「第七章 ハンターの誇り」
時刻は少しさかのぼり、午後6時50分、火夏が泰奈を背負ってラーメン屋【鯨亭】へと到着した頃。
火夏が〈G・スラッグ〉に襲われた路地裏にて、3人の《ハンター》達がその場で目の当たりにした奇妙な光景に驚きを隠せずにいた。
「塩幕手榴弾からの信号は、確かにこの辺りだよなァ……? 」
「この辺だな」
「まさにこの場所」
つい先ほど、火夏が〈G・スラッグ〉に向けて投擲した手榴弾から非常信号が発せられ、それを受信したギルドがその場所に最も近い場所にいる《ハンター》へ出動指令を送っていた。それを受けたツーブロック三兄弟は迅速な対応で問題の場所へと駆けつけたのだったが……
「手榴弾の残骸は見つけたけどよ……何も見つからねェな。誰かのイタズラか? 」
「イタズラだな」
「まさに迷惑」
三兄弟は、この場にいるはずの〈G・スラッグ〉も、手榴弾を使ったハズの通報者の姿も見つけるコトができずに困り果てていた。
泰奈が《塩陣》で作り上げた結晶も、時間が経てばただの塩となって風化する。〈G・スラッグ〉は戦いの痕跡を一切残さずに綺麗に消えてしまったということになる。
「それにしてもよォ……こりゃあ一体どういうコトなんだァ? 」
……しかし、ある一点。
火夏も泰奈も気が付かなかった、ある不可解な点がツーブロック三兄弟の頭を悩ませていた。
「おい兄弟、[コレ]をどう見る? 」
「不思議だな」
「まるで不可解」
それは、ビル壁にベットリと貼り付いていた〈G・スラッグ〉の粘液。
粘液は〈G・スラッグ〉が移動した際に残る物で、そのラインをたどれば〈G・スラッグ〉がどこから発生したのかが分かる。
普通なら、川や側溝等、水辺から這いだしている様子が残されるモノだが、今回は違った。
その粘液のラインは途中でバッタリと切れていたのだ。それを意味するコトは……
「まるで、〈G・スラッグ〉が瞬間移動したみてェだな……」
「もしくは、空から降ってきたか……だな」
「まさにミステリー」
深まる謎に答えが導き出せないまま、ツーブロック三兄弟はとりあえず携帯電話でギルドへの報告を済ませることにした。
「……例の手榴弾の信号ですが、〈G・スラッグ〉、通報者、共に見つかっていません。後は調査班に任せて、俺らは本部に戻り…………何ィ!? 」
「どうした兄弟? 」
「ええ……分かりました! スグにその予測値点へと待機します! 」
三兄弟のリーダーが通信を終えると、神妙な顔つきで仲間にその内容を伝える。
「5m級の〈G・スラッグ〉がこの近辺に現れたようだ……スグに向かうぞ! 」
「5m……まぁまぁってところの相手だな」
「まさに中堅」
「いや……今度のはちょっと手強いと思うぜェ……」
リーダー格の男は、不敵な笑みを浮かべているも、その動揺は隠し切れていない。
「5m級が……2体同時だ」
■ ■ ■ ■ ■
日本中に〈G・スラッグ〉が発生させた元凶は、【祖土邑カンパニー】だった……
泰奈さんから聞かされたその真実は信じ難く、へぇ~そうなんだ。と軽々飲み込めるモノではなかった。
「つまり……【祖土邑カンパニー】は密かに〈G・スラッグ〉を繁殖させて、なおかつ泰奈さんのお姉さんに《レア・ソルト》を作らせ、それを売ってビジネスにしている……ようするに自作自演の[マッチョパンプ]をしているってことッスか? 」
「[マッチポンプ]ね。とどのつまりそういうコトです。言ってしまえば、世にはびこる《ハンター》たちは、まんまとその戦略に踊らされて、悪事に荷担しているのと同じです! 泰奈たちが何代も渡って守り続けた《塩陣》を利用して、したり顔でヒーローを気取っている姿を見るとどうしても……腹が立ってしょうがない……! 」
「それは……」
泰奈さんは《ハンター》という職業を心底軽蔑している……
無理もない。家族を誘拐され、伝統を汚され、ビジネスに悪用されているという気持ちは、今のオレがどれだけ頭を巡らせても想像できないほどに辛く、悔しいことだ……
元であるオレにも、その言葉のトゲは深く心に突き刺さり、申し訳ない気持ちになってしまう。
