第75話 葬送
■北緯10度30分、東経143度52分、タイタン建設海域
先刻までの騒乱がウソのように凪いだ海に、無数の艦艇が整然と並んでいる。タイタン警備艦隊の艦艇と、合流したA・W遊撃艦隊の船だ。
全ての艦艇は半旗を掲げ、その甲板にはそれぞれの船の乗組員達が直立不動で整列していた。
先の戦闘で犠牲になった戦死者達の葬儀が執り行われているのだ。
A・W-4の逃走後に合流したA・W遊撃艦隊では、被害の大きさに衝撃が走った。その中でも南二尉の戦死が伝えられた駿河は深い悲しみに包まれ、普段ならば多くのクルーで活気に溢れた船内がシンと静まり返っていた。
A・W遊撃艦隊として再編されて以降、初めての作戦中死亡判定……。それが多くのクルーから信頼され、慕われていた南二尉であれば、皆が悲しみに暮れ、船そのものが泣いているように思えるのも当然だ。
恭司は海上自衛隊の白い制服に身を包み、自分と同様に甲板に並び立つ仲間達を見た。皆、沈痛な面持ちで、悲しみに押し潰されまいと歯を食いしばっている。
そうしていると、津川艦長が甲板の縁に進み出て、手に持っていた一輪の花を海に投げ入れた。タイタン警備艦隊の艦艇では、星条旗に包まれた棺が滑り台を伝い、次々に海に落とされる。
船上で死者が出た場合、こうして水葬が執り行われる。亡骸を海に流し、遺影や遺品が遺族のもとに送り届けられるのだ。
しかし日本の場合、水葬を行うには厳しい条件がある。衛生上、遺体の保管が困難である事、水葬を行う船舶が公海上にある事、医師が乗り組んでいる場合、死亡診断書を作成している事……。そういった複数の条件を満たさなければならない。
だが、そもそもの問題として、南二尉の遺体は存在しない。
南二尉はA・W-4に喰われ、そのA・W-4はタイタン建設海域から逃走した。よしんばあの巨大魚を追撃・討伐し、その腹を切り開いたとしても、大量の胃の残留物の中から南二尉の遺体を……その残滓を見つける事は不可能だろう。
本来であれば水葬を行う事も出来ない状態なのだが、『ケジメをつける必要があるだろう』と、津川艦長の計らいで、あくまで『葬儀』ではなく、戦死者に対して哀悼の意を捧げるセレモニーとして、このような場を設けたのだった。
津川艦長が投げ入れた花が、星条旗に包まれた棺が、まるで揺り籠に揺られるように、ゆらゆらと揺れながら波間に消えてゆく。そして『ターン、ターン』という銃声が波間に響いた。それぞれの艦から弔銃が撃たれているのだ。
――――その乾いた銃声は、恭司の耳に残り続けた。
■ヘリ空母駿河、艦橋
戦死者の葬儀を終えた後、クルー達は通常勤務に戻った。駿河でも半舷休息が発令され、当番勤務のクルーが忙しなく働いている。
しかし、皆一様に意気消沈し、以前のような活気は無い。
艦長席に座り、タブレット端末で事務処理を行っている津川艦長も例外ではない。ピンと背筋を伸ばし、威風堂々いつもと変わらぬように振舞ってはいるものの、ブリッジクルー達の目には、老船乗りの姿が少しだけ小さくなったように見えた。
皆が無言でそれぞれの作業を進めていると、扉を開き、艦橋に木崎副長が姿を見せた。
「艦長、ただいま戻りました」
艦長席に歩み寄り、海軍式の脇を締めた敬礼を行う木崎副長。津川艦長は『うむ』と頷き口を開く。
「明日、米本国より対A・W-4用の特殊装備が届く。それを受領後、直ちにA・W-4を追撃する事になった。……ヤツの位置は補足しているな?」
「ハッ! 北海道沖でA・W-4に設置した追尾ビーコンは既に機能を停止していますが、南二尉がヤツの腹の中で起動した救難ビーコンの信号を追尾しています」
八式や米海軍のハンマーヘッドなどのDSCV、そして民間用のDSMVには、戦闘による損傷や作業中の事故などによって漂流してしまった場合に備え、コクピット内にサバイバルキットが常備されている。
応急手当程度が可能な医療品と数日分の食糧、そしてSOSを発信する救難ビーコンがセットになったものだ。
