第4話 パンドラの日
「照準……よしッ! 対魚雷用散弾機雷発射!!」
恭司がコントロールパネルを叩くと『シュゴッ!』とくぐもった音を立てて、八式肩部のランチャーからATSMが撃ち出される。海中に気泡の航跡を残しながら子爆弾に肉薄したATSMは信管を作動、爆発と共に散弾を撒き散らす。
「ATSM起爆確認、子爆弾残り16…………ッ!?」
なんとか1発の子爆弾を処理したところで、八式のソナーが再び爆発の振動を捉える。その後、ソナーが補足した子爆弾は更に弾数を減らし14発になっていた。021か022が発射したATSMが子爆弾に命中したようだ。首尾の良い滑り出し……だが、問題はここからだ。
爆発の余波は残った子爆弾を翻弄し、こちらの照準を惑わせる。
「チッ! 思った以上に爆弾が散らばるッ!!」
上方から下方に向け機雷を撃ち出し、踊る爆弾を撃ち落とす……。強引な表現になるが、光の乏しい水中で3次元のビリヤードをやっているようなモノだ。それだけでも凄まじい難易度だが、元より手持ちのATSMは不足な上、更には時間制限まである。
またソナーが爆発音を捉え、子爆弾の反応が一つ消えた。
「子爆弾残数13! 現在深度1200……ッ!」
深海層攻撃用の特殊仕様なのか、かなりのスピードで沈んでゆく子爆弾に必死に追い縋りながら、恭司は再度ATSMの照準を合わせ……発射。また爆音が響き、子爆弾の反応が更に一つ消える。
「残数12ッ! 深度2000……これじゃ海底到達までに間に合わない!」
恭司の心中に焦りが芽生える。そして、その焦りは彼の判断力を鈍らせ、手元を狂わせた。発射したATSMが想定したコースを逸れ、子爆弾を巻き込むことなく空しく爆音を響かせる。
「…………ッ!!」
021と022の奮闘もあり、残る子爆弾は2つ……。しかし、皆もうATSMを撃ち尽くしたのか、発射音も爆音ももはや聞こえず、子爆弾はするすると海底めがけて沈んでゆく。
恭司は八式のウォータージェットノズルを操作し子爆弾を追いかける。『カァン!』と仲間が放った探信音が響いた、『追うな』という警告なのだろうが、貴重な一発を外してしまった恭司の脳裏は『残った2発をどうにかしなければ』という考えでいっぱいだった。
深度3500メートルを超え、3600、3700と徐々に子爆弾との距離を縮めてゆくが、ここに来て八式のソナーが海底から響いて来る複数の機械音を捉えた。
「……DSMV!? まさか、逃げ遅れかッ!!?」
恭司は八式のアクティブソナーで探信音を出鱈目に打ちまくり、海底のDSMVに危険を知らせようとする。それと同時に出力ペダルを思い切り踏み込み、最大出力で子爆弾に追い縋る――――が。
懸命の努力も空しく、子爆弾は着底し轟音と共に炸裂した。
「クソッ! 被害は!? 巻き込まれたヤツは――――ッ!!?」
爆発の振動に煽られガタガタと揺れるコクピットの中で、恭司は周囲の状況を確認しようとし……そしてその『異常』を目の当たりにする。
子爆弾の爆発地点を中心に岩盤に亀裂が広がり、その隙間から大量の気泡――何らかのガスだろう――が噴き出し始めた。『ビシッ! ビシッ!』とクラック音を響かせながら、亀裂は蜘蛛の巣の様に広がってゆく。
八式のパッシブソナーはかなりの広範囲でこの異常が起こっている事を捉えており、やかましい位に警告音をがなり立てている。
そして、一際大きなクラック音と共に、海底が崩落した。
大量に噴出するガスによって恭司の八式はコントロール不能に陥り、大小の岩塊と共に更なる深みに落ちてゆく。まるで出来損ないのジェットコースターのようにゴロゴロと転がり、振り回される事暫し……、八式は背中から『海底』にぶち当たり、ようやく止まる。
恭司は意識のかかる靄を払うように頭を振る。何処かにぶつけたのか、額から一筋の血が頬を伝い落ちた。
「痛ってぇ……ッ! 崩落か? 空洞でもあったのか!?」
そう毒づきながら、彼は周囲の状況を確認しようとする。しかし、未だガスの噴出は続いており、そのノイズに邪魔をされてアクティブソナーは使用できない。
