第38話 虎穴に入る
■ヘリ空母駿河、戦闘指揮所
「対潜魚雷全弾命中、効果なし! A・W-3の甲殻に損傷は見られませんッ!!」
薄暗いCIC内にコマンドデッキクルーの報告が響く。その声は驚愕にふるえていた。対潜攻撃可能な艦艇から放たれた魚雷の集中攻撃でも、巨大ヤドカリにキズ一つつけることが出来なかったのだ、その反応は当然と言える。
しかし、これで引き下がるわけにはいかない。
「悲観する事は無い。相手は巨大で強力だがたった一体のみ、そして動きは鈍重だ。翻って我々は数的優位にあり、機動力においてもアドバンテージがある。打てる手はあるはずだ」
津川艦長が落ち着いた、しかししっかりとした口調でクルー達に語り掛ける。経験豊富な老船乗りの言葉によって、CIC内は落ち着きを取り戻した。
その時、ローザが口を開く。
「ツガワ艦長、ヤツの関節を狙うのはどうでしょうか?」
いかに強固な装甲を誇ろうとも、関節まで鎧う事は出来ない。彼女の提案は至極真っ当なものだ。しかし、津川艦長はその提案をすぐには了承せず、自身の顎に手を当てて僅かばかり思案する。
「そうだな……現実的に、甲殻の薄いところを狙うしかないだろう。しかし、相手はあの巨体だ、動きが鈍重とは言え『歩く』だけで相当な乱流が発生する。それに加えてあの無数の触手だ、乱流で機体の制御を失ったところで触手に捕らえられれば命取りになりかねない」
津川艦長の話を聞き、ローザは再度黙考する。頻繁に動き乱流を発生させる腕と脚以外で攻撃が通る部位……答えはすぐに出た。
「ヤツがヤドカリの身体構造を模倣しているのなら、腹部……腹節は甲殻が無く脆弱なはずです。しかし、そこを攻撃するためには――――」
「ヤドであるエクスプローラーⅡを雷撃、船体に穴をあけ、そこからDSCVを突入させる……か。しかし、そのプランを実行したとして、恐らくエクスプローラーⅡ内部でも触手の迎撃があるだろうが……」
老船乗りは独白するようにして、ローザの提案の妥当性を検討する。そして一つ頷くとCICのクルー達に指示を出す。
「エンタープライズへ打電! 再度、今度はエクスプローラーⅡを狙って雷撃を行う! その後、雷撃でこじ開けた破孔からDSCV隊を突入させる!!」
命令を受け、通信担当官がエンタープライズのウェルズ司令に津川艦長のプランを伝える。
「相手は単騎だ、多数でかく乱し注意を引けば、突入部隊の危険も緩和できるだろう。帰還した第1小隊を再出撃させる! 対A・W装備への換装急げッ!!」
津川艦長の声がCICに響いた。
■同海域、深度250メートル
『エンタープライズより打電! 艦隊より再度雷撃を行う、DSCVはエクスプローラーⅡの破孔より船体内部へ侵入、A・W-3の腹節を攻撃せよ、ですッ!!』
ガーフィッシュ隊のアビスウォーカーが叫ぶ。それと同時に、恭司の耳には艦隊から放たれた雷撃の第2波が迫って来る音、そして増援のDSCV隊が接近する音が聞こえて来た。
『全機散開ッ! 巻き込まれるなよッ!!』
無線越しにマディガン大尉の命令が聞こえ、DSCV隊は一斉に散開。その隙間を幾筋ものキャビテーションを引きずりながら魚雷が通過し、全弾がA・W-3の『ヤド』……エクスプローラーⅡに命中、炸裂する。
エクスプローラーⅡ船体の破片が弾け飛び、重々しい音と共に海底に落ちる。その破片の数と規模から、船体には相当の大穴が開いたはずだ。
だが――――――。
『何だ!? 破孔が確認できないッ!!』
南二尉の言葉の通り、ソナーの反応から再構成されたCG画像ではエクスプローラーⅡの船体に穴は確認できない。
『サーチライトで目視確認するッス!!』
022――宗像三尉が触手を躱しつつ巨大ヤドカリの側面に回り込み、魚雷が命中した個所をサーチライトで照らし出す。暗い海の中、強力な光に浮かび上がったのは、全員の想像を遥かに超えた光景だった。
