第35話 ノース・バイ・ノースウェスト
■アメリカ合衆国、オレゴン州バンドン
アメリカ合衆国オレゴン州……太平洋に面しカリフォルニア州とワシントン州に挟まれたこの土地は、自然が豊かな『風光明媚』という言葉が相応しい州だ。そんな穏やかな景色の中にたたずむ海辺の街バンドンでは今、少々の騒ぎが起こっていた。
街のはずれ、漁船用の桟橋と倉庫が立ち並ぶ一画に普段街では見ない重武装の警察官が大勢押し寄せ、周囲は騒然としていた。彼等はとある年季の入った倉庫を一定間隔で取り囲み、地元の人間が立ち入れないように警備している。
そんな中、一人の老人が警官に伴われて倉庫に入ってゆく。その老人を倉庫の中で何やら調べていた背広姿の男が出迎えた。
「ここの所有者の方ですね? 私は連邦捜査局のピーター・フランクです。いくつかお伺いしたい事が……よろしいですか?」
FBI捜査官は胸ポケットからFBIの身分証を出し、それを相手に見せながら問う。老人はまだ状況が飲み込めないのか、いくぶんか慌てた様子で『え、ええ』と頷く。
「安心してください、別に貴方を逮捕しようってんじゃありません。私達が知りたいのは、この倉庫を使っていた連中の事です。お聞かせ願えませんか?」
「はあ、ひと月ほど前にフラっとこの街に来た連中で、人数は6人程だったかと。私が直接話をしたのは、妙な訛りのある英語を話す浅黒い肌の男で……たぶんアフリカ系だと……」
FBI捜査官は顎に手を当て『フンフン』と首を縦に振る。
「その男が、この倉庫を貸してくれと言ってきたわけですか?」
「ええ、仲間と漁をしたいって事で、船はあるから倉庫を貸してくれと……。私も漁師だったんですが、歳なんで引退しようと考えてたところにこの話を持ち掛けられたもんですから、こんなボロ倉庫でも賃料が入ればありがたいと……」
FBI捜査官は老人の言葉を聞き、周囲を見回す。老人の言葉の通り、彼等が居るこの倉庫はお世辞にも綺麗とは言えないものだ。長年潮風に晒されたためかそこかしこに錆がうき、窓ガラスにはひびが入っていた。
率直に言って『ボロ』ではあるが、しかしかなりの広さがあり、大型の漁船でも十分な余裕をもって格納できるだろう。
「そうですか。その男たちに関して、何か他に気付いた事はありますか? どんなに些細な事でも構いません」
捜査官の言葉に、老人は少しばかり首を捻ると口を開いた。
「漁をしたいと言うわりには、魚を獲っている様子はありませんでした。ただ、何度かトラックでコンテナを運び込んでいるのは見ましたが……。あの、アイツらが何か……?」
今度は老人が問いを口にする。FBI捜査官はヒラヒラと手を振った。
「いやぁ、大した話じゃありません。緑の解放戦線の尻尾を追っかけてるだけですよ」
「じ、GLFッ!?」
「ご協力感謝します。また何かあればお話を伺う事もあるかもしれません、その時はよろしくお願いします」
FBI捜査官は一礼すると、周囲を警備している警官の一人に老人を外まで送るように頼んだ。GLFの名を聞き驚く老人を見送ると、捜査官は再び倉庫内を見回した。
この倉庫を使っていた男達は、GLF代表サイモン・ウェイクマン逮捕の報道が流れた直後、その姿を消したという。だからこそ、このような大所帯で大々的に捜査をしている訳だが……この倉庫の中にはガランとしていた。姿を消したGLFの男達は殆どの物資を持ち去ったようだった。
――――だが、その何もない倉庫を見て、FBI捜査官の脳裏に疑問が浮かんだ。
「GLFの本部施設から押収した情報では、ここに運び込まれたのはDSCV1機とその武装、整備機材。しかし、この倉庫は大きすぎる…………ここにあったのは本当にDSCVか? 連中、潜水艦でも持ち込んだんじゃないか? 面倒な事になりそうだな、またカミさんに帰りが遅いってドヤされそうだ……」
捜査官はガシガシと後頭部を掻きむしると、誰にともなくぼやいた。
■北緯47度8分、西経140度5分、太平洋上
