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「第十七章 オオノヅチ」

 テーザーガンの電撃によって意識を失ったリトナは夢を見ていた。


 父親が営む鉄鋼工場が、〈飛行型G・スラッグ〉によって積み木を崩すかのように破壊されている。これは今から3年前の記憶のリプレイだった。


『グギュアアアアッ! 』


 巨大な鞭のような触手を振り回し、父が築き上げた努力の結晶をいともたやすくガレキに変える。鉄骨が舞い、鉄板が散り、逃げ遅れた従業員達が次々とその下敷きになる。


 肉が潰れ、骨が飛び出し、血液が水たまりを作る……そんな地獄絵図の中、リトナは指一本ですら自分の意思で動かすことが出来ずに震えて続けていた。


 普段は父の仕事場には立ち寄らないリトナだったが、この日はたまたま彼が自宅に置き忘れた昼食の弁当を届ける為に「しょうがねえな」と気だるい体を運ばせていた。


『う……うあ……』


 目の前の惨状に悲鳴すら上げられず……弁当箱を抱えて座り込んでしまっていた。腰が抜けてしまったのだ。


『グギュアアアアラア! 』


 〈飛行型G・スラッグ〉は、長い触手を器用に鉄骨に巻き付けて振り回し続けた。工場の壁面が砕け、火花が散る。機材が炎上して周囲の温度が焼けるような熱さになる。


『やめて……』


 そして〈飛行型G・スラッグ〉はリトナの姿を捕捉したようだった。彼女にグロテスクな円形の口を広げて牙を見せつけ、鉄骨の巻き付いた触手をぐるぐると振り回し始めた。カウボーイのロープさばきを彷彿するその動きをみてリトナは『もうどうにもならない……私はここでおしまいなんだ……』と、生き残ることを諦め始めていた。


 振り回された鉄骨から触手がするりと抜けて、遠心力によって数百kgの重く硬い固まりが、リトナに向かって放たれた。正面を向いた鉄骨の「工」の時がどんどん自分に近付いてきている。


 時間にしては一瞬の出来事だったのだろうが、リトナはその時全ての動きがスローモーションのように感じられていた。


 ぶつかる……逃げなきゃ……でも体が動かない……


 次の瞬間、身体の右側に大きな衝撃を受けて景色がグルグルと回り、手足を擦りむいた痛みを感じながら周囲を見渡した。


「あれ……? 」


 何が起きたのか把握出来ないリトナだったが「大丈夫か! 」という勇ましい声と共に誰かに担ぎ上げられ、それがオレンジ色の服を着た名も知らぬレスキュー隊員だと分かり、ようやく自分が[保護]されたのだと理解した。


「あの! すいません! 」


「どうした!? 」


 横抱きされながらリトナは隊員に質問した。


「親父は……? 親父を知りませんか!? 」


 その言葉に、隊員は一言も答えなかった。


 レスキュー隊員に救出され、知らせを聞きつけたムウと一緒に安全な場所へと避難し、自衛隊達の奮闘によってようやく〈飛行型G・スラッグ〉がどこかに逃げ去ったことを知ったリトナは、改めて弟に尋ねた。


「なぁ、親父は大丈夫なのかよ? 」


 しかしムウは答えない。どういうことだ? と首を傾げながら、避難所に設置されたテレビの画面に目をやると、ちょうど父親の工場が〈飛行型G・スラッグ〉によって破壊されたことがニュースとして流されていることに気が付いた。


「おい見ろよムウ! くそ……」


 ムウは黙ったままだった。そしてニュースではこの事件によって命を落とした者の名前をテロップにして流し、危機感を覚えさせる焦りの口調でアナウンサーが一人一人読み上げる。


「え……」


 アナウンサーがとある人物の名前を口にした瞬間、リトナはやっとのことで真実を知ることが出来た。


「おい……親父が……親父……死んだのか? 」


「……ああ」ムウはようやく重い口を開いた。


「そんな……いつだよ……いつ……」


 動揺するリトナだったが、その時ようやく彼女の脳内に霧のようなフィルターが掛けられた記憶の封印が解き放たれ、次の瞬間、リトナは激しく嘔吐してしまった。


 同時に涙も溢れ、身体の奥底から全ての感情を揺さぶるエキスのようなものが込み上がってくるのを感じた。


 私のせいだ……親父は……私をかばって……


 鉄骨がリトナに直撃する寸前、彼女を渾身の力で突き飛ばし、それを回避させた人物。それこそが波花姉弟の父親だった。彼は愛娘の命を救う代償に、身体が原型を留めることが出来ないほどに変わり果て、逝ってしまっていた。


 その光景があまりにも凄惨で、残酷すぎた為に、リトナの頭の中で無意識の防衛反応が働き、父親の肉塊を脳が認識しなかった。その修正されていた記憶が、本来のモノに戻った瞬間、遅れて喪失感と罪悪感を覚えたリトナは、その後しばらく何日も人前に姿を見せることすらせずに、部屋に引きこもってしまっていた。


「……私が……もっと強ければ……」


 自らの無力さを嘆くリトナだったが、ある日それとなく流し見をしていたインターネットのニュースにて【祖土邑カンパニー】が主体となって、〈G・スラッグ〉退治を専門とする《ハンター》を養成・支援するプロジェクトを開始したこと知った。


「これだ……」


 リトナにとって、この機会を見逃すワケにはいかなかった。


 父親が亡くなり、経営できなくなった会社の負債と、残された母親と弟を養う為……そして父親を亡き者に変えた〈G・スラッグ〉に復讐を果たす為……彼女はこの日より《ハンター》として生まれ変わった。


