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我が家の魔竜のご近所事情  作者: 鹿嶋臣治
第二章 魔竜、生活を始める
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第十三話 ザジのお願い

 大きなバーガーを完食して皿の上を空っぽにしたザジは、少々苦しそうな表情をして己の腹を摩る。

 

 ……必要とは言え少々、食べ過ぎだな。


 本来のザジにとって食事とは娯楽の一つであるが、この世界においては己の生命を維持するための必要な行為の一つ。

 微量だが魔力の生成を行うことができるのみならず、肉の体を維持するためのエネルギーを獲得できる優れた行為と言うのがこの世界におけるザジの食事への見解だ。

 食わねば死ぬと言う状況に置かれたのは久しぶりだと、ザジは内心で笑う。

 アルダ・イーヴェで神格として存在するザジは既に肉の体を捨てており、魔力の供給と信仰の獲得により体を維持している。この世界でも魔力と信仰を用いて体を維持することは可能ではあると検討をつけているが、それを試すにはリスクが高すぎる。まずは確実な魔力生成の手段を確保してから確かめなければならない。

 視線を向かい側の座席へと向けると窓側の席に置かれた荷物の山がある。旭がザジへと買い与えたものだ。

 

「このお人好しには、何か別の形で報いる他あるまいな……」


 投げ出した足をブラブラと動かしながらザジは淡い笑みを溢した。

 荒唐無稽な話をする見ず知らずの少女の面倒を買って出るなど、どう言う心境なのだろうかとザジは思案する。

 が、考えたところでそれがザジ自身に分かる筈もない。

 好意を好意として受け取り、何か別の形で返す他ないのだ。

 今は己の無力を噛み締めることから始め、一日にでも早く元の世界に帰る方法を確立させなければならない。

 さて、とザジはOCHAME DADの店内を見回す。一時期の忙しさは嘘の様に形を潜めており店内に人は疎らだ。

 カウンターに見ず知らずの男が数人、奥のボックス席には家族連れと男女混合のグループが一組ずつ。食事は既に終わっており、飲み物を片手に会話に花を咲かせている。

 話をするなら今のうちか、とザジはキッチンを振り返る。ちょうどタバコに火を点けた百代と視線がぶつかり、彼女は頷いて灰皿片手にフロアへと出てくる。


「待たせたね。ちょうど頃合いだと思ってたんだ」

「奇遇だな。オレもだ」


 色っぽい垂れ目と艶やかな唇を笑みの形にして、百代はザジの向かい側に腰掛ける。

 彼女は紫煙をゆっくりと口から吐き出してカウンターへと振り返った。


「悪いジョン、コーヒーとザジにオレンジジュース出してくれるか?」

「あぁ、わかったよ。ザジ、ストローいるか?」

「気遣いに感謝する」

 

 流れる様に注文された品を用意するジョンを横目に百代はタバコを燻らせる。

 天井へ向けて輪っか状の煙を作り出した彼女は、それで、と唐突に口を開く。


「お前、アキラさんや旭とはどう言う関係なんだ?」

「——どうとは?」

「私の勝手なお節介だってのはよく分かってるんだよ」

 

 ザジと百代が無言で見つめ合っていると、訝しげな顔でジョンがテーブルに二人の飲み物を置いて去って行く。

 コーヒーを一口、再度タバコを咥えながら百代は続ける。


「アキラさんの知り合いだからって言っても、ちょっと変だよなお前。年齢の割りに日本語が流暢すぎるし、子供特有のアホらしさってのが感じられねぇ。一見だったら探りも入れないが、可愛い弟分が預かって一緒に住んでるって聞いたんじゃ、流石に気にはなる」


 まぁ、と百代は灰皿にタバコを押し付けながら苦笑する。


「話したくないってんなら、掘り下げることもしないけどさ」

「オレが話せないと言ったらモモはそれで納得するのか?」

「人間生きてりゃ話したくないこともできるからな。別に無理やり聞き出そうとしないし、話してくれるタイミングがありゃその時に頼むわ」


 もっとも、と百代は口の端を歪めた。


「十歳にも満たない様な子供が何を隠すのかって話だけどさ」

「……モモの方で納得はできないとは思うが、その時が来たら話す。それで良いだろうか?」

「分かった。今は何も聞かない」


 ザジが神妙な顔で頷くと、百代は両手をあげて頷いた。


「ただ、旭に迷惑だけはかけるなよ」

「あぁ……心得た」

 

