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「第三章 祖土邑カンパニー」

 時刻は今、午後5時過ぎ。


 太陽は沈みかけ、空には郷愁をさそう茜色が帯びている。


 8月の熱を帯びた空気が肌をべとつかせる。歩道ですれ違う人々からも熱気が拡散されているように、今日は暑苦しい気温だった。


「はぁ……」


 いつもなら、こんなにもじっくり空を見たり、周囲の人々の姿に気を配ることなんてしなかった。


 たった今味わった喪失感を、雑多な情報で少しでも埋め合わせようとしているのかもしれない。今日ほど【御土牟ごどむ市】の風景が視界に鮮明に写り込むことはなかった。


 高校を中退して、家族の反対を押し切り上京。〈G・スラッグ〉の出現頻度が日本で最も高い【東京都 御土牟市】にて、《ハンター》として名を上げようと苦節して、ようやく半年前にライセンスを入手、さぁこれからガツガツとナメクジ狩りをしてやろうって時に……まさかのライセンス剥奪……


 コレといった取り柄がないオレは、優秀な兄弟と比較されて家族の中でも居場所が無い。そんな時に《ハンター》という道が切り開かれたというのに……


 ホント……しょっぱい生き方を送ってるよな……オレって……


 楽しそうに、忙しそうに横切る人々の中でトボトボ歩いているオレは今、どこの誰よりも惨めな存在なのだと思った。


 そして自分自身を責め、情けなさを噛みしめながら30分ほどさまよい歩き続ける内に、オレはとある場所へと無意識に導かれていたことに気が付く。


『ハンター用具専門店』


 職もアイデンティティも失い、自宅以外に帰る場所がないのにも関わらず、オレの足は昨日まで毎日のように通っていたこの店へと自然と運ばせていたらしい。


「はは……」と自嘲気味に鼻で笑いながらも、オレは自動ドアをくぐった。別に用事なんてなかったけど、小学生が学校から帰ってきたらそれとなく冷蔵庫を開けるように、この場に近づいたら入店しない。という選択肢はなかったのだ。それほどまでに、自分にとってこの場所はなじみの深い場所だった。


「いらっしゃいませーっ! 」


 店員の威勢のいい声と共に、店内で待ちかまえていた様々な銃器、装備、その他諸々の道具の数々が陳列されている様を視界に入れ、オレは思わずたった数十分前に無職になったコトを忘れてしまった。


「……SDMソル=バレットSR18! こっちはSDMブラインショット=02か……それに、SDM・S=40H……全部ニューモデルだ! 」


 ライフル・ハンドガン・ショットガン・ナイフ・銃剣・手榴弾・地雷等々……様々な形状、用途の対G・スラッグ兵器は、オレの心を童心に返してくれる。


 無骨に機能美を追求したフォルムはどれも勇ましく、それを持っているだけで体の奥底から力が漲るような錯覚を覚えた。


「どうですか? お兄さん。どれも純【祖土邑そどむらカンパニー】製のニューモデルデスよ」


 ガラスケースに展示されている道具の数々に見とれていたオレに、緑のエプロンを着た店員が愛想良く声をかけてきた。ややぽっちゃりとした体型のお姉さんで、この店の常連であるオレとは顔なじみの仲だ。そしていつも気になってしまうのは、化粧のチークが必要以上に濃いコトだ。どうしても昔よく見たアニメのパン職人を思い出してしまう。


「どれもカッコいいっス……特にこのソル=バレットSR18……やっぱりデカイライフルはいいッスね……オレも使いたかったなぁ……コレ。いつかスパイラルバレットの塩弾をバカスカ撃ちまくりたいッスよ」


 オレがやや興奮した早口でそう語ると、店員は「それなら! 」とばかりに分割払いのプランを説明し始めようとしてきた。


「基本本体価格は38万。オススメは12回の分割払いデスね、安心して、金利は0%! さらにB級以上の《ハンター》であれば協会から助成金も出ますし、《レア・ソルト弾》も3発セットでつけますデスよ! あっと! 故障したって大丈夫デス! 購入後の1年間は無料で修理・交換も承ってますから! さらにさらに! 今なら夏の対G・スラッグ警戒月刊キャンペーン中ですので、専用のグローブとゴーグルもお付けして……」


 さすがは商売人と言ったところか……オレがそのライフルに興味を持っているとわかり次第、逃がしてたまるかとばかりに営業トークを押してくる……立場と狩る獲物は違えど、彼女もある種のハンターなのだ。


 しかし、その狩りもここらで終わらせなければ、お互いに時間を無駄にするだけだ。なぜならオレは今……


「あ、あの! 」


「どうしました? なんなら24回払いのプランもあるんデスよ? その場合は金利と手数料が……」


「違うんです! 店員さん、オレはもう《ハンター》じゃないんスよ! 」


 オレはそう言って腰のベルトを指さす。


「……あらまぁ……」


 その仕草だけで、店員のお姉さんは察したようだ。今のオレには、《ハンター》の称号が失われているというコトを。


「無いでしょ? 《グリップ》が……」


「確かに……キレイさっぱり無くなってますデスね……」



 《グリップ》

 ……それは正規の資格を持った《ハンター》なら皆が持っている物で、その形状は[刃の付いていないナイフ]と言えば伝わるだろう。


 対G・スラッグ兵器を扱う上で必須の物で、基本的には腰に付けられた専用のホルスターにしまって携帯されている。


 ハンター用具専門店に置かれた銃や銃剣等の大型武器には全て[グリップ(握り手)]が外された状態で陳列されている。これは《ハンター》以外の人間が見てまず驚くところだろう。