 モチベーションの高さ。そもそも備えていた身体能力の高さが幸いし、彼女はあっという間に《ハンター》として誰もが敬意を抱く存在となった。


 後に彼女はとある雑誌の記者にこう語っている。


「家族を失い、生きる希望を失っていた私に、《ハンター》としての役目を与えてくれた【祖土邑カンパニー】には感謝しきれない。今の私があるのは間違いなく《ハンター》という業界を確立した【祖土邑】に他ならない……」


 リトナにとって《ハンター》という職業と、それを作り上げた【祖土邑カンパニー】は、命の恩人であり、全てになりつつあった……


 待ってろよ〈G・スラッグ〉……私がスグにでも殲滅してやるからな。


 おまえ達には皆平等に……


「死を、くれてやる」




 ■ ■ ■ ■ ■





「姉者……しっかりしろ! 」


 テーザーガンによって気絶したリトナはムウの呼びかけによってようやくその意識を取り戻し「ああ、ムウか」と危機感の薄い返事をしつつ、寝そべっていた上半身を起こした。


「リトナさん! 大丈夫ですか? 」


 傍らには火夏がいた。その表情は自分の肉親が危篤状態になったのかと思うほどの焦燥感があり、少しでも気を抜いたら砂で作った城のように崩れ落ちそうに見えた。


「なに情けねえ面してんだよ二人とも。私があんなビリビリごときでくたばるかってんだ」


 徐々に視界が明瞭になったリトナは軽く腕を振って身体の具合を確かめた。


「あぁ? 」


 手首に何かが重くのしかかっている。よく見たらそれは金属製の手錠で、両手の自由を奪われていた。見渡すと火夏とムウにも同じ物がはめられていて、ようやく自分たちが捕らわれの身になっていることを理解した。


 そして時を遅れて、今リトナ達は格子窓が一つだけ取り付けられた、薄暗い鉄製の箱に閉じこめられていることが分かった。さらに言えば臀部から感じる細かな振動によって、今自分たちはコンテナに閉じこめられて、フォークリフトか何かでどこかに運ばれているのだ。と完全に把握した。


「私達……捕まっちまったんだな……」


「ああ……姉者が気絶した後、このコンテナに詰め込まれた。今どこかに運ばれているみたいだが、行き先はわからん」


「泰奈はどうした? 」


「あの子は別だ……」


「そうか……だろうな」


 泰奈は塩陣使いであり、【祖土邑カンパニー】にとっては特別な存在だ。その点で彼女の命だけは無事であることは確信できたので、リトナはそれ以上泰奈の安否を心配することは無かった。とにかく、まずは自分達がどうするか? を考えなくてはならない。


「ムウ、火夏、サクっと教えてくれ。私がイビキかいて寝てた間、一体何があったのかを」


 ムウと火夏はお互いに目を合わせて、どこかためらうような間を作った。表情が変わっていなかったが、話すべきかどうか迷っていることはバレバレだった。


「いいから教えてくれ……私には覚悟が出来てる」


 リトナの強い決心を目の当たりにしたムウと火夏、彼らも真実を伝える[覚悟]を抱いた。


「……分かった。姉者が倒れている間、野民とかいう男が全てを語ったよ」


「まずはリトナさん……そこの格子窓から外を覗いてみてください」


 火夏に言われた通り、立ち上がって外の景色を確かめたリトナ。「何があるってんだ? 」と疑問に思いつつも視界に入れた光景は彼女にとってあまりにも残酷なモノだった。


「おい……あれは……!? 」


 小さな格子窓から見えたのはまず、ビール工場を思わせる機械が立ち並ぶ施設。自動車の製造工場くらいの広さはあるんじゃないか? とリトナが驚くほどに、その敷地は広大だった。


 そしてその工場内では、ドラム缶ほどのサイズの透明な強化プラスチックの円筒形カプセルが次々とロープウェーのように運ばれていた。


 カプセルの中には、薄黄色い液体がなみなみと詰め込まれていて、その中には大型犬ほどにもなるサイズの[生物と思われる柔らかそうな物体]が漂っていた。


「くっ……」悪態をつき、暴れ回りたい気分になったリトナだったが「やっぱりそうだったのかよ……」と若干開き直ったような言葉を吐き捨てた。


「火夏……泰奈の言うとおりだった……ってことだな」


「はい……ここでは集めた《核》を使って……〈G・スラッグ〉を再生させているらしいです……」


 リトナは何も言わなかった。ただ黙ってコンテナの壁によりかかり、そのまま空気が抜けるように、ズルズルとしゃがみこんだ。


「姉者。これが【祖土邑カンパニー】の本性……これが日本中に災難を振りまいた狂気だ……」


 火夏達が進入した集会所地下は、《レア・ソルト》製造工場であると同時に〈G・スラッグ〉の再生工場でもあった。


 《ハンター》によって集められた《核》をここでもう一度再生・培養・復活させ、再び野に放ち、高価な《レア・ソルト》及び対〈G・スラッグ〉兵器を売りさばいて巨万の富を築き上げる、マッチポンプの温床。


 《ハンター》達がこぞって〈G・スラッグ〉を倒すほどに【祖土邑カンパニー】は潤い、さらに多くの《レア・ソルト》を売る為、より大量の〈G・スラッグ〉を野に放つ。《ハンター》が増えるほどに、活躍するほどに敵がどんどん増え続けるという悪循環。


