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「第五章 路地裏の巫女」

 暗闇でもはっきりと分かるほどに白い小袖に、パプリカを思わせるほどに濃い緋色の袴……


 間違いなかった。オレの視界に不意打ちのように飛び込んだ少女……と思われる小柄な女性は確かに神道の巫女が着込む伝統装束を身にまとっていた。


 幽霊でも見たのか? それともコスプレイヤーが迷子になったのか? その真偽を確かめるためにオレは彼女の後を追うことにした。


 ゆっくりと、気づかれないように……昔見た忍者アニメの動きを意識しながら小走りする。


 角を曲がったところで、彼女の後ろ姿が確認出来た。付かず離れずの絶妙な距離で歩き続ける彼女は、これから登山にでも行くのかと思うほどに大きなリュックを背負っていることと、足に履いているのは草履ではなく編み上げの黒いブーツだったことが分かった。


 迷子なのか? いや、でも……暴走してうっかり飛び込んでしまったオレみたいなケースでもない限り、こんな場所に入り込む人間はまずいない。ましてや女の子が一人っきりで……


 謎が深まる路地裏の巫女。オレが追跡していることなど気が付く素振りも見せず、すたすたと軽快な足取りで奥へ奥へと進んでいく……まるで何か目的があってこの場所を歩いているようにも見える。


 だとしたら、何のために? 


 疑問を抱きながらもオレは彼女を追いかけた。そしてそのまま3回ほど角を曲がった頃、とある異変があることに気が付く。


 おかしい……オレ達以外に……他の気配があるように感じる……? 


 こんな不衛生な場所だ。他の人間がうろついているとは思えない……いるとしたら、獣や虫の類……しかし、それとはまた違う、濁った空気をさらに汚すような嫌悪感を発散させる……[障気]と呼べる気配をオレは確かに感じ取った。


 まさか!? 


 とある可能性を察したオレは、釣り糸で引っ張られるような勢いで空を見上げた。



『グボォグシュルルル……』



 予想通り、そいつはいた……


 ビルの壁面にへばりついて、はるか頭上をゆっくりとうねりながら移動している……〈G・スラッグ〉の姿がそこにあった! 


 まじかよ……こんな場所になんで? 


 〈G・スラッグ〉は普通、食料である小動物、農作物や鉄を補給する為に、鶏舎や畑、鉄工所等に出没するコトが多い。こんな人気も鉄骨もなさそうな場所に現れるコトは珍しいのだ。


『オグォブルシュルル……』


 二本の触覚をウネらせている頭上の〈G・スラッグ〉は、目測で2mはあった。


 グローバルスタジアムで戦った10m級に比べれば小さなモノだが、脅威的であることは変わりない。


 しかもそいつはどうやら、先を歩いている巫女服の少女に狙いを定めているらしい。ヌメヌメと粘液を滴らせながら移動して追いかけている。 まずい……! 


 〈G・スラッグ〉は普通のナメクジ同様、腹足の這行運動によって移動する。だから足音もせず、無音で獲物に近づくことが出来るのだ。


 巫女の女の子は〈G・スラッグ〉の存在に全く気が付いていない……このままでは距離を詰められて得意技の触角鞭によって気絶させられ……そのまま補食…………


 ……そんなコト……


 黙って見過ごせるか! 


「逃げろぉッ!! 」


 オレは体内の空気を全部吐き出す勢いの大声で、彼女にこの場から離れるように促す! 


「え? エエッ!? 」


 巫女服の少女はオレの声に驚き、振り返った。


 肩まで伸びた真っ黒な髪……背は小さく、顔つきにはまだ幼さが残っている。多分10代の真ん中くらいの年頃だろう。


 そして後ろ向きの状態ではわからなかったけど、彼女の額にはバイカーが使うような大きなゴーグルが掛けられていたコトも分かった。そのミスマッチなコーディネートにより、ますます彼女が何者なのかが判断し辛くなった……


『ウボォシュアアアアアッ!! 』


 そして、オレの声に反応したのは謎の巫女だけでなく〈G・スラッグ〉も同じだった。


 敵は壁に張り付いたまま体の向きを変えて、触角鞭の標準を巫女からオレに移動させた。


 これでいい! 


