時すぎに。
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