「はは……この目で見るまでは信じねぇ……とは思ってたけどよ……薄々そうじゃねえか? って思っちまってたんだよな……」


「姉者……」


「泰奈に言われて考えてみるとよ……色々とタイミングが良すぎんだよ……対抗兵器だとか、協会だとか……早すぎるんだよな……できちゃうのがよ」


 リトナは自分自身をあざけるような口調でそう呟くと、突然大きく拳を横に振ってコンテナの壁を叩きつけた。


「姉者!? 」


「クソッたれ! どこまで人をバカにすりゃいいんだよ! どこまで人を陥れりゃ気が済むんだよ! クソッ! クソッ! 」


 彼女は何度も何度も壁に拳を叩きつける。皮膚が裂け、血が滲んでもお構いなしに殴り続けた。


「リトナさん! やめてください! 」


「止めるな火夏! 」


「でも……」


 そしてそのまま10数発拳を振り続けた後、ようやく彼女は自分自信を傷つけることを止め、バッテリーが切れたかのようにそのままうずくまった。右手は真っ赤に腫れ上がっている。


「はは……笑えるよな。私は自分の親を殺した組織に利用されてたんだ……しかも【祖土邑】のせいで負った借金を【祖土邑】で働いて返済してたんだよ私は………………そんなのマヌケすぎるだろ……」


 リトナは顔こそ見せなかったが、そのうわずった口調から、泣いていることは明らかだった。


「その上、そんな汚物以下の組織に《A級ハンター》だとかおだてられていい気になってたんだ……結局私は目の前でぶら下げられてた人参をいつまでも追いかけるバカ馬なんだよ……誰の役にも立たず……誰も救わず……ただただ一人で突っ走ってただけなんだよ……」


 リトナは【祖土邑カンパニー】に踊らされ続けた自分が許せなかった。弟と共に《ハンター》として活躍していた時間を、ほんの少しでも誇らしく感じていたことを恥じた。肉親の仇を討つという大義名分も、《A級ハンター》という小山の大将としていられる為の[おためごかし]だったんじゃないか? とさえ思い始めていた。しかし……


「違いますよ、リトナさん」


 そんな自暴自棄に陥ってしまったリトナに、火夏は一切の哀れみを感じさせない真摯な態度で、彼女にそう言った。


「気休めはよせよ」


「いえ、そんなんじゃありませんよ」


 火夏はしゃがんでリトナとまっすぐ視線を合わせようとする。その気配に只ならぬ空気を感じ、彼女は伏せていた顔を火夏に向けた。目の前には先日自分の顔に放屁した人物とは別物の面構えをした男の瞳があった。別人か? と一瞬だけ目を疑ったリトナだったが、しかしどう見ても目の前にいるのは火夏なのだと分かり、驚きの表情を隠し通すことができずにいた。


「リトナさん……誰の役にも立たなかっただなんて言わないでください。あなたは少なくとも一人の人間を救っているんですよ」


「……何言ってやがる……私はいいように使われていただけだ」


「…………2年前……覚えていますか? 【御土牟駅前】で〈G・スラッグ〉が現れた時のこと」


「2年前……? 」


「その時リトナさん、〈G・スラッグ〉から襲われそうになった高校生を助けているんです」


 何を言っているんだコイツは? と思いつつも、正面に座った火夏の顔を改めて眺める内に、脳の奥底に潜んでいた記憶を引っ張り出され「まさか!? 」と言葉が自然と漏れた。


「そうです……あの時リトナさんが助けてくれた少年が……オレなんです」


「火夏……お前が……」


 火夏が《ハンター》を目指した理由。そして、泰奈を助ける為に、今ここにいる理由。それこそが、目の前で絶望の淵に立たされている憧れの存在の近くにいたかったからだった。


「あの時、リトナさんに助けられていなかったら……オレは死んでいたかもしれません……その上、オレのしみったれた心を奮い立たせてくれました。あなたはオレにとって目標であり、心の支えなんです。あなたがいなければ今オレはここにいなかったんです」


 まっすぐと見つめ、まっすぐと発せられたその言葉に、リトナは思わず目を背けた。単純に照れくさかったということもあるが、それ以上に、自分の軽率な言葉によって少年の生き方を狂わせてしまったのかもしれないという、自責の念もあった。


「……買いかぶりすぎだ火夏……私はそんなに褒められた人間じゃねぇよ……そん時はまだ駆け出しだったし、お前のコトなんて全く目に入ってなかった。ただ目の前にいる、クソみてぇな〈G・スラッグ〉のケツをブッ飛ばしたかっただけだ……その後お前になんか言ったみてぇだけどよ……〈G・スラッグ〉退治で調子に乗ってて都合のいいコト喋っただけだぜ……」


「例えそうだとしても……」


 火夏はボロボロに傷ついたリトナの右手をゆっくりと両手で包みこんだ。


「オレにとってリトナさんは、ずっとずっとヒーローであり続けますから」


 その所作は、巣から落ちてしまった雛をすくい上げるように、優しく慈愛に満ちていた。そんな火夏の行為に、リトナは耐えきれずに顔を真っ赤に染め上げてしまう。


「バカだな……お前は……」


「火夏の言うとおりだ」二人のやり取りを黙って聞いていたムウも、火夏の頭をポンと撫でつつ、消沈する姉を元気付けようとする。


「姉者、これで終わりにしよう。もう二度と〈G・スラッグ〉に苦しめられることが無いように。そして泰奈ちゃんのお姉さんを救う為に……」


 リトナは自分で傷つけた右手をジッと見つめ、何かを振り切るように握りしめた。鈍い痛みが伝わって顔をしかめそうになるも、その痛みが自分がどうすればいいのかを教えてくれたように感じていた。彼女の目つきに生気が戻りつつあった。


