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我が家の魔竜のご近所事情  作者: 鹿嶋臣治
第一章 黄金の魔竜、異国に立つ
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第五話 藍染坂と教会1

 穂坂市の西側、下穂坂と言う街の特徴でもあり街の顔でもある穂坂商店街は、日本でも有数の大きさと広さのアーケードを持った商店街だ。商店街には大小含めて複数の通りが存在しており目印となる特に大きな二本の通りを持っている。

 一本は商店街の北側。旭の住う襤褸の棲の近くにある《観音通り》と住人達から呼ばれる通りだ。昔ながらの個人商店が多く軒を連ね、通りの東北には穂坂観音と言う大きなお寺があり観音通りはその境内に通じている。

 毎年大晦日から元旦にかけて参拝客でごった返し、商店街も境内もお祭り騒ぎとなる。飲食商売をしている人間からしたら稼ぎ時だが、ただ近くに住んでいるだけだと、朝方に徘徊する酔っ払いの声や捨てられた食べ残し等でいい迷惑だと思うのが正直な所。


 もう一本は商店街の南側、観音通りと対になって位置する大きめの通り。《教会通り》と呼ばれ、外食チェーン店や日用雑貨を取り扱うお店が多く、またその通りから南に少し離れた場所には孤児院を併設した穂坂聖アリアナ教会が門を構えている。毎週日曜日にはミサを、また地域住民と孤児院の子供達の交流を目的として定期的にイベント等を催している。

 二つの宗教施設を持った大きな通りを軸として、細かな通りを含めて個人商店やチェーン店が軒を連ねて犇めき合い、県下でも大きめの商業地区としてそこそれなりに賑わいを見せているのがこの穂坂商店街と言う土地だ。

 人混みに流される様に歩きながら、旭は駆け足気味にザジがこれから住う土地のことを説明してやる。

 旭に抱き上げられた彼女は、興味があるのか無いのか分からない生返事をして、仕切りに周囲を見回していた。


「どうしたんだ?」

「いや、目線が違うとやはり異なって見えるな、と」

「抱っこされてる恥ずかしさはもう無いのか?」

「慣れた。あれこれ見られて気恥ずかしいが、騒いでも仕方ない」

「あれだけ大騒ぎしたのに達観してんな」

「一度転がり出したら、あとは転がり落ちるのだよ旭」


 遠い目をしながらザジが口の中でべっこう飴を転がす。

 こちらの頭に腕を回して落ちない様にバランスを取っている彼女は、旭の額をリズムよく叩きながら言葉を続ける。


「それで? 今はどこに向かってるんだ?」

「すぐに飯屋と行きたいけれど、その前にちょっと別の場所」

「先ほどの御老体から貰ったべっこう飴がなければ泣いて叫んでいたな」

「もうちょっと自重しよう? ただでさえ目立ってんだからさ」

 

 ご機嫌な様子でべっこう飴の包装紙を開けるザジに、旭はげんなりとした声を出した。

 渡される包装紙を尻ポケットに突っ込むと、抱き上げられたまま足をぶらつかせ鼻歌混じりに人混みと商店街を眺めるザジに吐息する。

 肉体に精神が引っ張られて、ともっともそうなことを言っていたが、もとよりこう言う子供っぽい性格では無いのかと疑いを持ち始めていた。

 

「で? どこに向かってる?」

「あぁ……教会だよ、教会。正確にはそこに併設されてる孤児院」

「孤児院? 何をするかによってはオレも実力行使を辞さないぞ旭。具体的にはそう——人攫い幼女趣味、と泣きながら叫ぶ」

「なんで急にアッパー入ってんだよ。シチュエーション的に洒落にならん冗談やめろ」


 やや低いドスの聞いた声で告げるザジに旭が苦々しげな声をだし、抗議する様に彼女の太腿を揉みしだく。

 くすぐったそうに身を捩り笑い声をあげて彼女は続ける。


「しかし孤児院に用事とはなんだ?」

「ザジの服だよ。どこで何買えばいいか分からんし、知り合いが居るから助けを求める」

「あぁ……両親がいないと言っていたな」 

「別に孤児院出身って訳じゃ無いからな。確かに世話になってた時期はあるけど……基本的にはアキラさんに面倒みてもらってたし」


 向けられた気まずそうなザジの視線に旭は肩をすくめて苦笑を返す。

 叔母のアキラと暮らしている話をすると、必然的に両親の死別と教会の孤児院の話は付いて回る。

 地雷を踏んだ、と言う雰囲気を出されることは多々あるが、旭としては特に気にしてもいない。

 身の上話をする上で必ず向けられる気の毒そうな、気まずそうな視線は慣れたものだ。

 

「どっちかって言うと、孤児院には預け入れられることが多かったんだ」

 

