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「第十九章 あそこ」 

『ハンター用具専門店』の休憩ブースにて、ツーブロック三兄弟は揃って缶コーヒーをすすりつつ、グチをこぼし合っていた。


「ハァ……異臭騒ぎだって聞いてワザワザ足を運んでやれば……」

「なんてコトはなかった」

「まさに無駄足」


 三兄弟はほんの2時間ほど前、集会所より『毒ガスか何かの異臭が所内に蔓延している』とのことで緊急連絡を受けて急いで赴いた。《ハンター》である彼らが召集されたのは、特殊な〈G・スラッグ〉の襲撃ではないか? という可能性を危惧したことが理由だったが、いざ現地に脚を踏み入れた三兄弟は、その異臭の正体が何なのかを2秒で見破った。


「あの臭いは間違いなくアイツだ……! あの屁の臭さは二度と忘れねぇ」

「猿飛火夏……」

「まさに猿飛……」


 先日、この店で去り際に放った放屁の臭いと、集会所内に蔓延していた臭いが同じ物であることを見破るのは彼らにとって造作もないことだった。


「クビになったハズのヤローがなんで集会所にいたか知らんが、辞めた後にでも俺達に迷惑をかけやがって。とことんイラつく野郎だ」

「とことんだな」

「まさに徹底的」


 負の感情をぶつけ合う三人を見かねたのか、近くを通りかかった店員の女性が彼らに近づいて声を掛ける。


「それならそれでよかったじゃないデスか、〈G・スラッグ〉じゃなかったんデスから。平和が一番デスよ! 」


 店員は彼らの陰気なオーラを一掃するかのような快活な口調でそう言ったが、内心では『チッ! 〈G・スラッグ〉が現れりゃ、ウチの商品がバカ売れだったのデスがね! 』と人間らしい感情を渦巻かせていたことは、この店の常連で彼女と親しい三兄弟にとっては用意に想像できていた。


「でもよ、〈G・スラッグ〉もそれなりに出てくれなきゃこっちの生活も苦しいんだよな……ここらで一発10m級の大物でも現れて……」


 などと三兄弟は不謹慎な言葉を呟いていたが、それは店内に響きわたる警報音によって中断されてしまう。


『緊急事態発生! 警戒レベル5+! 繰り返します! 警戒レベル5+! これより東京都内在中ハンター全員の《グリップ》がロック解除となります! 全ての《ハンター》は戦闘態勢を取ってください! 』


 店内にて緊急アナウンスされた音声は、あらかじめ録音されている物ではなく、集会所の情報局より、オペレーターから直接発せられているモノであった。機械の誤作動では無い。


「警戒レベル5+!? どういうことデスか?」


 〈G・スラッグ〉が襲来した際の警戒レベルは、そのサイズと数によって1~5までのランク付けがされていて、数字が大きいほどに危険度は増す。その最高レベルは5だとされているが、ただ今のアナウンスによれば、それに[プラス]が接尾されている。


「5+だと……クソッたれ……そんなモンが実際に発令されとは……」


 焦るというより、この状況に[絶望]を隠せずに口数が少なくなってしまった三人を見て、店員の胸にもドッと熱いモノが広がった感触を覚えた。


「それって……アパートでトイレに詰まった水が溢れ出したのと同じくらいヤバいデスか? 」


「今日からそれが死ぬまで毎日起きる方がマシってレベルだ……! 」


 三兄弟はひとまず店外へと飛び出して市内の様子を伺うと、先ほどまで何の気もなしに一日を謳歌していた歩行者達が、しきりにスマートフォンで情報を集めたり、周囲をキョロキョロと見回したり、走行中だった車を止めて外に飛び出したりと、非日常的な光景を作り出していた。


「一体何が……」


 とてつもなく恐ろしい何かが迫ってきている。それだけは町中の空気から十分過ぎるほどに感じ取ることが出来ていたが、一体に何が起きて、どうしてこうなったのかが把握出来ない彼らは、店の前で棒立ちになってしまっていた。


「追加の情報は本部から届いてないか? 」

「いや、まだだ」

「まさに待っているところだが……」


 三兄弟はひとまず、いつ訪れるから分からない驚異に備え、それぞれの対〈G・スラッグ〉兵器に《グリップ》そ挿入し、臨戦態勢をとる。


 三兄弟の長男的存在である大野一郷おおの いちごう鉄槌型レア・ソルト注入器を、その弟のような立ち位置である荷御宇助にご うすけ佐渡珊瑚さど さんごはそれぞれアサルトライフル型塩弾射出器を構える。