「……戦う……か」


「やりましょうよリトナさん! 」


 リトナはゆっくりと立ち上がって、順々にムウと火夏顔を確かめた。薄暗く、視界の悪いコンテナの中でも、二人の顔に[諦め]の言葉が感じ入られないことはハッキリと分かった。


「私如きがヒーローだなんておこがましいぜ……」


「リトナさん………そんなことは……」


「私はお前達が思うほど立派でもねえし、強くもねえ。とにかく今はお前たちと、ヤツらに捕らわれてる泰奈を助けたい……力になりたい……それが精一杯なんだ……こんな私でよければ……一緒に戦って欲しい」


 これがリトナの精一杯の言葉だった。しかし、彼女が未だに戦う意志を失っていないことが分かっただけでも、ムウと火夏にとって喜ばしいことは無かった。


「は……はい! 」「姉者! 」


 フォークリフトの動きが停止し、コンテナの振動が収まった。どうやら目的地にたどり着いたらしい。

「出ろ」野民の部下と思われる声がコンテナ越しに聞こえ、金属のこすれあうロック解除の音と共に、観音扉が開かれる。


「うっ……! 」


 ドアの隙間から入り込む光が、徐々にコンテナ内ひ広がり、火夏達の目を眩ませた。


「いィねェ……ホントにいィねェ……」


 間延びした声がコンテナから解放された三人を迎え入れた。視界がまだハッキリ戻らない中、それでもその声の主が誰のモノなのか、火夏達は瞬時に見当がついた。


「現実に絶望し、壊れかけた心をみんなで修復する……う~ん……好きだねェ……そういうの。つまづいた人間が立ち上がる物語ほど面白いモノは無いからねェ……! 」


 野民流斗だ。相変わらず視界に入れた人間を瞬時に苛立たせる雰囲気を全身にまとっている。


「聞いていたのか? 」


「君たちがコンテナの中で泣きべそをかく姿を拝みたかったからねェ……監視カメラを用意させてもらったよ」


 リトナは野民の喉仏に噛みつきたい気持ちに駆られたが、ここがはグッ……と堪えた。


「それでは改めて紹介しようかなァ? ここは祖土邑スラッグ研究所。ボクはここの所長をやっているんだ」


 そう言って野民が白衣のポケットからリモコンとおぼしき物を取り出し操作する。火夏は足下から軽い振動を感じ取ったのち「うおっ? 」と驚き、床がベルトコンベアーのような駆動で自分達を運んでいることに気が付く。


「ちょっとの間、《ハンター》の皆様に研究所の見学をしてもらおうかなァ? 」


 コンベアーに流されながら研究所を移動する火夏達、手錠はされているものの、足は自由に動かすことができる。隙を見て脱走しようかと考えたリトナだったが、背後と左右には戦闘服を着た野民の部下達がびっしりと並んで壁を作っていたので、それは無理だと諦めた。


「じっくり見てくれよォ……ボクの研究の成果達を……」


 火夏達が移動している場所は、両側の壁がガラス張りになっている通路で、この施設を一望出来る空中トンネルのような作りになっていた。


「くそったれ……」


 波花姉弟はここから見下ろせる〈G・スラッグ〉再生施設を再び目の当たりにして悪態を漏らす。自分たちが汗と血を流し、必死になって退治した〈G・スラッグ〉が、再び透明なカプセル内で《核》から再生されている。


「すごいだろォ……本来なら《核》から再び〈G・スラッグ〉に戻るには、一週間ほどの時間を要するのに、カプセル内の特殊な培養液につけ込めば、わずか15時間で元の姿に復活するのさァ……それを開発したのは誰だか分かる? 」


 野民の問いかけには誰も反応しなかったが、彼はそんなことなど気にする素振りすら見せずに……


「ボクさ! 」と答えて得意げな表情を振りまく。見た者誰もが、その顔に拳をめり込ませたくなる笑顔だった。


「おいクソ野郎。これから私達をどうするつもりだ? 」


 リトナは鋭い目つきを野民に向けた。彼は一瞬たじろいだものの、どうにか表情を平静に保ちつつ、話し始める。


「そう怖い顔するなよォ……まァ、とにかく初めから話そう。実のコトを言えば我々はキミ達がこの場に来るコトは分かっていたんだよ」


「何? 」


「キミ達にはねェ、僕の部下にずっと尾行してもらってたのさァ。集会所の《核》の監視をしていた男がいただろう? そいつもその一人さ」


「なるほどな……」


 ムウは頷きながら、自分達が必死に足止めした従業員の顔を思い出していた。


「まァ、そういうコトさァ。わざわざここまで誘導させたのは、世間の目があるところで君達に危害を加えるコトは色々と都合が悪かったのと、《塩陣》の使い手と《A級ハンター》を相手に誘拐を実行するだなんて、考えるだけで骨が折れるからねェ……」


「それで、私達をどうするつもりだ、カス野郎」


 再びリトナに凄みを効かされた野民は口の端をヒクヒクさせた。


「ま……まぁ念願だった泰奈ちゃんはァ、お姉ちゃんと一緒に《レア・ソルト》の生産に協力してもらうのは当然……そして波花さん達はこの研究所で色々と実験してもらおうかなァ? 」