A・W-3の触手が網の目のように絡まりながら、エクスプローラーⅡの破孔を塞いでいるのだ。鋼板の破孔からのぞく、脈動する肉塊…………。見る者全ての胸中に『おぞましい』と言う感情を湧き上がらせるその光景は、『だからこそ』と言うべきか、目撃者の視線を釘付けにする。
無機物と有機物が歪に溶け合ったようなその様子から全員が目をはなぜずにいると、無線から第1小隊長、瀬戸二尉の声が響いた。
『全機一旦後退しろッ! このまま纏わりついていてもラチが開かんッ!!』
その声で一瞬の忘我から立ち直ったガーフィッシュ隊と第2小隊の全機は急速後退、A・W-3から距離を取った。
「クソッ! なんだよありゃあ!!?」
恭司は苛立たしさを隠さずに吐き捨てた。エクスプローラーⅡの船体、その鋼板の下から現れたあの『触手の壁』は、恐らくヤドを補強するためのモノなのだろう。しかし、あの光景はエクスプローラーⅡの船体そのものが巨大ヤドカリの『腹』になってしまったように見えて……改めて『乗組員は全員喰われてしまったのだ』という現実が彼を打ちのめした。
「……ッ!? キョージッ!!」
巨大ヤドカリへの怒りと、自身の無力さに恭司が歯噛みしていると、後部座席のイヴが突然叫んだ。
「イヴ、どうしたッ!!?」
恭司が背後を振り返りながら問うと、イヴは目を見開き驚きを露にしながら答える。
「聴こえる……。鳴き声が……」
「鳴き声って、ヤツの――――ッ!? これはッ!!?」
『巨大ヤドカリの鳴き声か?』と聞き返そうとした矢先、恭司の耳にもイヴが言う『鳴き声』が聞こえた。それは、巨大ヤドカリの敵意や憎悪を含んだ恐ろしい叫びとは全く異なったもの。
『クォオオオオオォォ――――――ン…………』
低い、しかし澄んだ旋律が、周囲一帯に響き渡った。
■ヘリ空母駿河、戦闘指揮所
「魚雷、全弾命中! エクスプローラーⅡの物と思われる無数の破片が飛散、海底に着底ッ!!」
クルーの一人が報告する。その内容から、目論見通りエクスプローラーⅡの船体に穴が開いたかと思われたが――――。
「ッ!? 022のカメラ画像を見て下さいッ!!」
別のクルーが叫び、大型ディスプレイに022……宗像機が捉えたカメラ画像が拡大表示された。
「なんだ、これは……」
木崎副長が信じられないと言った風に声を漏らす。その場に居る全員が画像に見入っていた。船体の破孔からのぞく触手の壁…………。その光景は、まるで悪夢だ。
「ヤドの補強ってことね……。となると、船体内部全体を覆っている可能性が高い……どうすれば…………」
ローザが驚きながらも、眉間に皺を寄せ思案する。その直後、津川艦長が口を開いた。
「こうなっては関節部を狙うしかない、そのためにはヤツの動きを止める必要がある。周辺の海底地形図を表示してくれ、付近にヤツを落とせる亀裂か崖は無いか?」
津川艦長はA・W-3をおびき寄せ亀裂か崖下に落とし、動きを封じようと考えた。彼の命令に従い、クルーが大型ディスプレイに海底地形図を呼び出した。しかし――――。
『クォオオオオオォォ――――――ン…………』
DSCV隊がキャッチした鳴き声が、CIC内に響いた。
「今度は何だッ!?」
「詳細不明ッ! しかし、明かにA・W-3とは別の鳴き声ですッ!!」
木崎副長が叫び、クルーの一人が即座に答えた。CIC内の緊張が一気に高まる。
この作戦に臨む前、アラスカ州沿岸警備隊から齎された情報……。そこに記されていた『巡視船のソナーは50メートル級の反応を捉えていた』という一文を、皆が脳裏に浮かべていた。
「新手か……。これはいかんな……」
津川艦長が呟く。進退窮まった状況にCIC内の全員が慄くなか、ローザはただ一人、今しがた聞こえた鳴き声に別の驚愕を感じていた。
「うそ……。これって52ヘルツの――――!?」
今の鳴き声は、海洋生物の研究に係わる者ならば知らぬ者はいない。
『クォオオオォォ――――――ン』
再び、低音の鳴き声が響く。『やはり間違いない』とローザは確信する。
「『孤独なクジラ』……なんでこんな所に現れるのよ!?」
白衣の研究者は慌ただしく動くクルー達の中で一人、叫んだ。




