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我が家の魔竜のご近所事情  作者: 鹿嶋臣治
第二章 魔竜、生活を始める
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第十二話 アンナのお願い

 大きなバーガーに悪戦苦闘を繰り広げるザジを見ながら食事を終えた旭は、ふと、己のスマホがメッセージを受信していることに気が付く。

 画面のロックを外してメッセージアプリを立ち上げると、差出人の欄にはアンナの名前があった。内容は旭のアイコンに関して弄ることから始まり長々と文面が続いていたが、要約すると、時間があるなら教会に顔を出せ、と言うことらしい。

 簡潔に連絡をできないものか、と思いながら旭は思案する。視線はバーガーを切り分けるザジへと向けられた。

 

「どうした?」

「いや、席を外してもいいかな、と思ってさ」


 大きく切り分けたパティを頬張ったまま、ザジは小首を傾げる。

 咀嚼して飲み込んだ後、彼女は眉間にしわを寄せた。

 

「どこかに行くのか?」

「教会。アンナさんが顔出せって連絡してきて……大方、内容は予想がついてるんだけど」

「教会に行くのは構わんが、オレは家に戻ればいいのか?」


 どうしようか、と旭は腕を組む。

 大荷物を持って教会に行くのも面倒くさいのは確かだし、ザジに家の鍵を持たせて一人、商店街を歩かせるのも怖い。

 何より自由と好奇心の塊であるザジを一人で商店街に放り出したら、何が起こるかわからない。


「モモさん、ちょっとザジと荷物をここに留守番させてもいいかな? 小一時間程度で戻ってくるので」

「あー? お前、ここ託児所じゃないし荷物置き場でもないんだぞ?」


 キッチンからこちらを振り向いた百代が眉を寄せる。

 ここ、と言いながらコンロを叩くフライパンの硬い音が彼女の不満を代弁している様だ。


「すいません。我が儘は承知です」

「仕方ないなぁ。ザジの話もあるし客足も割と落ち着いたからな……なるべく早く戻ってこいよ。一時間経って連絡なかったら放り出すからな」


 百代は肩をすくめると、そのまま片手を鷹揚に振って調理に戻る。

 

「ありがとうございます。ザジ、ちょっと教会に行ってくる。もし何かあったらモモさんかジョンに携帯借りて連絡してくれ。二人とも俺の連絡先は知ってるから」

「わかった。長くなりそうなのか?」

「いーや。すぐに終わると思うよ……あ、一口頂戴。多いだろ、それ」


 フォークに刺され差し出されたバーガーを頬張り旭は席を立った。


「ザジ、一人で店の外に行くなよ。モモさんやジョンに迷惑をかけない様にな」

「無論だ。そちらも余りアンナを待たせるな」

「ありがと。モモさん、ジョン、ちょっとよろしくお願いします」

「おうよ。ザジはいい子だから問題ないだろうよ」


 旭が軽く頭を下げるとカウンターに立っていたジョンが笑顔で頷き、百代は先ほどと同じくキッチンから鷹揚に手を振るだけだ。

 

「悪い、ちょっと出てくる」

「うむ。気を付けろ」


 ザジに一言とドアベルの音に見送られながら店を後にして教会通りへと出る。

 十五時前の人混みは穏やかで、ゆっくりとした人波をかき分けるように足早に教会へと向かった。





◆□◆□◆□





 教会へ到着した旭は中央の遊歩道ではなく壁沿いの回廊へと進む。

 敷地内に人影は疎らであり、散歩途中であろう老夫婦がのんびりと花壇の遊歩道を歩きながら会話に花を咲かせていた。

 穏やかな昼の日差しと会話を楽しむ老夫婦を横目に回廊を歩き、聖堂脇の横道へと進むと教会と孤児院を結ぶ小さな渡り廊下が見えてくる。

 下駄箱で靴を履き替えると孤児院の施設棟へと入り事務室へと向かう。

 施設棟の廊下はひっそりとしており、代わりに男女の生活棟からは子供達の笑い声が小さく響く。

 