でも……オレ自身にあこがれてわざわざ上京してこの場にいるのだ。こうまでハッキリと否定されては、やっぱり言いたいコトは沸き上がってくる。
「でも……多くの《ハンター》は真実を知らないんス……純粋に〈G・スラッグ〉の脅威から住民を守る為に、誇りを持って戦っているんス……その心だけは汲み取ってくれないッスか? 憎むべきは《ハンター》じゃなく……【祖土邑カンパニー】ッスよ! 」
「……そんなのは分かっているんですが……」
彼女もそのことは重々承知のようだけど、感情を理屈で押さえ込むことはやっぱり難しいのかもしれない。
昔読んだマンガにこんなストーリーがあった。 主人公の一人娘が何者かに誘拐され、宗教団体のシンボルとして勝手に崇められていた。という話だ。
娘は信者達に女神のように崇拝され、悩みを抱えた多く人の助けになっていた。
しかし実際は何の変哲もない壷や水を、高額で売りつける広告塔として利用されていただけで、それを知った主人公は宗教団体と同じく、何も知らない信者達にも怒りを抱くようになっていたことを思い出した。
泰奈さんの境遇は、そのマンガの主人公と一緒なのだ……
「……どうしても泰奈にとって《ハンター》は、【祖土邑カンパニー】と同様、軽蔑の対象になってしまうんです……」
重く、切実な泰奈さんの言葉……もしもオレがライセンスを剥奪されてない現役の《ハンター》だったとしたら、一体どういう感情を抱いていたんだろう……
「聞き捨てならねぇな」
オレと泰奈さんの会話に割り込むように、突然誰かが口を挟み込んできた。誰!? と驚いたけど、ざわついた店内の中でも、ハッキリと通る力強いその声に、どことなく聞き覚えがある。
「悪いが全部聞かせてもらったよ……【祖土邑カンパニー】が諸悪の根元だって? 信じられるかよそんなコト」
座敷のテーブルを仕切る衝立からのぞき込む、一人の女性の姿があった。
「だ、誰ですか!? 」
焦る泰奈さんに構わず、その人はゆっくりと衝立を回り込んで、空いていた座布団へドカッとあぐらをかいて座り込んだ。
「また会ったな屁コキ猿。ちょうど5時間ぶりぐらいか? 」
「え……? どこかで合いましたっけ? 」
泰奈さんの隣に座り、テーブル越しにオレと向かい合った女性は、頭にバンダナを巻いていて、実用性を重視したメガネを掛け、さらには油で汚れ、【鯨亭】のロゴがプリントされたエプロンを掛けている……どう見ても……このラーメン屋の店員だ。
「分からねぇか? 私だよ」
店員はバンダナとメガネを外し、その正体を露わにする。
「ええっ! 嘘? 」
バンダナから解き放たれた赤みがかった髪と、猛禽類のような鋭い目……間違いない。
ラーメン屋の店員は、【グローバルスタジアム】でオレを助けてくれた《A級ハンター》波花リトナさんだったのだ。
「リトナさんが……何でここに……? 」
突然の大物来訪者に気が動転し、口をパクパクしていると、続けざまに[大きな]影がオレの体を暗く覆った。
「姉者! 何をやってるんだ! 」
「ムウ、いいからお前も座れ。コイツらと話をしよう」
その影を作り出したのは、2mはある巨体の大男だった。
波花ムウ。リトナさんの弟であり、仕事の相棒でもある彼もまた、【鯨亭】のエプロンとバンダナを付けている。(トレードマークのサングラスは薄く色付いたメガネで代用していた)
「まったく……しょうがないな。おっ、ちょっと失礼するよ」
ムウさんはゴリラのような体型ながら、腰の低い態度でオレの隣に正座した……圧迫感がすごい。
「一体何なんですか? あなた達は! 」
屈強な男女に囲まれながらも、泰奈さんは一切うろたえていなかった。猫に囲まれたネズミを思わせるほどに小柄な彼女だけど、そのハートだけはオレなんかよりも段違いに大きい。
「私は波花リトナ。そっちのデカイのが弟のムウ。アンタがクソミソに軽蔑している《ハンター》をやってるモンだ。よろしく」
リトナさんはそう言って無理矢理泰奈さんの手を取り、握手しようとする。しかし、泰奈さんは振り払ってそれを拒否。リトナさんは「ケッ」と吐き捨てて空振りに終わった手を引っ込めた……そのやり取りだけで、オレの胃はギュルギュルとうごめいてしまう。
「よせよ姉者」
