第63話 グレート・シングを追え!
■空母エンタープライズ、戦闘群司令部指揮所
「A・W-4、本艦に接近ッ!」
巨大魚――A・W-4との戦闘の最中、予想だにしなかったGLFの介入によって色めき立つTFCC。その喧騒を押しのけるように、クルーの一人が叫ぶ。大型スクリーンに映るUAVや艦外カメラの映像を見ると、確かにA・W-4が背ビレを海上に出し、大津波と見紛う程の波濤をたててエンタープライズに迫っていた。
「ブリッジッ! 面舵いっぱい! 揺れるぞ、総員何かに掴まれッ!!」
すかさずジョンソン艦長が命令を飛ばし、ブリッジクルーが舵を切る。ほぼ同時に、A・W-4がエンタープライズの左舷を掠めるように通り過ぎる。巨大魚が巻き上げる波に煽られ、全長330メートル超、排水量10万トンを超える正規空母が渓流に落ちた木の葉のように揺さぶられた。
船体が発する『ギギィ』という不気味な軋み音に顔を顰めながら、ウェルズ司令が叫ぶ。
「チッ、デカブツめッ! 各セクション損害報告!!」
「飛行甲板、格納庫損害無し!」
「ブリッジ及び機関部、問題ありませんッ!」
「艦内で数名が転倒し負傷した以外は目立った被害はありません!」
次々に上がって来る報告を聞き、ウェルズ司令は『よし』と頷いた。
「連中、何のつもりか知らんが、我々を助けた訳ではあるまい。DSCV隊を呼び戻せ! 収容完了次第、艦隊進路反転! A・W-4とGLFを追跡するッ!!」
ウェルズ司令の号令を受け、クルー達が一斉に動き出す。その中で、UAVのオペレーションを担当していたクルーが口を開いた。
「不明航空機を追跡しているUAVはどうしますか? 燃料にはまだ余裕がありますが……」
長時間飛行が可能なUAVだが、その用途は偵察や哨戒であり、運用面での柔軟性に欠ける。更に、現在GLFの航空機を追跡しているUAVは対A・W戦闘を見越して、空中投下型魚雷やソナーなどの対潜装備を抱えている。対空用途に使えるのは自衛用の機銃だけだ。
相手を威嚇し、直近の空港に強制着陸させるような柔軟な運用には向かないのだ。
すかさず、ジョンソン艦長が意見具申する。
「UAVは呼び戻し、ニホン政府に支援を要請しましょう。ここからであればミサワの航空自衛隊がスクランブルすれば最短で捕捉できます」
「よし。太平洋艦隊司令部を通してニホン政府へ情報提供と支援要請を、至急だ!」
ウェルズ司令の命令が飛び、通信担当のクルーが通信回線を開く。
■ヘリ空母駿河
第2小隊3番機……恭司達は駿河甲板上のクレーンで吊り上げられ、収容される順番を波に揺られながら待っていた。
GLFの航空機によって『釣られ』、南下しているA・W-4の追跡命令が出ているのだが、DSCVの収容作業にはどうしても時間がかかる。これがDSCV運用を視野に入れて設計・建造された新鋭艦であれば、収容作業はもっとスムーズに済むのだろうが……こればかりはどうしようもない。
逸る気持ちを抑え込み、恭司は上体ごと首を捻って後部補助座席を振り返る。先刻からイヴの苦し気な呼吸がコクピット内に響いていた。
イヴは補助座席にぐったりと身体を預け、眉間に皺を寄せ、額に頬に大粒の汗が幾筋も伝っていた。明らかに消耗している……間違いなく、今までの戦いよりも。
『それだけ、あの巨大魚が手強い相手という事なのか?』――――そんな考えが恭司の脳裏を過った時、彼の視線に気づいたイヴが荒い呼吸の合間、途切れ途切れに消え入りそうな言葉を紡いだ。
「キョ……ジ、ごめ…………なさい。あの絶ぼ……強……くて」
「違う、イヴのせいじゃない。すぐにヤツを追うから、今はゆっくり休むんだ」
イヴの苦しそうな姿を見ていられず、恭司は彼女の言葉を遮って休むように声をかける。すると、イヴは一際大きく息を吐いた後、糸が切れたように意識を失った。僅かに肩が上下している様子を見るに、眠ったようだった。
