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終わりの記憶



夕焼けの鮮やかな橙色に照らされた病室のベッドの横にある椅子で、男はふと目を覚ました。

 時計は午後5時を回っている。

 白いシャツに薄手のパーカーを着た、黒髪で中性的な顔つきの男は、腕時計で時間を確認した。

 男の名は大山蓮。

 座った状態で程よく筋肉のついた腕を伸ばすと、スタイルの良い身体つきで、身長が高い事が分かる。


 蓮のすぐ横のベッドで薄暗い朱色に照らされているのは、恋人の蒼華そうかだった。

 幼さの残る穏やかな顔をして静かに眠っている。

 腹部がゆっくりと呼吸に合わせて上下しているのを見て、

 蓮はそのリズムに合わせるかのように、重く乾いた空気を肺の中から吐き出した。


 そして音を立てずに立ち上がり、カーテンを閉めようと静かに窓に近づいたとき、

「...あ、おはよー」


 後ろから声が聞こえ振り返ると、蒼華そうかが色素が薄く、やや猫っ毛のショートヘアをクシクシと解かしながら上半身を起き上がらせる。


「起こした?」

「ううん。寝ちゃっててごめん、起こしてくれてもよかったのに」

「蒼華の寝顔見てたら、俺もいつのまにか寝ちゃっててさ」

 そう言いながらカーテンを閉め、蒼華の髪に触れて寝癖を治す。

「ん、ありがと。 ねえねえ、まだ少し明るいし、蓮くんも一緒に散歩しに行こ?」

 そう言いって蒼華は近くの机に畳んで置いてあった白い厚手の上着の袖に手を通し始めた。

「寒いし、もうすぐ暗くなると思うけど......」

「私は今歩きたい気分なの!」

 蒼華はいそいそと鼻歌を歌いながら靴を履いて準備しているので、彼女につられて蓮も椅子にかけていた黒色の上着を着る。

 蒼華は左手で点滴スタンドを掴み、右手で俺と手を繋ぎ、ゆっくり部屋から出ようとした瞬間。

 突然後ろから突風が吹く。

 反射的に目を細めて身体の筋肉をこわばらせた。

 なぜか後頭部に強い衝撃が走る。

 視界が歪み地面に叩きつけられた。

 視界が暗くなりそこでぷつりと意識を失った。



「....くん、蓮くん!」

「蒼華、ここは...?」

「分からない...気づいたら蓮くんとここに立ってた。」

 蓮たちは真っ白い空間に2人で立っていた。

 空も地面も白く、どこまでも続いており、何も見えない。


「大丈夫? 体調とか、どこか悪い所はある?」

「ううん、平気」


「突然にすまないね」


 急に後ろから、穏やかな声が聞こえる。

 いつのまにか蓮たちの後ろに、白い髪と髭を伸ばした老人が後ろで手を組んで立っていた。

 モジャモジャの白い髪をなびかせ、180㎝以上ありガタイの良い身体に、ギリシャの彫像が纏っているようや布を揺らしながら蓮たちに近寄る。


「あなたは誰ですか?」

 蓮は蒼華を守るように一歩前に出て言う。

(このお爺さん、神秘的な人ね。)

 蒼華が蓮の耳に、薄い唇を近づけて小声で言った。


「時間が無いからよく聞いてくれ。

 私は創造主で、決められた周期で君たちの世界から、別の世界に人間の魂を送る掟があるのじゃ。

 そして今、その魂を送る時期が近づいてきたわけじゃが......

 君達は後三ヶ月で死ぬ運命だったのだ。

 そこでちょうどいいと思って、君達を異世界で新しく生きてもらう為に選ばせてもらった。」


「急になに? 時間が無いってどういう事? ていうか私達の余命が後三ヶ月ってどういう事?」

 蒼華は蓮の横に立ち、疑心に満ちた目で老人を見つめて言った。


「時間がないと言うのは、この空間に君達の魂は長くとどまっていられないからじゃ

 だから君の全ての質問に答る時間はない。それに余命の事も詳しく言えない掟がある。

 難しいだろうが私を神であると受け入れて、これから話す事を聞いてくれると助かるわい。」


「掟って...」

「蒼華、とりあえずこの人の話を聞こう」


「うむ、もうすぐ君達の魂は異世界に行ってしまう。その前に出来るだけの説明させてくれ。

 君達のようにこれから世界を跨いで転生する者は、特別な才能を持って生まれる。

 その素質とは......

