第30話 敵の強さ調整ができていないハードモード
今日はこの章最後のお話。
話のスピードがかなり早くて、テンポ的に、会話は少なめ。
実質的に、この内容で3話分くらいにはできたはず。
猿渡のパーティーと魔王軍との戦いが見え始めてきます。
それでは、どうぞ。
<異世界召喚後19日目午前中>
場所:サッシー王国マッカース公爵領
視点:猿渡
およそ一週間かけて、街道を東へ進んだ。
山や森の中を抜けて、王国東部でも規模の大きい、マッカース公爵領にたどり着いていた。
公爵領に入ってから、変わったことがある。
街道で兵士と行き交うことが多くなった。
と言うよりも、ここまではほとんど行き交うこともなかった。
忙しそうなので、話を聞く訳にもいかなかったが、とても気になった。
流石に気になって、隊長が同じ方向に進行していく兵士から話を聞きだした。
軍機につき、話せないことも多いのですがと。
どうやら、隊長とその兵士は、知り合いのようだ。
兵士たちは、町までキャラバンと同行することになった。
そもそも、聞けば、その町が隊長のキャラバンの本拠地であるとのこと。
道すがら、聞き出せる情報を伝えてもらった。
公爵領で軍事的にのみ管轄しているレーベン辺境区との連絡が取れていない。
それが、混乱の原因だった。
レーベン辺境区は、マッカース公爵領の北側にある、大森林地帯。
辺境区、というのには、領主はいない。
区長と呼ばれる神官が、領主の代わりになっている。
女神教とよばれる宗教、サッシー王国の国教であるそれの、直轄区だというのだ。
宗教的に重要な施設があるらしい。
もちろん、連絡が取れないのは異常なので、兵士を何度か送り込んでいる。
状況を確認したら、すぐに戻るようにと命令されて。
しかし、ベーレン辺境区へ行った兵士は、一人として帰ってこなかった。
そして昼前に、ここ、目的の町に到着した。
隊長の店の本拠がある、マッカース公爵領の領都、モベート市。
町に入ることはできないと思っていたが、隊長のキャラバンは、フリーパスだった。
警備的にガバガバだった。
同行してきた公爵領の兵士たちは、皆、礼を言って兵舎に戻って行った。
僕たちが狩りとっていた肉をどっさり渡していたのを、僕は見逃さなかった。
あれは、そう。
あれは、完全に賄賂だった。
そのおかげで、僕たちは野宿を回避することができた。
隊長の大きな家に泊めてもらえることになったからだ。
家付の執事やメイドたちに給仕をしてもらっての食事は、落ち着かず味がわからなかった。
ただ、贅沢な料理だったと言うことだけは間違いなかった。
久しぶりにベッドで寝ることができた。
強制的にシンシアと同じベッドだった。
既成事実を作られかねない。
心配していたが、疲れていたのでそんなこともなく爆睡した。
夢の中では、このところ毎晩、死神と戦っている。
最近、だんだん抵抗できるようになってきた。
魔法を上手に使えるようになってきたことと、うっかりレベルアップしたことと。
レベルは4になって、「水」魔法をLv3で、「光」魔法をLv4で習得した。
馬車の中では暇だったので、ひたすら魔法の研究ばかりしていた。
その成果が、就寝中の夢の中で発揮されている。
死神、「光」魔法に弱いらしい。
なぜか、絶対に当たらないように避け、距離を開く。
そのおかげで僕は、寝ている最中に絶叫することが少なくなってきた。
もっとも、起きるとHPもMPも減っていて、全身汗だくではあるけれども。
体を拭くところから、1日が始まるようになっていた。
起きている間に襲って来られたらとも心配したが、今のところその様子はない。
<異世界召喚後20日目午前中>
場所:サッシー王国マッカース公爵領モベート市
視点:猿渡
隊長の妻の弔いをしようと教会の神官が呼ばれていた。
朝イチだった。
かなり高位の高齢の神官のようだった。
もちろん、隊長とは、かなり親しいご様子。
しかし、隊長の妻の様子を見て、怪訝そうな顔をしたその神官は、魔法を使っていた。
結果に何やら納得すると、隊長にいろいろと伝えていた。