(そうだ、イヴのせいじゃない。イヴは巫女の力でA・Wの動きを鈍らせてチャンスを作ってくれた。ヤツに逃げられたのは、そのチャンスをモノに出来なかった俺達の責任だ……)
駿河の格納庫に収容された八式のコクピットの中で、恭司は自責の念から無意識に唇を噛んだ。そして、自身も『歌』の副作用で酷い倦怠感に苛まれながら、イヴを優しく抱き上げ、コクピットを出る。
格納庫で待機してくれていた中村医官にイヴを預けると、恭司もその場に崩れ落ちるようにして意識を失った。
■北緯40度7分、東経143度50分、太平洋上、上空200メートル
A・W遊撃艦隊からの支援要請を受け、航空自衛隊三沢基地から緊急発進した2機の戦闘機が海に影を落としながら飛んでゆく。三沢基地所属の第302飛行隊――『ウィザード隊』のF-35Jだ。
ウィザード隊1番機のパイロット、柴田二尉はレーダーを確認する。事前情報にあったGLFと思われる航空機が光点として表示されていた。相手は民間で使われるレシプロ機、直ぐに追いつき、目視確認できるだろう。
柴田二尉が所属不明航空機への対処マニュアルを頭の中で再確認していると、ヘルメットのヘッドセットから2番機パイロット――舘二尉の声が響いた。
『ユージ、下を見ろ! A・Wだ、なんてデカさだ!!』
無線越しでも舘二尉が驚いているのが分かる。それは柴田二尉も同じだ。
『ああタカ、こっちも確認した。AncientWilds……古代生物なんて言うから恐竜の親戚みたいなもんだと思ってたが、まるっきり怪獣だな』
無線でそんなやり取りをする二人。
彼等が口にする互いの呼び名はTACネーム――――所謂あだ名だ。
刹那の判断が即生き死にに繋がる空中戦において、悠長に仲間の名を『〇〇二尉』などと呼ぶ暇はない。同時に、無線でのやり取りをする上で聞き間違いを防ぐために、戦闘機のパイロットはお互いをニックネームで呼び合う非公式なルールがあった。
柴田二尉と舘二尉は、往年の名作刑事ドラマの主人公コンビと同じ苗字という事で、それにあやかったTACネームを使っている。
『北空方面隊戦闘指揮所よりウィザード隊、目標航空機を即時撃墜せよ。繰り返す、即時撃墜せよ』
A・Wの巨大さに驚いている最中、突如無線から流れて来たSOCからの命令に、ウィザード隊の二人は再度驚いた。
『……タカ、今の聞き間違いじゃないよな?』
通常、領空侵犯機への対処は(今追いかけている航空機は日本国内から上がった民間機だが)無線での呼びかけから始まり、侵犯機の進路を塞ぐ、機体を揺さぶって誘導に従うよう知らせる等……そういった警告行動にも相手が従わない場合、ようやく警告射撃、そして撃墜命令が下るのだ。
だが、SOCからの命令は『即時撃墜』――――。ベテランのパイロットでも……いや、ベテランであれば尚更命令内容を疑問に思うだろう。
『ああ、即時撃墜って聞こえたぜ。待て、SOCに確認する』
そう言うと、舘二尉はSOCと交信する。
『ウィザード2よりSOC、命令は即時撃墜で間違いないか?』
『北空SOCよりウィザード隊、即時撃墜だ! 不明機の進路上およそ450キロ先に大型の貨物船が居る! これ以上近づけさせるなッ!!』
SOCの説明を聞き、二人の血の気が一気に引いた。不明機は只管南下し続けている。
ここから450キロ南と言えば千葉県沖だ。その貨物船がA・W-4と接触した場合、沈められる貨物船そのものの被害もさることながら、首都圏の眼前で『まさに怪獣』と評した化け物が暴れれば、その衝撃は計り知れないだろう。
『クソッ! GLFの連中、日本近海を航行中の船の位置まで把握した上でこんなマネをッ!?』
柴田二尉は『ギシリ』と奥歯を強く噛み締めた。




