第65話 敵と敵と、そして敵
■A・W遊撃艦隊、ヘリ空母駿河、医務室
光の届かぬ深淵から浮かび上がるように、遥か彼方から差し込む光に吸い込まれるように、恭司は少しずつ意識を取り戻す。自身のうめき声と共に覚醒した恭司の目に映ったのは、見慣れた駿河医務室の天井だった。
『医務室で目覚めるのも何度目だろうか?』などと思いつつベッドの上で上体を起こす恭司。すると、その物音を聞きつけた中村医官が仕切りのカーテンを開き顔を見せた。
「もう目が覚めたの? 意識を失ってから3時間くらいしか経ってないけど……。具合はどう?」
心配そうな表情を浮かべ、そう聞いて来る中村医官。恭司は意識の靄を払うために軽く頭を振る。
「まだ……身体が重い感じです。あの、イヴは?」
それまでの表情とは一転、今度は呆れたような表情を浮かべ、中村医官は口を開いた。
「真っ先に他人の心配が出来るのは美徳だと思うけど、今は私や皆が居るんだから、まず自分の身を大事にしなさい。イヴちゃんなら隣で寝てるわ」
そう言うと、中村医官はさらに奥のカーテンの仕切りを指さす。イヴは余程深く寝入っているのか、呼吸音も、身じろぎする衣擦れの音も聞こえてこない。
「何かあったの?」
再度、中村医官が問う。『イヴとの間に何かあったのか?』という問いだ。
「アイツ、『ゴメン』って謝ってきたんですよ。A・Wを倒せなかったことに責任を感じてるみたいで……。イヴが悪い訳じゃないんですが……」
八式のコクピット内での出来事をかいつまんで話す恭司。それを聞いた中村医官は『なるほどね』と呟いた。
「確かにイヴちゃんは悪くない。A・Wの力がこちらの想定を上回っていただけよ。その『最悪』を想定できなかった責任は、私達自衛隊と米軍に帰するのだけど…………」
中村医官はそこで一旦言葉を切り、首を横に振る。
「私達にとってA・Wを倒すことは、誤解を恐れずに言えば職務……仕事でしかない。けど、イヴちゃんにとってA・Wを倒すことは『おとーさん』から託された使命だもの。……更に言えば、たった一人生き残ったネーレイスのイヴちゃんにとって、その使命は他の姉妹達から引き継いだものでもある……。人一倍責任を感じるのは当然の事なのかも知れないわ」
中村医官はそう言うと、自身の言葉をため息で締めくくった。恭司は自然と両手を握りしめる。あんな、イヴの憔悴した表情などもう見たくはなかった。
「アイツを倒すには、どうすれば…………」
そう呟いた恭司に、中村医官は再び呆れた表情を向ける。
「それは現場の一自衛官にどうこう出来る問題じゃないわ。何度も言ってるでしょう? 周りを頼りなさい。今、偉い人達が知恵を絞ってるわ。貴方は休むことに集中しなさい」
そう言うと、中村医官は恭司を無理矢理ベッドに寝かしつけた。
■空母エンタープライズ、戦闘群司令部指揮所
A・Wを追跡中の遊撃艦隊。その旗艦エンタープライズのTFCC内で、煌々と光を放つ壁面大型スクリーンにウェルズ司令とジョンソン艦長が向き合っている。スクリーンに映るのはワシントンD.C.のマッケンジー大統領補佐官だ。
ウェルズ司令とジョンソン艦長は共に厳しい表情を浮かべている……。今しがたマッケンジー補佐官より、極東地域の海運アライアンスの要求と、それに対してアメリカ政府が取り付けた要求を取り下げる交換条件の説明を受けたためだ。
ウェルズ司令が眉間に皺を寄せながら口を開いた。
「『ついに』……と、言ったところですか。しかし、タイミングが悪過ぎる。既に報告していますが、現状、A・W-4に対する有効打がありません。それに、相手はA・Wだけではありません」
司令が傍らに立つジョンソン艦長を見る。艦長は無言で頷くと、右手に持っている筒状の物体を壁面スクリーンに向かって掲げて見せた。その様子は、スクリーン下部のカメラからデータリンクを介してリアルタイムでワシントンに伝わる。
その『筒』は金属製、大きさはちょうど1.5リットルの飲料用ペットボトル程度だ。マッケンジー補佐官はそれを見て首を傾げた。
『それは?』
「GLFの航空機がA・Wを誘導するために投下したモノです。航行中に内火艇で回収しました」
