「第九章 ハンターの意地」
「なに? 今の音!? 」
【鯨亭】に待機していたオレは、突如感じた地震のような大きな揺れに驚き、とっさにスマートフォンの画面をのぞき込んだ。しかし、地震の速報は無い。
「あらっ? 」
しかし、突然店内の明かりが全て消えてしまい、周囲は闇に包まれてしまった。店内に避難している人々もさすがにどよめき、少しパニック状態に陥ってしまっていた。
「みなさん! 落ち着いてください! たった今が向かって駆除している最中です! おそらくその影響でどこかしらの電線が切れたのでしょう! 安心してください! スグに警報は解除されますよ! 」
店長は大声で客達に呼びかけ、混乱を納めようとしたが、やはり不安は払拭されない。
リトナさんとムウさんが向かってから30分は経つ……10m級でさえ難なく倒したあの二人なら、そろそろハントを終えてもいいハズだ……
「火夏さん……! コレを見てください! 」
不安が押し広がる中、泰奈さんがいきなりスマートフォンに映し出された画面をオレに見せつけてきた。
「こ……これは!? 」
そこに映し出されていたのは、なんと翼を生やした〈G・スラッグ〉と戦っている《ハンター》の姿だった……
どうやら屋内に避難している誰かがカメラで動画を撮り、SNS上でライブ中継しているようだった。泰奈さんは情報を集めている内に偶然それを見つけたらしい。
「こんな翼を持った〈ノヅチ〉がいただなんて……」
その異形を持った〈G・スラッグ〉には、自分は心当たりがあった。
「泰奈さん! コイツは確か2年前に一度だけ現れたのを観測されて以来……一度も姿を見せていなかった希少種です……まだ生きていただなんて……」
「なにィッ! 翼を持った〈G・スラッグ〉だと? 」
オレと泰奈さんがスマートフォンをのぞき込んでいる中に、突然店長が割り込んできてハリのある声で驚き騒ぐ。いきなりのコトで心臓が破裂しそうなほどに驚いた。
「店長……コイツがどうかしたんですか? 」
「どうもこうもねぇ! コイツなんだよ! リトナとムウの親父を殺しやがったド畜生は! 」
「なんですって!? 」
店長は泰奈さんのスマートフォンを奪い取るように手に取り、その映像をまじまじと見つめる。
「間違いねえ……2年前、リトナ達の親父が経営する工場にな……イキナリ現れたのよ、コイツが! まるでジオラマをぶッ壊すみてえに暴れまくってよ……それに巻き込まれて……死んじまったのよ……それで会社は倒産、残ったのはデケェ借金よ……それを返すのと、親の仇討ちの為にリトナとムウは《ハンター》になったんだ」
店長は少し涙声になっていた。この人も多分、リトナさん達の父親とは親しい仲だった人なのだろう……つまりは、店長にとってもこの〈G・スラッグ〉は因縁の相手と言える。
そして、莫大な借金を抱えていた波花姉弟の貴重な収入源となる《核》を、オレのミスで壊してしまったことに対し、さらなる自責の重みが生まれてしまった……本当にオレは……なんてことをしてしまったんだろう……
リトナさんたちは再び出会ったオレに対し……一度もそのことに対して責めることをしなかった……
いいのか……? このままでいいのか? オレは?