 今回ばかりは、自分自身の〈G・スラッグ〉を興奮させてしまう体質に感謝した。このおかげで敵の意識をこちらに集中させることが出来る。前にいる女の子への攻撃を反らせられる!


「食らえっ! 」


 そして間髪入れずに、オレはついさっき買わされてしまった護身用の塩幕手榴弾のピンを引き抜き、大ナメクジのヌメヌメした巨体に向けて投げつけた! 倒すことは出来なくとも、しばらくの間動きを止めることぐらいは可能だ! 


 爆発を控えた手榴弾は放物線を描いた軌道で、〈G・スラッグ〉に吸い込まれるかのように向かっていく。我ながらナイスコントロール! 後は塩の煙幕が飛び散って敵を苦しめつつ、非常信号を発信! ギルドがそれを感知して、《ハンター》がここに集まって来てくれる! 


 これで巫女服の少女も、自分も無事でこの場をやり過ごせる! そう思って、思わずオレは口端をゆるめた。


『グゴォッ! 』


「あれ? 」


 勝利の笑みは勝利を確信した時にするべきではない。勝利して全てを終えた時に浮かべるものだ……と誰かが言っていたっけな……


 オレの投げた手榴弾は……爆発直前に〈G・スラッグ〉の鞭のような触覚によって弾かれ、真上に打ち上げれてそのまま遙か上空で虚しく爆発。


 ビルの窓をカタカタ揺らすほどの衝撃と轟音が打ち上げ花火のように鳴り響き、塩幕は上空に散ってそのまま風に流されてしまった。


「あ……うそ……? 」


 手榴弾によって〈G・スラッグ〉にダメージを与えるプランは見事失敗に終わった。


 一応非常信号は発せられたようだけど、もう武器を持ち合わせていない丸腰のオレは、救援の《ハンター》が駆けつけるまで身を守る手段が無い……


『グオアブロォォォォォォォォッ! 』


 うろたえるオレの隙をつくように、〈G・スラッグ〉は2本の触角をそれぞれ右と左、両サイドにそびえるビルの壁面に伸ばし張り付けて宙にぶら下がる。そしてそのまま振り子のように勢いを付けて触角を切り離し、その反動でこちらに突っ込んできた! 


「うおおおおっ!? 」


 鈍重なイメージの〈G・スラッグ〉からは想像も付かないアクロバティックな攻撃! オレはその動きから、先月観た蜘蛛をモチーフにしたヒーロー映画を思い出していた。


 ちくしょう! こんな動きまで出来るのかよ! 


 敵を見くびっていたオレに対し、容赦なく大口を開いてブラックホールのように迫り来る〈G・スラッグ〉。このままパクリとオレを飲み込もうしているのは明白……


 大ナメクジに言葉を発するコトが出来なくたってオレには分かる……『ヌメるだけがナメクジじゃないぜボーイ! その気になれば空だって飛べるんだぜ? 』と小馬鹿にする台詞を吐き捨ててるに決まっている……! 


 このまま食べられてしまうのか? いや……それよりも、さっきの巫女姿の女の子はどうなったのだろう? 


 ちゃんと逃げられただろうか? ちゃんとこの路地裏から脱出できるだろうか? 


 しょっぱい人生を送っていたオレだけど……こうして一人の市民を助けながら死ねるというのなら、そんなに悪くないかもしれない……


 贅沢を言えば、一般市民としてではなく、《ハンター》として死にたかったけど……


 そして最後にもう一度だけ……[あの人]と話をしてみたかった……


「ぐへぇッ!! 」


 オレが生き残ることを半ば諦め掛け、両目を閉じて光を遮断し、そろそろ思い出の走馬燈が流れる頃かな? と魂を肉体から切り離す準備を自分なり整えていたその瞬間、腹部に強烈な衝撃を覚えて、そのまま仰向けに倒れてしまった。


「痛ててて……」


 背中にジンジンと強い痛みを感じる。アスファルトの地面は倒れたオレを優しく受け止めてはくれなかった。続けてヘドロ臭い路地裏の匂いが鼻を通り抜けて顔が歪んでしまうが、しかし……数秒遅れてお花畑をイメージする甘く優しい匂いも一緒に嗅覚を刺激していたことに気が付く。


 この匂いは一体……



「バカ! 何でわざわざ敵を刺激するの! 」



 え? 誰かがオレに話しかけてる? 声からして……女の子? 


