「第十章 結託」
『本日午後8時頃より、【御土牟市】日暮雛通り(ひくるすどおり)に現れた、二体の〈G・スラッグ〉ですが、ギルドより派遣された《ハンター》達の活躍により駆除されました。今回現れた〈飛行型G・スラッグ〉は3年前の観測以来、現れたのは2度目の希少種で、そのデータ採取に期待がかかりましたが、《核》は残念ながら二体とも回収するコトが出来なかったようです。しかし、犠牲者を出すことなく駆除を終えたことで、住民からは〈飛行型G・スラッグ〉を駆除した[二人]の《ハンター》に対して、賞賛の声が絶えません。今回の件について街の声を聞いてみました』
『怖いよねぇ……ナメクジが空を飛んでたんだもん……それだけで気持ち悪いよねぇ……』
『《ハンター》達はもっと早くアイツらを駆除するべきだったよ! おかげでウチのビルは穴だらけのヌルヌルまみれ! もう最悪だよ! 』
『俺は見たんだ……! 《ハンター》とは違う……もう一人のヒーロー……〈鯨仮面〉の姿を……しかとこの目…………
「あーあー、くだらねぇーなぁーもう。誰も死ななかったし、ケガしなかった! いいじゃねぇかそれで! なぁ!? 」
テレビから流れるニュース番組の音声を遮るように、リトナは大声でグチをこぼす。
「そうですよね……《核》がどうのこうのだとかは、そこまで言及する必要はないと思ってます」
「泰奈もそう思うよなぁ? 全くテレビの向こう側の連中ってのはいいもんだぜ! ……でも、はじめに倒した普通の〈G・スラッグ〉の方の《核》は無事だったハズなんだけどな……なんで回収されてないんだ? 」
「〈飛行型〉が現れた時に壊れてしまったのでは? 」
「そうかもな……それじゃ今日だけで3つも《核》をぶっ壊しちゃったってワケか……」
時刻は午後11時20分。
猿飛火夏・月塩泰奈・波花リトナ・ムウ達は、〈飛行型G・スラッグ〉をとの戦闘の疲れを癒すため、深夜まで営業している所謂スーパー銭湯へと赴いていた。
これより三時間ほど前……煙幕の中で敵を倒した直後のコトだ、火夏と泰奈はその姿を見られないようにひっそりと退散しようとしていたところ、ムウに呼び止められ、落ち着いたらこの場所に集まろう。と約束を交わしたのである。
何も戦闘と銭湯をかけてこの場所を選んだワケではない。
火夏と泰奈は、波花姉弟とは無関係の間柄というコトにしなければならない。【祖土邑カンパニー】と因縁がある泰奈と、まさに【祖土邑カンパニー】の支配下で仕事をしている波花姉弟が接触するところを見られてしまうのはあまりよくない。
他人から監視されるコトを避けながら話をするには、その目が及びづらい銭湯の風呂場が最適だ。とムウが判断したのだ。
それなら電話で話をすればいいのに? という疑問も湧くだろうが、【祖土邑カンパニー】は通信会社との繋がりもあり、回線を盗聴される危険性も大いにある。直接会って話をするのが逆に一番安全なのだ。
となれば……裸になることが前提で、録音機器などを持ち込みにくく、かつ、高温多湿で盗聴機の類を仕掛けにくい場所となれば……もう風呂場かサウナしかないのだ。
……というワケで今、泰奈とリトナは二人でサウナ室に入ってその中に設置されているテレビを見ている。これは必然的事象である。
二人とも一糸もまとわない、まさにネイキッドな状態だったが、泰奈は両腕を隠すようにタオルを上から被せていた。すこし不自然な格好だったが、リトナはそれについてあえて口出しをしなかった。触れて欲しくないコトは誰もが持ち合わせていて、無闇にそれについて質問することは失礼だと、彼女は心得ていたからだ。
「それにしても……リトナさん……びっくりしましたよ」
「ん? 何にだ? 」
「戦いが終わった後……気絶したように眠っちゃったじゃないですか? てっきりそのまま明日まで目覚めないと思っていたんですけど……今こうしてサウナ室にいるコトが信じられません……大丈夫なんですか? ケガとか……? 」
「へーきへーき。これくらいよくあるコトだから」
リトナは得意げに鍛え上げられた二の腕を泰奈に見せつける。
「すごい……鍛えてるんですね……」
「まあな。腕だけじゃねえぞ。腹筋だってバキバキに割れてるぜ」
「うわあ……」
泰奈は目を輝かせてショーウィンドウに飾られたトランペットを眺める少年の如く、リトナのスポーティな体つきに見とれてしまっていた。
「お……おい、泰奈……そんなに見られると恥ずかしいぜ……さすがに」
今、このサウナには二人しかいない。だからリトナも泰奈も、周囲の目を気にせず、こういったやりとりを行うことができた。
