今日の任務は夜廻り
夜間に山の中を巡回する任務とは別の、村の近辺を守衛する任務の者達の小屋を通り過ぎると、山への道は村の中とは違い灯籠も少なく、真っ暗だった。
夜道を『鬼火』で照らしながら進み森の中に入っていき、ようやく山の麓にある警備小屋に到着した。
『鬼火』を小屋の周りを漂わせてから中に入る。
小屋の真ん中にはテーブルと6つの木製の椅子があり、
奥の壁際にはベッドが2つ、それに反対の壁には刀や弓矢などの武器が置いてある。
2人の鬼人がテーブルで何やら会話していた。
1人は雛菊ひなぎくの姉の菊花きっかだ。
菊花きっかは黄色い髪のショートヘアで気さくで面倒見がいい性格で、彼女達は誰が見ても雛菊と菊花は美人姉妹だと認めるだろう。
そして少し困った顔をした菊花きっかに夢中で楽しそうに話しかけているのは、藤一郎とういちろう達の弟、三男の藤三郎とうさぶろうだった。
藤三郎とうさぶろうは坊主頭で少し猿に似ており、遊び人で持ち前のドジやすぐ調子に乗ってよく失敗するが、明るく前向きな性格で不思議と憎めない男だ。
「くぉらぁ! お前また菊花きっかちゃんにちょっかい出してんじゃねえぞ!」
小屋に入って藤三郎とうさぶろうを見た途端に藤一郎が怒鳴る。
「うわぁ! あ、兄貴! そんな怒鳴んないでよぉ、俺はちょっと話してただけだよぉ。」
「ごめんな菊花ちゃん、うちの猿が迷惑かけて。」
「ひっでぇ兄貴!」
「ふふふ、私は楽しかったわよ。」
蓮が藤一郎とういちろうをなだめている中、藤二郎とうじろうは4人のやりとりには目もくれずに、誰が出動しているか分かるようにする為の札を、蓮と藤一郎とういちろうの分も壁に引っ掛けた。
そして一人黙々と藤二郎とうじろうは小山の中に置いてある矢を一本一本丁寧に矢筒に入れていた。
「じゃあ俺は帰るわ! 皆んな頑張ってねー! 菊花きっかちゃんも怪我しないようにね!」
藤三郎とうさぶろうそう言って逃げるように小屋から出て行った。
「羨ましいよ、私にも弟が欲しかったわ」
「そう言うもんか?」
「そう言うものよ。 蓮くんをうちの弟にしちゃおうかなぁ」
「そ、そうですかぁ?」
菊花きっかに頭を撫でられ蓮は困った顔をしていた。
「触ってみて感じたけど、蓮くんまた力が強くなったね? そっか、今日で12歳だからか!」
「この歳で蓮より魔力のある鬼人はこの村にそうはいないな。小さい時は人間の様に気弱で心配したが、こんなにたくましくなるとはなぁ。」
「そうだったねぇ。 そういえば来月に蓮くんは《鬼組手》で竜胆りんどう様とやるんだって?」
「もう広がってるんですか......」
「ふふふ、すごいわ。怪我しないようにね。」
「ありがとうございます!」
「準備ができたなら行こう。」
そう言いながら、藤二郎とうじろうは入れ終えた矢筒と弓を共に背負い、金棒を腰につけて立ち上がった。
この鬼人達の村である嵐花村らんかむらには約五千人が住んでいる。
そしてこの村の近辺を守衛する任務とは別に、いち早く危険を察知する為に、昼だけで無く夜間も山の中を巡回及び守衛する任務がある。
昼夜問わず山の中で巡回する任務を行う班を通称、夜廻り組よまわりぐみと呼び、同じく昼夜問わず村の近辺を守衛する班は見廻り組みまわりぐみと呼ばれた。
夜廻り組よまわりぐみは1つの班あたり4人で編成され、山の麓にそれぞれ四つの夜回り組の小屋が村を囲むようにしてある。
その日の担当の者は2人1組で担当の山の中を交代で巡回する。
大体交代するまで1組が山にいる時間は1時間強程で、それを2組に別れて交代に行う。
「私は午後の班が使った備品の整理をしちゃいたいわ」
「分かった、俺も手伝おう。 蓮と藤二郎とうじろうに1週目は任せるぞ!」
「了解。 それじゃあ1周目はよろしくお願いします! 藤二郎とうじろうさん。」
「ああ、」
「気をつけてね!」
菊花きっかに見送られ、蓮と藤二郎は警備小屋を出た。
2人はいくつか『鬼火』を出して、道を照らしながら暗闇の中へ歩いていった。