簡単にまとめると、呪いのようなものがかけられていて、弔うことができないそうだ。
鎮魂の儀式である葬儀で、魂解放の儀式を行っても、魂を解放できないと。
教会の仕事は、死者の魂を肉体から確実に離して、女神様の元へと確実に送り込む。
途中で悪魔に簒奪されないように頑張るのがお仕事だ。
悪魔に魂を簒奪されると、その分だけ大魔王の勢力が力を増し、女神様の力が弱まると。
そういう説明だった。
隊長の嫁の件では、思い当たる節があります。
そもそも隊長の嫁は、死体になって1週間以上たっているのに、まだ腐っていない。
もちろん死者なので呼吸や心拍もなく、ただ静かに寝ているだけだ。
ずいぶん前から気がついていましたけど。
ああ、僕、何かやばいことしたみたいだ。
隊長の嫁さんは、神官の指示で、極秘で、隊長の家に寝かせておくこととなった。
これは、問題なので、口外せぬようにと、釘を刺されていた。
あと、生き返るとか、そう言うこともないので、期待せぬようにとも。
隊長は、あからさまに落胆していた。
そうですよね。期待しちゃいますよね。心中お察しします。
心配なので、神官が帰って落ち着いたところで、シンシアと一緒にベットに行った。
やはり変化なく、寝息も立てずに静かに寝ているだけのように見えた。
シンシアに請われて、また、「生物」魔法を使った。
パズル上で、魔法ピースを4つ作ることができて、はめてみた。
やはり僕はその直後気絶した。
すごくうなされるほど、複数になった死神たちに、夢の中で無抵抗に殺されまくった。
起きてからまた確認するも、心臓も動かなければ呼吸もしていないし、体温もない。
でも、肌艶はよくなり、何も言われなければ生きているようにさえ見える。
いったい僕は、何をしてしまっているのだろうか。
自分の魔法が、何をしているのか理解できていない。
でも、もしかすると生き返るのではないか。
神官は否定していたけれども、そんな甘い希望を抱いていた。
シンシアから泣いて懇願されて、しばらくそんなことをしつつ、店を手伝うこととなった。
一週間近く経って、ピースが1割くらい埋まっても、もちろん生き返ることはなかった。
<異世界召喚後27日目午前中>
場所:サッシー王国マッカース公爵領モベート市
視点:猿渡
隊長が、朝早くから領主に呼び出された。
戻ってきた隊長から話を聞いたところ、予想の範囲だった。
次の兵士の偵察任務に、キャラバンで商売をしつつ同行することを懇願されたらしい。
目標は、ガーター辺境伯領の西側、ベーレン辺境区。
僕たちとしては、ベーレン辺境区から東に向かって山越えをすれば、親友の野中のいるウーバン村、ガーター辺境伯領にたどり着く。
冬山登山の装備が必要なんだそうだ。
確かに、この町は雪がないけれども、北に見える山は、全て白くなっている。
雪が、しっかりと積もっていた。
隊長は、もちろん行くと二つ返事でその懇願に応えたそうだ。
僕たちも、自分たちの偵察を兼ねて、ついて行くことになった。
パーティー的に、反対者はいなかった。
ただ、シンシアもついていくと言って聞かなかった。
シンシアと出会ってから、変わったと言うか、おかしなことがあった。
他人から重症者と言われている僕は、もとから小さな子が好きだった。
小さい頃からそうだったので、その点に問題はない。
いや、一般の人たちから見ると、その時点で大問題なんだそうだが。
中学校に入って、背の順で一番前になった頃からだろうか。
それまで、小学校までは、同級生の女子に魅力を感じていたのだけれども。
中学校に入って、女子の体型が大人っぽくなるにつれて、魅力を感じなくなってきた。
僕としては、少なくとも、自分より身長の低い子がいい。
大きな女子を見上げるのはもう嫌だと。
ところが、世の中は、低身長の僕に優しくない。
それどころか、ロリコンという不名誉なレッテルを貼る仲間たち。
ちがうんです。そうじゃないんです。
否定すればするほど、ドツボにハマっていく。
もう開き直ってやる!
ロリコンでいいよもう!!!
