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アビスウォーカーズ  作者: 大野 タカシ
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第2話 襲撃

 駿河から離れ、恭司は八式のサブカメラを操作し周囲を確認する。水深は20メートル、海水は透明度が高く光量も十二分にある。通常の光学機器でも周囲の様子が良く分かった。

 現在第2小隊は背中合わせに三角形を描く隊形を組み、不審船舶の予測進路上で待機している。360度旋回可能な八式のサブカメラは、4時方向に021を、そして8時方向に022の姿を捉えている。


『駿河戦闘指揮所(CIC)より第2小隊へ。通信可能深度を維持しつつ、海中の監視・警戒を続行せよ』


『021了解。深度を維持しつつ、海中の警戒を続行します』


 恭司のヘッドセットに駿河と第2小隊隊長の無線が流れてくる。駿河のCIC……そして、さらに上位指揮権限者である直掩艦隊旗艦エンタープライズの司令部は、海上の不審船舶を囮として海中から何者かが接近してくることを警戒しているのだ。

 部隊を二つに分け一方が敵の注意を引き、もう一方が背後から隠密接敵(スニーキング)するのは有効な戦術であるし、事実、過去にテロリストが同様の手口を使った事例があった。


『021(みなみ)より小隊各機へ。聞いていたな? 我々は現在の深度を維持、機体間の通信可能距離に留意しつつ、海中の警戒を続行する』


『022宗像(むなかた)、了解!』


 再び恭司のヘッドセットから、第2小隊隊長南健蔵(みなみけんぞう)二尉の命令と、022……第2小隊2号機宗像信太郎(むなかたしんたろう)三尉の復唱が聞こえて来る。

 深海多用途作業艇(DSMV)深海戦闘艇(DSCV)の実用化以来、水中における無線通信技術は日々進歩している。しかし、未だに『水の壁』は厚く、水中での無線通信可能圏は(状況にもよるが)1キロメートル強にすぎない。その為、水中での通信は従来の音響通信か、直接接触通信又は有線通信を基本とし、無線を使用する場合は互いの位置に十分注意する必要があった。


「023真道、了解!」


 恭司はソナー画面に映る機体間の距離を確認しつつ、一言一句しっかりと復唱した。



■ケロン直掩艦隊旗艦、空母エンタープライズ、戦闘群司令部指揮所(TFCC)


 ウェルズ司令とジョンソン艦長はTFCCの扉を潜る。テニスコート1面分程度の広さがある室内にはLINK22を使用する戦術データリンクは勿論、米海軍太平洋艦隊司令部とのホットラインや、偵察衛星等を含む更に上位の戦略情報ネットワークが集約され、それらを扱うクルー達が大量のデータを黙々と処理していた。

 その様子は、NASAのミッションコントロールセンターを彷彿とさせる。


「状況は?」


 入室するやいなや、ジョンソン艦長が端的に問う。


「UAVの映像から不審船舶の船体番号が判明。太平洋艦隊司令部に照会中」

「不審船舶進路変わらず、間もなく進入禁止海域に入ります」

国際船舶通信規格(マリーンVHF)にて警告を続けていますが、応答ありません」


 ウェルズ司令は自身の……つまりは司令官用の席に座り、顎を撫でながら呟く。


「音無の構えという訳か……。いっそ海賊旗(ジョリーロジャー)でも掲げていれば、問答無用で沈めてやれるんだがな」


「司令、不用意な発言は控えるようにお願いします」


 ジョンソン艦長がその発言を(いさ)めウェルズ司令が肩を(すく)めると、クルーの1人が口を開いた。


「太平洋艦隊司令部より回答来ました! 不審船舶はパナマ船籍の貨物船『ジュピトリア号』。当該船舶の航海計画書を入手、正面モニターにデータを表示します!」


 その言葉と同時にウェルズ司令の正面、TFCCの壁一面に敷き詰めるように設置されている大型モニターの一つに、ケロンを中心とした周辺の海図が写し出され、更にジュピトリア号の本来の航路が重ねて表示された。