「ああっ! 」
店長が思わず声を漏らした。ライブ中継された動画に、何か異変が生じたようだ。
「どうしたんですか! 」
スマートフォンを確かめると、そこにはビルが無惨に崩れ落ちる映像が流されている……この〈飛行型G・スラッグ〉の恐ろしさをコレでもかと見せつけられてしまった……
「リトナ……ムウ……」
不安で体がしぼんでしまいそうになってしまった店長。
……オレはその姿を見て、自分の中で何かが痺れ、燃え上がった感情が生まれたことを実感した……
そしてそれは……オレだけでなく……隣にいる少女も同じだったようだ……
「店長、火夏さん……やっぱり泰奈……ここにいるワケにはいきません! 加勢に行きます! 」
泰奈さんは力強く自分の意志を表明し傍らに置いていたリュックを背負い、戦地へと赴く準備を整えた。
「待って泰奈さん! 」
しかし、オレは止めた。泰奈さんの話が本当なら、今加勢しに行ったら黒幕が見ている中にまんまと飛び込むようなモノなのだ。
そして……この〈飛行型G・スラッグ〉が現れたのには、泰奈さんをあぶり出す作戦のような臭いをオレは感じ取っていた。
「どいてください! 」
「【祖土邑】の人間が見ているかもしれないんスよ! 」
「そんなこと言ってる場合ですか! 」
「オレが行きます! これでも元ッスから」
「武器も何もないのに、何が出来るっていうんですか? 」
「……塩幕手榴弾で……足止めくらいなら」
「そんなモノ! あのサイズじゃ足止めどころか……」
泰奈さん突然言葉を切った。そして何やら考え込むように虚空を見つめている。
「た……泰奈さん? 」」
オレの言葉には一切反応せず数秒の沈黙を作った後、彼女は眉を鋭く吊り上げて店長の方へと顔を向けた。
「店長! 確かここにはその……塩幕手榴弾? があるんですよね? 」
「え? ……ああ。非常事態の時の為に、倉庫の中に10個ほど常備してある……でもアレはあくまでも〈G・スラッグ〉から逃げる為の目くらましだぞ? 」
「分かってます! それがいいですよ! 全部譲ってもらえますか!? 」
「え? まあいいがお嬢ちゃん、一体それで何を? 」
「ありがとうございます! ……火夏さん! 」
「は、はいッ!? 」
突如呼ばれて驚いてしまい、思わずオナラを漏らしそうになる。
「手伝ってください! 」
「はい? 」
「翼を持った〈ノヅチ〉を倒しに行くんです! 自分の姿を隠しながら! 」
■ ■ ■ ■ ■
〈飛行型G・スラッグ〉に対抗する為、波花姉弟は近くに建ち構えていた5階建てビルの屋上へと移動。高所からライフルで狙撃し、地上へ打ち落とす作戦に移った。
「とにかく、ヤツの飛行能力さえ奪っちまえば、あとは凡庸な〈G・スラッグ〉と大差ねぇ! いけるか? ムウ! 」
「いけるとしか答えようがないな。ただ、暗くて的が見えにくいってことだけが問題だ」
〈飛行型G・スラッグ〉が暴れて電柱を何本か破壊した影響で、一部の地帯が停電状態になり、街中は午後8時だというのに、繁華の光を失っていた。
「くそう……どこに隠れてやがる……さっきまでデカイ図体で暴れ回ってたクセに……」
〈G・スラッグ〉の姿を見失った姉弟は、どの方向から襲ってこられようと対応する為、上空、地上、隣接したビルの屋上と、上下左右に全神経を集中させた。
「さあ、どこからでも来やがれ! 」
父親の命を奪い、自分達の人生を大きく狂わせた諸悪の根元。もう直接その雪辱を果たすことは出来ないのかもしれない……と諦めかけていた時もあった。
しかし幸か不幸かこうして今、その復讐を果たす為の舞台が整えられ、二人は不謹慎な高揚感すら覚えていた。
さあ、今すぐ出てこい! その瞬間に弾丸を撃ち込み、醜悪な体に刃を刺しこんでやる!
この日の為に培ってきた《ハンター》としての技術と経験を、ここで全て解き放つ!
波花姉弟は背中合わせで殺気をほとばしらせつつ、〈飛行型G・スラッグ〉の粘体が現れる時を今か今かと待ちわびた。
『ブルググググググ…………』
「来たか!? 」
聞き間違えるハズなど絶対にない、〈G・スラッグ〉特有の嫌悪を覚えるうめき声。
姉弟は素早くその音を察知し、発声源がどこなのかを探る。
「下の方から聞こえる……? 」
「いや、姉者……地上にはそれらしき姿は見あたらないぞ!? 」
『グボグブブググ…………』
声はすれども姿は無い……見えない恐怖、這い寄る狂気に緊張感が高まる……
「まさか!?」
そして、とある可能性に気が付いたリトナだったが、一手遅かった!
『ズガッシャァァァァ! 』
足場が揺れ、粉々になったアスファルトの破片が飛び散って二人を襲う!
「くっ[中]から来るとは! 」
〈飛行型G・スラッグ〉は二人の予想の穴を付き、なんと律儀にビルの中を這い進んで屋上まで登ってきたのだった!
屋上の真下、つまりはビルの最上階にあたる5階の天井を突き破り、意表を突いた先制攻撃で姉弟にダメージを負わせたのだ!
「ヌルヌルの頭にしちゃ、なかなか機転が利くじゃないか! 」
ムウは、アスファルトのつぶてを食らうも、何とか体を持ち直して十八番のライフル狙撃を敢行する!
『バシッ! 』
『グギュアアアアァァァァッ!! 』
見事命中! 不気味な銃跡が作られ、あとはもう一度《レア・ソルト弾》を体内に撃ち込めば、復讐は完了する!