内火艇とは艦載のモーターボートの事だ。艦艇同士、又は港湾とのちょっとした(いちいちヘリを飛ばすまでもない)人員や物資の運搬、そして連絡用途など、多岐にわたり利用される『小回りの利く便利な足』である。
それは兎も角、ジョンソン艦長はその鉄製の筒を左手に持ち替えると、水筒の蓋を開けるようにして筒の片側を捻る。すると、まさに水筒のように口が開く。
続けて、艦長は筒の中に収められていた何らかの機械を取り出して見せた。基盤と配線が剥き出しの明らかにあり合わせで作られた何らかの装置。そのパーツの中で一番大きく目立っているのが『スピーカー』だ。これだけは既製品らしく、作りがしっかりしている。
「このスピーカーを見ての通り、これは手製のアクティブ・ソノブイです。一定間隔でメモリー内の『ある音』を繰り返し発信するよう回路が組まれています」
『ある音というのは?』
マッケンジー補佐官が問う。ジョンソン艦長は中身を筒に戻しつつ答える。
「解析したところ、A・W-4が沈めたハーマン・メルヴィル号と同型船の航行音が保存されていました。GLFがこのデータをどこから手に入れたのかは不明ですが、今はデータの入手手段よりも目を向けるべき問題があります」
『アニング女史が指摘した、A・W-4が大型貨物船の航行音に反応する可能性――その情報はまだ一般には公開されていない。……GLFに情報が洩れているという事か』
マッケンジー補佐官が言葉を引き継ぎ、ジョンソン艦長は『はい』と大きく頷いた。
A・W-4が大型貨物船を『エサ』と認識し、その航行音に誘引されるという情報は、アニング博士がこれまでの状況から導き出した推論に過ぎず、そのため一般公開されてはいなかった。図らずも、GLFが彼女の推論が正しい事を証明した格好になるのだが…………問題は『GLFはその情報を何処から入手したのか?』という事だった。
アニング博士の推測を知っているのは日米両国政府の一握り、そして同じく日米両国の情報組織と――――A・W遊撃艦隊の乗員のみだ。
『この状況で内通者か。全く次から次へと…………』
画面の中で頭を抱える老紳士。ウェルズ司令もジョンソン艦長も、同じように頭を抱えたい思いで一杯だ。
マッケンジー補佐官は『フゥ』と一つ深呼吸すると、軽く頭を振って口を開いた。
『まずはA・Wへの対応だ。こちらもGLFのやり方を真似て、A・W-4を既存の航路から引き剥がすことは可能だと思うか?』
マッケンジー補佐官の質問、ウェルズ司令は首を横に振る。
「可能ではあるでしょう。しかし、GLFが同じ手を使っている以上、A・Wがどちらのアクティブ・ソノブイに釣られるのか、或いは全く違った反応を示すのか……不確定要素が多すぎます。確実なのは、各国と連携しGLFの動きを徹底監視する事、そしてA・Wの撃破だと考えます」
『撃破……。しかし、貴官が今言った通り有効な手段がない。いっそ核魚雷でも撃ち込んでみるか?』
冗談めかした口調ではあったが、今の老紳士の言葉で、アメリカ政府が核使用のオプションを除外していない事をウェルズ司令は悟った。
大っぴらになれば大問題になるマッケンジー補佐官の発言を、ウェルズ司令はわざとらしい咳払いひとつで受け流した。
「確かに『現状』有効な手段はありません。しかし、一つアイディアがあります。本艦所属のアビスウォーカー、マディガン大尉の発案で……いや、正確には昔あった計画の焼き直しなのですが…………なにぶん時間が無く、キッチリまとまってはいませんが、資料を送ります」
ウェルズ司令は自身が腰を下ろす司令官席のコンソールパネルを操作する。すると、マッケンジー補佐官の傍らにあるノートPCからメールの着信音が響いた。
『これは……スプラトリー海戦時の資料か。『カエルの産卵作戦』? 水中設備破壊用の特殊装備? 成程、確かに使えるかもしれんな。まだモノが残っているかどうか分らんが、もし製造するにしても設計資料があるのならすぐに取り掛かれる。至急手配しよう!』
スクリーンの中の老紳士は大きく頷いた。




