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我が家の魔竜のご近所事情  作者: 鹿嶋臣治
第一章 黄金の魔竜、異国に立つ
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第二話 黄金の来訪者2

 四月一日木曜日。

 優雅に朝食を食べていたら、金髪赤眼褐色肌の全裸異国少女が屋根裏部屋に墜落してきました。

 ザジ・ダハクと名乗る少女はアルダ・イーヴェと言う異世界の砂漠と荒野に覆われた南大陸で、太陽と光の化身、戦と魂を司る武神、豊穣と繁栄の神として畏怖され、崇め奉られ、信仰の対象として君臨する黄金の大魔竜だと言う。

 異世界の魔王と異世界の勇者と三つ巴の戦いの最中に、突如として生まれた時空の断裂に巻き込まれ今に至ると言うのだ。


「納得できるかー!」


 旭は頭を抱えてリビングのソファの上に倒れ込む。

 (にわか)に信じ難く荒唐無稽(こうとうむけい)で御伽噺もいいところだと唸った。

 家主のお陰で珍妙怪奇な出来事には慣れているが、異世界から来ました、と言う話は規格外かつ専門外だ。


「だが事実だ。オレは嘘は言っていないぞ、旭」


 アキラさんだったらどうするんだろうか、と思いながら頭が痛くなってきたのを感じながら体を起こす。

 苦い顔をする旭の向かい側には、自身が寝間着き代わりに使っている赤い半袖シャツに袖を通し、満足げな顔でオレンジジュースを飲む黄金の魔竜と自称する少女が胡座を組んで座っている。

 肉食系と極太の筆文字のプリントがされたサイズが合わない大きな半袖シャツは、ワンピースの様に全裸の少女の体を辛うじて覆い隠していた。


「いや確かに、目で見たものは信じなさいと言われて育ちましたけれど……」


 幼い旭へ家主であるアキラが徹底して叩き込んだことだ。

 お陰で幼少期から物怖じせずに淡々と事実を受け入れられる度量は得られたが、実に可愛げのない少年時代だったとも思う。


「ならば容易いのではないか?」

「そう言われたそうなんだけど……ちょっとかなり驚いていると言うか、なんと言うか」


 首を傾げてザジの赤い瞳がこちらの顔を覗き込む。こちらが信じることを疑わない力強い視線だ。

 それでもなぁ、と旭は渋い顔をしながら腕を組む。

 アニメやゲームじゃないんだから、と思う反面、旭としては信じることができる状況にあるのは事実だ。

 実際に旭自身も他人に話せば、アニメやゲームじゃないんだから、と言われても仕方がない経験を家主のお陰で数多くしている。


 ——異世界へ転生する系のアニメや漫画作品が昨今人気なのは知っていたが、まさか異世界から転生してくる系の出来事が身に起こるとは恐れ入った。


 旭はクラスメイト達が今人気の作品は如何に、と話していたことに心の中で感謝して、しかし、やはり難しい顔をする。

 だが信じる信じないの問答をしていても何も進まないのは明白だ。

 旭はザジと同じ様にソファの上に胡座を組むと、黄金の魔竜と名乗る褐色の少女に向き直る。


「正直、君のことを信じきれないのが現状。でも育ての親代わりの人からも、目に見たものを信じろと叩き込まれているし、実際にその言葉が信用にたるものだと言う経験もしてる」

「殊勝な姿勢に感謝しよう。オレが旭に信用にたる証明をすればいいのか?」


 いや、と身を乗り出したザジに旭が断りを入れる。


「まず俺の方からいくつか質問する。疑問に思ってることがいくつかあるから、それから解消していきたい。その後ザジの方で何かしら証明できることがあるならば提示してほしい」

