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アリア・ルージュの来歴表  作者: 千勢 逢介
第一章 『良いときも、悪いときも』
3/61

3

「感動しました!」

「なんだよ、いきなり……」


 午前中の作業を終えた僕らは、目抜き通りの一角にある軽食屋のテラスで昼食をとっていた。もっとも、僕は修理をするルージュさんのあとを黙ってついていっただけだったのだが。


 ルージュさんは行く先々で手際よく魔機を直しては、来歴表を書いていった。依頼主が笑顔で訪問を迎え入れるのも、けして顔なじみだからという理由だけではないだろう。いまの時代、魔機は人々の生活に欠かせないものになりつつあるからだ。


「こんなふうに魔機と、それを使う人々の生活に携われる仕事があるなんて思いもよりませんでした。本当に感動したんですから!」

「いいことばかりじゃないけどな」言いながらも、口についたソースを拭うルージュさんの表情は嬉しげだ。「お呼びがかかればどこにでも行かなきゃいけないわけだし。海の向こうだろうが、山の上だろうが」

「それであんなに沢山のペナントが貼ってあるんですね」

「実際、あちこち足を延ばしたからな。出張の土産のつもりが、いまじゃ少ない趣味のひとつさ。まあ、中央からの頼みを断れないのはうちみたいな弱小工房のつらいところだよ」


 それからルージュさんは近くを通った給仕に食事のお代わりを頼んだ……これで彼女が追加を頼むのは、かれこれ四回目になる。今朝からなにも食べていないと説明はされたが、それにしてもよく食べる人だ。


「でも、よかったんですか?」

「なにが?」

「修理代金のことですよ。どのお客さんからも相場よりだいぶ安い料金しかもらってませんでしたし、カラスさんに至ってはツケにまでしてたじゃないですか」

「ばあちゃんは身寄りがないからな。生活をやりくりしていくだけでも結構大変なんだよ」

「とは言っても、勝手に値切りなんかされたら中央としてはしめしがつかないなあ……」

「なんだと?」


 途端にルージュさんの表情が曇る。彼女は斜に構えていた姿勢を解くと、正面から僕に向き直った。


「金のことで言えば、大体はおたくら中央の人間が魔学の技術使用料なんて上納金まがいの金をせびるのがいけないんだろ。まったく、ろくに現場仕事もしないくせに一丁前に金はふんだくりやがる。悪徳領主かっての」

「それはそうですが……でも、ルージュさんだってそれを承知で仕事を受けてるわけでしょ。大丈夫なんですか? 中央に支払う技術使用料にしたって売り上げが無いと支払えないじゃないですか。そうなると、中央との契約も切れて正式な仕事として認められなくなっちゃうんですよ? ルージュさんはこんなに優秀ななのに……」


 ルージュさんが言葉を呑む。それからどういうわけか、先ほどまで腹を立てていた態度が萎むようになりをひそめてしまった。


「それ、本気で言ってんの?」

「そうですよ。さっきも言ったじゃないですか、感動したって。僕はルージュさんが素晴らしい技術者だと思ってます。だからこそ、中央にもその腕前を認めてもらいたいんです」

「そうかよ……」ルージュさんが頭をがしがしと掻きながら息をつく。「シャルちゃんさ……」

「なんですか?」

「よく、人から誤解されやすい性格って言われない?」

「え? そうですけど。どうしてわかったんですか?」

「いや、もういい……」


 首を傾げる僕をよそに、ルージュさんは運ばれてきた追加の料理にとりかかった。


「ばあちゃん、言ってただろ」食事をしながらルージュさんが続ける。「思い出があるからこうして生きていられるって。あれって、実はおおげさな言い方でもないんだよ」

「どういうことですか?」

「本人のいないところでその人の過去をぺらぺら喋れないだろ。気になるなら自分でばあちゃんに訊いてみな。とにかくあたしが言いたいのは、他人には同じに見える魔機でも、持ち主にとっては道具として以上に大切なものってこと。それをあたしや、ましてや中央の金勘定でどうこうしたくはないね」


 意地を張っているようにも聞こえるが、僕はルージュさんの言葉にある種の矜持を感じた。


「わかった?」ルージュさんが手にしたスプーンを向けて訊ねてくる。

「はい……って、人をそんなもので差さないでくださいよ。行儀悪いなあ、もう」


 ルージュさんの顔には笑顔が戻っていた。

 いじわるをされているにも関わらず、そんな彼女の表情を見て、僕も悪い気はしなかった。


 午後の仕事を終えて、僕らは<ルージュ工房>に戻ることにした。

 傾きつつある夕陽を受け、丘の上の木が牧草地に大きな影を落としている。


「とりあえず初日はお疲れさん。このあとはどうすんの?」

「一度中央に戻ろうかと。研修初日の報告もありますし」

「これから中央に? 大変じゃない?」

「ええ。今朝も薄暗いうちから中央を発ったくらいですから。でも仕事ですし、これから通い続けるなら少しでも馴れておかないと」

「そっか……なあ、せっかくだしこれから一杯付き合ってよ。いい店知ってるんだ、おごるよ。場所も近いし、初勤務祝いってことでちょっとだけ。な?」


 お酒……正直ほとんど飲んだことがない。

 馴れない状況でもあるし、明日からの仕事に差し支えることを考えると辞退はしたい。かと言って、せっかく知り合えたルージュさんの誘いを無碍にもできない。


 どう答えようか考えあぐねていると、丘へと続く砂利道の先に誰かが立っているのが見えた。

 僕の視線を追うように、ルージュさんがそちらに顔を向ける。


「また、来たか……」


 ルージュさんはそう言うと、僕を置いてさっさとその人物のところへと歩いていった。

 ついていって立ち聞きのようになるのもよくないので、僕は遠慮してその場で待つことにした。


 道の先、ルージュさんが相手の近くで立ち止まる。

 身長差を見ると、相手は子供だろうか。大きな身振りでなにかを訴えているようだ。ルージュさんもそれに小さな仕草で応じているが、この場所からでは会話の内容までは聞こえてこない。


 結局、ふたりのやりとりはすぐに終わった。

 子供のほうが振り払うようにルージュさんから離れていったからだ。


 砂利道の向こうから子供が歩いてくる。

 それはおさげ髪を左右にふたつ結んだ女の子だった。近づいてくる相手の顔立ちがわかるにつれて、彼女が口をきつく結び、涙をこらえているのがわかる。

 すれ違いざま、少女はこちらをきっと睨みつけてきた。僕がなにも言えずにいると、彼女はおさげ髪を揺らしながら足早に去っていった。


 夕陽で伸びた影に付き従うようにして少女が去っていくのを、僕はじっと眺めることしかできなかった。

 やがて少女が町のほうに消え、僕が視線を丘のほうに戻すと、道の先でルージュさんがこちらに手招きしているのが見えた。


「荷物置いてくるから、ちょっとここで待ってて」歩み寄った僕にルージュさんが言う。

「どうしたんですか? いまのあの子は?」

「まあ、ちょっといろいろあるんだよ」


 歯切れの悪い答えだったが、僕はあまり詮索しないことにした。

 そんな僕を置いて、ルージュさんは夕日と大きな木が待つ家に歩いていった。

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