「グォオオオオン……グォオオオオン……」


 三人はその時同時に感づいた。この場からそう遠くない場所から、何か巨大な物が落下した時のような轟音と共に、わずかだが地面が縦に揺れたことに……


『ズグオオオオオオン……! ズグオオオオオオン……! 』


 その音のボリュームは徐々に大きくなり、同時に震動も少しずつ大げさになっていく。


「音と震動は……2つずつ、一定のテンポで鳴り響いている。これはつまり……」

「何か巨大な生物が……」

「まさに二本の脚で歩いている……」


 そんなことがあるはずはない……と、心中では否定しつつも、いや、それもあり得るだろう。という残酷な推測も同時に沸き上がる。


『ドグオオオオオオン! ドグオオオオオオン! 』。


 巨大生物の足音と思われる轟音は、もはや[音]と表現するにはふさわしくなくなるほどに巨大になっていた。これはもはや[衝撃波]と呼ぶ方が妥当と思えた。


『グゴウァアアアアアアアアッ! 』


 そして世界中の黒板を集めて、一斉にチョークを滑らせたかのような騒音が三兄弟の鼓膜を揺らした。


「な……なんだありゃあ……」


 彼らが立っている場所から30mほど離れた場所の交差点のビル影から、ゆっくりと[そいつ]は現れた。


「〈G・スラッグ〉なのか!? 10m級……いや……20m級はあるぞ! 」

「デカすぎる……」

「まさにモンスター……」


 10m級の相手も何度もこなしていたツーブロック三兄弟だったが、今目の先にいる怪物が、今までの〈G・スラッグ〉とは比較にならないほどの異質さに、思わず身体が震えた。さらには、よく見るとその怪物が大きなガラスのような球体を加えていて、その中には人間らしき影が見えたことが、状況判断を混乱させていた。


 日常が、あっという間に非日常へと変わる。


 初めて日本に〈G・スラッグ〉が現れた時の混乱と恐怖が、再び彼らの深層記憶から引っ張り出されてしまった。


「なになになになに! なんなんデスかアレは!? デカいし脚があるし! 新種デスか? 新種の〈G・スラッグ〉なんデスか!? 」


 警報が鳴り、本来なら安全な場所へと避難しなくてはならなかった店員が、好奇心で店外へと飛び出し、目を丸くさせた。


「あぶねえぞ! さっさと避難しやがれ! 」


 一郷が軽率な店員を諭そうと声を荒げる。


『イグギュアアアアアアアッッ! 』


 しかし運命のいたずらか、超巨大〈G・スラッグ〉は、彼らの方へと興味を示し、咆哮をあげながら突進してきた! 重量感がたっぷりの両足を踏みしめながら。


「「うおおおおおおおおッ! 」」


 荷御と珊瑚が迫り来る巨悪に向けてアサルトライフルを乱射する! しかし……粘液を纏い、弾力のある皮膚を貫いても貫いても、すぐさま再生し、全くといっていいほどにダメージを与えることができなかった。


「くそっ! 」


「きぃえええああ! 死にたくないデス! 」


 一郷はとにかく、怯えて腰が抜けてしまった店員の命だけでも助けようと彼女を助け起こそうとしたが、すでに超巨大〈G・スラッグ〉は彼らの全身を暗くするほどの影をかけるほどに迫っていた。


 しかし次の刹那。目の前の巨大生物は突然動きを止め、『グウォオオ』と呻き声を漏らしながら眠ったようにうつ伏せに倒れてしまっていた。一体何が起きた? と状況を飲み込めずにいた三兄弟達だったが……


「狙うなら脚を狙え! 《レア・ソルト》を注入すれば、わずかだが動きを止められるぞ! 」


 と、巨獣の背後の方から三兄弟にとって聞き覚えのある女性の声が聞こえたことで、ようやく理解することができた。自分たちは助けられたのだ。《ハンター》界の最高実力者の一人に……