「ヘッ! さっきからデタラメ言いくさってるこのコスプレチビに好き勝手言わせていいのかよ? 」
「まだ小学生みたいな子供じゃないか……」
「小学……ッ!? 泰奈はそこまで子供じゃありませんよッ!! 」
泰奈さんにとっては、悪気のないムウさんの言葉の方が聞き捨てならなかったらしい……
「あの……それにしても、お二方……なんでこのラーメン屋でお仕事を……? 」
オレはとにかく殺伐した空気を少しでも和らげようと、話題を変えようとしたが……
「お前は黙ってろ。それと、今屁をこいたらスープの寸胴にそのケツをぶち込んでやるからな」
「はいっ! 」
言われたとおり、尻に力を込めて黙っていることに決めた。
「……頭を使わずに周囲に言いように利用されて、都合の悪いコトはこうやって腕力だけでなんでも解決しようとする……やっぱり《ハンター》ってそんな人ばかりなんですね」
「てめえこそ、あることないこと適当なコト言いくさりやがって……! この目で確かめない限り、信じてたまるかよ! [抹茶コング]だかなんだかわからねぇけど、【祖土邑カンパニー】が〈G・スラッグ〉を育ててるだなんてよ! 」
「[マッチポンプ]です。リトナさん……でしたっけ? お姉ちゃんの力を横取りしながら、したり顔で剣を振り回して遊んでる狩りゴッコのせいで、あなた方の言う〈G・スラッグ〉に脳味噌を少し溶かされちゃってるんじゃないですか?」
「言ってくれるじゃねぇか……巫女ちゃんよぉ……胸もデケぇけど、態度も同じくらいにデケぇなお前は……! 」
わわわ……リトナさんの額には、これ以上ないほどにわかりやすく血管が浮き出て、怒りを表現している! それに対して泰奈さんは余裕の表情でグラスに注がれたお冷やをすすっている……どうしてそんなに余裕なんですかあなたは!?
「姉者、落ち着け。あんたも十分デカい」
そう言ってムウさんは空いているグラスにポットから水を注いでリトナさんに手渡した。
「ああ、分かったよ」
リトナさんは、弟に言われたコトなら素直に受け取る人だったようだ。渡された水を一気に飲み干して、呼吸を整えた。
それにしても、ムウさんの言う[デカい]ってのは胸の方なのか態度の方なのか? どっちを指したのかが気になった……実際リトナさんもスタイルは抜群に良いし、いつもとは違うエプロン姿もなかなか……ってこんな時に何を考えているんだオレは!
「巫女服のキミ……ええと、たいなって名前で良かったかな? 」
「え? あ、はい? 」
ムウさんの紳士的なしゃべり方に、泰奈さんは少し驚きつつも返事をした。
「泰奈ちゃん、それに火夏君。悪いけど君たちの話は俺も全部聞かせてもらったよ。話の辻褄は確かに合っているし、キミの態度から察してデタラメなことを喋っている風には感じなかった」
「ええ……そう言っていただければ……泰奈としても嬉しいですけど……」
ムウさんの言葉に、泰奈さんは拍子抜けしてしまったようだ。リトナさんに喧嘩腰で突っかけられた時よりも、かえって狼狽している。
「でも……俺も姉者と同じく、実際にこの目で確かめない以上は信じることはできない。火夏君を含む他の《ハンター》同様、俺達は皆誇りを持ってこの仕事をしている。皆それぞれに理由があって〈G・スラッグ〉と戦っている。そこには揺るぎない信念があることだけは知っていて欲しい」
「……それは……分かりますが……」
心の奥では分かっている。でも、どうしても気持ちのやり場が見つからない……ボク達から目をそらした泰奈さんの表情からは、そんな言葉が読み取れた気がする……
「おりゃ! お前ら! 何を油売ってんだぁ! 」
神妙な雰囲気になっていたボク達のテーブルに、一人の中年男性がそれをぶち壊す勢いで割り込んで来た。チョビ髭を蓄えていて、【鯨亭】のロゴが入ったTシャツを着ている。そして頭をタオルで巻いているという出で立ち。
「店長……!? わ、悪いけど今大事な話してんだ。ちょっと待ってくれよ」
リトナさんが、ややうろたえた態度でそう言葉を返すと、このラーメン屋の店長と思われる男は「ばっきゃーろ! てめーら店ん中見てモノ言いやがれい! 今のんびりしくさってる暇はねぇんだぞ! 」と一喝!