「周りくどいな。だが、旭の信用が得られる可能性があるなら十分だ」

「ちなみに聞くけど、神の力とかで無理やり俺の意識を洗脳しようとかってできるのか?」

「できる。が、それをしたところの優位性が今のオレには無い。よってしない」

「もし優位性が確立された場合は?」


 ザジが真紅の双眸を細め、口の端を吊り上げる。

 とても十歳程度の少女が持つ雰囲気と威圧感ではない。

 八重歯をちらりと見せた勝気の笑みでザジは告げる。


「やはり、しないな。オレは民を守る存在だ……利己の為に民を陥れるのは話が違うだろう?」

「……そこは本当だと信じたい」

「当てにしてくれていい。オレもオレで、実際は現状を把握するので手一杯だ」


 肩をすくめるザジからじっとりと重くなった空気が霧散する。

 旭は軽く頷くと、さて、と前置きして口を開く。


「まず一つ目。なんでウチの屋根裏部屋に落ちてきた?」

「知らん。視界が開けたと思ったらいきなり激突した。ここに落ちた理由もわからん」

「二つ目。その姿は異世界でもそうだったのか?」

「違う。異世界では巨大な竜の姿をしている。ここでは少女の姿だが……理由はまぁ、旭の質問が終わってからにしよう」

「三つ目。問題なく会話してるけど、言語体系が一緒なのか?」

「恐らく異なるが、会話ができる理由は検討がついている」

「四つ目。直前まで一緒にいたという魔王と勇者はどうなった?」

「一緒に次元の断裂に飲み込まれたまでは覚えているが、以降は知らん。次元の断裂についても便宜上、オレがそう呼んでるだけで別の呼称があるかも知れん」

「最後の質問。これからどうするんだ?」


 旭の言葉にザジは目を閉じて黙り込む。腕を組み難しい顔をして体を揺らす。

 たっぷり時間を使って思考した後、


「安全な場所で身を落ち着いて、元の世界に帰る方法を探す。さしあたっては旭に協力を頼みたいのが正直なところだ」

「理由は?」

「こちらの世界に知り合いがいないのが最大の理由だ。個人的には太々しいまでの態度が気に入った。後、旭からこちら側に近い匂いがある」

「匂い?」

「そうだ。オレの世界では魔力と信仰と言う要素がある。説明は割愛するが、世界に溶け込むエネルギー見たいなものだと思えばいい。この場所と旭からはオレの世界に存在する魔力と信仰の要素に近いものを感じる。何かの手掛かりになればと思うな」


 ザジが面白そうに旭を見て、次に部屋の中を見回した。旭には見慣れたなんの変哲も無いリビング兼ダイニングの部屋だ。

 リビングには手足を投げ出して座れる一対のソファに、クッションが数個。テレビは少し贅沢をしてやろうと奮発した大きめのものだ。ダイニング部分のテーブルは四人掛けの木製テーブルで、茶菓子は常に用意してある。どこにでもある日本のなんの変哲もない作りの部屋だ。


「この部屋というか、この家だな」


 ザジは先ほどと同じく身を乗り出して口を開く。


「魔術師の気配がある。旭の親か親族に魔術師としての力を持つ者がいるだろう? この家の敷地にはオレの世界の魔術師達が自身の工房——拠点だな——に施す防衛用の魔術に近いものが存在している。堅牢な力だ。拒絶する訳ではないが、出入りする者をさり気なく選別している丁寧な術式だ」


 それと、とザジは家の南側を指差す。


「あちら側に何があるか知らんが、随分と珍妙な物を置いてるじゃないか。悪さをする訳ではないと思うが、何も知らぬ者の家に置いておくには少し不自然な物だな」

「分かるものなのか、やっぱり」

「以前ほど強く感じることはできないが、何も分からないと言う訳ではない。何がある?」

「見てみたいと思ってる?」

「できるのであれば」


 ザジの言葉に旭は頷くと、彼女を促してリビングを後にする。

 板張りの廊下を歩いて家の南側へ。突き当たりの引き戸を開けると背の高い棚の様なものが並んだ薄暗いスペースがある。

 一段降りた先にある小さな土間のサンダルを突っかけると、壁際のスイッチをおす。

 乾いた音と電灯の点滅の後に薄暗いスペースは蛍光灯の光に照らされる。


「随分と……奇妙な空間だな」


 ザジの言葉はやや戸惑いを含んだもの。

 少し埃っぽい、人間一人がやっと通れる程度の空間が設けられた、年季を感じさせる木製の陳列棚が並べられた薄暗い場所。

 古い陳列棚には所狭しと置かれた価値の判別できない世界各国の珍妙な骨董品の数々。

 乱雑に置かれた用途不明の品々が簡素な電球の光に照らされているそのスペースは、背の高い陳列棚のせいでいつも影を作り薄暗く感じるので、見慣れた旭にさえある種の薄気味悪さを感じさせる。

 視界を埋め尽くす数の奇妙な造形品達に呆けた表情のザジに旭は苦笑を浮かべた。


「初めて目にする人は大体同じ反応するよ。俺が世話になってる人が骨董商を営んでてさ」


 言葉を切って木製の棚を撫でる。


「俺の叔母……つまりは父親の姉にあたる人なんだけど、恐らくその叔母が、ザジの言う魔術師だと思ってる」

「親とは離れて暮らしてるのか」


 物珍しそうに棚を見回していたザジが口を開く。

 不思議そうにこちらを見やる彼女に旭は淡い苦笑を溢して淀んだ後、ん、と小さく前置きをする。


「……そうなるかな。幼い頃に死別したらしい。事故に巻き込まれて……助かったのが、さ」

「それは……すまない事を聞いた」

「いや、いいんだ。慣れてる」


 すまなさそうに項垂れるザジの肩を叩くと、努めて明るく旭は続ける。


「で、世話になってるのがアキラさんって言うんだけど、未成年をこの家に放って世界中を放浪しててさ。たまに何の前触れもなく、どこからか妙な、何かしら“曰く付き”の骨董品を送って来るんだ。ちなみにここ、商売用のスペース」