「アンナさん、旭です」

「おー悪いね。待ってたよ」


 事務室のドアをノックすると、アンナがドアを開けた。

 彼女は旭を招き入れると応接スペースへと案内する。と、旭は既に応接スペースに人が座っているのを認めた。

 目に飛び込んできた燃えるように鮮やかな緋色を目の当たりにして思わず足を止める。

 その眩しい緋色が艶やかな女性の髪だと気付いたのは、こちらに驚きの表情で向けられる整った美しい顔を認めたからだ。

 驚きに染まった顔立ちをさらに麗しいものにしているのは、琥珀のように美しい、そして不思議な光を持つ神秘的な黄金色の瞳。

 広がる髪とこちらを見つめる瞳の色のコントラストを見て、ダリアの花が咲いている、と旭は心の中で思う。 

 見惚れるのは一瞬。

 花の妖精と言っても肯ける少女は、しかし、驚きの表情を怪訝に変えた。そしてその感情の動きは旭も同じだ。

 互いに微動だにせず、驚きと困惑に目を瞬かせた後どちらともなく口を開く。

 

「小野さんがどうしてここに?」

「え? あれ、なんで?」

 

 声を発するタイミングが重なりお互いに顔を見合わせてバツの悪い表情を作るが、緋色の髪の少女は小さな咳払いを一つ、凛々しさと美しさを持った相貌に淡い笑みを浮かべる。


「奇遇ね、藍染坂君。こんなところで会うなんて思いも寄らなかった」


 澄んだ鈴の音の様な声で言葉が紡がれた。

 織り上げたばかりのような滑らかさを持つ燃える夕焼けのように鮮やかな緋色の髪。

 切れ長の二重と長い睫毛に縁取られた琥珀のような不思議な輝きを持つ力強い黄金色の瞳。

 綺麗に通った鼻筋にすっきりとしたシャープな顎のラインと言う清流の様な澄んだ顔立ち。

 薄らと赤みがさす頰は熟れた果実の様で、瑞々しく弾力に富んだ桃色の唇と透明感のある透き通った白い肌。

 背丈は旭より頭半分程小さいが、いつも背筋が伸びていて歩く姿が美しい日本人離れした容姿。

 小野花蓮。

 旭の通学する学院の同級生で半年程前に別の高校から編入してきたという、季節外れの編入生としてその容姿も相待って一躍の有名人になった女子生徒。


「いや、確かに奇遇だけど……なんで孤児院に? 学院のボランティアか何か?」

「違うわ。私、ちょっとした理由があってここに住んでるの」

「そう……なんだ」


 目を伏せる彼女に旭は気の毒そうな声を出した。

 この手の話題は経験上、深く追求せずにさらりと流すのが一番無難であると知っている。

 

「学院に転入してきたのが半年くらい前だから、それくらいからここに?」

「そうね。実際には夏の終わりくらいよ。快く受け入れてくれたマザー・アリアナには感謝しか無いわ」


 花蓮が編入されてきたのは十月の頭頃、新学期が始まって一月位経った辺りだった覚えている。

 その容姿から瞬く間に噂が広まり、他クラスや他学年からも彼女を一目見ようと多数の生徒が押しかけてきたのは記憶に新しい。

 旭の苦笑に彼女は悟ったのだろう、苦々しい表情を作って眉を寄せた。


「あの時は……クラスメイト達には迷惑をかけたと思っているわ」

「いや、あれは別に小野さんのせいじゃ無いと思う。堪え性が無いと言うか、なんと言うか」


 編入当初はかなりの人間がお近付きになろうと声をかけていたのだが、その尽くが返り討ちにあっていた。

 男子も女子もお構いなし。

 友達になろう、連絡先を交換しよう、好きな食べ物、音楽の趣味、恋人の有無、家族構成等々。

 機関銃よろしく遠慮もなくばら撒かれる質問という弾丸を、彼女は一言二言、無礼な輩には蔑みの視線と罵倒と共に撃ち落としていた。

 そのお陰か二週間経つ頃には、一人で窓の外をぼんやりと眺めて一日を過ごすのがお決まりになっていた。何人かの女子生徒と会話をしたり、課題のやりとりをしているところを見ると、孤立して友達がいない、と言うわけでは無いらしい。