 それに今更気が付いたけど、自分の腹部に何やら[柔らかくて]それなりに[重量感]がある感触があることが分かった。


 まさか? と思い、ゆっくりと両目をふさいでいた瞼を開くと、ダークオレンジの夕日によって光の縁取りを纏った、一人の少女の顔が視界を支配していた。


「なにボーっとしてるんですか! もうちょっとであなた、食べられちゃうとこだったんですよ! 」


 倒れたオレの体の上にのしかかっていたのは、間違いなくさっきまでオレが追跡していた、巫女服の少女だった……


 状況から察するに、どうやらオレは〈G・スラッグ〉の攻撃を食らってしまう直前に彼女に押し倒されて、ギリギリで回避することが出来たらしい。少し首を動かすと、補食対象を見失い、そのまま路地裏の壁に激突して悶絶している〈G・スラッグ〉の姿が確認出来た。


「きみが……助けてくれたの? 」


 オレがそう問いかけると、巫女服の少女は無言で立ち上がって〈G・スラッグ〉の方へと視線を向けた。その立ち振る舞いはさながら獲物を見据える狩人の如く力強く自信に満ちあふれていて、あどけなさが残る顔立ちとのギャップにオレの心は自然と揺れた。


 その姿に、思わずオレは波花リトナさんの姿を思い浮かべるが、彼女の態度はリトナさんの裏打ちされた戦闘力による凄みとは違い、どことなく菩薩を拝むような神聖な安心感を与えてくれる凄みだった。


 ついでにいうと、彼女の小さな体には不釣り合いで、巫女服の上からでも分かるほどに充実した[胸部]も、オレの心を震わせ、神聖な安心感を与えてくれた…………って何を言っているんだオレは! 


「ちょっとあなた、何をやってるんですか! 」


「は、はい! すみませんッス! 」


「ずっと寝ころんでないで、スグに起きてここから離れて! 」


 てっきり邪な考えを抱いていたコトを読みとられたのかと思って一瞬びっくりした。オレは言われた通り、スグに立ち上がってこの場から逃げようと足を一歩踏み込む。


「キミも早く逃げるんだ! さぁ! 」


 彼女にも一緒に逃げることを進言したが、その言葉には答えず、オレの顔の前に黙って手のひらを突きつけた……そのジェスチャーは「心配無用」という無言のメッセージとして受け取れた。


「大丈夫。あの怪物は[泰奈たいな]がスグに倒して見せますから……! 」


「たお…………ええぇっ!? 」


 絶対に倒す。


 小さな少女は確かにオレに向かってこう言った。


 そう……


 オレ達を飲み込もうとばかりに、マンホールのような大口を開けて異臭を放ち、毒々しい粘液を全身に帯びていた〈G・スラッグ〉を目の前にして……! 


 ちっぽけな少女がそう言ったのだ……


「もっと離れてて! 早く! 」


 冗談めいたトーンを一切感じさせない口調でオレに避難を促した少女は、まず額のゴーグルをずらしてしっかりと目の位置に掛け直し、続いて背負っていたリュックを足元にドサリと置いたと思えば、口を開いてその中に両手を勢いよく突っ込んだ。


 何か入っているのだろうか? 一人で遊園地をうろついていたら、迷子と勘違いされそうなほどに幼い印象の彼女には、その無骨なリュックサックはあまりにもアンバランスだった。中に収められた物を憶測するには相当な創造力を必要とするだろう。


 実際、その中身はオレの平凡なイマジネーションからは大きくかけ離れ、かつ、それが何なのかを理解する知識も持ち合わせていなかった。


塩具えんぐ装着ッ!! 」


 少女が謎の掛け声と共にリュックに隠した両腕が再び露わにさせると、その細くて柔らかい印象の腕に似つかわしくない、堅牢で温もりを感じさせない異物が備えられていた。


「なんだ……ありゃ? 」と思わず口に出して驚いてしまった。


 それは戦国時代の合戦で使われた、甲冑の手甲のようなフォルムを持っていたものの、自動車のマフラーを思わせる形状の筒が4本、左右で計8本取り付けられているデザインが、それがただの手甲でないことをオレに分かりやすく理解させてくれた。