南二尉はA・W-4に喰われ、その腹の中で咄嗟にサバイバルキットの救難ビーコン発信機を起動していたらしい。
タイタン警備艦隊と合流し、021の救難信号が発信されている事に気付いたA・W遊撃艦隊は、それ以降UAVを使い、その信号を常時監視していた。
「君、A・W-4の現在位置を表示してくれ」
木崎副長がブリッジクルーの一人に命じると、艦橋の大型モニターに周辺の海図が表示される。そして、A・W-4を示す光点がタイタン建設海域より南東方向30海里程のポイントに点灯する。
「今のところ、A・W-4はこのポイントに留まっています。直接腹の中で解放されたオムニトキシンが効いているのか……或いは、再度タイタンを狙うつもりでコチラの様子を窺っているのか……」
木崎副長の説明を聞き、老船乗りはおもむろに自身の髭を右手で撫でつけた。
「動きが無いのであれば、こちらから出向いて討伐するまでだよ。話は変わるが、南二尉の……いや、南三佐の二階級特進が決まった」
そう言いながら、津川艦長は持っていたタブレット端末を木崎副長に手渡した。木崎副長が画面を覗き込むと、そこには防衛省からの電文が表示されていた。『南健蔵二尉の作戦中死亡を確認、二階級特進を決定』と言う内容の簡潔な通知だ。
その電文を見た木崎副長は思わず目を閉じた。艦隊が合流した後、022及び023の戦闘データから、021がA・W-4に喰われる瞬間の映像を確認した。そして先程、葬儀の体裁は取らなかったが、南二尉を弔った。
そして今、南二尉の二階級特進を知らせる通知を受け取った。
その度に仲間の死を……その現実を何度も何度も『目を背けるな』と、突き付けられているように思えるのだ。
そんな木崎副長の様子を暫し見守った後、津川艦長が問う。
「副長、例の物は見つけてくれたか?」
「は、ハッ! これです。確認をお願いします」
木崎副長は僅かに慌てつつ胸ポケットから一通の封書を取り出し、津川艦長に手渡した。飾り気のない、純白の封筒。その裏面には几帳面な文字で『南健蔵二尉記す、皆へ』と書かれている。
「雑用を押し付けてすまないな、副長」
そう言いながら、津川艦長はその封筒を受け取った。
資源不況が深刻化して以降、書類のやり取りはほぼ全てメールに置き換わった。その為、乗組員はタブレット端末などの個人通信用端末を『装備』として貸与されている。
しかし、今でも僅かではあるが紙媒体は使用されていた。法律上紙媒体での契約書が必要とされる取引や、資産である有価証券類、そして――――――遺書などだ。
かつて日本が『平和』という幻想の中で微睡んでいた頃、自衛隊の海外派遣に際し、現場の自衛官が上官から遺書の作成を強要されるという出来事があった(『強要』が適切な言葉であるかは定かではない)。これは当時の防衛省、そして国会でも大いに問題になったのだが…………スプラトリー海戦の勃発がそんな平和幻想を吹き飛ばし、血生臭い現実をまざまざと突き付けた。
以降、海外派遣の有無にかかわらず、上官の命令の有無にかかわらず、自衛官は予め遺書をしたためておくのが慣例となっていた。
津川艦長は右手に持った遺書に向かい、神仏に祈るように左手を顔の前に立てて黙祷する。そして、丁寧に封を開き、南三佐の遺書に目を通し始めた。
一言も発する事無く、遺書を読み進めてゆく老船乗り。艦橋内の空気はピンと張り詰め、時間すらいつもよりゆっくり流れているような気さえする。
暫しの後、津川艦長は『ふう』と一息つくと、遺書を丁重に封筒の中に戻した。そして、再び木崎副長に問う。
「同じ第2小隊の宗像三尉と真道三尉の様子はどうだ?」
「はい、やはりショックが大きいようで……メンタル面でのケアが必要かと。目の前で仲間を失ったのですから、無理もないのですが…………」
木崎副長がそう答える。すると、津川艦長は『よいしょ』と自席から立ち上がり、木崎副長の肩を叩いた。
「副長。すまないが、少しの間ここを頼む。ちょっとばかり『散歩』をしてくるよ」
そう言うと老船乗りは南三佐の遺書を携え、艦橋を後にした。




