第72話 不退転の戦場で
『うおおおぉぉぉ――――――ッ!? 怖えぇっス! 滅茶苦茶怖えぇぇ――――ッ!!』
八式のコクピットの中、無線から022……宗像三尉の絶叫が響く。駿河を『飛び立って』からこっち、ずっとこの調子だ。
どうも宗像三尉は飛行機などの『空を飛ぶ乗り物』が苦手らしい。
駿河の第2戦闘艇小隊とエンタープライズのガーフィッシュ隊計6機は、1機につき2機のオスプレイによって吊り下げられ、洋上を飛行していた。八式のメインカメラを下方に向けると、キラキラと輝く海面がモニターに映る。普段の作戦行動ではまずお目にかかれない光景だ。
後部座席のイヴは、恭司の肩越しにモニターに映る光景を食い入るように見つめている。
恭司はイヴの様子を気にしつつ、八式のメインカメラを正面方向に戻す。すると、今度はゆるやかに弧を描く水平線が目に入った。この水平線の先で、今まさにA・W-4とタイタン警備艦隊がぶつかろうとしている……。恭司の表情は自然と厳しくなり――――。
『ぎゃあぁぁぁぁ――――――っス!!』
――――直後、再び無線から響いた宗像三尉の悲鳴を聞き、恭司は顔を盛大に顰めた。
仲間の意外な一面を知り驚くと同時に、GLFとの戦闘後だというのに『ぎゃあぎゃあ』と騒ぎ続けられるその体力に若干呆れる。恭司が溜息を吐き出し、宗像三尉に落ち着くよう声をかけようとした時、今度は021……南二尉の声が無線から聞こえて来た。
『022、少し落ち着かんか! そんな調子では身が持たんぞ!』
『そんなこと言ったって隊長! DSCVで空を飛ぶなんて無茶っスよ!! ――――おわッ!? 揺れ、揺れれれッ!!?』
突然の横風に煽られ、オスプレイから吊るされている機体が揺れる。『これは確かに怖いな』と恭司も思う。しかし、この状況で一番危険なのはDSCVを運搬しているオスプレイだ。
最悪、DSCVは海に落ちてしまっても自力航行が可能だ。だが、オスプレイは墜落してしまったらそれで『終わり』なのだ。
そもそも、2機一組で1機のDSCVを牽引ワイヤーで吊り下げるという非常に高度で危険な曲芸まがいの飛び方をしているのだ。今もオスプレイのコクピットでは、機長と副操縦士が懸命にバランスを保ち、蜘蛛の糸で綱渡りをするような機体コントロールを行っているはずだ。
そんな事を考えていると、今度は別の声が無線を介して恭司の耳朶を震わせた。
『ガーフィッシュ1よりスルガ第2小隊へ。随分と賑やかじゃないか。022、空の旅はお気に召さないか?』
『召さないっス! ていうか、なんでそんなに落ち着いてられるんスか!? こんなの無茶苦茶っスよッ!!』
苦笑交じりのマディガン大尉の問いに、間髪入れず叫び返す宗像三尉。よほどテンパっているようで、米海軍と海上自衛隊……所属は違えど友軍の大尉に素の言葉遣いで答えてしまっている。
無線から南二尉の深い溜息が聞こえて来たが、マディガン大尉は特に気にした様子もなく楽し気に笑う。
『ハッハッハ! 確かに、DSCVの空挺降下による作戦海域への緊急展開ってのは実施するのは初めてだが、実を言えばスプラトリーの時に作戦計画だけはあったんだよ』
『マジっスか!?』
宗像三尉が驚く。恭司も初めて耳にする話に興味が湧く。
『おう、マジもマジ。ただ、当時は制空権の問題があったんで実行はされなかったんだが……DSCVの空輸、空挺降下自体は可能だと結論が出てる。あれからDSCVもオスプレイもマイナーチェンジされて性能は上がってるんだ、何も心配ないさ』
流石、スプラトリー海戦に参加した最古参のアビスウォーカーである。南二尉が感心しきりと言った声音で答えた。
『スプラトリーは資料などで見るより激戦だったという事ですね。そういえば、現在準備中の対A・W-4用の新装備……マディガン大尉の発案と聞いていますが、それもスプラトリーの?』
『ああ。特殊部隊なんかが強行突入する時に使う、ドアノブを吹き飛ばす小型爆薬があるだろ? アレをデカくして水中で使えるようにしたモンだ。敵の水中構造物……港やら防波堤やら橋げたやらをぶっ飛ばす為の『水中用バンカーバスター』って感じだな。まあ、スプラトリーは初めてDSCVが使われた戦争だったからな、現場で色々と試行錯誤したのさ』