 基本的に藍染坂アキラは世界中を放浪する骨董商だが、その実はザジが看破した様に魔術に秀でた魔女である。

 どんな価値がありどんな目的があるか皆目検討がつかないが、その土地や国にある曰く付きの骨董品を収集しては、毎度毎度、旭の住む襤褸の棲に送り付ける生活をしている。

 そしてその生活は程度や期間は違えど、旭が幼い頃から変わらず続けられていた。


「流石にチビを一人残して長期の放浪は世間体が悪いってことで、教会の孤児院に世話になってた時期があったんだ」


 保護している甥っ子を教会に預けて世界放浪も十分に世間体が悪いのでは、と今では思う。

 また自宅と孤児院の往復は慣れるまで子供なりにもかなりのストレスで、癇癪を起こして教会や孤児院のスタッフ達に迷惑をかけたのを覚えている。

 

「教会の元司祭で今は孤児院経営に注力してる方がアキラさんの知り合いで、面倒を見て貰ってる傍らで相談によく乗って貰ってたんだ」

「随分と世話になった様だな」

「うん。それなりに真っ当に育ったのは教会と孤児院の方々のお陰だと思ってる」


 家主の魔女に対して保護者として小さい頃から面倒を見て貰った恩義を感じているが、正直なところアキラはかなり浮世離れしているところがある。幼い頃は理解していなかったが、今思うと感性や感覚が世間とズレている部分が多く、正直なところ言葉は悪いが教育や育児に適しているとは言えない人間性だ。

 目に見たものを信じなさい、と言う言葉を徹底的に幼い旭に対して教え込み、曰く付きの骨董品を管理させる程だ。これをズレていると言わずしてなんと言うのか。

 

「まぁ……そんな感じで色々と繋がりがある孤児院の方々に相談に乗ってもらおうと言う訳です」

 

 旭はそう言うと派手な外装のピザチェーン店の角を曲がり、人通りの多い大通りから逸れる。

 人の雑踏を背中に聞きながら、商店よりは住宅が多くなった道を進む。

 気持ちの良い小春日和だからかベランダには洗濯物が多い。

 車がすれ違うには少し狭い道を進むと、不意に住宅地には不釣り合いなレンガの柱と鉄柵が現れる。

 開けられたままの雨風に晒されて少し錆た両開きの鉄柵の扉が、そこが西洋の建築物だと物言わずに語っていた。


「ここ。住宅地にある割に立派だよな」

「この世界の教会の普通がどの規模か分からんが、ただ、とても清らかな気配だな」

 

 ザジは教会の敷地を見回しながら静かに言う。

 苔が生え蔦が這う年季の入ったレンガで作られた柱と、猫一匹が通れるかどうかの幅の鉄柵で囲まれる教会の敷地は広い。

 門を潜ると聖堂まで一直線に石畳の歩道が伸作られており、その周りを遊歩道を携えた大きな円形の花壇が来訪者を迎える。綺麗に手入れされた季節の花が咲く石造りの花壇は教会の一つの自慢でもあると言う。

 花壇の奥には鐘塔付きの白い二階建ての聖堂があり、敷地と住宅地を隔てる煉瓦造りの壁に沿う様に石造りの回廊が作られている。鐘塔付の建物の奥には木造の三階建の大きな建築物が見える。

 人の影はなく、静寂とはまた違う、ある種の重みのある静けさが満ちていた。尖塔や回廊の屋根を足場にする小鳥の声がより一層、静けさを引き立たせている。


「流石に聖堂の中は抱き上げられないぞ」

「オレもそれくらい分かっている」


 濃い花の香りに包まれた石畳の道を進み、聖堂の重々しい木の扉を開ける。

 天井は二階部分までの吹き抜け構造で、屋内だと言うのに不思議とその狭さを感じさせない。取り付けられたステンドグラスと窓から暖かみのある陽の光が差し込んでおり、静かに教会内を照らしていた。

 赤い絨毯が敷かれた身廊を中心に木製の長椅子が並べられており、その先には祭壇が置かれて厳かな雰囲気をいっそう強めていた。

 建物前の庭と同じく聖堂に人の気配はない。

 旭は我が物顔で身廊を歩き、祭壇の隣、柱の影に隠れる様に作られたドアへと向かってゆく。

 大丈夫なのか、と声をかけてくるザジに軽く頷き、ドアの前に辿り着いた旭は、壁から垂れ下がっている細い鎖を三度ひく。

 軽いベルの音が鳴り、少ししてから控えめに質素な木製のドアが開く。

 隙間から顔を出したのは、長身痩躯の初老に差し掛かろう年齢の男。灰色がかかった銀髪に彫りの深い顔立ちで濃い茶色の瞳は思慮深い光が輝いている。

 彼は旭と隣に立つザジの姿を認めると優しそうな笑み浮かべた。


「これはこれは……こんにちは旭さん。お茶でも飲みに来ましたか? それとも子供達に会いに?」

「こんにちはガレア司祭。チビ達の顔も見たいけど、今日は別件で。マザー・アリアナはいらっしゃいますか?」

「えぇ。孤児院側の私室にいらっしゃいますよ。ご案内しましょうか?」

「気持ちだけで大丈夫です。部屋の場所はわかりますし、司祭のお時間を頂くのも忍びないです」

「そうですか。どうぞ、このまま中を通って孤児院まで行って貰って構いません」

「助かります」


 ガレア司祭と呼ばれた男がゆっくりとドアを開けて、二人を招き入れる。

 