「実験? 何をさせるつもりだゲス野郎」


「ははッ! いや……助かるよォ。君達のような凄腕の《ハンター》さんなら、テストプレイヤーとしていい働きをしてくれるハズだ」


「テストプレイヤー……!? 」


「新型の〈G・スラッグ〉と戦ってもらって、その強さの度合いを計る仕事さ」


 イマイチ理解出来ずにいる三人に対し、野民は説明を続ける。


「順を追って説明しよォう。我々【祖土邑カンパニー】が〈G・スラッグ〉を培養、育成しているというコトは今ここで見てもらっている通り。《核》から成長させた〈G・スラッグ〉を地上に放ち、それを《ハンター》達が狩る。その際使用される兵器と《レア・ソルト》の売り上げで僕達は利益を得ているワケ」


 そう言って野民は、部下の一人から対〈G・スラッグ〉兵器の銃剣を受け取った。


「それは……! 」


 リトナは目を見開いた。その銃剣は紛れもなく、彼女が愛用していた物だった。もしかして! と見渡して見ると、後方に待機している野民の部下の一人が、ムウのライフルを携えていた。


 愛用の道具が他人の手に渡ったことには、屈辱のような感情を沸き上がらせたものの、それが野民の陰謀による一端だと思うと複雑だった。


「さァ、考えてみてくれ」


 野民はリトナの銃剣をふらつきながらもヒュッと横に振りながら説明を再会する。


「その時により多く《レア・ソルト》を売りさばくにはどうすればいいと思う? 」


 その答えに応じる気が無かった波花姉弟に代わり、火夏が口を開く。


「……一度の狩りで、出来るだけ多くの《レア・ソルト》を使わせる……」


「その通りだよォ。 そう! 我々【祖土邑カンパニー】が理想とする〈G・スラッグ〉は、[適度な凶暴さ]と[適度な頑丈さ]を兼ね備えた個体なのさァ! 弱すぎたら《レア・ソルト》の消費量は減って儲からない。強すぎたら顧客である《ハンター》の数が減ってしまう。だから絶妙なバランス調整を施した〈G・スラッグ〉の育成に励んでいるってワケ。オンラインゲームの運営と同じようなモノさ」


「ゲーム……だと? 」野民の一言に、リトナはボロボロの右拳をさらに握り締めて真っ赤に染めた。ムウも言葉や行動に出さずとも、こめかみにハッキリと血管を浮かび上がらせて感情を露わにしている。


「……そ……そうさ……わ、わかってもらえて嬉しいよォ。このプロジェクトは適度な難易度で達成感が得られる作りじゃなきゃ駄目なのさァ」


「……それじゃ教えろよ」


 リトナは震える声で野民に質問する。


「2年前……翼の生えた〈G・スラッグ〉が街を暴れ回った時があっただろ。アレはどういうコトなんだ……明らかに強すぎただろ……草野球の試合でメジャーリーガーがピッチングするようなモンだったろうが」


 2年前の〈飛行型G・スラッグ〉襲来……この時、波花姉弟は父親を失っている。


「ああ~、アレね……なんてこたァないよ。デモンストレーションさァ」


 野民はなんの悪気も感じさせない口調で答えた。


「デモン……ストレーション……!? 」


「そォ。世間に〈G・スラッグ〉は凶暴で恐ろしい存在というコトを知らしめる為にね。ちょっと凶悪な子を放ったってワケさァ。だって言うだろう? デモってのは大げさな方が心に残るってねぇ」


「その時大勢の人間が死んだんだぞ……」


 リトナの拳から血が滴り落ちる。


「それぐらいしないと危機感を煽れないだろォ? 」


「その中には……私達の親父も含まれていた……! 」


 リトナの全身が真っ赤に染まり始めた。


「そりゃついてなかったねェ」


 次の瞬間だった。野民が言葉を言い切らない内に、すでにリトナは彼の目の前まで距離を詰めていた。そして大きく頭を後方にのけぞらせ、自らの額を野民に鼻柱にめり込ませようとしていた……頭突きだ……


「姉者! 」「リトナさん! 」


 しかし、その乾坤一擲の一撃も、あえなく不発に終わる。彼女が頭を振り下ろす直前に、野民の部下達によって押さえつけられてしまっていた。


「くそ! くそッ! くそったれがァァァァ! テメェの目ン玉引きちぎってケツ穴にブチ込んでやる! 」


「おおっとォ……怖い怖い……餌をやりわすれた闘犬みたいなお嬢さんだ」


 余裕な態度を見せつけて軽口を叩く野民だったが、その膝が極寒に震えるかの如くガクガクに振動していたことを火夏達は見逃さなかった。





「野民流斗……あなたは……いや、【祖土邑カンパニー】の人間は本当に愚かですね」





 激しい喧噪で殺伐とした空気の中で、一輪の花を思わせる澄んだ声が響きわたる。その声は、火夏達がすぐにでも聞きたかった声だった。


「泰奈さん? 」


 そこにいたのは紛れもなく月塩泰奈だった。テーザーガンで気絶させられた後に、火夏達とは別に捕らわれていたが、ひとまず無事なことが確認できただけで、猛獣のように荒れていたリトナもひとまずの落ち着きを取り戻した。


 改めて火夏達が状況を確認すると、可動式の床はすでに停止しており、銀行の大金庫を思わせる堅牢な装いの扉の前にたどり着いていた。泰奈はどうやら火夏達とは別のルートでここまでたどり着いていたようだ。