「我が護身としたるはシオツチノオジ。その濫觴らんしょうとするは綿津見ワタツミより生まれし大いなる裨益ひえき……今、我が清体に巡るその片影を、塩陣えんじんを持って武の具とせんことをここに願い奉る……! 」



 彼女は指の第一関節より上の部分だけを合わせる独特な合掌をしながら、当然のように詠唱をし始めた。


 お経のような、呪文のような……よく分からない言葉の羅列が、小鳥を思わせる高く愛らしい声に乗せて、オレの鼓膜を心地よく震わせてる。


 この子は何者? あの呪文は? 塩陣えんじんってなんだ? そして、あの手甲を着けて、一体何をしようとしているのか? 


 様々な疑問が競馬場のサラブレッドのように頭の中で走り回って理解が追いつかないオレを横目に、彼女は次なるアクションに移っていた。


 巫女服の少女が、両手を顔の近くにまで持って行き、手の甲の部分に取り付けられていた小さなリングを、それぞれ口にくわえて思いきり両手を真下に引き下ろした! 


『ブロォォォォォォォォム!! 』


 小さなリングには紐のようなモノがくくり付けられていて、それが伸び切った瞬間、手甲から唸るような振動音が鳴り響いた! 


 その一連の仕草と音は、まるで発電器のスターターロープを引いてエンジンを機動させる様を連想させる。


風路ふうろよ! 我が塩陣えんじんを導き給え! 」


 そして、さらに彼女が呪文を唱えると、手甲に取り付けられている左右合わせて8つの気筒から、凄まじい勢いで水蒸気が噴出された! 


「うお? うおおおッ? 」


 オレがその時感じたのは、海の香りだった。


 6歳の頃に生まれて初めて海岸の砂浜に足を踏み入れた時に感じた、あの潮の香り……その発生源は間違いなく、彼女の手甲から吹き出したスチームからだ! 


『グルグブシュァァアァアアアッ! 』


「うわっマズイ! 」


 彼女の動きに見とれていて気が付かなかった! 攻撃をかわされてうずくまっていたハズの〈G・スラッグ〉が、もう体勢を立て直してこちらに攻撃態勢を作っているではないか! 


「もう一回来るぞ! 」


 〈G・スラッグ〉は再びビル壁に触角を張り付け、ロープ代わりにして体を宙に浮かせた。もう一度やる気なのだ……! 先ほどは不発に終わった……振り子殺法を! 


「性懲りもなく向かってくるんですね……それなら覚悟してください! その穢れ……清めてあげます!! 」


 うろたえるオレを後目に、巫女服の少女は一切の恐怖心を見せずに詠唱時と同じく両手の指先を合わせる。


 するとどうだろう、周囲の空気が彼女に向かって圧縮するように吸い込まれ、青白い光を発し始めたのだ! 


 一体……一体何が行われようとしているんだ!? 


『グルギュアアアアッ!! 』


 〈G・スラッグ〉は体を後方へと揺らし、反動を付けて再度こちらに向けて体を射出させる! 投石機で放たれたかのようなスピードで迫り来る粘性の体は、正確無比に少女の体を狙っていた。 危ない!

 

 思わずオレは彼女を庇おうと身を乗り出したが、その数秒後に起こる出来事により、その行為が全くの無駄であったコトをオレは思い知ることになる……


「塩技・刺體霊躯えんぎ・していれいく! 」


 少女はかけ声と共に両手を突き出すと、その指先から落雷のような閃光を発した! 


『ガシャアアアアァァァァン! 』


 光で目がくらみ、世界が一瞬だけ真っ白になり、同時に裂音が鼓膜を刺激する。


 金属同士が激しくぶつかり合うような鋭い空気を振動。一体それが何なのかを確かめるために、オレは目頭をこすりながら瞼を開く。


「……な……なんだこりゃぁ……? 」


 オレの網膜に写り込んできた視覚情報は、あまりにも信じ難く……あまりにも現実を置き去りにしていて……そして、あまりにも美しくもあった……


「倒した……のか? 」


 オレたちに襲いかかった醜悪な〈G・スラッグ〉は、さっきまでそこにいたのが嘘だったかのように静かに、黙ってその体を消滅させていた……残っているのは、地面に落ちて砕け散った《核》だけである。