 嗚呼、説明すべき事はまだあるがもう時間のようだな。

 君達の幸せを願っておるよ。」


 水を沸騰させた時の様に、蓮たちの身体から光る泡が沸き立ち始めた。

「え? これって...」

「魂が送られ始めたのじゃ。」


「嘘...蓮くんっ」

 蒼華は蓮の胸に飛び込み、背伸びして唇を重ねた。


 蓮は蒼華をぎゅっと抱きしめて耳元で言う。

「ずっと愛してる。だから、絶対会いにいくから...」

「うん! 絶対だよ!」

 そう言った蒼華の身体は全て泡になり、消えてしまった。


 蓮の身体も徐々に透明になっていく。

 視界がぼやけて真っ白になり、何も見えなくなった。

 


 ......



 蓮が目覚めた時、敷布団の中で寝相良く眠っていた。

 年季の入った和風で木造の部屋の中で畳が敷き詰められている。

 障子越しから外の光はまだ薄暗い事がわかる。

 上半身をお越し額から生えている角に触れて呟く。

「今のは夢? いや、俺は元人間だったんだ...」


 蓮の身体は鬼人という魔物として生まれ変わった。

 戦闘に優れた鬼人族が住むこの村は、嵐花村らんかむらと呼ばれていた。

 そして蓮はこの嵐花村の村長の息子として生まれた。


 蓮は白い浴衣を着たまま布団からでる。

 障子を静かに開けて庭が見える廊下に立った。

 庭の池の水はまだ真っ黒に見える程外はまだ暗い。

 冷えた床板の廊下を歩いて居間の前を通る。

 居間はまだ暗く、誰かが居る気配はなかった。

 台所から料理をしている音が聞こえ、蓮は音の方へ歩いていく。


 台所を覗くと、髪を結い上げて簪を刺した蓮の母、藤花とうかが料理をしている姿が見えた。

 着物の上に黒く厚手の羽織を着て、袖を肩辺りまでまくってり、白い肌でしなやかな腕を見せて、手際良く包丁で野菜を切っていた。


「あら、今日も早いのね。」

 手を止める事なく料理をする。

 その藤花とうかの口角が引き締まっている顔はより知的に感じさせていた。

「おはよう母さん。」

「今日であなたは12歳になるのね。」

 蓮が台所に入ると、藤花は手を止めて包丁を置き、手拭いで手を拭いて振り返る。

 そして左手で蓮の髪にそっと触れ、顔を見つめる。

「人の子の様にふぬけで気弱で、心配したものだけど。たくましくなった今の貴方を見れて安心したわ。」

「母さんのおかげだよ。それより少し散歩してくるから。朝食までには帰るよ。」

「ふふふ、そう。気をつけてね。」

 蓮の髪から手を離し、また黙々と料理の仕込みを再開した。

 蓮は母の後ろを通り過ぎ、台所にある裏口から草履を履いて外に出た。


 外は霧が立ち込め、太陽の光が遠方の山から広がり始めている。

 外の空気はさらに冷たいが、蓮は気にせずに家の後ろの森に入っていった。

 水の流れる音がどこからか聞こえる、薄暗い森の中を進む。

 触れると発光する苔こけや、蛍のように光る竹のような植物など、前の世界とは似ているが、大きさや性質の異なる植物が生えていた。


 少し進むと水の澄んだ渓流に着いた。

 蓮はその小川に近づき、膝をついて顔を洗う。

 ふと、水面に映る自分の顔を見つめる。

 「俺は生前、というか人間だった時の顔と変わらないんだな......髪の色と角が生えてるって事以外。」

 立ち上がり渓流に沿って川上の方へ歩いていく。


 比較的表面がツルツルの岩がいくつもある河原に出た。

 空は家を出た時よりもだいぶ明るくなっていた。

 蓮は自分の背丈より大きい岩に飛び乗り、目は閉じずに座禅を組んだ。

 