「よかった……みんな無事だったんですね……」


 泰奈の方も火夏達と再会したことで安堵を覚えていた。しかし、彼女も同様に手錠をはめられた状態で複数の武装兵に囲まれている。危機的状況であることには変わりなかった。


 さらに言えば泰奈は手錠のみならず、金属性の手袋を思わせる器具によって両手を拘束されていたのだ。それが《塩陣》を防ぐ為の特殊な道具であることは、野民に説明されなくとも理解出来た。


「泰奈ちゃん……目を覚ましたんだねェ。心配したよ」


「もう一度言わせてください。あなた方は本当に愚か者です。今すぐにでも、ここにいる〈ノヅチ〉を殺して《核》も全て破壊しなさい! 」


 野民の言葉になど返事をする必要は無い。とばかりに、真摯な態度で【祖土邑カンパニー】に警告をする。


「そうかなァ? 泰奈ちゃん。我々のやっているコトは必要悪さァ。【祖土邑カンパニー】が《ハンター》という職業を確立させ、日本中に関連事業を立ち上げたおかげで、多くの失業者が仕事にありつけたコトは揺るぎない事実なんだぞォ? 」


「……そういう問題ではないのです、あなたは何も分かっていません。月塩家が代々封印してきた〈オオノヅチ〉を、そう易々と人間に扱えるワケないんです。さらに忠告しますよ? 今すぐお姉ちゃんを解放して〈オオノヅチ〉をこちらに明け渡しなさい! さもないと……きっと大きなしっぺ返しをもらうことになります! 」


 自身が捕らわれの身になっていようと、頑なに毅然とした態度を崩さないリトナ。それほどに、〈オオノヅチ〉は本来強大で手に負えないモノなのだ。


「ふふ……月塩泰奈……そっくりだねェ君は……あの月塩菜久瑠にそっくりだ……そうやって立場をわきまえずに上から目線の物言いでェ…………僕に指図するところがなァァァァッ! 」


 野民はさっきまでの、のらりくらりとした態度を一変。目を大きく見開き、充血した眼球を見せつけたかと思えば、一瞬で泰奈との距離を詰めて彼女の髪を掴みあげた。


「ううッ!? 」


 泰奈の毛髪を根こそぎ引き抜かんばかりに力を込める野民、その表情からは人間的な思いやりを一切感じさせず、[恐ろしい]というよりも[不気味]な様相だった。


「よせぇッ! 」


 泰奈が苦しむ姿を見せつけられ、火夏は反射的に飛び出して野民の横腹に向かって体当たりをする。


「ぐへェっ! 」


 野民は突然腹部に強い衝撃を受けたことで、泰奈への暴力は中断され、そのまま床をゴロゴロと転がり「ううううッ! おお? 」と、無様にのたうち回った。


「泰奈さんに触れるな! バカの見本市め! 


 野民達から強く警戒されている波花姉弟と違い、火夏へのマークは疎かだったことが幸いした。直後に武装兵達に取り押さえられたものの、泰奈を一時の苦しみから解放させることには成功した。


「……ま……また貴様かァ! 何度も我々の邪魔をしくさって! 」


「何度だって邪魔してやる! 」


「猿飛火夏……そもそも貴様は招かねざる客だァ! 《ハンター》でも《塩陣使い》でも無いお前には、生かしておく価値が無いことを自覚しろォッ! 」


 野民は白衣の内ポケットから黒いL字型の硬質物を取り出し、それを火夏の額に突きつけた。


「火夏くん! 」「火夏ッ! 」「火夏! 」


 それを見た泰奈達は血の気を引かざるを得なかった。今火夏に突きつけられているのは、紛れもない殺傷兵器、回転式拳銃だったからだ。


「辞世の句を考える時間すら与えェん! 」


 野民は迷いなく撃鉄を引く、後は安直に引き金を引けば十中八九火夏の人生はここで終演を迎える。


 火夏は拘束されて身動きが取れない、苦悶と絶望の表情を浮かべる余裕すらなかった。


「死ねェェェェい! 」


「ダメです! 野民所長! 」


 あと数ミリ引き金を引けば弾丸が発射される。というギリギリのタイミングで、野民の部下の一人が彼の射撃を中断させた。


「邪魔をするなァ! お前も顔面ブチ抜かれたいのかァッ!? 」


 火夏の処刑を中断させられた野民は、その怒りを部下にまで向ける。


「所長! 落ち着いてください! 違うんです! 」


「何が違うんだ!? 」


「今発砲したら、その音で……[アレ]が興奮してしまう恐れがあります! それ故、さしでがましく止めさせていただきました! 申し訳ありません! 」


 部下の説得に、野民はハッ! と何かに気が付いたようで、急いで拳銃を内ポケットに戻した


「……そうか、すぐ近くに[アレ]がいるもんなァ……仕方がないな……ここで銃をぶっ放すワケにはいかんものなァ……」


 あれだけ怒りを発散させていた野民が、おとなしく狂気を収めてしまった。火夏達には、その反応にかえって不気味さを感じ取り、野民達のいう[アレ]がなんなのかが気になって仕方がなかった。


「まぁ……君たちの始末なんていつでも出来るのだからなァ。今はとにかくこの扉の向こう側に、一緒に来てもらおうかァ? 」


 野民は再びリモコンを取り出して、なんらかの操作を施すと、目の前にそびえ立つ扉の内側から、歯車が幾重にも噛み合い駆動するような音が聞こえてきた。おそらく解錠の為の機構が作動しているのだろう。