「な……波花リトナ……! 」


 A級ハンター波花リトナが、超巨大〈G・スラッグ〉の片足に銃剣を突き刺しながら三兄弟に言う。


「さっさと立て! お前らもコイツをブチのめすのを手伝え! 」


「波花リトナ! こいつは一体何なんだ? 」


「こいつは〈オオノヅチ〉! 〈G・スラッグ〉の親玉だ! こいつが卵を産んで日本中に〈G・スラッグ〉を蔓延らせた! 」


「なに!? こいつが? 」


 今まで【祖土邑カンパニー】がどんなに調査を続けても見つけることが出来なかった〈G・スラッグ〉の発生源が、今目の前にいる。三兄弟はその事実に少したじろいでしまい、リトナに加勢するまでにタイム・ラグが発生してしまった。


『ウグオオオオオアアアッ! 』


 《レア・ソルト》を注入されてもなお、ダメージを感じさせずに雄叫びを上げる〈オオノヅチ〉は、健在なもう片方の脚を振り上げ、そのまま三兄弟達を踏みつぶそうとした! 


『アグアアアッ! 』しかし、この攻撃も不発に終わる。


 悲痛な叫び声を上げながら、〈オオノヅチ〉は再び体を崩してコンクリートの地面に叩きつけられる! 粉塵が舞い、地響きでビルの窓ガラスが震動する。


「気を抜くなよ、ツーブロック三兄弟。コイツは今までのようにはいかないぞ」


 彼らの二度目の危機を救ったのは、もう一人のA級ハンターである波花ムウ。彼は三兄弟が薄焼きのチャパティになる直前に、得意の大型ライフル銃で軸足を射撃して〈オオノヅチ〉の巨体を転倒させたのだった! 


「ケガはないッスか? 」


「火夏……!? おめえまでなんで? 」


 そして、ハンターの猿飛火夏が、いつの間にか彼らの元へと駆け寄って身動きのとれなくなっていた店員を背負い、安全な場所へと避難させていた。


「キミは……常連さんデスか……!? 」


 火夏によって救助された店員は、背負われた彼の肩越しに話しかけた。


「へへ……無事でよかったッス! 」


「……昨日、お店に毒ガスをまき散らしてくれたのはあなたデスね……! 

「え……あ、あれは……その……」


「どうしてくれるんデスか! あの後、検査官やらなんやらがたくさん来て、危うく営業停止処分を受けるところだったんデスから! 」


「ええっ! そんな!? いくらなんでもそれは大げさってモンッスよ! 」


「くだらない話は後だおめえら! 」


 リトナは火夏と店員の緊張感の無いやり取りに我慢できず声を荒げる。


「すみません! 」と平謝りする火夏。それにに対して、どういうワケか店員はリトナに羨望の眼差しを送っている。それは遊園地のカーニバルでお気に入りのアニメキャラクターを見つけた時の少女を思わせた。


 ……なんだか調子が狂うぜ……リトナはこんな場面においてもブレない火夏達に翻弄されるも、改めて銃剣を構えて〈オオノヅチ〉の頭部を見据える。


「とにかく私に続け! いくぞ! 」


 リトナは助走をつけて飛び上がり、仰向けに倒れている〈オオノヅチ〉の喉元めがけ、剣を突き立てる! 


「俺らも行くぞ! 」

「おう! 」

「まさに! 」


 ツーブロック三兄弟も勢いよく飛び出し、それぞれの武器を構えるが、〈オオノヅチ〉が執念で振り回した鞭のような触角で四人ともなぎ払ってしまった。


「うわああああッ! 」声を上げて吹き飛ばされる三兄弟とリトナ。しかし、それはある意味リトナの計算内であり、自分を含め、三兄弟達の攻撃が〈オオノヅチ〉に通らないことは覚悟していた。本来の目的は別にある。


「い……今だ泰奈! 」


「はい! 」


 リトナの合図と共に、颯爽と現れた巫女服の少女は、甲冑の籠手を思わせる道具を両手にはめつつ不思議な呪文のような言葉を唱え始める。


「我が護身としたるはシオツチノオジ。その濫觴らんしょうとするは綿津見ワタツミより生まれし大いなる裨益ひえき……今、我が清体に巡るその片影を、塩陣えんじんを持って武の具とせんことをここに願い奉る! 風路ふうろよ! 我が塩陣えんじんを導き給え! 」


 詠唱が終わった直後、彼女の籠手より凄まじい蒸気が吹き出され、周囲に磯の匂いをまき散らした。


「その穢れ……清めてあげます! 塩技・刺體霊躯えんぎ・していれいく! 」


 次の瞬間、〈オオノヅチ〉の頭上より、無数のクリスタルを思わせる鋭角な四角推の結晶が発生され、つららのように落下して〈オオノヅチ〉の喉に突き刺さった! 