そこまで話すと、マディガン大尉は『ふぅ』と深く溜息をついた。
『装備の申請はしたが、直後にこの騒ぎだからな……流石に今回は間に合わない。一応、インジェクション・パイルを抱えちゃいるが、コイツが通用しないのは先刻証明済みだ。今回の作戦目的は、あのデカブツの撃破じゃない。タイタンの防衛だ。どうにかアイツを追っ払えれば、それで俺達の勝ちだ。総員、無茶はするなよ、いいな!?』
最後は語気を強め、マディガン大尉が念押しする。次々と『了解!』という返事が無線を通して聞こえ、恭司もそれに倣った。
『シーガル1より全アビスウォーカーへ。A・W-4とタイタンを肉眼で確認した! どうやらギリギリ間に合いそうだ!!』
直後、DSCVを空輸しているオスプレイ――――シーガル隊1番機から無線が入る。慌てて八式のメインカメラを操作すると、前方の海上に、まるで海を割らんばかりの波濤をたてて進むA・W-4と、さらにその向こう、天を衝く巨塔の影がうっすらと確認できた。
『このままA・W-4を追い越して警備艦隊の前面に降ろすぞ! タイタン警備艦隊、ロナルド・レーガン戦闘群司令部指揮所へ、こちらA・W遊撃艦隊エンタープライズ所属シーガル1! 助っ人を運んで来た! ……ようし、ゲストの皆さま、パラシュートの装着はお済みですか? 牽引ワイヤー切り離し用意ッ!!』
シーガル1の怒声が響く。少しの後、オスプレイとDSCVを結ぶ牽引ワイヤーが切り離され、恭司達を自由落下の浮遊感が包み込む。その最中――――。
『ちょ、待っ!? パラシュートなんて着けてないっスよおおおおぉぉぉぉ――――!!!』
宗像三尉の絹を裂くような絶叫に、その場に居る全員が一様に顔を顰めた。
A・W遊撃艦隊からの先遣隊……6機のDSCVは、盛大な水柱を立てて着水する。
■タイタン建設海域、深度30メートル
『今の音はなんだ!? A・Wか!?』
人工島……タイタン・フットを背に海中で展開する警備艦隊所属のハンマーヘッド部隊が、突然響き渡った轟音に騒然とする。A・Wという化け物が迫っている中、ただでさえ神経質になっているのだ。これ以上、不測の事態など願い下げだ。
そこへ、旗艦ロナルド・レーガンからの通信が届く。
『展開中の全艦艇、全DSCVへ。A・W遊撃艦隊から先遣隊が到着! 協同してA・Wに対処するッ!!』
『はぁ!? 先遣隊って……DSCVが6機だけだとッ!? そんなんじゃ、何の『足し』にもならねぇだろうがッ!!』
ロナルド・レーガンTFCCから送られてきたデータを見て、ハンマーヘッドの1機が声を荒げる。迫って来ているA・Wは、米海軍の正規空母――ロナルド・レーガンすら凌ぐ巨体だ。確かに、DSCVの2個小隊程度の増援ではどうにもならないと思うのも無理はない。
しかし、別のハンマーヘッドが驚きを露にして叫ぶ。
『いや、ちょっと待て! エンタープライズのガーフィッシュ隊と……スルガの第2小隊!? 『化け物殺しの第2小隊』かッ!?』
送られてきた増援の正体を知り、タイタン警備艦隊の総員がざわめく。既に3体のA・Wを葬った最精鋭の到着は、彼等の不安を払拭する。
■
『随分と期待されちまってるな……。全機、さっきも言ったが、今回はヤツを追い払えればそれでいい! 雰囲気にのまれて無茶な事はするなよッ!』
マディガン大尉の号令が飛び、次いで南二尉が叫ぶ。
『正面、A・W-4の航行音を確認! 急速接近中ッ!!』
『よし! タイタン警備艦隊へ、先陣は任せてもらう! 全機、戦闘用意ッ!!』
再び、マディガン大尉の命令。恭司は『了解!』と叫び、そして後部座席のイヴを振り返る。
「行くぞ、イヴ!」
「うんッ!」
褐色の少女は胸の前でガッツポーズを決め、大きく頷いた。
――――背後には死守するべき希望の塔。手にするのは、通用しない事が分かっている頼りない刃。そして、敵はあまりにも凶悪・強大。
かつてない過酷な条件の中。不退転の戦場で、彼等はA・W-4との再戦に臨む。