「藍染坂君は随分と堪え性があったのね。話しかけてこなかったのって貴方だけよね? むしろ、今日が初めての会話じゃ無いかしら」

「お互いの記憶に間違いがなければ、そうだよ。俺は小野さんに話けてないし、話しかけられてもいないからさ」


 可笑しそうに告げる花蓮に旭は肩をすくめながら告げる。

 旭自身が小野花蓮に対して下心を抱くことがなかったか、と言うと答えはノーだ。

 年頃の男子高校生故にとびきり美人の同級生が編入してきたら、お近付きになろうと言う思いが鎌首を擡げるのは道理だ。

 実際に旭も花蓮の様な同級生と放課後を過ごしてみたいとか、休日の時間を共にしたいと言う気持ちがなくは無いが、幼少期の苦い経験が心理的なストッパーとして働いていた。

 頭の中で想像してみるものの、しかし心の動きは鈍く、実際に行動に移そうとは思わなかった。それに同級生達の尽くが玉砕している様を一ヶ月永遠と見せつけられていたら、その考えのみならず行動に移すことが如何に虚しく無駄で無謀なことか嫌でも理解させられる。


「小野さん、結構自信家なんだね。他の女子が聞いたら嫌味に聞こえるかもよ、それ」

「そう言う意味じゃ無いの。不愉快な気持ちにさせたら謝るわ」

「別に気にしてない。実際に小野さんは凄く美人だから、嫌味にも聞こえないしね」


 旭が花蓮の向かい側のソファに座りながら告げる。

 軽口とも取れるこちらの言葉を叱責されるかと思ったが、向かい側に座る彼女から返事はなく無言だ。

 顔をあげて花蓮をみると、彼女は頰を僅かに赤く染めて俯き加減で小難しい顔をしていた。

 こちらの視線に気付くと花蓮はやや慌てながら小さく咳払いをする。


「ありがとう……藍染坂君って女の子の扱いが上手なのね」

「扱いが上手いって言うか……そこの方々の教育の賜物といいますか」


 照れを誤魔化す様に襟元を正したりスカートの裾を直したりする花蓮を横目に、旭はこちらを楽しそうに見やるアンナを親指で指し示す。

 彼女は口の端をニヤつかせながら花蓮と旭を交互に見比べていた。

 

「嫌だ嫌だと言いながらも、やっぱり旭も男の子なんだね——やるじゃん、この助平!」

「違いますし、妙な誤解は小野さんに失礼だから止めてください」


 旭がアンナの言葉をピシャリと跳ね除けると、彼女は苦笑を浮かべながら花蓮の隣に腰を下ろす。

 

「お堅いなぁ、旭は。しかし花蓮も花蓮で満更でも無いみたいだし?」

「それは……藍染坂君は他の同級生や学院の生徒と違って、下心を持ってご機嫌とりのために褒めそやしてきた訳じゃ無いですから」

 

 アンナの含んだ笑いに花蓮は首を振った。

 転入当時は日本人離れした容姿のお陰で名前も知らない学院の生徒から交際を申し込まれることも多かったと言う。

 憂いを含んだ琥珀色の瞳と困った様に溜め息を漏らすその表情には、確かにそこらのモデルやアイドルよりも存在感があり、すれ違えば十人が十人彼女のことを振り返るだろう、と旭は思う。


「分からないよー旭も何だかんだで男の子だからなぁ。存外、いやらしいこと考えるかもだぞ」

「顔を見て声を聞けばわかりますよ、アンナさん」


 アンナの言葉に花蓮が苦笑を浮かべた。

 それに、と彼女は憂いを持つ琥珀色の瞳を伏せる。困惑を浮かべていた表情はふと力が抜けて、観念したかの様な言い表しがたい相を見せた。


「——慣れてますから。外側だけを見られることに」


 彼女の口から紡がれる憂いを孕んだ言葉は重たい。

 旭がそんな花蓮へ怪訝そうな視線を向けると、小さな咳払いをして謝罪をした。ごめんなさい、と小さく溜め息の様に唇から漏れて事務室の空気に滲んでゆく。

 どうするんだ、と言う視線を旭がアンナへ投げかけると、彼女は小さく肩をすくめて手を叩いた。

 乾いた音が響いて花蓮の視線がアンナへと向けられる。


「さて。お喋りもいいけど、まずは今日の本題から」

 