『グオオアアアアアアッッッッ! 』


 リトナ達が体を張って作った隙を狙って放たれたその攻撃は〈オオノヅチ〉にとって確かな手ごたえがあったようだ。


「泰奈! もっと連発出来ないか!? 」


「これが限界です! これ以上は《塩陣具》がもちません! それにお姉ちゃんにも当たっちゃうかもしれません! 」


 〈オオノヅチ〉が未だに口にくわえている球体の中には、泰奈の姉、月塩菜久瑠が意識を失った状態で液体に満たされたまま閉じこめられている。酸素は口につながれたチューブより供給されているが、それもいつ枯渇するかが分からない。 時間制限付きの人質を傷つけずに倒さなければならないこの戦いは、困難を極めるミッションといえる。


『ウグログオオオオオッ! 』


 〈オオノヅチ〉は悲鳴にも似た雄叫びを上げつつ、触角を振り回して泰奈達を怯ませた。


「わっ! 」


 泰奈は触角攻撃をかわそうと後ろに飛び退き、うっかり術を解いてしまった。塩結晶のつららはそのまま水蒸気と共に粒となって消えた。


「グアアオオオッッッッ! 」


 この隙にすかさず〈オオノヅチ〉は立ち上がり、頭部を勢いよく左右に振ってビル壁に打ちつけて破壊する。コンクリートの破片が打ち上げ花火のように拡散されて泰奈達に襲いかかった。


「うわッ! 」


 石のようなつぶてが降り注ぎ、さしもの《ハンター》達もうろたえ、逃げまどう。やはり[戦い]において、サイズの差は残酷までにも大きい。


『ウグオアボルアアアアアッ! 』


 泰奈達の攻撃を中断させた〈オオノヅチ〉は、この機会を逃すものか! とばかりに、巨木を思わせる二本脚で駆け出し、頭突きでビルを破壊しながらこの場から離れてしまった。


 月塩菜久瑠は未だにカプセルごと〈オオノヅチ〉の口内に収まっている。ビルに何度もぶつけられて、カプセルが今にも破壊されそうな勢いだった。


「お姉ちゃんを離せ! 」


 泰奈は《塩陣》による披露と、ビル片によるダメージを省みずに〈オオノヅチ〉を追おうとするも「待つんだ! 」とムウが彼女の細腕を掴んでそれを制止させた。


「離してください! 」


「落ち着け泰奈ちゃん! その状態で挑んだって無駄だ! 」


「でもお姉ちゃんが!」


「それも大丈夫だ! 」


 なにが大丈夫なのか……そう言い返そうとした泰奈に、ムウはゆっくりと、かつ滑舌の良い喋りで泰奈を説得する。


「菜久瑠さんは【祖土邑カンパニー】にとって生命線でもある特別な存在だった。そんな彼女を生半可な強度のカプセルに閉じこめると思うかい? 」


「……」


「それに、カプセルの中は液体で満たされている。ある程度の衝撃を受けたところで、中の菜久瑠さんが傷つくことはないだろう。だから、ここは一端落ち着いて戦略を練るんだ」


 ムウの言葉には一応の説得力はあったが、全ては推測で、確信のある発言では無かった。しかし、彼がどうにかしてこの場を落ち着かせようとしている気概は泰奈にも十分伝わった。


「……分かりました……確かにムウさんの言う通りです」


 やみくもに攻め込もうとした泰奈が一端落ち着いたところで、リトナは「全員3分だけ集合! 」とこの場にいる全員を集め、どうすれば〈オオノヅチ〉を倒すことができるか意見を集める。


「とにかくサイズが規格外すぎる! 皮膚も分厚くて俺たちの攻撃だけじゃ、《レア・ソルト》の効果が有効になるまでの傷を負わせられん! 」 


 とツーブロック三兄弟の一郷は言う。


「もっと大勢の《ハンター》を集め、皮膚の再生が追いつかないほどに攻撃を与えることができれば《レア・ソルト》が注入できそうだ」


 ムウはそう提案するが、リトナが問題点を述べた。


「しかし、それにはちょっと場所が悪すぎるぜ! こんな街中で弾丸ばら撒きまくったりして、さらに〈オオノヅチ〉のヤローが暴れ回ったら犠牲者が出ちまう……! それにビルが崩れちまったりすると、それだけで私達は動けなくなるし、相手にとって都合が良過ぎる。どこかだだっ広くて戦いに集中できる場所があれば……」


