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「第十一章 作戦会議」

「深夜でも結構客がいるモンすね、泰奈さん」


「そうですね……でも、それはかえって好都合です」


 オレ達は〈G・スラッグ〉の粘液や砂埃で汚れた体をすっかりと洗い流し、浴衣に着替えてスーパー銭湯内にあるアミューズメント施設へと足を運んでいた。


『スコーン! 』『カコーン! 』と軽やかな音が響き、歓喜の声が所々で生まれている。


 ここは、多くの人々が重圧感たっぷりの球体を転がし、立ち並ぶ的を次々となぎ倒し続けるという、エキサイティング競技を楽しめる施設……ボウリング場だ。


 オレ達は手続きを済ませ、レーンにある黒いシートへ腰を掛けた。


「オレ、ボウリングなんて久しぶりッスよ……ガキの頃に友達と行ったっきりだなぁ……」


 ズッシリとした球を手にとると、思わず感慨にふけってしまう。


「泰奈は、実は……初めてなんです……」


「そうなんスか? 以外だなぁ。泰奈さんなら一緒に行く友達とかいっぱいいそうなんスけどね」


「幼い頃から神事や《塩陣》の勉強ばかりしてたんで、こういう所に行く機会が無かったんです……その上……学校じゃ巫女だってコトで目立ちたくないから、暗いキャラで通してて友達もいなかったし……夏休みでクラスの女子が全員参加していたハズの旅行にナチュラルに呼ばれていなかったし……アドレスの件数はサッカーチーム以下だし……それに……それに……」


「なんか……すいませんッス……」


 泰奈さんはどんどんと自虐で暗い雰囲気を発散させてしまっていた……触れちゃマズかったところだったのか……


「おい火夏! あんまり泰奈をいじめるんじゃねえよ。〈鯨仮面〉の正体バラすぞ」


 隣のレーンから泰奈さんの傷口をえぐったオレを窘める声。そこにいたのは紛れもなく、波花姉弟が一人、リトナさんだった。その横には無心でボウリングの玉をタオルで磨いているムウさんの姿もある。



 オレと泰奈さん。波花姉弟の二組は、あくまでも[他人同士]という体でこの場所に集っている。その理由はただ一つ、泰奈さんの姉である[月塩菜久瑠]を救出する為の作戦会議を行う為だ。



「よっしゃ、いくぜぇ! 」


 リトナさんは手慣れたフォームでボールを放ると、球は真っ直ぐピンの真ん中に引っ張られるように転がっていき『ガコオオオンゴロゴロ! 』と見事なストライクを決めてみせた。


「さすがッス! 」


 その間に泰奈さんは、液晶タブレットを取り出して一枚の地図データを表示させると、レーンを仕切る背中合わせのシート越しに、それをムウさんに見せていた。


「この地図は……? それに、何か印がついているが……? 」


 地図データには、赤いマーカーが数点、ある場所を取り囲むように付けられている。


「それは、泰奈が調べ上げてお姉ちゃんの居場所を予測したデータです……お姉ちゃんはそのマーカーを全て結んだ中心点にいるのだと思います」


「本当なのか? どうやって調べたんだ? 」


「それは……」


「おい、ムウ! 次はお前の番だぜ! 」


「お……おう」


 泰奈さんの説明の相手はリトナさんに引き継がれ、ムウさんはボールを持ってゆっくりとアプローチに立った。改めて眺めると、ボウリングの球が、少し小さく見えるほどに、ムウさんはデカく、浴衣がピチピチに張り裂けそうになっていた。


「で、泰奈……ここに姉貴がいるって根拠はなんだ? 」


「はい……実は泰奈……【祖土邑カンパニー】系列の武器を取り扱っている店をいくつも回って、そこで売られている《レア・ソルト》の[味]を確かめていたんです」


「あ……味ィ? 」


 リトナさんは先の戦闘で、《レア・ソルト》の溶液を口に含んだことを思い出しているのだろう。ムウさんによれば、〈G・スラッグ〉相手に《レア・ソルト》の毒霧を見舞ったと聞いていた。なんてムチャクチャなコトを……


「《レア・ソルト》には、実を言うとそれを生み出した塩陣使い特有の成分が染み出しているんです。それは使い手によって各々成分が微妙に変わっていて、味にも影響を及ぼします。そしてその味の変化は、時間が経つにつれて徐々に薄まり、わずか20時間でその特徴が無くなって、ただの塩水の味になるんです」


