第84節 みんなにやさしい攻撃しない戦争
戦争ってそもそもなんなのだろうと。
そう思って調べ始めたら、止まらなくなってしまいました。
そうして、戦争映画を何本か見て、ちょっと泣いて、それから感化されつつ書いてみました。
影響、受けやすいです。
それでは、どうぞ。
<異世界召喚後34日目早朝>
場所:ウーオ帝国ウーコースト領イツナの町北側平原
視点:大岩井(大岩井)
みなさん、おはようございます。
大岩井です。
いきなりですが、とにかく、スピード勝負です。
夜明け前から砦を飛び出した、私とマインウルフ軍団300匹。
その半数は、ワングマン工兵隊長以下で、直接イツナの町を目指しました。
イツナの町北側に、国境の壁を作ってもらうためです。
昨日の練習で作った通り、1匹あたり20メートルを担当してもらいます。
計算上は、3キロの壁が20分〜30分で作成されます。
もちろん、壁ができた分の岩石は、その北側から材料をいただいています。
ということは、ご一緒に堀までできてしまう一石二鳥の壁です。
あまりの生産性の高さに、惚れ惚れしてしまいます。
テンションが上がってしまいますよね。
残り半分は150匹と私です。
国境警備隊本部付近を起点に、私の指示でひたすら北に向かって国境の壁を伸ばしています。
この二つの壁が合体するまでに、今まで、およそ3時間かかりました。
そう、3時間。
たったの3時間で国境線が修正されてしまいました。
東側にある海から、朝日が登り始めました。
日が出ると同時に、コソナ国境壁北側の森に攻め込む勢力がいました。
国境警備隊の異種族連合の方々です。
森に住む魔族と魔物たちを、各個撃破していきます。
圧倒的。
圧倒的戦力の前に、魔王軍が組織だって抵抗してくることはありませんでした。
いえ、これは正しくありませんね。
つまり、魔王軍自体は、この領域内にはいなかったと言うことです。
それでは、今までの連続攻撃はどこから出発されていたのでしょうか?
空や海から攻めてくるならまあ、遠くからでも理解できます。
陸地から攻めてきたことがある以上、近くに本拠地、少なくとも占領した基地があって然るべきでしょうに。
地中を進んできた時もそうです。
近くに本拠地があることは間違い無いのです。
そこを叩けば、しばらくは平和になるはずなんです。
マインウルフ達には、壁を作りながら、魔族の匂いを探し出すよう、申し伝えておきました。
でも、見つけ出したのは、壁の内側の森の中にいた少数のはぐれ魔族。
そして、餌になる魔物達だけでした。
撤退したのかもしれませんね。
ちょっと、期待がよぎってしまいました。
いけませんね。
これを油断というのでしょう。
なんともあっさりと、イツナの町は、奪還できてしまいました。
でももちろん、それではい終わり、とはいきません。
徹底的に魔王軍を叩いておかなければいけません。
これは、伊藤さんの好きな効率性の問題です。
攻め込まれる前に、そもそも攻め込めないように攻撃できれば、被害は小さくできます。
少なくとも、国内の被害は発生しません。
ならば、今日も攻めて来るはずの魔王軍を、先手を打って攻撃したいところです。
国境警備隊も、王国兵士団も、やる気満々。
装備も綺麗に整っています。
でも、そう言う時に限って、相手を発見できないのです。
匂いを追いかけても、どこにもいないのです。
ですから、目的のために手段を変えます。
隠れていた住人達に、目撃情報の聞き込み調査をすることにしました。
そもそも、魔王軍はどこから来たのでしょうかと。
それによって、ある程度、本拠地の位置や規模を推定することができるからです。
魔王軍自体は、この町にはあまり興味を示さなかったそうです。
確かに、破壊の跡がほとんどありません。
魔王軍が通過した後にしては綺麗すぎるのです。
本当にただ通過しただけのようです。