「火夏くん! 大丈夫? 」


「……はは……大丈夫ッスよ……ちょっとちびりそうになりましたけど……」


 間一髪のところで命を繋いだ火夏。泰奈に声を掛けられても、視線が固まったままで、動揺を隠せていなかった。


「無茶しやがって……」


 リトナは今すぐにでも火夏を助け起こしてやりたいところだったが、お互い野民の部下達に押さえ込まれたままだったので手の出しようがなかった。


「…………リトナさん、ムウさん……オレ、出来ませんでした……」


「何言ってやがる……お前はお前なりに泰奈を守ったじゃねえか」


「そうだ。立派だ火夏……」


 波花姉弟が火夏をねぎらうも、彼は首を横に振り「いえ、違うんですよ……」と答えた。


「は? 」「え? 」


「……季語は入れなきゃダメですよね? ……」 まるで予想の範囲外な火夏の言動に、泰奈達は顔を見合わせた。それはリトナと火夏を取り押さえている武装兵、そして野民も同じ。この場にいる敵も味方も平等に[?マーク]と頭上に浮かばせる。


「え? 火夏くん、何言ってるの? 」


「辞世の句です。アイツが銃を撃とうとする前に考えてました……」


 少しの静寂の後、リトナがどうにか言葉を吐き出した。


「……火夏……お前の思考回路は私達にはとうてい追いつけんよ……」


 火夏のある意味剛胆とも言える一面を垣間見て唖然とする空気の中、解錠が終わった鋼鉄扉は、ゆっくりと左右に開かれ始めた。


「……少しばかり調子を狂わされたが……さァ! 中に入りたまえ」


 武装兵に囲まれながら火夏達は扉の向こう側へと足を踏み入れる。薄暗く、冷え付いた空気が支配する空間……この場所が一体何なのかは全く見当が付かなかった。


「おいカス野郎。私達に何を見せたいってんだ? 」リトナは敵意を剥き出しにして野民を煽る。


「……ま、まァ焦ることはない……少し待ちたまえェ……」


 野民はいちいちリトナに怯えながらも、再び内ポケットからリモコンを取り出すと、それを操作して照明装置を起動させた。


「うっ! 」


 天井からせり出した無数のスポットライトが室内を照らす。火夏達は一瞬その光に眩んでしまうも、徐々に視界が復活してゆっくりと目に光景が写り込む。


「さあァ! 見てくれェ! これこそが我が誉れ高き研究の成果だ! 」


 火夏達が足を踏み入れた場所は、想像していたよりも圧倒的に広く、さきほど進入した《核》保管庫以上とも思えた。


 この部屋を真上から見れば、カマボコのような半円状に作られていて、その曲面部分の壁は水族館を思わせる透明なガラスのような素材で張られている。


「あきれました……まさかこれほどまでなんて……」


 そのガラス壁の向こう側の景色を見た泰奈は反射的に呟いた。そこには50……いや、ゆうに100体は越える数の〈G・スラッグ〉がうごめいていたからだ。


「ふふゥ……驚いてくれたみたいだねェ。ガラスの向こうにいるのは知っての通り、《核》が卵へと再生し、孵化した直後の〈G・スラッグ〉達さァ。ここではこの子達には自由に動き回ってもらって、元気いっぱいに成長してもらっている最中。いわば【スラッグ牧場】! 」


 野民は両手を広げ、ミュージカルを思わせる大げさな素振りで自らの成果を自慢する。


「ふざけやがって……昨日までコイツらの下で働いていたと思うと……反吐をいくら出しても足りねえよ……」


「俺と姉者……いや、日本中の《ハンター》達が命がけで戦っている相手が、こんなスグ近くで量産されているなんてな」


 目の前の信じ難い事実に、波花姉弟の怒りが収まることは無い。


「フフフハハハァァッ! 驚くにはまだ早いぞォ? おい! 」


 野民の指示を受け部下が手持ちの液晶端末を操作する。


 すると、ガラスの奥の部屋に備えられた大砲のような設備から「ズドォォン! 」と、何かしら丸いモノが射出された。


「ごろうじろォ! これが【祖土邑カンパニー】の技術結晶! 《スラッグボール》さァ! 」


 野民が《スラッグボール》と呼んだその球体からはたちまち煙が生じ、卵の殻が割れるように二つに割れ、その中から急激に2m級ものサイズまで成長した〈G・スラッグ〉が現れた。


「我々はねェ……成長した〈G・スラッグ〉を強制的に《核》状態へと戻し、さらにそれを瞬間的に元の〈G・スラッグ〉へと戻す技術を開発したのさ! コレを使えば、いつでもどんな場所にでも〈G・スラッグ〉を発生させるコトが可能になったのだァッ! 」


 野民の説明を聞き、火夏は泰奈と初めて出会った路地裏での出来事を思い出していた。


「そうか……路地裏に突然現れた〈G・スラッグ〉は、この《スラッグボール》を使って発生させていたんだな。それに……さっき倉庫内に現れたヤツも……」


「フフ……ご名答ォ……」


 さらに言えば、あの時泰奈は【祖土邑カンパニー】の人間にワザと後を付けさせ、路地裏に誘い込んでいたのだが、火夏の乱入によって失敗している。


「猿飛火夏……お前さえいなければァ、もっと早く泰奈ちゃんを拉致することが出来たし、そこにいる波花姉弟を巻き添えにすることもなかったのだ」


「どういうことだ? 」


「あの時、泰奈ちゃんが僕の部下を路地裏に誘い込んでいたことは初めから分かっていたァ……というよりも、あえてそうさせたのさァ」


 その言葉を泰奈は聞き捨てることができなかった。


「そんなハズは……たとえそうだったとしても、泰奈があなたたち如きに捕まって……」


 泰奈は喋っている内に言葉を詰まらせしまう。


「そう、現に今捕まっている……なぜ捕まってしまったのかは分かるだろォ? 《塩陣》を使いすぎてパワーを失ったからさァ」


 そう。倉庫内に現れた〈G・スラッグ〉を秒殺する為に泰奈は必要以上に力を使ってしまい、武装兵に抵抗する余力を失ってしまっていた。それが野民の狙いだった。路地裏に誘い込まれた時も、《スラッグボール》を何度も使って泰奈を追い込むつもりだった。