「どうぞ。小さなお嬢さんも、何もお構いできませんがごゆっくり」

「感謝する。司祭様のお気持ちだけで、私も十分に満足している」


 司祭の男はザジの言葉に少しだけ驚いた顔をしたが、しかし笑みを浮かべて頷いた。

 二人をドアへと通したガレアは、断りを入れてそのまま近くの一室に入っていく。

 それを見届けた後、二人は静かな板張りの廊下を歩いて突き当たりのドアまで進む。

 

「教会の裏側はガレア司祭の住居も兼ねてる。孤児院側にはシスター達の寝泊りする部屋があるんだ」

「結構、大がかりなんだな」

「どんな経緯で商店街の側にこんな大きな建物を作ったんだろうな」


 ドアを開けると短い野外の渡り廊下になっており、数歩歩けば木造の建物へと通じる扉ある。

 扉の上にはプラスチックのプレートへ施設棟と書き込まれていた。

 側には少し埃っぽい靴箱が置かれビニルのスリッパが並んでおり、丁寧な文字で土足厳禁の張り紙がある。

 木造三階建の孤児院は大く三棟に別れている。食堂や浴場等の生活施設に加えて修道女達の寝泊りする部屋がある施設棟と男女別になっている生活棟だ。

 旭が知る限りでは孤児院には男女十二名ずつの合計二十四人が生活をしており、その大半が小学生。定期的に里親へ引き取られる子供達も多いと言う。


「立派だな。オレの国にも孤児院はあったが余り豊かな印象ではなかったな」

「そこはまぁ……お国柄だし、ザジの力でどうこうなるものじゃないだろ? 足、大丈夫か?」

「もっともな意見だ。足は問題ない、ちょっと違和感あるが」


 教会よりもずっと生活の音に溢れる施設棟を感慨深げに見回すザジを伴い、男子の生活棟へと歩いてゆく。

 笑い声、走り回る音等が混じり合う廊下は学院のものとはまた異なる独特の雰囲気がある。

 靴箱が並べられた広めの土間の前にある一室で旭は立ち止まる。質素な作りでネームプレートもないが、飴色の木目は丁寧に手入れされており、この一室を大切に使っているのがよくわかる。

 旭は控えめに三度ドアをノックする。


「マザー・アリアナ、旭です。お時間よろしいですか?」


 名を告げると、しかし中からは沈黙しか返ってこない。

 困惑の表情を浮かべる旭と怪訝そうなザジが顔を見合わせる。耳を澄ませてみると、わずかな物音と布擦れの音がする。

 再度ノックをすると、くぐもった声で返事が生まれ、ゆっくりとドアが開いた。


「あぁ、ごめんなさいね。こんにちは旭、よく来てくれました」


 品の良い清楚な服装をした、背の高い朗らかな笑顔の女性が顔を出した。

 年齢は六十過ぎ頃で長い白髪をアップにまとめた、年齢によって刻まれた皺があるものの鼻筋が通った涼やかな顔立ち。

 だが彼女の視線はしっかりと旭を捉えていない。視線はぼんやりと空を彷徨い、旭がいるであろう辺りへと向けられていた。

 

「前よりも少し目が悪くなりましたか?」

「私ももうおばあちゃんですもの。貴方の顔が見れなくなるのが辛いわ」

「まだまだお若いでしょう。何を言ってるんですか」


 残念そうに溜め息をついたアリアナは、しかし旭の言葉に嬉しそうに笑みを浮かべると、そこに居る旭を確かめるように頰を両の手で愛おしそうに撫でる。

 彼女の人懐っこい笑みには愛嬌と品があり、見たものを安堵させる不思議なものだ。

 頰を撫でることに満足したのだろうアリアナは、ゆっくりと、しかし、しっかりとした動きで旭の傍のザジへと顔を向ける。

 緩やかな動きで膝を曲げて屈み込み、ぼんやりとした視線を幼い姿のザジと合わせる。白いガラス玉のような瞳がザジの真紅の双眸を見返す。

 

「そちらの不思議なお客様も、ようこそ」


 花が開く様な、友人に再開したことを喜ぶ少女の様な華やかな笑みを浮かべた。

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