「要するに……《レア・ソルト》には塩陣使いの[出汁]が溶け込んでるってコトか? 」


「まぁ……そういうコトです……」


 ……つまりリトナさんは泰奈さんの姉の出汁を飲んだってコトか……なんだか……いけないコトをしているように思えてきた……


 どことなく背徳感に似た感情が沸き上がるオレに構わず、泰奈さんは説明を続ける。


「それで……店に売られている《レア・ソルト》の中にも、わずかにその……出汁が残っている物があったんです。それを意味することはつまり、その店に置かれた《レア・ソルト》は、そこから近い場所から出荷されているというコトです」


 その説明で、オレは理解した。この地図のマークは多分、その中でも濃い出汁が残っている《レア・ソルト》が売られていた店舗を示す物。


 つまり、それらを線で結んだ場所に、月塩菜久瑠が監禁されている可能性が高いということだ。



『ドグオオオオオンバラバラ!! 』



「な! なんだァ!? 」


 突然、説明を理解したスッキリした脳内を揺さぶるように、けたたましい破壊音がボウリング場に轟く。


 〈G・スラッグ〉か? と思い、とっさに視線を動かしたオレ達の先には、店員に叱られているムウさんのションボリとした姿があった……


「困りますよお客さん! そんなにダイナミックに投げられちゃ! 見てくださいよ! ピンが粉々じゃないですか! 」


「す……すみませんでした……」


 ムウさんの筋力のすさまじさを改めて垣間見た……その屈強な体でなければ、あんなにも大きなライフルを支えることが出来ないのだろう。


「……相変わらず加減がわからんヤツだな……まぁ、とりあえず泰奈もやりなよ」


「え? 何をですか? 」


「ボウリング場なんだから、ボウリングをだよ。少しでも投げてないと怪しまれるだろ? 」


「え……でも……」


「いいからいいから、球をちょいと転がすだけだ。簡単だろ? 」


 とうとうリトナさんの押しに負けてしまい、泰奈さんはぎこちない足取りで「えいっ! 」とボールを放った。


 力なくノロノロと転がる球は、まっすぐと狙いはよかったものの、パワーが足りずに全てを倒しきれず、ピンが2本残る形になってしまった。


「ドンマイッス泰奈さん」


「思ったより難しいですね……でも次こそは……」


 泰奈さんは気合いを入れ直して二投目を投じる。左右両端に一本ずつ残った状態……専門用語で[スネークアイ]と呼ばれるこの残り方は、スペアを取ることがほぼ不可能と言われている。


『スカコーン! 』


 しかし、そんな高難度の挑戦にも関わらず……泰奈さんは器用にこなしてしまった……左のピンを真横に弾いて右のピンにぶつけるという高等テクニック……! これでスペアだ。


「いやぁ……なんとかなりました」


 恥ずかしそうにチョコチョコ歩きで戻る泰奈さんは、小動物的な趣があって、見る者の頬をだらしなくさせた。


「で、火夏」


 緩みかけた表情をキリっと鋭く直したリトナさんが、オレに背を向けながら話しかけてきた。


「は、はい? 」


「お前は……その……言いにくいんだけどよ……」


「はぁ……? 」


 リトナさんが珍しく迷いのある口調で喋っている……一体何だろうか? 


「お前……もう帰ってもいいぞ……」


「………………!? 」


 全く予想外のその言葉に、オレは何一つ言葉を返すことが出来ずに、口をパクパクさせてしまっていた……


「火夏、気を悪くしないでくれ……さっきの戦いでも、お前のおかげで私は無事だったし、復讐も果たせた……本当に感謝してるよ……」


「……リトナさん……オレ、また何かやらかしちゃったんでしょうか? 」


 涙声になってしまったオレに対し、リトナさんは柔らかい口調で説明してくれた。


「そういうワケじゃねぇんだ。ここから先のことは……それなりの覚悟がいるってコトだよ。泰奈は誘拐された姉貴の為……私達は【祖土邑】の真実を知る為……動機があるんだ。火夏……お前はこれ以上クビを突っ込む理由が無いんだ……わかるだろ? それに…………」


「いいじゃないか姉者」


 ムウさんが突然オレ達の会話に割り込み、リトナさんの言葉を遮った。


「ムウ? いいじゃないかってのはどういうことだよ? 」


「火夏が力を貸してくれるって言うんだ。一緒にいてもらおう。今は一人でも多くの同士が必要だ」


「ムウさん! 」


 予想だにしなかった助け船に、オレは声を張り上げてしまった。


「形はどうであれ、あの時……姉者を助ける為に自ら囮になった勇気は本物だ。それは買ってやらねばあるまい」


 オレが女だったら間違いなくムウさんに抱きついていただろう。ここまで自分を肯定してくれた人には、オレは生まれて初めて会ったかもしれない。


「う~ん………ムウがそこまで言うなら…………でも、いいのか火夏? 危険なんだぞ? 」


「承知してるッス! 」


 リトナさんは腕を組んで少し考えつつも、オレにそっと手を差し出してくれた。


「それじゃあ……頼りにすることにするぜ……ただし! 私の前で屁はこくなよ! 絶対! 」


「ありがとうございます! 」


 リトナさんとの握手の感触に、鼓動がリンボーダンスするほどに高まった。


 こうしてオレは、正式に波花姉弟に仲間として認められたのだ。今日はもう、この手を洗わないぞ! 