 しかし、火夏が割り込んで《ハンター》への救援信号を送る塩幕手榴弾を爆発させたことにより、その計画は失敗に終わったのだ。


 猿飛火夏は【祖土邑カンパニー】にとって、予想外の動きで翻弄するジョーカーのような存在だった。


「……ご先祖様達が必死になって封印した〈ノヅチ〉で……そんなコトをするなんて……」


「フハッ! そんな君達一族が大切に守っていてくれたおかげで【祖土邑カンパニー】はどんどん発展したんだよォ……ホントに感謝さァ。フハ、フハハ……」


 げびた笑い声をあげながら、野民は部下に指示を促し、液晶端末でなんらかの操作をさせる。


「さて……ここまでご足労いただいたキミ達に、そろそろご褒美をつかわせようじゃないかァ」


 端末の操作が終わると、今度は足下から大がかりな設備を思わせる起動音が発せられ、床の一部が扉の様に左右に開かれ、巨大な球型のカプセルのような物がせりあがってきた。


「嘘……そんな! 」


 泰奈は思わず声を震わせた。そのカプセルの中には2年もの間、ずっと探し求めていた最愛の人物が閉じこめられていたからだ。


「お姉ちゃん……」


 そう。【祖土邑カンパニー】によって捕らえられ、計画の要である《レア・ソルト》を、二年もの間生み出し続けるコトを強いられた泰奈の姉、月塩菜久瑠の姿がそこにあった! 


「この人が……」


 驚いたのはリトナ達も同様。何かしらの液体がなみなみと満たされた透明カプセルの中に、酸素や養分を送っていると思われるケーブルに繋がれた女性が漂っている。意識は無く、こちらの気配にも全く無反応だった。


 腰まで長く伸びた長い髪は泰奈と同じく黒く輝き、全身にはカプセル内での専用着衣と思われる、ウェットスーツに似た物を纏っていた。そのボディラインからは、低身長で出るとこは出ている泰奈とは違い、長身でスレンダーな体型が露わにされ、発育の配分が極端な姉妹だな……などと暢気なことを火夏は考えていた。


「お姉ちゃぁぁぁぁん! 」


 泰奈は姉の姿を視界に入れるや否や、猛牛のような勢いでカプセルの方へと突進しようとした。しかし、両手を塞がれて《塩陣》も封印された状態では、全力の力を振り絞ったところで一人の平凡な十代の女子なのだ。あっけなく野民の部下たちに取り押さえられてしまった。


「う……うぅ……っ! 」


「感動の対面といったところだったかねェ? ま、安心しなよォ。キミにはお姉さんの隣で《レア・ソルト》を作り続ける大役を任せてあげるからねェ。ずっとお姉ちゃんと一緒だよォ」


 野民は怒りに満ちた空気など知ったことかとばかりに、話しを続けた。


「このカプセル内の液体は僕が開発したんだ。塩陣使いの身体から強制的に《レア・ソルト》を抽出する為にね。体表から滲み出た《レア・ソルト》は液体に溶け出し、それを電気分解して《レア・ソルト》だけを取り出す。ここまでのコトを全て僕一人で考え出したのさ。すごいだろォ? 」


「…………おいてめぇ……」


 リトナは野民の自己陶酔に溢れた解説を中断させた。


「あァ……この施設も《スラッグボール》も全部僕が作ったんだよォ」


「んなコト聞いてねぇよ……ハナクソ野郎……頼むからもうその歯垢くせぇ口を閉じてくれねぇか? また……キレちまいそうなんだよ……」


「うん? 君達がそんなに強気な発言を出来る立場かと思っているのかい? 」


「……これ以上泰奈をバカにするんじゃねえぞ……こいつは姉貴の為に全てを投げだしてここまで来たんだ……お前らみてぇな畜生にも劣るゲスに罵る権利はねぇ! 」


 そうだ! そうだ! と火夏がリトナに続いた。


「へェ! そうなんだァ! じゃあ、その減らず口を塞いであげることにしたよォ」


 野民が三度部下に端末を操作させると、ガラスの向こうのスラッグ牧場の床が開き、巨大な影が現れ始めた。


「え……!? でかいっ!」「あれが……あれが言い伝えの……」「ウソ……だろ? 」「冗談じゃねえ……」


 その影は、多くの〈G・スラッグ〉を倒し続けたリトナやムウでさえ圧倒されるスケールだった。さらにそれだけでなく、肉食獣が睨みつける時のような、圧倒的プレッシャーを全身から発散させている。


 これこそ、平安時代に日本を恐怖に陥れた諸悪の根元。凶気の産物! 


「そう! 見てくれよォ! 泰奈ちゃんの神社ではこんなとんでもないモンスターを閉じこめていたんだねェ! 」




『ガグュアアアアアアアアアッ! 』





 ガラスの向こうでは月塩神社にて《核》として封印されていた〈オオノヅチ〉が激しく吠え続けていた。

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