 百代が溜め息をつく音を聞く。

 妙な居心地の悪さを感じるザジは内心で吐息しながらオレンジジュースを一口飲む。

 微妙な空気がこの甘さの様に変われば良いのだが、と思ったところで苦笑まじりの声がカウンターから飛んだ。


「モモ! 旭を取られたからって、余りザジをいじめてやんなよ」

「だーれがそんなことあるか。アホ言ってないで働け」 

「なんだ……嫉妬だったのかモモ、可愛いところもあるではないか」

「ド・ア・ホ。軽口叩いてヘラヘラ笑うくらいなら、さっさとお前の話をしな」

 

 面白そうに口の端を歪めるこちらに、百代は苦虫を噛み潰した様な表情を向けた。

 面倒くさそうに煙を払う様な動きで片手を振って足を組み直すと、背もたれに体を預けてコーヒーを煽る。


「これはお互いにとって良い話になると思う提案なんだ」

「ふーん……どんな提案を持ってきたんだ?」

「少しばかりこの国のことを勉強したくてな……差し支えなければ、この店でオレを雇わないか?」


 内容に百代が怪訝そうに眉を潜めた。

 

「聞けば昨日、当てにしていた人員が欠けたそうだな。だからオレを雇い入れるのはどうだろうか? 言葉は喋れるし見た目もさほど悪くない。読み書きは多少苦労しているが、必要ならばすぐに覚えてみせよう。なんでもできると言う訳ではないが、教えられたこと程度は無難にこなす自信はある」


 もちろん、とザジは続ける。


「賃金は正当なものじゃなくても構わない。仕事ができない半人前だからな、そちらのさじ加減に任せる」

「なるほど……提案って言うのはザジ自身の売り込みね」

「そうなる。オレは少しばかり金が欲しいし、そちらは子供だが必要な労働力が手に入る、悪くない提案だと思うが?」


 百代は無言で三本目のタバコに火を付けた。

 どうしたものか、と煙を吐きながら小さく呟いて天井を仰ぎ見る。

 右手の指でタバコを挟んだままぼんやりと燻らせ、さて、と視線を天井からザジへと移した。


「結論から言うと雇うのは無理だ。原則、児童を就労させたらいけないって言う国の決まりがあるからな」

「む……」

「だがお前の心意気は買いたいし、私は面白いことが好きだ。提案は受けてみたい」


 だから、と百代は頷いた。


「旭が昼間、学院へ言ってる間にお前を預かっていることにする。面倒を見るのと飯を食わせる代わりに、お店を多少なりとも手伝ってもらう形にすればいい。賃金に関しては……まぁ、追々考えるとしよう」

「やはり賃金の支払いは難しいか?」

「雇ってる訳じゃないからな。まぁ……小遣い程度なら渡そう。あくまで店を手伝ってくれた気持ち程度の金額だが」

「モモがそれでいいなら構わない。感謝する」

「ちなみに聞きたいんだが、金が必要なのはなんでだ?」


 そうだな、とザジは遊ばせていた足を胡座の形にする。

 背筋を伸ばし、視線を百代から彼女の隣に置かれた荷物へと向けると、こちらの視線に誘導される様に百代の視線も隣の大荷物へと移された。

 

「旭はお人好しだからな……育ての親代わりから面倒を見ろと言った子供の面倒を見るほどだ。旭からは一晩で驚く程の施しを受けたからな……これが正しい形かは分からんが、まぁ、何もやらんよりはマシだろうと思ってな」

「なるほどね。悪くない考えだが、金を渡したら難色示すかもなアイツは——別に返して欲しい訳じゃない、とか言って」

「かも知れんな。だがまぁ、気持ちの問題だと思うし納得はするだろうよ。もし旭が嫌がる様なら別のことをするさ」

「ま、その時はその時で相談してくれ。ちなみに連絡先は……旭でいいか」

「そうしてくれ。スマホ? とやらは持ち合わせていないのだ」


 了解した、と百代はポケットからスマホを取り出す。


「ちなみに日中はずっと暇してるのか?」

「そうだな……旭に連れまわされない限り、基本的に予定はない」

「了解した。なら店を手伝って欲しい日の朝に旭に連絡する」


 百代はタバコの火を消すとポケットにスマホをねじ込んだ。

 