 いいかい、とアンナが花蓮と旭の顔を見る。

 旭と花蓮が頷きを返すと、結構、と仰々しく頷いてアンナは笑みを見せた。


「花蓮は初めてだと思うから、軽く説明だけしておくね。春休みの最後の三日間、毎回、ウチで面倒見てるチビ達の勉強会をするんだ。夏休みと冬休みは課題が出るけど春休みはそれが無いからね。お昼頃から夕方手前までの三時間か四時間程度、頭の体操を兼ねて実施してるんだ」


 勉強しておいて損はないし知識は形のない財産になる、とアンナは言う。

 

「ただ、その意味を理解するにはウチの子供達はまだ幼すぎる。小学生は遊びたい盛りだし、中学生も進路を考えなきゃならない学年になるまでは真剣に捉えない。旭や花蓮も経験があるだろう?」

「中学生の受験は三年生になってから意識したからなぁ」

「模範解答をありがとう、旭。と、そんな訳で二人に頼みたいことは至って単純。遊びたい盛りのチビ共の監督をして欲しいんだよ。場所は前回同様、孤児院の食堂で行う予定」

「俺は大丈夫です。毎年のことですし、問題ないです」

「ありがとう、旭。花蓮はどうかな?」


 アンナが花蓮へ視線を向けると、彼女は少し複雑そうな顔をした。


「私と藍染坂君の二人だけですか?」

「本来なら教会のシスター達も手伝ってくれるんだけど、今回はちょっと難しい。孤児院から出ていく子の引き取り先にご挨拶に伺わなきゃならなかったりで、別の仕事が舞い込んでて手が離せないらしいんだよ」

「里親が見つかった子がいるんですね」


 パッと顔を輝かせた花蓮にアンナは頷く。


「ガレア司祭が頑張ってくれてるみたいだからね。優秀な人だよ、彼は」


 定期的にと言う訳ではないが、年に一人か二人の頻度で孤児院から出ていく子供がいる。

 方々に知人が多いと言うガレア司祭が話をつけて回っていると、旭は以前アンナから聞いていた。


「ま、そう言う訳でちょっと教会スタッフもバタついてるから、二人でお願いしたいのさ。私の方は事務室で書類仕事があるから、トラブルがあればすぐに動ける様にするし、そこは安心していいよ」

「時間が出来たらアンナさんも手伝ってくださいよ」

「ちょっと難しいかな。非常勤講師と孤児院スタッフの二足の草鞋だぞ?」


 猫の手も借りたいくらいだ、とアンナは眉を寄せて旭の言葉に顔をしかめる。

 

「旭も花蓮もチビ達のことをよく知ってるし、これ以上ない人選なんだ。頼むよ」

「分かりました、しっかりやります。それに孤児院で生活もさせてもらっていますし」

 

 アンナの言葉に花蓮が快く頷いた。


「旭もこれを機会に人嫌い、治してみたら?」

「別に人嫌いって訳じゃありません。苦手意識があるだけです」

「相変わらずだなぁ……旭には耳にタコかも知れないけど、私も母さんも心配してるんだ……だから、な?」

「分かってます。昔よりはマシになったと自分では思ってますよ」

「確かしそうなんだけどさ」


 むっつりとした表情で口を開く旭に、アンナは苦笑を浮かべながら頰をかく。

 うん、と間延びした呻き声を出して、しかし彼女は仕方なさそうな笑みを見せた。


「ま、いいか。花蓮と一緒にチビ達の面倒を見てくれるってだけで大進歩か。明日から頼むよ、詳細はまたメッセージ送るな」

「分かりました。ちゃんと連絡してくださいね」


 早速と立ち上がった旭をアンナが慌てて引き止める。


「早すぎだろ! ちょと待てって」


 彼女はジェスチャーで旭に座る様に促し、お年玉、と書かれたポチ袋を二個取り出してそれぞれを旭と花蓮に手渡す。


「まぁ、少ないけど母さんから。これ謝礼じゃなくて小遣いな」

「必要ないって言っても何かしら理由をつけて渡すんですよね」

「そうだね。ま、学生さんの貴重な時間をもらうんだから、それくらいはね。花蓮も遠慮するなよ、逆に恐縮されると私も母さんも困ってしまうからさ」


 ポチ袋を手に思案顔の花蓮が苦笑を浮かべた。


「私としては学生らしく、手に入ったお小遣いでお茶でもしてきたらって思うけどね?」


 茶目っ気ある笑顔を見せたアンナに、それが狙いか、と旭は苦笑を見せた。

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