9・欲張り出すとキリが無いんだな
昭和十七(1942)年六月下旬。
やはりミッドウェーで負けたらしいという話が耳に入ってきた。
そして、二式艦戦の制式化にも関わらず、生産の優先度は未だ零戦で変わりない。あちらは二一型へと生産が移行しているので、まずは計画されている生産を優先するのだという。
それ以外にも問題があった。
翠星の生産規模から翠星は三菱だけでなく、どうやら他社の艦攻や飛行艇、空技廠が開発している双発機のエンジンにもなっているので、今のところ問題の無い零戦の生産を優先する都合上、翠星も二式艦戦ではなく他機種への搭載を優先することになるという。大攻は火星で頑張るそうだ。
そうこうしているうちに戦争は南方へと大幅に拡大していく。そうなるとやはり、二式艦戦の出番はどんどんなくなって行く事になる訳だ。
「二式の航続力を伸ばせないだろうか?」
海軍からはそんな話も出てきた。
そもそも、二式には増槽を二個吊るせるようになっている。それか、大型増槽を一個。それもかなり空力的に洗練した設計のモノを用意しているのだが、まだ足りないらしい。
仕方が無いとは思う。零戦と同じサイズの機体に大排気量のエンジンを積んだんだ。燃料消費量がまるで違うから、いくら工夫して燃料搭載量を増やしたところで零戦と比較すれば相当に航続距離が短くなっている。
そして、今求められているのがソロモンで飛べる足の長い機体。
それがそもそもの間違いだという事に海軍は気が付いていない。
零戦の長大な航続力を過信してラバウルからガダルカナルまで単発機を飛ばすだとか言うトンデモをやらかしているんだ。普通なら考えられないことを、「無茶を実現した」機体があるがためにやってしまっている。
当然だが、既成の生産計画が云々というだけではなく、言外に「足長いのが良い」と言ってるような計画の下で二式艦戦ではなく零戦が重点生産されている。
その零戦の評価だが、当然ながらすこぶる良い。未だ米側が2000馬力級戦闘機を投入してきていないから二式艦戦の必要性も無いという。
結局、昭和十七(1942)年中に二式艦戦の優先生産が行われる事は無かった。
その間にも俺は航続力を伸ばす工夫として密着型増槽、21世紀でいうコンフォーマルタンクを設計して腹の下に抱えるようにもした。これで空力的にあまり抵抗にならずに燃料搭載量を増やせることになる。
ただ、それでも零戦二一型の航続距離には及ばないんだが。が、アレを実現せよというのが間違いだ。単座機の負担を考えたら、あんな複座機並みの長時間飛行を常態としてはいけない。
昭和十八(1943)年に入っても新型機が出て来たという話はあったが、どうも双発機は脅威だが、逆ガル単発機はカモと言った話が聞かれた。
確かにそうだった。当初のF4Uは練度が低い部隊だったり、戦法が確立されていなかったりと、F4Fよりカモという印象を与えていたのは事実だ。日本側は終戦までF4FがF6Fに置き換わった事の方が脅威で、F4Uはあまり顧みられていなかった。
ベテランの意見はそんなだが、そろそろ搭乗員の数が足りなくなっているという。あれだけ脅しをかけておいたが、海軍はまるで聞いていなかった。いや、多少は考えたのか、中の優秀な人が動いたのか、搭乗員養成枠は増やされているそうだ。その新人たちがようやく戦場へ飛び出したが、その場所がただ飛ぶだけでも多大な負担があるソロモンというのでは、いくら新人を送り込んでも、ただの無駄死ではないのか?
そして、どうやら本命F6Fが出て来たらしい。同じ機体のように見えて、随分手強いという。そう、手強いだけで勝てない訳ではない。
昭和十八(1943)年には零戦の最終型と言える三三型が投入されている。
三三型は風防の視界を改善したり補強等で重量が増加した機体に対してフラップに改良がくわえられ、エンジンは瑞星最強となる1400馬力が搭載されている。武装も13mm6丁と非常に強力になり、最高速度580kmを誇る。
これであればF6Fにもむざむざやられる事は無い。
ただ、その影響で二式艦戦、ようやく烈風の名称が与えられたが、は、エンジンを高空対応型に変更し、13mm6丁の二二型へと生産が移ったにもかかわらず。相変わらず零戦優先が続いている。
そんな中で海軍から新たな艦戦の開発要求が来た。
「なるほど、高速性能だけ上げても零戦との差が分からないから、爆撃や雷撃を戦闘機でやれと?アホですか」
連中、とうとう頭がイカレたらしい。
話をよく聞いてみると、翠星を装備した艦攻が零戦二一型並みの速度を出せるのだという。ならば、簡易の爆撃機として使える大型単発戦闘機を造れば、一石二鳥ではないのかという話になったらしい。
そうだな、米軍もF4Uをそんな風に使ってるもんな。アレが欲しいんか?
ただ、言うのは簡単だ。翠星を使えば出来んこともないだろう。F4U並みの機体なら造作なく作れる。
しかしだ、それをやって何の利点があるんだ?
そして、どうやら二式艦戦が小型で使い勝手が悪いからと他社にも翠星、ないしは中島が開発した誉を使った戦闘機を作るように指示を出しているそうだ。
きっとあれだ、紫電改や陣風なんだろう。
そこで、中島の誉について情報を聞いてみると、史実より余裕があるエンジンらしい。2000馬力は出るだろうという。すでに陸軍は隼の後継としてコレを使った戦闘機の開発を中島に指示したそうだ。
きっと、疾風の事だろうな。