僕はただ、僕よりも身長の低い女の子がいいと思っていただけなのに。
でも、僕の身長だと、僕よりも身長の低い彼女を作りたいという願望こそが。
「それをロリコンというのだぞ?」
と親友の野中にまで突っ込まれる始末。
ああ、どうしてこうなったし。
僕の身長が、せめてあと10センチ、いや、20センチ高ければ、ロリコンの誹りを受けることもなかったのに。
高校生になった今でも、相変わらず、同級生に魅力を感じない。
男としては、豊満な胸や、エロい腰つきに、性的な魅力を感じないわけじゃない。
ただ、そこに欲情してしまう自分に、ひどく嫌悪してしまうだけだ。
エロいことは誰にも負けないくらい大好きなくせに、そのエロい自分を許せない。
そして、女子の好みは、小学生の時のまま、成長していなかった。
高校生になって、本格的に自分でも、ロリコンなんじゃないかと不安になっていた。
だからあえて、巨乳が好きだとか、エロいグラビア見ていますとか、ロリコンじゃないですアピールをしている訳なのだが。
いや、事実、見ている分には、そう言うのも好きなのだけれども。
自分自身の体から求められる欲望は、結局のところ少しも騙せていない。
インターネットによると、ロリコンという性的嗜好は、治療できるそうなのだけれども。
それって、男の人が好きな男の人を、教育やカウンセリングで女の人が好きなように矯正することと、どう違うのだろうか。
どちらもその性的指向が、好意を向けたほとんどの相手に、嫌がられると言う事実は変わらないのに。
人生は、常に、ハードモード。
今回は、この異世界補正によるハードモードの魔の手が伸びていた。
僕がシンシアを死の淵から救い出した時、シンシアが、咄嗟に、僕に対して魔術を使っていたことを知らされてしまう。
教会から来ていた神官に、あの時、耳打ちされていた。
なんじゃそりゃと、詳しい説明を求めると、話をしてくれた。
女子が一生に一度だけ使える魔法。
意中の相手をしばらくの間、自分だけ夢中にさせる魔術。
チート魔術だ。
しかも、MPを消費しないらしい。
男も使えるけれども、自殺行為になるので、おすすめしないと。
なぜなら、この魔法ではもちろん、それ相応の代償が必要になるからだ。
そのせいで、一生に一度しか使えない。
大切なものを、ひとつ、代償として奪われるのだ。
ちなみに、男の場合は、男のシンボルを代償に取られるので、想いを遂げることができても、子孫を残すことはできなくなるそうだ。
女子の場合は、そう言う心配はない。
逆に女子の場合は、使用時に代償が存在しなくて失敗することもあるそうだ。
代償がなかった場合は、魔法に命を吸い取られる。
つまり、命を落とすのだ。
相当な覚悟がなければ使うことはできない。
怖いのは、呪文さえ知っていれば、誰でもいつでも使えてしまうこと。
流石に10歳で使ってくるとも思わなかったのだが。
ただ、10歳なら、10歳だからこそ間違いなく代償を支払うことができた。
当然に、失っていなかったのだから。
しばらくの間、という魔法の効果期間は、その術者の想いの強さに比例する。
いつ解けるかわからないので、シンシアも必死だ。
しかし、所詮は10歳。
できることには限界もあるし、女としての魅力だって、普通に考えれば無理がある。
彼女にとって幸か不幸か計算外だったのは、僕がそう言う意味では重傷者であったこと。
そう、ロリコンのエキスパートだったことだ。
もちろん彼女は、そんなこと知るよしもない。
今日も今日とて、魅惑的なセクシー女子になるべく、僕にとっては無駄な努力をしていた。
まあ、その気持ちはわかるし、嬉しいのだけれども。
<異世界召喚後33日目午前中>
場所:サッシー王国マッカース公爵領
視点:猿渡
僕たちのキャラバンと公爵領の偵察中隊は、数日かけて、ベーレン辺境区の区都グレイトフィール町に到着した。
外から見る分には、町は無事だった。
とりあえず、3人組の伝令が、町の無事を伝えに、領都に戻った。
それは、偵察中隊が町に入る前のことだった。
キャラバンは、町の外に馬車を止めて、町には入らなかった。
用心のためでもあり、また、僕たちのためでもあった。
うっかり、こんな所で身柄を拘束されてしまっては叶わない。
領都なら、兵士たちもよく知っているので、どうとでもなったということ。
でも、ここは違う。
町の入り口まで、区長が出迎えにきてくれていた。
その相手は、どうやら偵察中隊らしい。
すぐに、状況説明が始まった。
最南端にあるこの町は無事だが、北方の村が、いくつか連絡が取れないそうだ。
辺境区というのは、女神教の教会の直轄領だ。
でも、教会は軍隊を持たないので、軍の管轄的には、公爵領が面倒を見ることになっていた。