「あ、す……すみません! つい! 」
無邪気に体を観察され、恥ずかしくなって顔を赤らめてしまったリトナだったが……その時リトナ自身も、体を近づけてきた泰奈の[迫力ある双丘]に目を奪われていたコトも事実であり、ついつい……
「…………でけぇな………」と、心の声を表に出してしまっていた。
「はは……泰奈は[こっち]よりも、リトナさんや、お姉ちゃんみたいに……もっと背が大きくなりたかったです……」
そう言って自身の胸部を隠すように、足を組んで、いわゆる体育座りの体勢になってしまった。
「す……すまん! いや、なんつーか……すげぇ柔らかそうでさ、ついつい見とれちまって……私、鍛えてっからどーしてもそう……フワフワした感じじゃなくなっちまって……って何をいっているんだ私は! 」
なぜか取り乱すリトナを見て、泰奈も思わず笑いをこらえきれずに肩をゆらしてしまう。
その笑顔を見たリトナは、この時になって初めて、自分自身も自然な笑顔になっていたコトに気が付き……心の楔になっていた復讐心から解放されたコトを、改めて実感していた。
そして、今度は目の前にいる少女の重荷を取り去ってやりたい……とリトナは思い始めた。
「泰奈。あんたさ、お姉ちゃんのコトが大好きなんだな……」
「……はい」
「どんな姉貴なんだ? 教えてくれよ」
リトナのその言葉に、泰奈は待ってました! とばかりに得意げな表情で語りはじめた。それだけで彼女のに対する姉への想いを感じさせてくれた。
「お姉ちゃんは、泰奈にとって世界一のお姉ちゃんです! 」
■ ■ ■ ■ ■
……泰奈のお姉ちゃんは、月塩菜久瑠って言います。今はもう……21歳になってます。
両親を早くに亡くした泰奈にとって、親代わりであって……《塩陣》の師匠でもありました。
泰奈と違って、背が高くてスレンダーで格好よくて頭も良くて……みんなから好かれる、パーフェクトな人です。
ただ、たまにちょっと変なところがあって……
『乳授姫大神は、すばらしい神だ……豊穣の証を姉妹平等に授けるコトをせず、その全てを泰奈に託すという英断をしてくれたのだから……おかげで毎日が眼福だよ……フフッ』
だとかよく分からないことを言うことがありました……でも、基本的には強くて優しくて頼りになるお姉ちゃんです。
でも、3年前……
そんなお姉ちゃんと一緒に、実家の神社……【月塩神社】の裏山で《塩陣》の練習をしていた時です。
大きな物音が神社の方で聞こえたので、急いで戻ったら、《オオノヅチの核》が封印されている祠の扉が破壊されていたのです……
まさか!? と思い、駆けつけると、そこには軍人のような風体の人間を引き連れた、白衣の科学者風の男がいました。そして今まさに塩の結晶で封印されている《核》を盗もうとしていたところだったんです。
お姉ちゃんは男達に警告しました……
『ねえ君たち、どこの誰だかわからないけど、ここは立ち入り禁止の場所だぞ? 下品なノックをしたところでここに入る許可はだしてないよ。そしてその《核》は君たちの手に負える代物じゃないんだ、すぐに戻した方がいい。それが出来ないなら……』
お姉ちゃんが力づくで彼らを止めようと《塩陣》の構えに移った次の瞬間、泰奈は背後から忍び寄って来た男の仲間達に拘束されてしまい、人質になってしまって…………
それをきっかけに……祠の中に無数の男達が押し寄せて来て出口を塞ぎ、お姉ちゃんを取り囲んでしまいました……
『妹を助けたければ、協力してくれるかなァ? さもなければ……その可愛らしい巫女ちゃんを二度と直視出来ない体に作り変えちゃうからねェ』と、科学者風の男がお姉ちゃんに脅し掛けました。
……でも、男達のその言動が、色々な意味で最悪な悲劇を生み出してしまいました……
『君たち……分かっているのかな? これは絶対にやってはいけないことだった……《核》を盗むよりも何よりも、絶対にやってはいけないことだよ。つまりだ……その小汚い生ゴミ以下の手で……これ以上泰奈に触れるんじゃねえってコトだッ!! 』
[キレてしまった]お姉ちゃんは……《塩陣》を発動してその場にいる男達を一掃してしまいました……
菜久瑠お姉ちゃんの《塩陣》は、塩の結晶で[ロボット]のような兵士を作り上げ戦わせるスタイルを得意としていました。10体以上の塩兵士によってその場の男達を蹴散らし、泰奈を無事に解放してくれたのですが、相手も一筋縄ではいかず……数にものを言わせてどんどんと援軍を祠に投入してきたのです……