排莢! 《レア・ソルト弾》装填! コッキング! 一流シェフの調理のような、流れる手つきで行われる弾薬装填に、一切のミスはなく完璧だった。
「これで終わりだ! 」
『バシッ! 』
ライフルから放たれた50口径の弾は、空気を螺旋運動で突き破り、加速し、大ナメクジに空けられた穴に迷わず向かっていく!
しかし、その直前だった。
なにっ!
ムウが引き金を引く指の動きに合わせるように、〈飛行型G・スラッグ〉はその巨翼で自分自身を包み込むようにして、《レア・ソルト弾》から身を守っていた。
『ザシャァアアッ』
《レア・ソルト弾》は翼に命中したものの、致命傷にはならず、かえってそのダメージによって興奮して触角鞭を容赦なく振り回して来る!
「ムウッ! 」
リトナがそれに反応! 銃剣を振り抜き、触角鞭を瞬断しようとするが、とっさのことで手元が狂ってしまっていたようだ……
「なにッ!? 」
2本の触角はリトナが剣を握りしめた右手首に絡みつき、彼女を蹂躙する!
『ギャグアアアアァァァァッ!! 』
続けて〈飛行型G・スラッグ〉はそのまま翼を広げて羽ばたき、飛び上がってしまう!
「姉者ァァァァッ! 」
《レア・ソルト弾》によって片翼を負傷してしまっているのにも関わらず、軽々と上昇。そして空中で触角を引き寄せ、巻き捕らえたリトナをその大口の中に放り込もうとした! 銃剣も使えず、絶体絶命の状況!
フフッ……
しかし……リトナはこの時、笑っていた!
不敵な笑みを浮かべていた! この状況をむしろ待っていたかのように、口角を上げていた!
「考えていなかったと思ってたのか? 私はこの日が来ることをずっと待っていたんだぜ! 」
リトナは自由の利く左手で戦闘服のベストに取り付けられていた《レア・ソルト》のカートリッジを手に取る。それは本来、銃剣の弾倉にセットして使うものだ。
それを一体どうしようとしているのか?
リトナはその単一乾電池サイズのカートリッジを……なんと……
『ガリッ! 』
口に放りこんで……噛み砕いた!
そして中に閉じこめられていた《レア・ソルト》溶液を口内にため込み……
「ブシゥゥゥゥゥゥゥッ! 」
一気に噴き出し! スプレーのように、〈飛行型G・スラッグ〉の口内に向けて吹きかけた!
『グギュアアアアアアアッ!! 』
リトナの《レア・ソルト》毒霧攻撃は確かな効果を発揮した! これは人間で例えるなら、脳硫酸を口の中に吹きかけられたものだ。致命傷にはならずとも、拘束する触角の力を緩め、羽ばたく翼の動きを止めさせて地上へと落下させる程度の効果はあった!
「私を食おうなんざ50年ぐらい早い! 」
〈飛行型G・スラッグ〉もろとも、地上へと引っ張られる。
「まだまだァッ! 」
全身に襲いかかる[G]に耐えつつ、リトナは落下しながら〈飛行型G・スラッグ〉体を伝って、その背中の上へと移動する。
「これで終わりだァ! 死をくれてやるぜェェ!! 」
《レア・ソルト》が装填された銃剣を、その背中に突き刺し、後は引き金を引いて溶液を注入! それで全てが終わる!
……ハズだったが
「うそ!? 」
度重なる狩りによる劣化か……それとも、アスファルトのつぶてをぶつけられた時に壊れたのか……何にせよ、ここにきてリトナは勝利の女神に見放されてしまった。
引き金が……折れてる!?
『グラッシャアァァァァァァン!! 』
「姉者ァァァァァァッ!! 」
リトナはビルの5階以上の高さから、〈飛行型G・スラッグ〉もろとも地上へと落下してしまった……
「うう……く……くそったれぇ……」
〈G・スラッグ〉の柔らかい体がクッションになったおかげで致命傷にはならなかったものの、彼女は全身を強く打ってスグには起きあがることが出来ずにいた。
『グルシャァァァアアアァァ……』
〈飛行型G・スラッグ〉は、落下のダメージなどなかったかのように、立ち上がりアスファルトの道路に仰向けに倒れるリトナを見下ろす。
銃剣は宿敵の背中に刺さったまま、リトナの手元には武器が何一つ残されていなかった……
万事休すかよ……
戦略は99%完成していた……しかし、指の力をほんの少し込めれば完遂していたハズの……わずか1%のミスで復讐につなげることが出来ずにいた。
『グボシュルラアアアアッ! 』
〈飛行型G・スラッグ〉は再び大口を開き、無力になったリトナを喰らう予備体勢に入った。
せめて……私が食われた後でもいい……ムウがコイツにトドメを刺してくれれば……
それだけでも……
「《ハンター》だけが敵じゃないぜボーイ! その気になれば素手でお前を倒すことだって出来るんだぜ? 」
は?
