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アビスウォーカーズ  作者: 大野 タカシ
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第17話 狩る者と狩られる者

 巨大エイが迫る、その巨体が巻き起こす乱流とキャビテーションノイズはもはや台風だ。

 判別不能のノイズに八式のコンピューターが警告をがなり立て、メインモニターに各種センサーの統合情報から構築された『敵』の姿が映し出される。それはCGに過ぎないが、桁外れに巨大な生物が蠢くさまは悪夢以外の何ものでもなかった。


「メインタンクベント解放! 急速潜行ッ!!」


 巨大エイが真っ直ぐに突っ込んでくる。恭司は自身の操作を口に出しつつ八式を潜航させ、その体当たりをギリギリで躱した。しかし、エイの巨体は躱したが海流の乱れに巻き込まれ、恭司はなんとか八式の姿勢を保つ、だが――――。


「尻尾が――――ッ!!?」


 『ガァンッ!』という硬質な音と、一際大きく揺れるコクピット。巨大エイはすれ違いざまに八式を尾で打ち据えたのだ。メインモニターの片隅に、八式のバックパックが軽微の損傷を負った旨の表示が明滅した。


「クソッ! もっと余裕があると思ったが、デカすぎて感覚が狂うッ!!」


 恭司はギリギリで躱すのではなく、余裕をもって回避行動を取ったつもりだった……。しかし、巨大エイの予想以上の速さも相まって、間一髪で躱すことになってしまった。その結果が手痛い尻尾の一撃だ。

 尻尾で打ち据えられた時の勢いを殺せず大きく姿勢を崩した八式に、急旋回した巨大エイが再度突進攻撃を仕掛ける。


<キョージッ!>


 イヴの声が直接恭司の頭の中に響く。彼も巨大エイが再度向かってきているのは把握していたが、機体の姿勢制御が追い付かない。恭司は咄嗟に八式両肩部のランチャーを巨大エイに向け、狙いもそこそこに短魚雷を連射した。……いや、正確に言えば狙いをつけられるような状態では無かったのだが、『的』が巨大なうえに向こうから迫って来るのだ、目測でも何発かは命中するだろう。

 発射した短魚雷は4発、幸いにも内3発が巨大エイに命中し、海中に連続した爆音が響く……しかし、巨大エイは魚雷の爆発を意にも介さず八式に肉薄し、胴体下面の口を大きく開いた。限界まで開かれたのだろうその口の中には、本来のエイであれば存在しないはずの個々に独立した『歯』がズラリと並んでいた。……しかもそれは牙ではなく、モノを噛み砕き、磨り潰す為の臼歯(きゅうし)だった。


 そう、まるで人間のような――――。


「食われてたまるかッ!!」


 恭司は八式左腕のグラップル・プライヤーを展開、彼を飲み込もうと迫る巨大エイの口にそのまま突き入れた。

 グラップル・プライヤーの最大開口角は120度を超える。それを上顎と下顎の間につっかえ棒のように差し込まれた巨大エイは口を閉じられなくなり、もがき始める。ブンブンと頭を振る巨大エイ……、大きく不規則に振り回されるコクピットの中で、恭司はメインモニターに映る巨大エイの口の中を睨みつけた。


「コイツがあの化け物クラゲと同類だってんなら、あの赤い球を潰せれば――――」

 

 化け物クラゲは赤い球状の器官を潰した途端、絶命した。イヴの言う通り、この巨大エイが化け物クラゲの成長した姿であるのなら、同じやり方で倒せる可能性は十分にある。問題は、身体の中が透けて見えていたクラゲと違い、この巨大エイは身体の何処に『赤い球』があるのかが分からない事。更に、八式が装備する短魚雷では巨大エイの外皮を傷つける事すら出来ない事だ。


 ――――ならば、こちらを食おうと開いた大口の中に、直接魚雷を叩き込むほかない。


 最大角で開いたグラップル・プライヤーで、相手の口を開いたまま固定する事には成功した。恭司は八式両肩のランチャーを巨大エイの口内に向けようとするが、巨大エイがもがく勢いに振り回され、狙いが定まらない。