少なくとも、大きなイノシシ軍団の攻め込んできた時と、大きなイモムシ軍団の攻め込んできた時には、この町を素通りしていったと言うことでした。
余計なことですが、穴掘りは、やはり最短ルートで短めに掘ったようですね。
もしかするとそのうち、その大きな穴が見つかるかもしれません。
しかし、問題はそこではありませんでした。
住民の一致した意見から、魔王軍の本拠地は、町から見て北西の方向になるようです。
なぜなら、街を素通りした魔王軍は、そのそも北西の街道沿いから攻め込んできたそうなのです。
いけません。
これはいけませんね。
街道。
街道があったのですね。
道、新しい国境の壁塞いでしまったかもしれません。
あとで、確認しなければいけませんね。
「塞いでいません。大丈夫ですから。塞いでいませんから。あとで門扉を作ってください。それまでは、別の石で塞いであるだけですので。」
ワングマンが私の心の機微を読み取って、そう、回答しました。
塞いでいないけど、塞いどきましたと言う、とんちのような報告。
わかりにくいけど、面白くて結構です。
つまり、今は門扉が無いので、一時的に通行止めになっているのですね。
その通行止めで、酷い目に遭わされている人がいるとは、この時は気が付きませんでした。
もっとも、すぐに伝令が知らせてくれましたけれども。
<異世界召喚後34日目朝>
場所:ウーオ帝国ウーコースト領イツナの町
視点:野中
既にバッファローと同じくらいの大きさになったハイドウルフのユリ。
そのユリが僕の顔を激しく舐め回すことで、無理矢理目を覚まさせてきた。
コソナ砦の寝室で、連日の疲れが出て、深く、とても深く爆睡していたところをだ。
あまりの行動に、敵襲か! とも思ったけれどもどうやらそうでは無いらしい。
ハイドウルフのユリは、大岩井さんが荒ぶっている件について、僕に伝えたかったらしい。
でも、所詮はハイドウルフなので、なぜ、慌てて僕を起こしたのかが伝わってこなかった。
寝る前にはいなかったはずのレイン先生が、結果的には一緒に寝ていて、僕の胸の上でパジャマから臍を豪快に出しつつ、僕の胸元によだれを垂らしていろいろ台無しにしていた。
毎度毎度、僕が寝てから潜り込んでくるらしいこの精霊様は、普段なら、僕が起きる前に目を覚まして、よだれを拭いてから、身支度をするのだけれども。
今日は、ユリが、結構早いタイミングで起こしてしまったが故に、この、他の方にはお見せできないような、魅力駄々下りの格好を見ることができてしまった。
嬉しく無いけどね。
両脇にひっついていて、寝返りを打つのを効果的に邪魔してくるロッコとラストも目を覚ました。
「ん? どうしたの? ユリが慌ててる?」
「ましゅたー、もうすこしだけ。もうしゅこしらけくだしゃい。」
ロッコは平常運転。
ラストもいつも通り、まだ半分エロい夢の中らしい。
この子、すごいな。
毎日確実にエロい夢を見ているって、どんだけだよ。
羨ましすぎる。
普段なら、ユリの通訳をしてくれる、マインエルフが一人もいなかった。
大岩井さんもいない。
じゃあ、と見回しても、異種族関係の人もいない。
あれ?
なんか、みんないない感じ。
置いていかれた感、満載なんですけど。
そして、ユリを見ると、頭を縦に振って、そうですよ! と訴えていた。
不安になったので、砦の窓から帝国側を確認した。
昨日、大岩井さんが練習と称して作った、無駄に立派な壁が1キロ先に見えていた。
この距離からでも確認できる。
万里の長城並みだ。
この壁が、途中で曲がって、この砦とつながる、国境の壁に接続している。
つまり、守りが多少堅くなったのだ。
しかし、その視界に違和感があった。
国境の壁に接続しているその練習用の壁が、なぜか2つもあるように見える。
2つ目がかなり遠かったので、視認には限界があるが、間違いなく2つある。
そして、2つ目も、同じように北に向かって伸びていき、地平線に消えていった。
ん?