「あの……火夏さん」


 そんな熱いやり取りの中、泰奈さんが申し訳なさそうに控えめな挙手をして、オレの意識を引いてきた。


「なんスか? 」


「次、キミの番じゃないですか? 」


 泰奈さんはそう言ってボールラックに置かれた球を指さす。


「泰奈さん。それはボウリングの球じゃないッスよ」


「……え? じゃあ何なんですか? 」


 そこにある真っ黒に輝く球体は、オレが持ち込んだ物だった。


「なぁ……オイ……」それを見たリトナさんは……口をワナつかせてその球を凝視する。


「火夏……私の見間違いじゃないよな……? 何で[ソレ]がここにあるんだ? 」


 リトナさんはスグに気が付いたようだ。この球体の正体が何であるかを……


「はい! お察しの通り、〈G・スラッグ〉の《核》で……」


 それは、瞬きすら許されない一瞬の出来事だった……オレがその言葉を言い切る前に、豹のような身のこなしで襲いかかる存在があったのだ……


「おおおおおおお前ェ!! 何やってんだ! どうしたんだ!? その《核》をどこで手に入れやがったんだ!? 」


 オレを押し倒して馬乗りになったリトナさんは、怒っているのか困っているのか、はたまた悲しんでいるのかもわからない表情になっている。ちょっとヤバイ雰囲気……


「あの……その……コレは、さっきの戦いで倒された、〈飛行型〉じゃない方の〈G・スラッグ〉の《核》です……〈飛行型G・スラッグ〉を倒してムウさんと別れた後……逃げる途中で偶然見つけたので、泰奈さんから借りていたリュックにこっそりしまいこんだんです……」


「……どおりでリュックが重いと思ってました……まさか《核》を盗んでたなんて……」


 泰奈さんにそれを伝え忘れていたことは深く反省しています。


「ニュース見ておかしいと思ってたんだよ! 火夏! このバカ野郎! なんでこんなコトしやがった! 《ハンター》以外の人間が無闇に《核》を持ち歩くのは犯罪だぞ! 」


「いや……その……【グローバルスタジアム】で割ってしまったお詫びにと……」


「ッ…………スーパーバカだなおめぇは! 何でそう、別次元のベクトルで凄まじい行動力を発揮するんだこの野郎ッ! 今すぐソレを割っちまうか、ギルドに持って行くかしねえと! 」


 興奮したリトナさんがオレの首に両手の指をくい込ませる……ヤバイ……だんだん頭の中が真っ白に……


「……火夏。これは使えるかもしれんぞ」


 薄れゆく意識の中で、ムウさんの声が聞こえた。


「ム……ムウ!? 何が使えるってんだ? 」


 リトナさんの首締めも緩まり、オレの人生は強制終了されずに済んだようだ……助かった……


「真実を知る為の口実さ」


「ハァ? 」





 ■ ■ ■ ■ ■





「やはり……間違いない。あそこにいる女は、月塩菜久瑠の妹です」


 火夏達4人がボウリング場にて月塩菜久瑠を救出するプランを画策していた頃……その4つほど離れたレーンから彼らの姿を観察している黒服姿の怪しい男がいた……


『今度こそしくじるなよォ……こちとら塩陣使いを拉致る為に、何度もお膳立てしているんだからなァ…………』


「は……はい! 申し訳ありませんでした! 次こそは! 」


 黒服の男はインカムを使って誰かと連絡を取っていたようだ。その相手は、明らかに泰奈を手中に納めたがっている。


『路地裏に誘い込んだ時も〈スラッグボール〉を無駄遣いしくさって! その上娘に逃げられるとはなァ! 今すぐにでもお前のお尻をペンペンしたいところを一生懸命我慢しているんだぞォ? 』


「も……申し訳ありません! あの時は……月塩泰奈にくっついている、あの……よくわからん男に邪魔されてしまって……」


『フン! 言い訳無用! 今度こそ慎重に! ゆっくりと……ミスのないように…………死ぬ気で血を吐く覚悟でやれよォ……』


「はい[局長]……ベストを尽くします! 」





「頼むぞォ……【祖土邑カンパニー】の未来の為になァ……! 」

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