 その情報によれば、ジュピトリア号は進入禁止海域の南側をパスし、ハワイ島へ向かう予定だったようだ。


偵察衛星(イントルーダー)が捉えたジュピトリア号の航跡をオーバーレイ表示します」


 大型モニターに、更にもう一本の線……ジュピトリア号の実際の航跡が表示される。その線は本来の航路から大きく進路を変え、進入禁止海域に向かって一直線に伸びている。

 それらの情報を見たジョンソン艦長が眉を(しか)めた。


「機関のトラブルといった偶発的なものではなく、明確な意思を持って向かってきている……。そう、思えます」


 その言葉に、ウェルズ司令が大きく頷いた。


「私も同意見だ。海底の作業員達を一時避難させよう、ケロンの作業員にも避難警報を出せ!」


 ウェルズ司令が避難警報の発令を決断し、ジョンソン艦長がそれを受けて司令部要員達に命令を下す。


「海底の作業員に避難指示! ケロンコントロールセンター(CC)にも避難警報発令! 至急ッ!!」


 ジョンソン艦長の命令と同時に、クルー達が慌ただしく動き始める。


「アイ・サー! 海底の作業員を所定の避難エリアへ誘導!」

「ケロンCCに警報発令、作業員をシェルターブロックへ避難させます!」


 ここハワイ沖鉱床の深度は4500メートル、海底で働く作業員達に無線信号は届かない。その為海上と海底のやり取りは、海上の船から有線式の通信ポッドを降ろし、それを介して行っていた。今頃海底では避難警報を受け取ったDSMVが更に他のDSMVへ警報を中継し、全ての作業員が避難行動を始めているはずだ。


(さて次は、あの不審船……ジュピトリア号をどうするか……)


 そんな事をウェルズ司令が思案していると、クルーの1人が司令席を振り返り口を開いた。


「司令! ケロンより緊急通信……なんですが……」


「どうした? 報告ははっきり正確に行え。今は時間が惜しい、繋いでくれ」


 歯切れの悪いクルーに首を傾げながら、ウェルズ司令はそう命じる。次の瞬間、正面の大型モニターに映し出されたのは意外な顔だった。


『随分と騒がしいな、ウェルズ司令殿?』


 大儀そうに話しかけてくるモニターの男は、高級そうなスーツをぴしりと身に纏い、苛立たし気に机を指で叩いている。

 その姿を認めた瞬間、ウェルズ司令の眉間に皺が刻まれた。


「これはルーカス支部長。軍の通信網に割り込んでくるとは、一体どういった要件でしょうか?」


 モニターに映る相手は、民間企業リオール・テイラー社のケロン支部長、アンドレイ・ルーカスだ。リオール・テイラー社はオーストラリアに本社を置く鉱業・資源メジャーの雄であり、ケロンにおける資源採掘事業を一手に請け負っていた。

 ルーカス支部長はあからさまに顔をゆがめる。


『それはこちらの台詞だよ。不審船舶一隻相手に避難警告とは、大騒ぎし過ぎではないかね?』


「『念には念を』ですよ、何かあってからでは遅いのです。現場と後方で状況に対する認識に差が出るのは往々にしてある事ですが……ここは我々に任せ、至急ケロンのシェルターブロックへの避難をお願いします」


 ウェルズ司令の言葉を、ルーカス支部長は一笑に付す。


『いいや、状況を理解できていないのは君の方だと思うぞ? このケロン……ハワイ沖鉱床は世界に数ある深海鉱床の中で最大級の規模を誇る。更に地理的条件から、ここの産出量は『タイタン計画』の進捗にダイレクトに影響するということは、君でも理解できるだろう?』


 モニターの中の男が何を言わんとしているのか……それを察したウェルズ司令は内心で舌打ちをする。


『ここの所、テロリストの邪魔が多くて業績が(かんば)しくない。ワシントン(DC)の友人達も気を揉んでいてね……。つまりは避難など必要ない、という事だ。不審船など即座に沈めてしまえば良い、その為に君達が居るのだからな』


 アンドレイ・ルーカスは好き放題に言い放つと、一方的に通信を切った。しんと静まり返るTFCCの中、ジョンソン艦長がウェルズ司令に声をかけた。


「『DCの友人』というのは、連邦議会の議員達の事でしょう。リオール社はロビイングに熱心ですからね……。どうしますか?」


「どうもこうも無い、我々は我々のやるべきことをやるだけだ。避難指示を続行! カール・M・レビンを日本隊の後ろに回り込ませて直接支援に当たらせろッ!」


 ウェルズ司令の命令がTFCC内に響き、クルー達は再び動き出す。レーダー画面を監視していたクルーの1人が声を上げる。


「ジュピトリア号、進入禁止ラインを突破! 更に増速、現在27ノットで急速接近中ッ!」


 ウェルズ司令は帽子のつばに触れると、一段低い声で新たな命令を下す。


「全艦、対水上戦闘用意ッ!」


 艦内に、一際大きなアラームが鳴り響いた。


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