え?
どゆこと?
あんな壁、あったっけ?
どうだろう。
昨日までよく見ていなかったからな。
国境の壁が他国の領土まで伸びているとか、普通考えないし。
まあ、今日はそう忙しく無いし、その2つ目の壁を見にいくことにした。
ピクニック気分でだ。
かしましい精霊3人組とユリの4人1匹パーティーで出発した。
ユリが急かすので、みなかなり急いだ。
ほんと、ちょっと走るくらいの感じだった。
そして、この壁が、練習用では無く本番用であることに、途中で気がついてしまった。
なぜなら、イツナの町を囲んでいるのが遠目に見えてしまったから。
昨日の今日で、この仕事。
大岩井さん、やるな。
何かあっても伊藤さんに文句を言わせないつもりらしいこの仕事ぶり。
そんなことを考えながら歩いていると、イツナの町から内陸に向かう街道のところまで来ていた。
もちろん、そこで、上を歩いてきた国境の新しい壁は、途切れていた。
門でも作るつもりなんだろう。
でも、塞いどかないといけないので、外側に、壁と同じ素材、同じ大きさの蓋がしてあった。
門は作りますよ? アピールだった。
もちろん、今の状態では出入りできない。
なんなら、蓋がある分他の場所よりも強固な守り。
そして、目があってしまった。
その門、あとで作ります的な場所で、門をくぐらんとしている、魔王軍と。
その魔王軍の指揮官的幹部らしい魔族と。
いや、レイン先生が言うには「悪魔」だった。
先日来、何度も攻め込んできている悪魔だった。
「ああ、先日はどうも。」
ついうっかり、社交辞令的な挨拶をしてしまった。
あまりに突然で、頭が追いついていかなかったからだ。
「あ、おう、そうだな。こちらこそ。」
身長3メートルはある、頭の両サイドからバッファローのようなツノを生やしている悪魔は、壁の上に立っている僕を見上げてそう言った。
「すまんが、こんなところに壁なんかあったか? この間通った時にはなかったんだが。」
「無かったよな? そうだよな、無かったよな? それを、確かめに来たんだ。」
魔王軍は、もちろんこのあと、コソナ砦攻略に勤しむ予定なのだろう。
原点に戻ったのか、大きなイノシシ的な魔獣をたくさん引き連れていた。
しかし、こっちの壁は、厚さ3メートル、高さ10メートルはある代物。
流石に3メートル級の猪でも、歯が立たない。
「今日は、工事中なんでしょう。日を改めてはいかがでしょうか。そのうち、工事も終わるでしょうし。」
「そうか、でもな。でも、今日こそは、今日こそはコソナ砦を攻略しないと不味いんだよ。」
「どうしたんだ? 何か問題でもあるのか?」
「いや、先日から6日間ぐらい連続で攻め込んでいるんだが、なんか、強すぎるモンスターがたくさんいて、歯が立たないんだよ。いつからコソナはあんなに強固になったんだ?」
明らかに相手は、僕のことをこの町の住人か何かだと勘違いしている。
ならば、好都合。
聞き出せるだけの情報を聞き出してしまおう。
「それは、本当に人間の国なのですか? 同士討ちとかしていませんか?」
「同士討ち?」
「だって、モンスターで防衛するって、魔王軍の専売特許でしょう? そんなことしているのなら、そこにも魔王軍がいて防衛しているんじゃ無いのか? 同士討ちじゃ無いのか?」
「マジか? その発想はなかった。先に占領されていたのか! 確かにあの守りの硬さは人間の防御力じゃ無い。しかも、ウルフ系の魔物とかも城壁で守っていたし。」
「なら、決まりじゃないか。どこの部隊が占領したのか、確認した方がいいんじゃ無いのか? 同士討ちしたなんて知られたら、問題だろ?」
「そうか。そうだな。ありがとう。旦那、一旦確認してくるよ。」
その大きな悪魔は、そう言うと街道をのっそのっそと北西へと戻っていった。
いいんかい!
