因縁系男子・諌純也の受難
俺は諌純也。都内の私立高校に通う195cm/190kgのバカデカい高校生だ。文武両道をそこそここなしているつもりだが、精力が抜け落ち、嗜好が他人とずれているらしく、これといって夢もないので連中から「生きる廃人」と揶揄されている。それ自体は気にして……ないのだが、俺には好敵手がいる、俺は夢は無くともそいつを倒すことだけが生きがいなのだ。今日はそいつと俺の最近の目標について話そうと思う。
今、俺は「羆」と称される巨体を揺らして教室へと足を運んでいる。
影で「また諌が湯気立ってるwww」だの「筋肉つきすぎなんだよなぁ、あの熊www」だの言われている気がするが効かないようにしている。別に……辛くなんかないからな……!
項垂れながら椅子に座る俺に耳にタコができるぐらい聞きまくった声がした。
「諌ぃ〜!おはよう!ってか今日いつにも増して汗すげぇな……まぁ、身体デカいやつはみんなに頼られやすいから羨ましいぜ!」
(誰のせいで熊になったと…っ!ムカつく!)
気さくな風で話す彼は猿飛電介。こいつが俺の越えるべき相手だ。
小学校から奴は勉強・運動共に優秀でそれでいてムードメーカーでもある存在。俺もレベルでは優等生に位置するのだが、何故か猿飛にだけはどの分野であってもあとすんでのところで追い抜かされるのだ。悔しさが募り、いつしか俺は猿飛を逆恨みして自己満であいつに勝つことをライフワークの一つとするようになった。この蒸散中の熊みたいな身体も猿飛に勝つために馬鹿正直に鍛え上げたものだ。俺は良くも悪くもその場の衝動で戻れないところまでやりきってしまう癖があるらしい。おかげで季節を問わず熱中症寸前まで発汗している。……でも、奴に勝つまでは絶対に治さない!
「おはよう、猿飛くん……そうだなぁ、僕もなんで汗っかきになるまでデカくなったかわかんないんだけどね。あはは……」
俺は内心擦り切れるまで歯ぎしりをして、現実で声を荒らげないように耐えた。本人はまるっきり意図のない会話なのはよくわかるが、俺にはチクチク刺さる。こいつも俺と同じで空気が読めてない。
「でもさ、わかんないぐらいがいいんじゃないか?意識しちゃったら差が克明にわかるからダレるだろ?声優もダメだったらそれまでだし。」
こいつはつい先日、「オレは声優になって楽しい時間を提供できるようなアニメに携わる!」と学級内で言い放った。思えば、6歳の頃から似たようなことをずっと言っていた気がする。どうしてそこまで愚直に夢を信じられるのか、周りに流されない性格のせいか何か言われるであろうことは気にしていなさそうだった。
普段から猿飛も含めて周りの声に影響されまくってる優柔不断な俺からすればその意地の悪さを感じない『諦めません!』という笑顔が疎ましくもあり好きなのだ。……これは言えないけど。
だから俺はこいつを超えたい。何も嫌いだからとかそういうんじゃ無くて、こいつを超えて、胸を張れるようになりたいんだ!
「じゃ、授業始まるみたいだから席戻るわ!」
彼はそうやって最前列に戻っていった。手を振りながら。
彼は俺の中で煌々と輝く太陽で眩しくて直視できない。だから勝手に逆恨みすることぐらいしかできないのだ。でも、きちんと夢を見つけて叶えて自信を持てたら……きっとあの頃みたいに【表】で付き合えるから……
こうして俺は猿飛……というか俗世に打ち勝つために終わりの見えない『夢探し』をすることになるのだが……
「そもそも俺、猿飛しか見てなくて色々やりすぎたから自分の得意分野わかんねぇ……!」
俺はあのあと、家に帰って妥当猿飛の計画を立てていたのだが、盲点に気づいて号泣していた。
俺は自分で色々な分野を極めては来たが、思いつく全てであいつに負けていた。
だったら、あいつの盲点をつこう!
そう思い立って探していたら、どうでもいいことしか浮かんでこない。
都市伝説を延々と語り尽くせるとか、今期の深夜アニメの男性キャラの声真似を網羅してるとか、オタク丸出しの奇行しか上がってこないのだ……
後者に一縷の望みをかけることはできなくはないけど、それだと勝った気がしない……
「詰んだ……こんなんじゃ装備なしで裏ボスに食ってかかるようなもんだよ……どうすりゃいいんだよぉ!」
俺が年甲斐もなくジタバタ地団駄を踏んでいると、「うっせぇな、バカ兄貴!」と怒号が轟いた。
声の主は3歳差の弟、雄二。俺はコイツによく良いように使われてるからいけ好かない、要は物凄く生意気な奴なのだ。
「たくっ、16のオッサンが良い歳して駄々こねんな!大体兄貴はゴリラニートなんだからデカさ考えろ、この脳筋野郎!」
「ご、ごめんなぁ……」
雄二はそれだけ吐き捨て部屋を出ていった。
兄なのに立場が弱いのは雄二の口調の高圧さと反論材料を全て奪う話術のせいだ。それで今は彼に顎で使われ、尻に敷かれる存在に堕ちている。面目丸つぶれだ……
「なんだよ、俺より成績悪い癖に……高飛車になりやがって、俺が陰キャなことをいいことに散々言った気持ちいいのか?」
「聞こえてんぞ、象野郎。」
「うぅ……」
「こうなったら、自棄喰いしてやるっ……!」
俺はナイーブになりやすい性格なのでストレス発散の為に自棄を起こして暴飲暴食に走る癖も持ち合わせている。諌という人間はいろんな意味で奇異なのだと周りに言われ続けてきた。
俺が泣きながら10個目のメロンパンにそれこそ熊の様に貪欲にかぶりついていると雄二から声がかかった。
「今でもデカいのにまだ膨れる気か?兄さん……」
「うるへぇ……らまってろ……!……ぐすっ……」
俺は強く誓った。この惨めで情けなくて自虐ばっかが得意になる様な無気力生活から脱却するためにも猿飛に勝つ夢を見つけて叶えてやる!
「でも……ちゃんとできんのかな……?……げぷっ……」
そう決意したはずの声はゲップ混じりの覇気のないものだった。それに俺は幾度となく己に浮かべた嘲笑をして溜息と共に俯き加減で椅子に座り直した。