 客なんて来ないんだけどな、と笑いながら、旭は小さな番台代わりのカウンターを拳で軽く叩く。

 小学生の時は季節毎に必ず戻って来ていたのだが、中学校に上がる頃には年に一度、高校に上がってからは数ヶ月に一度の便りがくる程度。先月半年振りに届いた便りには、エチオピアにいる、と書かれていた筈だ。


「そのアキラと言う女が育ての親が魔術師なのか?」

「ザジの言う魔術師が何かは分からないけど、ご近所から『魔女』って呼ばれてるのを聞いた事あるな。あと本人から直接聞いたことはない。ただ小さい頃の記憶とか、今までの生活の端々から垣間見える部分を見ると、間違いではないんだろうって思ってる」


 何かを思い出すかの様に思案し、ややあってから、むしろ、と旭は表情を曇らせた。


「アキラさんは『魔女』で間違い無いと思う」


 遠い目をして、貼り付けた様な旭の苦笑いは、濁った表情の乾いた笑い声に変わる。

 近所の人々から『魔女』と揶揄され、世界を放浪して曰く付きの骨董品を送りつけてくる、浮世離れした育ての親代わりの叔母である藍染坂アキラ。

 収集された骨董品は突然、玄関先や店の番台代わりの木製カウンターに手紙と共に送られてくる。

 放っておくと旭に対してロクでもない出来事が降りかかるので、毎回、戦々恐々としながら品々を店内に収めていた。


 叔母が魔女の類ではなかろかと言う薄々の疑問が確信に変わったのは、旭が十四歳の時に彼女から送られてきた、やたらと傷や血錆の激しいゴツい西洋甲冑が真夜中に動き出した時だ。

 絶対に触ってはいけないものだ、と震え上がり店の中に放置していたその夜更、息が籠った様な野太い唸り声をあげ、太い鎧の腕を振り回し、廊下や階段を踏み抜かん勢いで誰かを探す様に歩き回った。

 何事かと様子を伺う旭を見つけるや否や襲いかかって来たのだが、突然飛来した、以前からお店で保管していた金髪ドールが西洋甲冑を勢いよく弾き飛ばし事なきを得たのだ。

 翌朝、直立不動で店の壁際に立つ西洋甲冑の足元に、汚れた羊皮紙に歪な筆跡のフランス語で短い謝罪文が認められていた時は、もはや“曰く付きの品々”を送りつけてくる本人を『魔女』と認めざる負えなくなった。


「そ……そうか。それはまた、災難であったな」


 事の顛末を話し終え、余りにも深い溜め息をついて眉間に皺を刻む旭に、ザジは労りの言葉を投げかける。

 件の西洋甲冑はザジ達から見て左の壁際に此方を向いて立っており、二人がそちらに顔を向けると西洋甲冑は挨拶をする様に軽く左手をあげ、何事もなかったかの様に再度直立不動の姿勢を取る。

 軽く頷いたザジはその一連の流れを見なかったことにすると、


「故に旭は、屋根裏部屋でも狼狽えることもなかったのだな」

「目に見た物を信じなさいって言う教育の賜物だと思ってる」


 世界中の“曰く付き”の骨董品を集めて回る『魔女』の叔母に育てられて十年以上。

 西洋甲冑を始めとして「襤褸の棲(らんるのせい)」に並ぶ奇妙極まりない品々に囲まれていたら、おおよそ、真面な人間が一生に出会うか出会わないかの確率の珍事には遭遇している。

 金縛りやラップ音は日常茶飯事、幽霊達がリビングで酒盛りをしてキレ倒した記憶は新しいし、猛獣さながらに吠え立てる魔法の本に噛み付かれそうになったり、金髪ドールが首を震わせて笑い声をあげたりと、悩みのタネと驚きのネタには正直事欠かない。


「あと付け加えておくと、アキラさんが『魔女』ってだけで俺自身は別にそう言う才能がある訳じゃないから」

「師事しようとは思わなかったのか?」

「別に思わなかった。アキラさん自身も俺に習えとも言わなかったし」


 それに、と旭は少々疲れた様に吐息した。


「『魔女』に弟子入りして、なんか今以上に訳が分からんことになっても困るし」


 幼少期から怪奇現象と隣り合わせの生活をしていた旭にとって、『魔女』と呼ばれる叔母に師事するよりは何事もなく平穏無事な生活を続ける方が重要なのだ。 

 だが、と旭は陳列棚を眺める金髪赤目の異国の少女を見やる。


「目に見た物を信じなさいってことだし、実際に話してもいないこの場所のことを言い当てられるとなぁ……」

「信じる気になったか?」

「信じる他ないって感じかな」


 旭は胸の高さ位までしかない少女の頭に手を置く。


「どれだけの長さの付き合いになるか分からないけど、一応、よろしくな」

「よろしく頼む。オレの加護や恩寵なしでは生きられなくなるぞ」


 旭は不適に笑い胸を張るザジの頭を撫で付けた。

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