「マスター、結構ひどい男なのです。」
「いや、あいつらが勝手に勘違いしただけだし。」
いや、意図的に勘違いさせたと思われる。
「ちょっと、尾行してみるのです。」
「流石にばれるだろ。」
「でも、敵の本拠地がわかるかもですよ?」
既に敵地にかなり深く入り込んでいるのだが。
「追尾なのです。」
レイン先生のわがままにより、追尾することになった一行。
悪いことに、この街道、山道だ。
途中から、雪が積もり始めている。
そして、漏れなく、ウーバン山脈の一部だった。
「いらっしゃい。みなさん。」
満面の笑みで、両手を腰の後ろで組んで、街道の中央に立つ、可憐な少女が、いた。
僕たちの微妙なパーティーを出迎える山神様だ。
彼女は、ウーバン山脈の地域ならどこからでも湧いて出てくる。
ちなみに彼女から逃げ切ることは不可能だ。
ひとりが見ている山神様は常に1人。
でも、山神様は何人も並列して存在できるらしい。
あれだ、アリバイが成立しない系の女の子だ。
いや、アリバイが成立しまくる系女子だ。
いろんなところで出逢っちゃう系の女の子だ。
「山神様は、どうしてこちらに?」
「だって、ノナカたちが何か面白そうなことしているから。わたしも、まぜて?」
「あの、お言葉ですが、今、魔王軍を尾行しているところなのですが。」
「尾行しているの? どうして?」
「あんまりにもコソナ砦に攻め込んでくるもので、なんとかしたいなと。」
「そうなの?」
「そうです。」
ちょっとほわほわしたところのある女の子だけれども、厳しいところは厳しい。
Noと言える精霊さんだ。
こうして、ユリ1匹と精霊4人を引き連れて、魔王軍の猪軍団を追尾すること2時間。
ついに彼らのアジトにたどり着いた。
お城だった。
かなりうらぶれたお城だった。
「山神様、あのお城、なんですか?」
「あのお城? あれは、人形王のお城。今はもう誰も住んでいないの。でも、街道から見えるから、うっかり雨宿りしようと行ってしまう人がいるの。」
「行ってしまうって、行っちゃダメなお城なんですか?」
「今はダメ。人形王が亡くなってから、誰も人形を管理できなくなっていて。普通に強いの。そのお人形さん達。私でも無理。」
おい!
なんだよそれ!
あれか?
人形って言っても、女の子が遊ぶようなお人形さんとかじゃなくて、殺人人形的な、攻撃型兵器的なあれなのか?
でも、ちょっと見てみたい。
「ちなみに。」
「なあに?」
「入った人はどうなるのでしょうか? 魔王軍、入っちゃいましたけど。」
「酷いことをされて、八つ裂きにされるの。絶対に近づいてはダメ。」
遠くで断末魔のような声が聞こえた。
うぎゃー! って。
お城の方から。
「なあ、レイン。」
「どうしたのです?」
「もしかして、僕たち、さっきの魔王軍、偶然討伐しちゃっていないか?」
「少なくともさっきの悪魔は死んでいないのです。空間転移で逃げやがったのです。あと一歩だったのですよ? 猪軍団は、可哀想なことになってしまったのです。」
「そうか。」
「そうなのです。」
「肉、確保に行こうか。」
「だ、だめですよう。死んじゃいますよ?」
「そうか。」
「そうなのです!」
この日の魔王軍の襲撃は、こうして人知れず失敗に終わった。
大きな猪肉の確保には、ちょっとだけ成功した。
魔王軍を倒すのは、何も主人公達や人間達だけとは限らないのですね。
自分より格上の相手でも、うまく移動させたり利用したりすることで、倒すことができるのです。
ただ、魔王軍は、ブラック企業も真っ青の酷な労働環境です。
少なくともパワハラからは逃れられるようにしてほしいところです。
それでは、私もパワハラに遭遇しなければ明日の12時過ぎに。