「ジョン、子供用の制服ってないよな」

「実は用意してあるぜ! なんて言えたら笑いの一つも取れたんだがなぁ」


 ジョンは苦笑しながら首を横に振る。当然の様にザジのサイズの制服はない。


「いいや。制服は私が準備しておくから、連絡入ったら指定した時間までに店に来てくれ」

「分かった。よろしく頼む」

「ちなみに、読み書きはどれくらいできるんだ?」


 百代の言葉にザジは表情を曇らせた。


「喋るのは問題ないのだが、読み書きは全くだ。正直、メニューには何が書き込まれているか全く分からん」

「それは前途多難だなぁ……外人さんに日本語の習得はかなり難しいらしいからな。あぁ、でも子供だから大丈夫か。ジョンでもできたし」

「うん? ジョンはこの国の人間ではないのか?」

「あんな厳つい日本人がいてたまるか」


 ザジの視線はカウンター越しに家族連れの会計を行うジョンの姿を捉える。

 彫りの深い厳つい顔つきに巨大な身体。鎧の様に体を覆う筋肉は確かに、多くすれ違う男性の体とは根本的に違う。


「ジョンはうちの親父が拾ってきたんだよ……記憶喪失で名前も出身も分からないし、言葉も通じない。地頭は良かったのか、読み書きもすぐ覚えたし一月位で日常会話も問題ないレベルになったよ」

「そうだったのか……大変だったんだなジョンも」

「ジョンって言うのも偽名みたいなもんだしな」

「そうなのか?」


 ザジの言葉に百代は頷いた。


「ジョン=ドゥ。名前が分からない奴のことをアメリカじゃそう呼ぶんだと。ちなみにボルドマンはハゲ男って意味だ」

「あぁ……実に安直だな。わかりやすいが」

「分かりやすくらいが丁度良いんだよ、最近は露美雄だのなんだのとややこしい名前が多いからな」


 四本目のタバコを咥える百代は苦笑しながら告げる。

 ちなみに、と彼女は火を点けながらザジへと言葉を放った。


「ザジの名前は? あまり聞かない音だよな、ザジ・ダハクって」


 こちらに向けられた垂れ目の奥に探る様なものを見つけて、しかし、ザジは小さく笑みをこぼしながら告げる。

 可笑しそうに体を揺らし、金髪を指先で弄ぶ。


「オレの国の古い言葉でな……ザジは黄金を、ダハクは竜を意味する。なかなか愉快な名前だろう?」

「あぁ、だから昨日、旭の奴が素っ頓狂な感想述べてたんだな」


 なるほど、と感心した様に頷いている百代は、恐らくザジが真弓に結って貰った太く長い三つ編みを見せた時のことを思い出しているのだろう。

 竜の尻尾の様だ、と述べた旭は周りの女性達から微妙そうな表情を向けられていたのをザジも覚えているが、なかなかに気の利いた賛辞だとザジ自身は思っている。

 金色の髪を指先で梳いて見ると、昨晩よりも感触はゴワついていた。風呂に入ってないからか、と嘆息する。


「ちなみにザジ、客商売だから風呂はしっかり頼むぞ」

「ぐ……苦手だから余り入りたくはないんだがな」

「不衛生だ。飲食店として最低限の身嗜みを整えるのは義務だからな」

「分かった。善処する」

「善処じゃない、絶対だ。少しでも臭ったら叩き出すからな」


 風呂は苦手なのだが、と心の中で嘆息する。

 湯船に並々と入れられた湯にどうしても抵抗があり、身が竦むと言うわけではないが躊躇いが生まれたしまう。

 あとこの長い髪を洗髪するのも骨が折れそうで、濡らす前から億劫な気持ちが芽生えてしまうのだ。

 ちらりと横目で百代を伺うと、彼女は有無を言わさない雰囲気を出していたので素直に頷いておく。


「最悪、旭と一緒に入れよ。苦手っていうか、長い髪を洗うのが面倒なんだろ?」

「そう言うことにしておいてくれ」


 実際に長い髪を洗うのが面倒くさいと思っているので、百代の言葉にザジは素直に頷いた。

 

「お前の年齢なら一緒に風呂入っててもギリギリ許されるだろ——家の風呂だけにしておけよ」

「自宅以外で風呂に入りたくはないよ」


 げんなりとした表情でザジは告げる。


「とにかくだモモ、世話になる。子細はまた教えて貰えると助かる」

「分かったよ。すぐにとは言わないが、お前も読み書きができる様になってくれると助かる。旭に教えて貰え」

「そうする。すぐにできる様になってやるともさ」


 ザジは勝気な笑みを浮かべて答えた。

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