「ひとまず頭を整理しよう。」

 蓮の目の前にガラスのような半透明のパネルが出現した。

 瞑想はその熟練度によって、己のステータスを確認できる術すべである。


 〜ステータス〜

 種族/鬼人   Lv.12

 名前/蓮

 固有スキル/【鬼喰い】【鬼才】

 スキル/『物理耐性』『火炎対性』『電気耐性』『毒耐性』『水中呼吸』『魔力探知』『熱探知』『屠神流』『炎術』『雷術』



 種族によって差はあるが、魔力や筋力等の向上は鍛錬だけでなく、年齢を重ねLvが上がることによっても向上する。


「俺は元人間で、転生してこの世界で『鬼人』に生まれたと。

 蒼華もここに来ているらしいから、近いうちに探しに行かないとな。」


 蓮はステータスが表示されたパネルを眺める。


「うーん、神様が言ってた特別な才能っていうのは、この【鬼才】の事かな?」


 蓮がパネルの文字を撫でると詳細が表示された。

「うわっ、昨日まではこんな事までは見れなかったのに。」


 パネルには、

 『【鬼才】とは、並外れたポテンシャルを兼ね備え、様々な技術等を瞬時に習得し、高練度で使用できるスキルである。』

 と書かれている。


「へえ! 俺が今まで魔法や剣術を一度見ただけで習得していたのは、やっぱりこれのおかげだったのか。

 じゃあこの【鬼喰い】は? 」


 蓮が文字に触れると再び違う文章が表示される。


 パネルには、

 『【鬼喰い】とは、摂取した物から低確率で、その魔力やスキル等を習得する。また、高い毒耐性を備えたスキルである。これら鬼の種族特有のスキルである。』

 と書かれている。


「これのおかげで、俺はステータスに『水中呼吸』や『熱探知』何かが入ってるわけか。

 初めて気づいた時は、身体にエラがついたんじゃないかって焦ったなぁ。」


「おはよう蓮」

 蓮の後ろから穏やかだが活力に漲る様な声がした。

 振り返ると、細身で白い髭を生やし、ススキの様な淡い黄色の髪を後ろで縛った祖父の一犀いっせいが近づいてきていた。

 暗い緑に近い草色の着物で、痩せ細った顔をしているが眼光は鋭く、どこか凄みを感じさせる老人だった。


 豪放磊落ごうほうらいらくな性格の一犀は、蓮の剣の師匠だ。

 この嵐花村の鬼人達は主に鬼人刀か金棒を武器にしている。

 鬼人刀とは形は日本刀と同じだが、刃は出刃包丁のように広く厚みがあり、日本刀より重くひとまわり大きい刀だった。


 鬼人はその高い筋力で、重さをを生かした一撃が繰り出せる金棒派と鬼人刀派に分かれていた。

 そんな中一犀は鬼人刀を極め、鬼人村だけでない、多くの人から尊敬され、『剣聖』一犀と呼ばれていた。


「おはよう爺様。」

「......やはりお主、先日よりさらに力が増したの。 流石ワシの孫じゃ。」


 一犀いっせいは目を細めてニヤリと笑った。


「今日も剣の修練をお願いします、爺様。」

「カカカ、それほどの魔力がありながら己の剣を磨こうとするのは立派じゃ! いいだろう! 時間がある時に存分に付き合ってやろう。」

「ありがとう、早く爺様より強い剣豪になれるよう頑張るよ。」

「カカカ。お前は他のものより魔力が多く力もある。

 それに様々な技や魔法もすぐ会得する、まさに麒麟児じゃ。

 お主がどんな高みに立つか楽しみにしておるぞ。」

「期待に応えられるように、精進します。」

 蓮は岩の上で立ち上がり、肩を回した。


「うむ。 そうそう、藤花とうかにお前にそろそろ戻ってくるよう言えと言われててな。」

「そっか、もうそんな時間か」


 蓮は岩から飛び降りて一犀と来た時よりも明るくなった森の中へ歩いて行った。

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