 そして、その大ナメクジがいたハズの場所には、水晶のような輝きを放つ、大きく長い[四角推の結晶]が地面から天に向かって斜めにそびえ立っていた……


 その結晶は槍のように鋭く、表面にはプリズムのように虹色の輝きを放っていて、薄暗い路地裏の風景との対比が前衛芸術の趣を醸し出している。


「塩食った報いです……」


 巫女の少女は手甲をリュックにしまい、ゴーグルを外すと「ふう……」と一息ついてオレの方へ顔を向けた。


 巫女服の少女は不思議にまみれていたけど、そのブラウンの瞳の奥に潜む輝きからは現実的で等身大な10代の女の子の印象を与えてくれていた。


「そこのあなた、大丈夫ですか? 」


「はい……おかげさまで……」


 年齢は明らかに向こうの方が年下なのだろうけど、オレの口から発せられる言葉は自然と敬語になっていた。


「よかったです」


 彼女はそう言って目を細め、屈託のない笑顔をこちらに向けてくれた。オレはその瞬間、思いがけず心臓をピンと弾かれる感覚を味わってしまう……


 周囲が暗く、非常事態に陥っていたコトもあって今の今まで気が付かなかったけど、目の前にいる巫女の神装を纏った少女は……なんというか……シンプルに言ってしまうと……



 めちゃくちゃ可愛かったのである。



「あの……何というか、すみません……こっちが助けるつもりが、逆に助けられちゃって……まさか手榴弾を弾かれるだなんて全く予想もしてなくて……ハハ……それに、〈G・スラッグ〉があんな動きをするだなんて、びっくりして……」


 オレが一方的にしゃべり続けるも、彼女はそれには答えず、ゆっくりとオレの方へと近づいてきた……そして、体をちょっと動かせばぶつかり合うほどに距離を詰められてしまい、思わず後ずさってしまう。少女の顔はさっきまでとは違い、無表情で感情が読みとれなかった……


「せっかく……」


 彼女はボツリとつぶやく。


「え……? 」


 せっかく……とは? 


 一体何のことかと呆気にとられて間抜け面をさらしていると、突然首回りが圧迫させられて一瞬呼吸を忘れてしまった。


「せっかく! せっかく[アイツら]を引きつけてたのに! 何でいきなり大声なんて出しちゃうんですか! 」


「ええッ!? 」


 オレは少女に胸ぐらを掴まれていた。10cm以上はある身長差だったので、一生懸命背伸びをしながらオレのTシャツの襟首を握り込んでいる。


 それに、見上げる瞳にはうっすらと涙の膜が揺れていることも分かった。


 オレは……この子を泣かせてしまったのか? 


「す……すみません! よくは分からないけど、 何か出しゃばってしまったみたいで! ごめんなさいッス! 」


 とにかくオレは謝った。クレーム対応するコンビニのバイト店員のように、とにかく謝罪一辺倒の平謝りだ。


「もう少しで[お姉ちゃん]の居場所が分かると思ったのに! それなのに! それなのに!! ……それ……なの……に……う……ううううっ…………う………………」


 肉食の小動物のようにわめき散らしてオレの胸ぐらにしがみついていた彼女っだったが……急に動きを止めて無言になってしまった。


「だ……大丈夫ッスか? 」


 オレが安否を気遣うと、ついには彼女はいきなり膝から崩れ落ちて倒れそうになってしまう。


「うわっ! と! 」


 咄嗟に彼女を抱き抱え、小汚い地面に体を打ち付けるコトを回避したが、一体何が起こったのかは分からずにアタフタしてしまう。


「どど……どうしよう? 早く救急車を……いや、まずはこの路地裏から出るコトが先決……いや、さっき手榴弾で信号を送ったから……待っていれば《ハンター》が助けに来てくれ……」


「……まって……」


 巫女服の少女は力のない声を必死に振り絞り、オレに語りかけてきた。呼吸が荒く、とても苦しそうだ。


「……だいじょうぶ……コレは[力]の副作用……[アレ]を摂れば……スグに……よくなるから……」

「[アレ]? [アレ]ってなんですか? 」


「し……しお……」


「し……お……塩? 」





「そう……塩分を……早く……」

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