山の異変
夜の山を蓮と藤二郎とうじろうは『鬼火』の人魂ひとだまで照らしながら進む。
時々何かに触れて植物が蛍のような光を発光する美しい山の中は、川のせせらぎと葉がさやさやと囁くような小さな音で包まれていた。
「妙だな......」
「えっ?」
「静かすぎる。」
蓮は耳を澄ます。
「......たしかに、生き物の音が聞こえないけど。」
「恐らく動物たちは何か脅威を感じとって息を潜めている。こういう時はゴブリンやアンデット等、殺気すら隠せない低級の魔物が近い時がある。」
「なるほど、でもそいつらなら少し気を付けておけば問題ないですね。」
「ああ、だがなんとなく嫌な予感がする。蓮は鼻も少し良かったよな。何か臭わないか?」
「スンスン......いえ、今のところ特には。」
「そうか、何か感じたら教えてくれ。」
「分かりました。」
少しずつ消える人魂ひとだまを新たに作り、一定の数で道を照らしながら山頂付近に到着した。
木々の間から三日月が見えるが、日本で見えた月より何十倍も大きい。
所々月の光に照らされた道が左右に分かれて続いていた。
ここをどちらかに曲がり途中で折り返して往復してから、先程の山小屋に戻るのが巡回ルートである。
「どっちから行きます?」
「風下が気になるから左だ。」
「なるほど、了解です。」
2人はさらに山道を進んで行った。
途端に風向きが変わり、村とは反対側の方から冷えた空気が流れてきた。
「......藤二郎とうじろうさん、微かに獣臭と血の匂いが右側からします。」
「やはり反対側か。 山道を外れるのは面倒だが少し臭いの方を行こうか。」
「『鬼火』の数を増やしますね。」
「ああ、頼む。」
冷えた空気に異臭が混ざった風が吹き、月明かりが届かない方へ歩いて行く。
「だいぶ臭いが強くなってきましたね。」
「ああ、近いぞ。」
奥の方から何かが走ってくる音が聞こえた。
「ギギっギャ!」
蓮の胸辺りの身長で肌が緑色をしたゴブリンが4匹、棍棒をにぎり走ってきた。
蓮は納刀状態から素早く踏み込む。
木に触れないようにして抜刀する。
刀を抜いた瞬間に炎を纏わせ3匹同時に首を撥ねる。
血しぶきを上げずにゴブリンたちは倒た。
焼けた切り口からじわりと、ゆっくり血が流れててきた。
藤二郎は少し離れたもう1匹のゴブリンの額を弓矢で射る。
弓矢が刺さったゴブリンはバランスを崩し、転がりながら倒れた。
「襲ってきたと言うより、何かから逃げてるって感じがしません?」
蓮は刀を振り払い、血がついてない事を確認してから鞘に納めた。
「ああ、自分が敵わない相手に4人だけで走って来るのはおかしい。」
藤二郎とうじろうはゴブリンの額に刺さった矢を抜いて、『鬼火』を出しその人魂ひとだまで矢尻を熱した。
矢尻は音を立てながら、煙を上げる。
「ゴブリンたちが逃げて来た方向に行きます?」
焼けた矢尻を土につけて冷ましてから、再び矢筒に入れた。
「ああ、俺たちで対処できそうならそうするし、ヤバそうなら応援を呼ぼう。」
「了解!」
さらに2人は奥に歩いて行く。
進むにつれバラバラになった、ゴブリンの死体があちこちに散乱していた。
「この傷口は刃物ですよね?」
「ああ、だがそれだけじゃない。踏み殺した後や噛みちぎったような跡もある。」
「かなりのパワータイプもいますね。 複数かも知れませんね。」
「......まずいな、風向きが変わった。」
蓮達の背中から風が闇の中に流れ込んでいく。
木々がざわめき始めた。
「ゴアアアアアアアァ!」
突然奥の方から叫び声が聞こる。
そして轟音と共に何か巨体を揺らして走る音がどんどん大きくなってくる。
「感づかれましたね。ここで潰しましょう!」
「ああ!」
藤二郎は2本の矢を空に向けて放った。
花火の様な音を立てて2つは螺旋状に飛び、空で赤色の光を放ち爆発した。
「応援は呼んだ! やばそうなら時間を稼ぎつつ下がるぞ!」
「了解!」
地響きを立てながら巨大な何かが、闇の中から近づいてくる。