鬼の剣 入門
菫が金棒で爺様に挑んでいる。
それを少し大きな木の下で、気絶した椿の横に蓮と雛菊は遠目に眺めていた。
「一犀様に本気の『屠神流とじんりゅう』を使わせらなんて本当にすごいわ。」
「そんな事無いよ、多分爺様のあれはまだ本気じゃないと思う。小さい時に一度だけ父さんと本気で斬り合ってたのを見た事があるけど、あんなもんじゃなかった。」
「それでも蓮くんは強いよ。もっと自信持った方が良いわ、貴方の悪い癖ね。」
「そうだったね、悪かった。」
「分かればいいのよ。」
雛菊はクスクスと笑う。笑った顔は誰もが彼女に惚れてしまう程美しかった。
蓮は先程手渡された水を飲みんで誤魔化して、雛菊から目を逸らした。
「一犀様の太刀筋はどうして見切られないのかしら。」
「んー今やって感じたのは、初動を無くして刀と身体に魔力を纏わせるのを異常なほど速く行なってるのかなって思ってる。」
「なるほどね、筋力だけであのパワーを出してる訳ないもね。
でも蓮くんもびっくりするほど速いけど、なんかコツとかあるの?」
「んー、電気系の魔法に感覚は似てるかな。一瞬で大量の魔素を消費する感覚がさ」
「分かったわ。 早く蓮くんより強くなってやるんだから。」
「かかか、楽しみにしておるよ?」
「うわ! 一犀様の真似じゃん!」
雛菊は軽く蓮の肩を叩いた。
「そう言えば『屠神流とじんりゅう』って誰が作ったものなの?」
「ああ、『屠神流』は爺様が作り出したらしいよ。」
昔、一犀は村長の座を息子の竜胆りんどうに譲った後、この嵐花村らんかむらの外へ強さを求めて旅に出てた。
一犀は外の世界で死闘を重ね、貪欲に強さを求めて多くの敵を斬り、学び、あらゆる強さを飲み込み昇華し、いつしか一犀いっせいは『剣聖』と呼ばれるようになった。
『屠神流とじんりゅう』は『剣聖一犀』によって作られた、神をも屠る剣技だった。
「さすがは一犀様だね」
「だよね。」
「......なんか蓮くん雰囲気変わったね」
横を見ると雛菊がこちらを見つめていた。
「そう?」
「うん、なんか前より落ち着いてるって言うか、冷静な感じがする。」
「そうかなぁ」
遠くで菫が仰向けに倒れた。
「はぁ はぁ」
「カカカっ、もう降参か?」
「もう無理ー!」
「ふむ、今日はここまでだな! 菫は母に似た強さを感じる。 これからもその力を磨いていけよ!」
「は、はぁい」
「さて、ワシは少し滝の方に行っとるからな。今日は何やら血が騒ぐでな、カカカ!」
「ありがとうございました。」
蓮と雛菊は頭を下げる。
(まだ暴れ足りないのかな...)
一犀は片手をひらひらさせて、森の奥に歩いて行った。
「ほら、菫大丈夫か? 手を貸すぞ。」
「兄貴ありがとう」
菫の金棒を蓮が持ち、木陰に立てかけた途端に、
「はっ!」
木陰で気を失っていた椿が、スタントマンの様に勢いよく立ち上がる。
「よう椿。 やっと目を覚ましたか」
「おお! 我がライバル、蓮じゃねえか!
髪の毛をかき上げ、親指を立てて見せる。
「さっきまで気絶してたのに、元気と根性だけは相変わらず人一倍あるのね」
「あたりめーよ! 俺は村長を超える男だからな!」
「身体は大丈夫か?」
「おう! 今すぐ蓮と勝負出来るくらいエネルギーがあり余ってるぜ!」
「大丈夫そうならよかった。勝負はまた今度な、今日は夜に任務があるからそろそろ帰らないと」
「そうか! それならしっかり準備しないとだな! 俺はもう一度一犀の爺さんに勝負してもらってくるぜ!」
「滝の方にいるっていってけど.....」
「サンキュー雛菊!」
椿はそう言ってすぐに爺様が歩いて行った方に走った。
「じゃあ私たちは帰りましょうか」
「そうだな、菫は歩けそうか?」
「うん! 大丈夫そう」
その後3人で村の方へもと来た道を他愛ない会話をしながら歩いて行った。
夕陽に照らされ影が濃くなり始めた森を抜けると、瓦の屋根の我が家が見えてきた。
雛菊とはそこで別れ、蓮と菫は台所のある裏口から家に帰ってきた。