恭司は八式の投光器を点灯し、メインモニターを超高感度カメラの映像に切り替える。そして、八式のカメラが映し出したモノに、彼は息を呑んだ。
「冗談だろ……。何だよ……コレ」
八式のカメラが捉えたのは首長竜の化石のようなモノ。だが、そのサイズは常軌を逸していた。頭蓋骨だけで全長100メートルはあろうかという巨大なものだ。もし全身の骨格を揃えたならば、その大きさは艦隊旗艦エンタープライズをすら優に上回るだろう。
そして、驚く恭司に八式の警告音が追い打ちをかける。周囲で噴出を続けるガスのノイズに紛れて、巨大な物体が複数急速に接近してきていた。
「何だッ!? 敵のDSCV――――いや、大きすぎるッ!!」
八式の投光器が照らし出す深海の闇の中、それは、『キィ――――ッ!』というクジラともイルカとも違う鳴き声を上げながら姿を現す。
「――――ッ!!?」
恭司の驚きは、もはや声になっていなかった。現れたのは『化け物』としか表現のしようが無い、全長30メートルはある未確認生物だったのだから。
クラゲとクリオネを掛け合わせたような見た目のその『化け物』達は、恭司の八式を警戒するように周囲を遊泳していた……が、その中の一体がいきなり襲いかかって来た。巨体による体当たりをまともに食らい、八式は大きく後方に吹き飛ばされる。
弾き飛ばされた先は巨大な頭蓋骨の鼻先。そしてそこには、頭蓋骨の陰に隠れるようにして、DSCVが通れる程の穴がポカリと口を開けている。
化け物の追撃を躱す為、恭司は躊躇うことなくその穴に飛び込んだ。数十メートルの深さをゆっくりと降下し、八式が床に降り立った。ようやく一息つける状況になり、恭司は八式の損害状況を確認する。
体当たりで大きく弾き飛ばされたものの、あの化け物はクラゲのような見た目通りに『柔らかい』のか、八式の損害は軽微だった。作戦行動に支障はない。
次々と襲いかかる異常事態。理性の糸が切れ混乱しそうになるのを必死に堪えながら、恭司は必死に考えを巡らせる。
「いつまでもこうしちゃ居られない……。打って出るか? いや、一斉に襲いかかられたら…………」
打開策を思案する恭司だが、彼の眼に弱々しい光が届き、その思索は中断する。恭司が飛び込んだ縦穴の底は行き止まりではなく、そこから更に横穴が伸びており、奥から光が漏れていた。
「光? まさか、逃げ遅れたDSMVか?」
そう思った恭司は一も二も無く八式を操作し、横穴を進んでゆく。
海中では通信が著しく制限される、そのためDSCV乗りには、孤立無援になった際の行動規定が定められていた。その規定の中でも最上位に在るのが『人命の優先』だ。助けるべき人物が居合わせた場合、その救助を優先すべし……。その教えは、恭司も訓練生時代に骨の髄まで叩き込まれた。
だから、『逃げ遅れた作業員が居るかもしれない』と思い至った彼は、躊躇うことなく先に進む。そして横穴が緩やかな上り坂になった所で、恭司は今日何度目かの驚きに目を丸くした。
八式の環境センサーが信じられない数値を示す。
「水圧0.1Mpa!? ここは深度4500だぞ! 故障か?」
0.1Mpaは地上の標準大気圧と同等だ。つまり彼が今居る場所は、水圧に潰される事無く生身で泳ぐことが可能という事になる。
「い、いや……。まずはあの光が何なのか確かめないと」
恭司は気を取り直して八式を前に進ませる。そして程なく光源に辿り着いた。
そこは横穴の終点、一気に視界が開けた巨大な立方体の空間。床はそのまま上り坂になっており、先に進むと八式の頭が『ザブン』と水から出る。驚いた事に、八式のセンサーがこの空間の中に大気がある事を検知した。それと同時に、空間の最奥、壁一面に敷き詰められた棺桶のようなカプセル……その中の一つが光を放っている様子を捉える。
「勘弁してくれよ……。何なんだよ、一体…………」
恭司は呻く。
八式が捉えた望遠映像……。カプセルの覗き窓らしき透過部分から見えるのは、あどけない女の子の寝顔だった。