資源探査・採掘船『エクスプローラーⅡ』沈没の報を受け、A・W遊撃艦隊はアメリカ西海岸にそって太平洋を北上。当初の予定通り、完成したインジェクション・パイルを輸送機からの洋上投下によって受領していた。新型のパイルは駿河のDSCV部隊にも配備され、格納庫内で八式への装備とシステムの最終確認が行われていた。
新型は基礎設計から大きく変更されており、外見上の最も大きな変更点はパイルが3本になっている事だ。その3本のパイルがリボルバー拳銃のシリンダーのように回転し、順番にチャンバーへと送り込まれるのだ。
チェックを終えて恭司が八式から降りると、宗像三尉が近寄ってきて声をかけた。
「恭司さん、今回の相手っスけど……。なんか怪しくないですか?」
「怪しいって……何が?」
唐突なフリに、恭司は首を傾げる。
「いやね、今回のA・Wって50メートル程度って話でしょ? んで、沈められたエクスプローラーⅡって30万トン級の……タンカー並みのデカブツっスよ。いくら危険な化け物とは言え、50メートルぽっちのヤツがそんなデカい船をそうそう簡単に沈められます?」
宗像三尉は両手を使って船とA・W-3の大きさを表しながら、自身の疑問を語る。『言われてみれば』と頷く恭司。そんな二人に南一尉が歩み寄る。
「つまり、50メートル級という情報は誤りだと?」
どうやら二人の話を聞いていたらしい南二尉は、パッと思いついた可能性を口にした。
「ええ、ソナーで確認した巡視船の乗組員も混乱してたでしょうし、桁の見間違いなんてあり得そうな話じゃないっスか」
「ふーむ……。確かにな」
腕組みして考え込む南二尉。その時、彼等3人に近付き声をかける人物がいた。白衣の女性――ローザだ。
「その点は私も疑問に思ってる。現地から新しい情報が入ったら再度精査して、その都度貴方達に教えるわ」
彼女もオムニトキシンの製作者として、新型パイルへの充填作業の確認のために格納庫へ足を運んでいた。
「お願いします。要救助者がいる今回の作戦は絶対に失敗できない。情報は多い方が良いですから……特に敵の情報は」
南二尉がローザに軽く頭を下げる。彼女は大きく首を縦に振った。
「まかせて。その為に私はここに居るのよ。それに、救助は成功しても、A・W-3を討ち漏らして海域封鎖を長期化させるような事は避けたいしね」
妙な事を言いだすローザに、恭司が問う。
「ん? 要救助者の救助さえ完了すれば時間の余裕は出来るだろ。そうすればA・W-3の事を十分に調べた上で戦えるんじゃないか?」
その問いを聞いたローザは、両手を腰に当てて首を横に振った。
「それが出来ればいいんだけど……カニよ」
『カニ?』と揃って聞き返す恭司と宗像三尉。その中で一人だけ、南二尉は『ああ!』と状況を理解したように大きな声をあげた。
恭司と宗像三尉は、これまた揃って南二尉を見る。二尉は疑問符を浮かべる2人に答えた。
「現場海域……ベーリング海ではこれからカニ漁の季節なんだ」
「カニ漁? いやそんな事で――――」
呆れたように応じる恭司に、ローザが割って入る。
「『そんな事』じゃないわ。ベーリング海のカニ漁は猟期が極端に短いの、その間に地元の人達は稼げるだけ稼ぐのよ。その漁が出来ないなんてことになったら、生活が成り立たなくなる人が大勢出るでしょうね。米政府や地元行政がその損失を補填するにも限界がある。結果、犯罪に走る者や、或いは――――」
そう言いながら、彼女は人差し指と親指を立てピストルに見立てた右手を自身のこめかみに突き付け、『BANG!』と頭を撃ち抜くゼスチャーをして見せた。
「――なんて事にもなりかねないわ。いつだったか……前にも言ったでしょ? 『最善を尽くすしかない』って。それは、こういう人たちの経済活動……生活を守るって事でもあるのよ」
恭司は『そういうことか』と得心する。同時に南二尉が大きく頷き口を開いた。
「いつも言っているだろう、『全力でやれ』とな。今回もそれは変わらん……という事だ」
その後、新型パイルについて少しばかり話をして、彼等は格納庫から立ち去った。
艦隊は間もなくアリューシャン列島を越え、ベーリング海に入る。