 巨大エイの咬合力(こうごうりょく)は凄まじく、突き入れたグラップル・プライヤーがギシギシと不穏な音を立てている。そして、大きく振り回され続ける八式の左腕……その各関節部は今にも引き千切れそうになっていた。メインモニターに左腕部の負荷が限界であると表示されている。


「おとなしくしてろよッ! このッ!!」


 そう恭司が毒づいた時、イヴの歌声が変化した。

 もともと歌詞の無いメロディだけの歌、変化したのはその曲調だった。いままでのテンポよりも遅い、聞く者を落ち着かせるような…………。


 そして、化け物クラゲと戦った時のように、巨大エイの動きが鈍くなった。


 完全に止まった訳ではないが、明らかに動きが緩慢(かんまん)になっている。恭司が腕の中の少女を見ると、彼女はコクリと頷いた。


「1番、3番! 短魚雷全弾発射ッ!!」


 恭司がコントロールパネルを叩き、ランチャーから発射された短魚雷が巨大エイの口内に吸い込まれてゆく。そして、エイの腹中で魚雷が炸裂するのと同時に、恭司は八式の左腕をパージした。

 至近で起きた爆発に弾き飛ばされるように、八式は巨大エイから距離を取る。恭司は今までに無い程の早業で機体の姿勢を立て直すと、メインカメラに巨大エイを映す。

 巨大エイは動きを止めている、恭司の頬に一筋の冷汗が伝った。今の攻撃で八式は両肩のランチャーを撃ち切り、左腕をパージした。残る武装は両脚のハードポイントに装備されたランチャー内の短魚雷だけだ。


「…………ッ! まだ動くッ!!?」


 『これで終わってくれ』という恭司の願いも空しく、巨大エイはブルリとその巨体を震わせると、やはり感情の読めない眼球で八式を見る。


「メインタンクブローッ! 緊急浮上ッ!!」


 恭司は慌てて八式を浮上させる。打つ手がなくなった今、出来るのは巨大エイを海面までおびき出し、水上の艦艇に支援を要請する以外に無い。


「2番、4番! 短魚雷発――――何ッ!?」


 しつこく迫りくる巨大エイを牽制しようと、恭司が脚部ランチャーの魚雷を撃とうとした時、海底から複数のノイズが聞こえて来た。

 そのノイズ――――短魚雷は次々に巨大エイの身体に着弾し、爆発する。続けて聞こえて来たのは、恭司が最も聞き慣れた機械の駆動音……八式が発するノイズだった。


 海の底から、021と022が浮上してくる。更に、恭司の耳と八式のパッシブソナーは、米海軍のDSCV『ハンマーヘッド』の駆動音も捉えていた。海底を進んでいたテロリストの制圧を完了し、支援に駆け付けてくれたのだ。

 通信可能圏に入るやいなや、南二尉と宗像三尉の声が無線越しに響く。


『023無事かッ!?』


『うっわ、何スかこいつッ!? デカすぎでしょッ!!』


 仲間が無事であったことを確認し、恭司は胸を撫で下ろした。そして、巨大エイに目を向ける、と…………その化け物は唐突にグルリと頭を巡らせて、悠々と泳ぎ去って行く所だった。

 DSMVを喰って満足したのか、増援が鬱陶しかったのか……。何故急にこちらへの興味を失ったのかは分からないが、とにかく命を拾ったのは確かなようだった。


 唐突な戦いの終わりに戸惑いつつも安堵する恭司の胸に、イヴの手が添えられた。恭司が顔を向けると、イヴは大量の汗を流しながら口を開いた。


「キョージ……ゴメ……。私、もう……むり…………」


 それだけ口にすると、褐色の少女は意識を失う。すると、彼女の身体の変化していた部分……長く伸びた指やヒレが、まるで石像が風化するようにボロボロと崩れ落ちてゆく。異質な部分が崩れ落ちた後には、見慣れた指や綺麗な肌が覗いていた。


 恭司はイヴの身体を抱え直し、その額の汗を拭ってやりながら、巨大エイが泳ぎ去った方角を見やる。


 腕の中の少女は、アレはまだ大きくなると言った。『またアイツと戦うのか……?』と、今更ながらに、彼の胸の中に恐怖と不安が頭をもたげはじめていた。




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