『これはチト骨が折れるね……泰奈、今からお姉ちゃんがするコトを許してほしい』
そう言って、お姉ちゃんは塩兵士に泰奈を担がせ、祠から無理矢理脱出させてくれました……
お姉ちゃんは、祠に残り……100人はいたであろう男達と、たった一人で戦う選択をしたのです……
塩兵士に担がれて山奥まで避難させられた泰奈が、急いで神社に戻った時にはもう遅く……大勢の男達が取り囲んでいて、近寄ることが出来ませんでした【月塩神社】は侵略されてしまったのです……
警察に通報しても取り入ってもらえず……他にも色々な人たちに助けを求めましたが、誰も協力してくれませんでした……後で分かりましたけど、【祖土邑カンパニー】が彼らに圧力をかけていたようです。
それでも泰奈の存在を【祖土邑】に報告せず、無かったことにしてくれたことは非常に助かりましたけども……
そしてその後も何度か、お姉ちゃんを誘拐した男達の仲間と思われる人間に襲われかけ……泰奈は地元を出て、身を隠す決心をしました。
日本には、【月塩神社】と同じように塩の神様[シオツチノオジ]を祀る【塩竃神社】が各地に点在しています。
泰奈はそれをツテに身を潜め、放浪しながら《塩陣》の腕を磨き、お姉ちゃんを誘拐した組織の正体を探りました。
そして、それが【祖土邑カンパニー】だと確信した泰奈は、お姉ちゃんの居場所を探す為にこの【御土牟市】に足を踏み入れたのです。
■ ■ ■ ■ ■
「大変だったんだな……」
泰奈の過去を聞かされたリトナは、彼女の小さな肩に自然と手を置いていた。少しでもその重みを軽くしてやりたい……その想いが無意識に行動に移していた。
「……リトナさん」
「ん? なんだ? 」
「泰奈は……謝らなければいけません……」
非情な運命を背負った巫女の少女は、とうとう体を奮わせて、タピオカを想わせる涙の粒を頬を伝わせてしまう。
「……泰奈達が……《オオノヅチの核》を流出させてしまったばかりに……リトナさんとムウさんのお父様が……ごめんなさい……」
姉への想いのみで突っ走っていた少女は、自分の力不足で多くの人々が傷ついてしまったコトに責任を感じてしまっていた……
「不幸なのは自分ばかりだと勘違いしていました……自分の弱さが招いたことなのに、それをずっと心の奥にしまって気づかないフリをしていました……」
「よせよ泰奈。お前のせいじゃねえ」
リトナは泰奈の体を抱き寄せる。サウナの熱気も気にならないほどに熱く肌を密着させ、その不安を取り去ろうとした。
「悪いのは、お前の姉貴を誘拐した奴らだ……誰もお前を責めやしねぇし……責めさせねぇよ」
「リトナさん……」
「……協力してやるよ……泰奈」
「……協力? 」
「ああ、さっき私達を助けてくれた礼に、お前の姉貴を探すのを手伝ってやるってことだ。それに……私自身この目で直に確かめてぇんだ……【祖土邑カンパニー】が黒幕だってことを。それまではまだ信じられねぇんだ……悪いな」
リトナがそう言うと、泰奈も彼女の体に腕を巻き付ける。
「ありがとうございます……リトナさん……」
「お……おう……気にすんなって! ……えと、泰奈、ちょっと力入れすぎだぜ……」
「ご……ごめんなさい! 」
泰奈から感じる体温が、汗の質感が、サウナの熱気と合わさってリトナの全身から水分を奪い取っていた……すぐさま泰奈はリトナから離れるも、彼女はのぼせる一歩手前まで頭がクラついていた。
「大丈夫ですか? 」
「へへ……平気だぜ……大丈夫……まぁ、改めて……」
リトナは右手を泰奈に差し出した。
「よろしくな、泰奈……最初は色々とヒデェこと言っちゃって悪かったよ……仲良くしようぜ」
泰奈もそれに応じ、柔らかく包み込むように握り返した。
「ううん。泰奈こそ……よろしく……リトナさん」
立場が全く異なる二人に……今こうして新たな友情が育まれ、サウナと共に熱い熱情を生み出していた……
一方その頃……共に大浴場にて体を清めていた火夏とムウはというと……
「あの……ムウさん? 」
「……なんだ? 」
大浴場にて、裸一貫で共に熱い湯に浸かっている二人……時間も遅く、G・スラッグ警報があった為か、客は火夏とムウ以外にほとんどいなかった……
「一つ……聞いてもいいッスか? 」
「ああ」
水が流れる音と、風呂桶と床がぶつかる音だけが支配する空間にて、火夏はムウに対し[とある疑問]を投げつけようとしていた。
「あの……ムウさんは……」
「ああ」
「……風呂場でも……サングラス……なんですね……」
「…………まあな」