 その言葉を聞いた火夏は突如目を大きく開いて挙手し、声を上げた。


「リトナさん! それ、ありますよ! [あそこ]です! [あそこ]なら大丈夫です! 」


「[あそこ]……? 」


 その言葉に、リトナはハッ! と口を半開きにしてその場所がどこなのかを理解し、子供が悪巧みを思いついた時のような表情を作った。


「なるほどな……[あそこ]ならお誂え向きだぜ! 

「俺のライフルも思う存分使える」


 ツーブロック三兄弟を含めた《ハンター》全員が[あそこ]でなら全てが解決することに気がつき、活路を見いだしたことによる笑顔を作る。しかし、泰奈と店員だけは何のことなのかさっぱり理解できずに疎外感を味わっていた。


「よし! でも火夏、〈オオノヅチ〉をそこに引き寄せるにはどうする? 」


「オレの体質を利用するんですよ! 理由は分かりませんが、アイツはオレの姿を見るとパニックを起こします。それでうまいこと誘導できるんじゃないかと」


「そりゃかなり危険だぞ。やれるのか? 」


「……大丈夫です。なんたって……その……リトナさんがいてくれれば……何とかなるんじゃないかって」

 リトナは後頭部を掻いて、はにかんだ表情を作る。無言だったが、火夏の言葉に照れていることが露骨だった。


「よし! 決まったな。私達4人は〈オオノヅチ〉を[あそこ]に誘導する。三兄弟は本部に連絡して片っ端の《ハンター》を集めてから、[あそこ]に向かってくれ」


「わかった。任せてくれ」

「東京中の《ハンター》達を」

「まさに集結させる」


 三兄弟達はさっそく本部と通信しつつ、走ってこの場から離れ、目的地へと向かった。それを見届け、いざ〈オオノヅチ〉と合間見えようと得物を握ったリトナだったが、その時胸に穴が開くような強烈な視線を背後から感じ取り、恐る恐る振り返る。


「あの……」


 そこにはハンター用具専門店の店員が、もじもじと照れくさそうな様子で立っていた。火夏に対して容赦ない怒声を浴びせていた人物と同一とは思えないほどのしおらしさである。


「わたしは、どうすればいいデスか? 」


 店員のその言葉に対し、リトナは少しだけ間を置き……


「アンタはここら一体の住民をシェルターまで誘導してやってくれ。あるんだろ? 店の中に」


「は……はい! 」


 《ハンター》関連の店舗・施設には、その地下に〈G・スラッグ〉の攻撃から耐える為のスラッグシェルターを作ることが義務つけられている。


「それと、万が一敵が攻め込んできたら、店にある武器を使ってみんなと戦うんだ。できるな? 」


「戦う……わたしにできますでしょうか……? 」


「大丈夫だ。自分を信じろ」


「それじゃあ……」


 店員は意を決したようにまっすぐリトナを見据えた。


「お互いに無事だったら、リトナさん! あの……サインくれますか! 」


「さ……さいん……!? 」


 予想外の言葉に目を丸くするリトナ。周囲でその様子を見守っていた火夏達も同様に驚いた。


 正直こんなコトをしている暇はない上に、店員の輝く瞳に圧倒されたリトナは「わかった! サインでもなんでもやるよ! だから頼むぞ! みんなの避難を! 」とぶっきらぼうに答える。


 その言葉に店員は瞳より一層輝かせ、両手で拝むように合わせながら「ありがとうございます! 絶対に! 死んでも生き残りますデス! 」と答えた。


「お……おう……」


「それでは! 今すぐ住民をシェルターへと避難させます! リトナさん! どうかご無事で! 」


 颯爽と走り去る店員の背中を見守り「自分を信じろ。か……またテキトーなコト言っちまった……」と自身の言葉に恥じらいつつも「よし、そんじゃ行くぞみんな! 」と火夏達に呼び掛け、〈オオノヅチ〉に向かって足を踏み込む。


「リトナさん。それで、結局[あそこ]ってどこなんですか? 」


 泰奈の質問にリトナは得意な表情を作って答えた。





「建設中の【グローバルスタジアム】だ! 」

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