リトナはその時、幻聴が聞こえたのかと思った。この空気にはそぐわない、あまりにもバカバカしい台詞が突如耳に入り込んできたのである。
そして、その声には聞き覚えがあった。さっきまで話をしていて、つい7時間ほど前に、近距離で自分に放屁をかました……あの男の声……!
「……火夏? お前……ええぇっ!? 」
リトナが声の先へと視線を動かすと、そこにいたのは、【鯨亭】のTシャツを着込み、ストリートギャングを意識したのか、口と頭を隠すようにこれまた【鯨亭】のロゴ入りバンダナを被った一人の滑稽な男の姿があった。
「さあ来い! マヌケな悪魔気取りのゲスったれヌルヌル野郎め! このオレ……さる……〈鯨仮面〉が相手になるッス……なってやる! 」
そう言って手招きをし、火夏……いや、〈鯨仮面〉は〈飛行型G・スラッグ〉を挑発する。
「お! おい火夏! 何考えてやがる! オナラと一緒に脳味噌までこいちまったのか!? 」
予想を上回るバカ……いや、恐れ知らずっぷりに、リトナは声を裏返しながら〈鯨仮面〉の暴走を止めようとする……
そもそもそんな挑発したところで〈G・スラッグ〉が標的を変えるワケないだろう!
と、憤るリトナだったが、それに反して……なんと本当に……
『グブグルォォォォォォォォッ!! 』
〈飛行型G・スラッグ〉は標的を〈鯨仮面〉に変更して、彼の方へと襲いかかろうとしたのだ!
「ええっ! 何で!? 」
「うわああああ! キタキタキタァァァァッ! 」〈鯨仮面〉は全速力で逃走し、〈G・スラッグ〉に自分を追いかけさせ、リトナから距離を放す為におびき寄せようとしていた!
「姉者ァァァァ! 」
そしてタイミングよくビルから降りてきたムウが、リトナに近寄って助け起こした。
「おいムウ! 何なんだアレは! どういうコトなんだ!? 」
ジャングルで演歌歌手に遭遇したかのような取り乱しぶりに、ムウも思わずうろたえるも、姉が思いの外元気そうだったコトを確認して、同時に安堵もしていた。
「俺もよくわからん……だが、一つだけ確かなのは、まだアイツを狩るチャンスが生きているということだ」
「………………そうだな……確かにそうだ! 」
リトナは脱線し掛けた思考を元に戻し、立ち上がって宿敵の背中に視線をロックオンする。
「ムウ! 弾はあるか? 」
「すまん、通常弾はあるが……《レア・ソルト》の方はさっきのどさくさで失くしてしまった」
「十分だ! 行くぞ! ケツに力入れて走りやがれ! 」
「おう! 」
波花姉弟は〈鯨仮面〉が引きつけている〈飛行型G・スラッグ〉を全力で追いかける。
「待ってろよ火夏……お前には言いたい文句がコレで増えちまったんだからよ! 」
「ハァ……ハァ……ハァ……」
〈鯨仮面〉として〈飛行型G・スラッグ〉を引きつけ走る火夏。彼はリトナを救うと同時に、自分が〈G・スラッグ〉を引きつける体質を利用して、敵を[ある地点]へとおびき寄せていた。
『グアアアアグウググッ! 』
「ひいええええっ! こええ! マジでこええッスよ! 」
迫り来る大ナメクジに強い恐怖を抱くものの、それを上回る興奮が、彼をここまでの奇行にかり出させていた!
「あと少し! あと少しっスよ! 」
火夏は道路上にポツンと置かれたリュックを目印に、全力疾走を続ける。その場所こそが、彼が敵をおびき寄せる目標点なのだ!
「よし!ショータイムだ! 」
リュックまでたどり着いた火夏は、その中にみっちり詰め込まれた塩幕手榴弾10個を、 次々と投げては爆発させて辺り一帯を真っ白な世界に変えてしまった。
『グギュ……グギョグルルル……? 』
塩幕手榴弾はあくまでも時間稼ぎの武器。塩分の含まれた煙が散るものの、それを浴びても〈G・スラッグ〉にとっては[すこしピリプリする]程度のダメージにしかならない。
「よし……これでいいッス! 」
しかし、火夏の狙いは別にあった……!