だから当然に、この偵察中隊は、休むこともできず出発することになる。
区長の強い要請によるものだ。
中隊長程度では、その要請に逆らうことはできなかった。
ここで、今回までの帰ってこなかった兵士たちのカラクリが見えてきた。
つまり、グレイトフィールの町は無事であるとの連絡をさせてもらえなかったのだ。
しかし、今回は違う。
なぜなら、要請を受ける前に、伝令を放ったから。
それを、その「区長」は、知る由もなかった。
外から見る分には、グレイトフィールの町は、結構な大きさだった。
城壁に囲まれている、城塞都市。
城壁の外には、広大な農地が広がっている。
冬なので、今は、春野菜が育てられている。
農業と畜産がメインで、綿的なものの生産が盛んだ。
商業的にも服飾的にも、重要な供給地点なんだそうだ。
そう言う意味では、ワタ的なものの入った防寒着は特産品。
でも、革製品の方が高級品だと、キャラバンの服飾職人は言う。
毛皮ならワタ的なものよりさらに温かいそうだ。
町に入れない僕たちは、ギルドにも行けないので、キャラバンと取引きをした。
道中で狩り取ってきた獲物を引き取ってもらった。
色をつけてもらっているようだが、結構なお金になった。
一部はお金ではなく、防寒着と装備品で受け取った。
全員分の毛皮の防寒着がそろい、雪の降る北の地域に入る準備が整った。
武器や防具も、現時点で買えるレベルのものを揃えることができた。
これで僕たちも冒険者っぽくなってきた。
そもそも、今まで、僕なんて制服だけだったし、寒かったし。
やっと、異世界で違和感のない服装になったということ。
元の世界で剣道をしていたと言う阿部さんは両手剣と革の鎧を。
江藤さんは、なぜか、防御全振り的に、大きな盾と革の鎧を。
桜井さんは、鉄の棒、というか、錫杖的なものと布のローブを。
最後に僕は、普通の片手剣と小さな盾と革の鎧を調達してもらって装備した。
そもそもキャラバンの商人の中に、服飾のエキスパートがいたので、だいぶいいものが手に入ったようだ。
サイズもぴったりだしな。
その日の午後、偵察中隊に続いて、グレイトフィールの町を素通りした僕たちが、あと少しで次の村に着くと言う場面で。
出会ってしまった。
明らかな強敵に。
見た目からホワイトタイガー。
元の日本でも、そんなのが6〜7匹いたら、死を覚悟するだろう。
今の僕たちは、まさにそんな感じだった。
なぜなら、前にいた30人くらいの偵察中隊が、ほぼ壊滅していた。
理由は明白だった。
強いには強いのだけれども、それなら、全滅する前に1匹か2匹討伐していてもいいはず。
そうならなかったのは、攻撃がほとんど効かなかったから。
その銀色の毛皮が、物理・魔法全ての攻撃から、強力に身を守っている。
ほとんどHPを減らすことができない。
その手段がない。
でも、もちろん相手はホワイトタイガー。
2〜3匹、眼球にナイフが刺さっていた。
兵士たちも、それなりには応戦できていたのだろう。
しかし、レベル差は命で贖われていた。
弔っている暇はない。
守りもすごいが、相手の攻撃力も絶大だ。
武器を持っていても、勝てないと思うのは不思議じゃない。
「隊長! 離脱だ! 引き返すぞ!」
「分かった!」
しかし、馬車を転回させるのには、それなりの時間がかかる。
その時間を、僕たち勇者4人で稼ぐ必要があった。
多少のスキルを手に入れても、効かないのでは太刀打ちできない。
実質的には、魔法の炎で牽制するくらいしかできない。
それすら、すぐに効果がないことを看破されてしまう。
あと1分。
あと1分稼げれば、馬車で逃げられる。
そんな状況下で。
ついに、一番前にいた僕が、ホワイトタイガーの攻撃を喰らって倒れてしまった。
気がついた時には、かなりのスピードで走る馬車の中だった。
僕、死んでたって。
シンシアが泣きついていた。
悪いことをしたな。
え?
いや待て。
どう言うこと?
死んでたって、今、生きてるし?
生きているけどかなりの怪我をしていることにかわりはない。
「生物」魔法で自分自身を治そうとして、できないことに気がついた。
このスキル、自分を効果対象にはできないみたいだ。
「技能で生き返らせたばかりだ。しばらく安静にしていろよな。」
桜井さんが、異世界っぽいことを言っていた。
なんだと?
評価ポイントとかブックマークとか、いろいろとありがとうございます。
本文的には、駆け足な感じで申し訳ありません。
この章をあと2話増やして、3話分で書くべきだったと、反省はしています。
後悔はしていません。
おそらく時間を見て、他の人の視点で、書くことがあるかもしれませんし。
そう言う物語の書き方していますから。
それでは、明日も12時すぎに。




