5・やはり、あの紡錘形は間違っている
期せずして陸海軍の機銃が統一されることになった。陸軍も50口径を開発していただろうに、よく決断したな、ホント。
そんな騒ぎの最中に試作が始まった。
これまで苦戦した回答と言える引き込み脚などは問題なく作動するし、挑戦ともいえる厚板についても、問題なく製造が行われた。まだこの時期には日本に無い筈の技術ではあるが、欧米経験による知見や情報として周りも納得しているらしい。
完成した十二試艦戦は薄板でよくあるペラペラでボコボコした機体表面ではなく、綺麗に成形された美しい仕上がりとなっている。後の層流翼というモノを採用したP51などは翼面をパテ埋めして滑らかに仕上げてあの快速を実現したというのだから、それに劣るとはいえ、はじめっからある程度滑らかな表面を持つ機体ならその分速度が望める。
零戦と言えば急降下試験時の空中分解が有名だが、要は軽さを求めすぎて作りが脆弱だったんだろう。構造が云々とそれらしく云うが、隼にはそのような話は無い。軽くするならその分の強度をしっかり確保すべきところを安全マージンを削って軽くするという暴挙に出たからあんなことになったし、以後、それが尾を引いたわけだ。はじめっからもっと安全マージンを考えて置けばあんなことにはならない。それとも、三菱、ないしは堀越氏の計算式それ自体が誤っていたのだろうか?
実機が完成して初飛行したのちは順調に試験が進み、細部の手直しやエンジンの不具合が少々あったことを除いて大きな問題は発生しなかった。
試験が進み、改良型エンジンも本採用しようとなった段階では、予定通りの1200馬力を達成しており、制式化された段階ですでに時速560kmを達成していた。が、戦闘重量は結局2.8tに達してしまった事で翼面荷重130前後となってしまったが、それで性能が低下したという事もないので、海軍はまるで気にしてはいなかった。史実の翼面荷重固執とはいったい・・・・・・
そんな中、十二試艦戦は未だ試験中にも関わらずにシナ戦線へと送られて実戦テストが行われることになった。
シナ戦線での試験途上で制式化が決定したが、前線の機体は試験機のままで、量産機とは少々違うモノが使われていた。この辺りはほぼ史実通りに推移して、陸攻隊の直掩として実戦デビューするや否や空戦が行われて損害無しの圧勝を飾ったわけだが、電気式であることから3機の機銃が故障してしまう事態となった。
試験機という事で大きな問題とはならなかったが、事態を重く見た海軍や俺たちは対策に奔走する羽目となった。
実戦においては初歩的とはいえ防漏タンクである事、気休めとは言え防弾板が装備されている事からパイロットの評判は良かったらしい。どちらかと言うと、技術陣からもっと軽くすれば性能は上がるという話が出た。確かに、防弾板や防漏タンクを取り外せば速度も旋回性能も上がるほどに軽量化できるのだが、それでは史実の零戦になるのであくまで拒否した。史実の零戦について、海軍の非人道性や人命軽視が指摘されるが、実際にここに身を置いてみて、性能追求に偏って人命を顧みない技術陣の在り方というのも垣間見てしまった。
ただ、シナ戦線での性能が圧倒的という話は少々眉唾なものとして受け止める必要がある。
なにせ、国府軍が運用する機体は全てが1933年前後に初飛行した機体であり、一世代から二世代も旧式だからだ。そんなものを相手に圧勝できない様な機体ならば、そもそも存在してはいけない。
俺の設計した零戦ならば、前線の不慣れな整備であっても時速540kmは出せているハズで、それに対して500km出るかどうかの機体や直線番長が相手になっているんだから、負ける方がどうかしている。少なくとも同世代の機体を相手にしなければ真価は分からない。
のだが、海軍はその辺りの冷静さを欠いていた。何やら零戦を万能機とみるようになっていたようだが、正直、俺は既にそれどころではなくなっていたので後の零戦の改修は又聞きでしか知らない。
それどころではなくなった理由。それは十四試局地戦闘機の話が舞い込んだからだ。
相手はエスベーだ。ソ連が開発した時速450kmを誇る高速爆撃機。コイツが襲ってきた場合、九六艦戦ではどうしようもない。なんせ、速度ですでに負けているんだ。迎撃できる訳が無いではないか。だから、引き込み脚にしていればよかったんだが、仮に量産していたら、九六艦戦の配備機数が少なすぎて旧式機を主力とする状態でシナ戦線を戦っていたかもしれないのだ。
そんなわけで、迎撃専門の機体をご所望なのだという。アレだ。雷電だよ。
そうとなれば火星を使うという事になりそうだが、俺は敢えて金星を選んだ。昭和十四(1939)年の段階では18気筒エンジンは未だ試験段階であり、使えない。
そして、火星は大型機用で戦闘機用に使う事を考慮していないので振動もデカイ。あんなものは使えないと思っていた。
で、火星ではなく、本命の金星搭載案は火星に採用した紡錘形を採用していない。非常に細い機体に排気管を機体側面に集めて推進効果と乱流抑制に利用する構造としている。つまり、後の五式戦やFw190の手法だ。
これに近い事を陸軍の鍾馗も採用しているのを見れば、高速機に適した形状というのは、史実の雷電のような紡錘形ではなく、鍾馗やFw190の細身な形状だということが分かる。
鍾馗やFw190は、いわば天才と言えるような設計者が生み出した機体だ。どう考えてもその形状が適しているというのは疑いない。あれ?堀越さんとはいったい・・・
「これはどういうことだね?空技廠でも紡錘形が適していると言っていたではないか、君も1号試作機に採用している」
そう言われたので、威勢よく答えた。
「確かに、流体的な抵抗を軽減する形状としては適しているのでしょう。しかし、事、単発飛行機に関していえば、私が計算した結果、この形状が最適であるとの結果に至りました。紡錘形は流体的に優れているので、抵抗の少ない潜水艦などを開発するのに向いているでしょうね。しかし、小型機では利得より損失が優る可能性が高いのです」
そう言っておいた。