 本来、武器の握り手があるハズの部分には空洞が空けられていて、そこにはUSB規格の差し込み口が設けられている。そこに《ハンター》達に各々支給された《グリップ》のUSB端子と繋ぐことで、初めてその機能を使いこなすコトが出来るのだ。


 なぜそんな面倒なシステムになっているのかと言えば……それは単純に対G・スラッグ兵器を悪用されないようにという理由が第一だ。


 《グリップ》は常にネットワークでギルドと情報共有されていて、持ち主が今どこにいるのか? 今どんな武器を使っているのか? 持ち主の健康状態はどうか? 等が瞬時に分かるようになっている。


 さらに、《グリップ》には持ち主の個人情報がインプットされていて、静脈認証で本来の使い手かどうかを判断し《ハンター》以外の誰かが《グリップ》を盗んで悪用しようものなら、銃はオートロックされる上に、その場所を特定されるばかりか、《グリップ》を盗んだ人間の指紋や静脈模様をも読みとってしまうという高セキュリティを持ち合わせているのだ。


 そして《グリップ》の利点はセキュリティ強化だけでなく、ギルドの職員が生体反応を常にチェックすることで、万が一〈G・スラッグ〉のハント中に戦闘不能に陥った際は、レスキューと援軍の派遣を迅速に行えることだ。


 オレが今日、グローバルスタジアムのハント中に仲間がやられてしまった際も、そのおかげですぐさま近隣の《ハンター》達に連絡が行き届き、波花姉弟を派遣することが出来た。


 オレが今こうして元気な無職として二本足で歩いていられるのも、リトナさんやムウさんだけでなく、そのシステムとギルドの職員達が縁の下で支えてくれていたおかげなのだ。



「そういうワケで店員さん……オレ、もう《ハンター》じゃないんスよ……」


「そうなんデスか……それは残念デス……」


 オレがもう《ハンター》ではなくただのニートだと分かった途端、店員さんは露骨に残念な表情で俯き、この場から去ろうと曲がれ右をする。


「ふう……」


 ようやく強引な売り込みから解放されたか……と安堵すると同時に、自分がこの場にふさわしくない存在であるコトを再確認して、再び心の重みを実感する。もう店員さんにとってはオレは常連の客ではなく、単なる冷やかしの営業妨害としか映っていないのかもしれない……そう思った。


 しかし……


「……そ・れ・じゃ・あ……」


 店員さんはゆっくりと逆再生するように再びこちらに体を向けた。その顔には先ほど新型ライフルを売り込もうとしていた営業スマイルが作られている。


ハンターのお兄さん! 護身用の[塩幕手榴弾]なんていかがデスか? 〈G・スラッグ〉に襲われそうになった時にコレを投げれば、塩分を含んだ煙がたちまち爆散! その場から逃げる為の足止めになりますデス! その時、非常信号も同時に発信しますので、すぐに近くの《ハンター》が助けに来てくれますよ! それにこの武器はライセンスは必要ありませんデスし、万が一暴発してしまっても、ちょっと耳鳴りと……まぁ、若干の火傷を負ってしまうこともありますデスが、命の危険はありません! どうですか? これも【祖土邑カンパニー】純正製品! いずれ一家に一弾の必需品になりますよ! 」


「え……ええっと……」


 商魂たくましいとは、まさにこのコト……オレはとうとう彼女の押しをはねのけるコトが出来ず……


「ありがとうございましたー!! 今後も、【祖土邑カンパニー】直営の当店をご利用くださいませデス! 」


 気が付いたらオレの手には例の塩幕手榴弾が握られていた……


 職を失い、収入もなくなって無駄遣いは出来ない状況だったにも関わらず、こうも簡単に安くない金額を放出する羽目になってしまったとは……


 こんなにやり手の店員がいるコトが分かれば、【祖土邑カンパニー】はさぞかし誇らしいコトだろう。



 2年前……日本中に突如現れては、農作物や鉄工所を荒らして人々に危害を与え続けた〈G・スラッグ〉。



 猟師や警官、自衛隊までもが出動しても太刀打ち出来なかったその怪物に対し、製薬を主とする株式会社【祖土邑カンパニー】が毅然と立ち上がったのだ。


 【祖土邑カンパニー】は持ち合わせた医学・薬学のノウハウを総動員させ、わずか三ヶ月で〈G・スラッグ〉には[塩]が弱点であるコトを突き止めた上、その退治に最も効果的である《レア・ソルト》の開発に成功させた。


 さらには、〈G・スラッグ〉根絶を目標に掲げたハンター協会を設立。続けてギルドを確立し、試験を通して一般市民からハンターを募り、ライセンスを交付。それらに必要な施設や支店を日本中に立ち上げ、迫り来る〈G・スラッグ〉の脅威に対抗する[力]をあっという間に作り上げたのだ。


 これらの功績により、【祖土邑カンパニー】は日本国内における盤石の地位を確立したのだ。


 今の就活生にとって一番人気の会社は【祖土邑カンパニー】だし、その名刺を持つことは社会的ステータスだ。


 誰もが憧れる【祖土邑】の看板。


 かつては……少なくとも今日の午前中までは、自分もその一人だったのだけど……


 現実はやはり、砂糖のように甘くなく、塩がを傷口にすりこむかの如く、敗者に厳しいモノなのだ……

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