「すみませんでした店長! スグに持ち場に戻ります! おい、姉者も!」
「ああもう、わかった! わかったよ! 」
リトナさんとムウさんは店長に言われるがまま、オレ達との話を強制終了させて持ち場に戻ろうと立ち上がる。10m級の〈G・スラッグ〉相手に勇猛に立ち向かう波花姉弟ですら、威勢のいい店長の気迫には敵わないようだった。
「屁コキ猿にチビ巫女! スグに戻るから待ってろよ! 《ハンター》がくだらない存在だってのを撤回させてやるからよ! 」
「リトナァ! んなコトよりチャーハン作れ! オーダー溜まってんだよ! 」
軍隊の鬼教官のように、烈火の勢いでA級ハンターをコキ使う店長。オレと泰奈さんは唖然としてそのやり取りを見守っていた。
「火夏さんどうしましょう。泰奈、こんなコトをしてる場合じゃないんですけど……」
泰奈さんはやっぱり今すぐこの店を出ていきたいようだった。彼女にとってはチンピラ(すみません……リトナさん)に絡まれてしまったのと同然だからそれも無理もない。
「う~ん……でも待ってろと言われたからには、会計もさせてくれそうにないし……」
「それじゃあ火夏さんだけ残ってください。泰奈は先にここを出ます。ここの代金は奢りでいいんですよね? 」
「え、ええっ! 奢るのはいいですけど、ちょっと待ってくださいよ! 」
「ラーメンごちそう様でした。泰奈がした話、誰にも言わないでくださいよ」
泰奈さんは、オレの言葉など店内に響き合う雑音と同様とばかりな態度で淡々と帰り支度を整え始めた。
「もう行っちゃうんですか? 」
「もちろんです。もともと泰奈は今日みたいに、誰かと一緒に食事したりおしゃべりしたりだとかをするつもりはありませんでした。今回だけが特別で、また元の一人旅に戻るだけです」
「そんな……」
これで? これで終わってしまうのか? オレは彼女と路地裏で出会った時、これから何か特別なコトが待ち受けるんじゃないか? と思っていた。
だけど、彼女にとっては今まで多くを過ごしてきた日々における場面の一つ。程度の認識だったのだろう。これから彼女は再び姉を探しに、たった一人で奮闘するのだろう。そしてオレはただの無職としての一日を再開させる……
それで……それでいいのだろうか?
[オレも力になる]その一言を口に出したい自分がいるが、《ハンター》をクビになったばかりの自分自身を自虐する卑しい性根が、それをストップさせる壁となっていた。
『ピピーッ! ピピーッ! 』
そんな悶々とした思考の中、突然喧噪の中でもはっきりと聞こえる、露骨な機械的ブザー音が耳に入り込んできた。聞く人を本能的に不安にさせるその音は、リトナさんの腰の辺りから響いている。
「まさか……! 」
その[音]が意味していることを、オレは何となく察するコトができた。その予想通り、リトナさんは腰のポケットからスマートフォンを取り出し、画面に映る内容を確認した。
リトナさんの顔つきは一気に険しいモノとなり、ムウさんと軽くアイコンタクトで意志を疎通したら、急いでエプロンを外し始めた。
「店長、悪いな。チャーハンよりも先に[いため]なきゃならん相手が出てきたみたいだ」
「……出たのか? [ヤツら]が? 」
店長はその短い会話だけで全てを察し、そして……オレと向かい合って座っていた泰奈さんも感づいたようだった……
「近づいてる……〈ノヅチ〉の気配が……! 」