この煙は〈G・スラッグ〉を攪乱する為ではない……
「出番です! 泰奈さん! これなら誰が見たって分かりません! 」
火夏のその合図と共に、ゴーグルを被った泰奈の小さな体がビルとビルとの隙間から飛び出してきた!
「行きます! 風路よ! 我が塩陣を導き給え! 」
泰奈は予め装着していた《塩陣具》のスターターを引き、『ブロォォォォォォォォム!! 』と凄まじい起動音と共に8つの気筒から蒸気を噴出させる!
「《塩陣》全開! 」
火夏が投げた手榴弾の煙は、聴衆の目から泰奈を隠すためだった。
事実、火夏達が戦っている場所では、避難警報が出されたのにも関わらず、建物の窓や屋上からスマートフォンで動画や写真を撮る者が数多く存在したが、しかしこうして煙で〈G・スラッグ〉もろとも泰奈自身を覆ってしまえば、【祖土邑カンパニー】に泰奈の存在を感付かれることはない!
「塩技・醒流津降区! 」
泰奈が両手で×(バッテン)の形を作ると、両手の拳が青白く光り、そこから無数の小さな三角錐の結晶が絶え間なく生み出されていく! 三角錐は〈飛行型G・スラッグ〉の身を取り巻くように動き回り、やがてそれらが次々と組み合わさって、塩で作られた一本の巨大な鎖へと姿を変えた。
『ググゲゲェェェェッ!! 』
悲痛な叫びを上げる大ナメクジ。その巨体は泰奈の鎖によって締め付けられ、完全に行動不能に陥っている。
「ハァハァ……な、なんだ? 」火夏に追いついた波花姉弟は、煙幕の中に飛び込んで《塩陣》の力を初めて目の当たりにし、一瞬だけそれに見入ってしまっていた。
「でっかくてキラキラした鎖が……? 」
「これが……《塩陣》というヤツなのか? 」
「リトナさぁぁぁぁん! ムウさぁぁぁぁん! 今でぇぇぇぇす! 」火夏……もとい〈鯨仮面〉の声で我を取り戻した二人は、《塩陣》によって這いつくばっている宿敵を前にお互いにアイコンタクトで意志疎通する。
「ムウ! もう一度穴を空けてくれ! 」
「了解! 」
ムウは三度、ライフル弾を〈飛行型G・スラッグ〉に撃ち込み、クレーターを作る! この箇所が再生する猶予5秒の内に、《レア・ソルト》を注入しなければならない!
「行くぜぇっ! 」
リトナは残された力を振り絞り、両手がちぎれるかと思うほどに振り上げてダッシュで〈G・スラッグ〉へ接近する!
泰奈によるこの塩の鎖は、相手を拘束することに特価した技で、トドメを刺す決め手にはならない……
だからここは、リトナがやるしかないのだ!
「火夏! さっきはその気になりゃ素手でも〈G・スラッグ〉を倒せるって言ってたな! 」
リトナは再びベストから《レア・ソルト》のカートリッジを取り出し、右手で強く握り込んだ。
「その通りだぜ! 今見せてやるよ! 《ハンター》の意地ってヤツでよォォォォ! 」
リトナは走った勢いでそのままムウが空けた穴に、右拳でのストレートを撃ち込んだ!
「塩注葬! 」
握力によって割られた《レア・ソルト》の溶液は、その狙い通り〈G・スラッグ〉の体内に染み渡り……
『グオオオオオグラァァァァ!! 』
〈飛行型G・スラッグ〉の巨体は……
『ブグルアガガアアアア………………』
あっという間にしぼんでいき……やがて……
『ウウ……ブ……ブウブ………………』
跡形もなく消滅し、《核》だけを残し去って行った……
「……やった! 」
「……終わりましたね……! 」
「終わった……これで」
「……仇……取ったぜ……親父……」
宿敵を文字通りその手で消し去り、全てをやり遂げたリトナはふらふらとした足取りで《核》を拾い上げた。
……そして……
「フン! 」
『ガッシャァァァアアアン! 』
思いっきり地面に叩きつけて粉砕させてしまった。
「こればっかりは……金に変えるワケにいかねぇもんな……」
「姉者……」
そう言い残し、リトナはムウの厚い胸板に体を預け……そのまま気を失ったように眠りの世界に入った……
「親父…………」