第15話 更なる敵影
「4……3……2…………今だッ!! 誘導デコイ射出!」
恭司がコントロールパネルを操作すると同時、短魚雷ランチャーの側面に搭載されている誘導デコイが打ち上がった。デコイは八式の駆動音に似たノイズを発生させながら急速に上昇してゆく。その様子を見ることなく、恭司は続けざまにコントロールパネルを叩く。
「メインタンクベント解放! 主機関停止! 急速潜行ッ!!」
機体のバラストタンクに海水が流入、同時にメインモーターを停止した八式は池に投げ込まれた石の如く、深く静かに潜行してゆく。そして、数秒前まで八式が航行していた位置で敵の魚雷が炸裂した。メインモーターを停止し音も無く沈んでゆく八式を見失い、敵の魚雷はまんまと誘導デコイに食らいついたのだ。
爆発の衝撃に煽られガタガタと揺れるコクピットの中で、恭司はすぐさま機体を再起動させる。敵機は悠々と魚雷が爆発したポイントに近付いてきていた。恐らくは、魚雷の爆発を確認しただけで勝利を『確信してしまった』のだろう、周囲の警戒を疎かにしているように思われた。
戦闘の高揚感にのまれ、勝利の興奮に酔うことなく、平静を保っていれば気付いたはずだ……。DSMVに搭載されている民生用のソナーでも、魚雷が炸裂する直前に恭司の八式が誘導デコイを射出した音を捉えていたはずだ。今も、八式が再起動しウォータージェットが推進力を生み出すノイズを捉えているはずだ。だが、魚雷を撃った敵機は、恐らく八式の残骸を確認するために直進を続けている。その足元で、撃破したはずの八式が機を窺っているとも知らずに……。
そして唐突に、海面に複数の『何か』が着水する音が立て続けに響き渡った。その『何か』は八式の駆動音を模したノイズをがなり立て始める。
「駿河の誘導デコイか! ありがたいッ!! メインタンク緊急ブロー!」
敵機の注意は騒音を撒き散らしながら沈んでくる誘導デコイに向けられたはずだ。その機を逃さず恭司は八式を急速浮上させ、強襲からの近接戦闘を仕掛ける。その目論見はピタリとハマり、八式は敵機の背後をとった。
いきなり背後をとられた敵のDSMVは慌てて反転しようとするが、元が作業用重機であるため、DSCVに比べるとその動きは鈍い。恭司は八式左腕のグラップル・プライヤーを展開すると、背後から敵機の左脚を掴み、そのまま捻じ切る。左脚……延いては左脚のスラスターを失い、敵機は大きくバランスを崩す。恭司は更に追撃、短魚雷ランチャーを保持する敵機の右腕をグラップル・プライヤーで挟み、敵の動きを封じた。
敵機の武装はペッパーボックスのみ、それを持つ右腕を破壊すれば丸腰になり脅威度は下がる。そうすれば、もう1機の『新手』に集中できる。そのもう1機は、恭司の八式と仲間のDSMVが組み付いた状態であるため、魚雷を撃てずにいるようだ。
「お前はちぃっとばかり大人しくしてろッ!」
グラップル・プライヤーが敵DSMVの右腕を破壊する。そして恭司はもう1機の敵に八式肩部の短魚雷ランチャーを向けた――――しかし。
「キョージッ!! 来るよ!」
イヴの鋭い叫びが八式のコクピット内に響いた。
「――ッ!? 来る? 何がッ!?」
今までに聞いたことの無い切羽詰まったイヴの叫びに、恭司は思わず聞き返す。するとイヴは端的に、ハッキリと答えた。
「『ぜつぼー』が、来るよ!」
■直掩艦隊旗艦、空母エンタープライズ、戦闘群司令部指揮所
「鮮やかな手並みですね」
TFCCの大型スクリーンに映し出される戦局を見ながら、ジョンソン艦長は感心したように呟く。その言葉は誰に宛てたものでもないのだろうが、ウェルズ司令も同じ思いだ。
ニホン隊、ヘリ空母駿河の近傍で敵の新手2機と戦闘を繰り広げるタイプ・エイトの動きは『異常』だった。敵の魚雷を間一髪で躱し、そのまま流れるように敵の1機を無力化して見せたその様子は、中深層の比較的浅い位置であった為、戦術データリンクを介してエンタープライズでも把握することが出来ていた。
「確かに見事だが……死が怖くないのか? インペリアル・ネイビーじゃあるまいに」
敵魚雷を引き付けて躱すという難易度の高い……いや、そもそも試そうとも思わない戦術をやってのけた八式のアビスウォーカーに、ウェルズ司令も思わず感嘆の声が出る。敵魚雷が迫るDSCVのコクピットは魚雷の探信音が早鐘のように響き、平静を保つのも難しいはずだ。だが、それをやってのけたタイプ・エイトのアビスウォーカーには驚きを禁じ得ない。
マッケンジー補佐官も眉を吊り上げ驚きの表情を見せている。そんな中、クルーの一人が叫んだ。
「ほ、北東より何かが急速に接近中ッ!」
「『何か』とは何だ! 報告は正確に行えッ!」
ジョンソン艦長の怒声がTFCC内に響く。しかし、報告を上げたクルーは首を横に振った。
「そ、それが……相手は深度500メートルを速力40ノットで接近中! 大きさはおよそ60メートルに達しています!!」
その報告の内容に、ウェルズ司令は思わず座席から身を乗り出した。
「60メートル、速力40ノットだと!? 何だそれは? 潜水艦じゃないのか!?」
「水中航行音を照会にかけていますが、データベースに該当する音紋データがありません!」
通常、水中での戦闘は『音』が頼りになる。技術の進歩により各種センサー類の性能が上がった現在においても、アクティブ・パッシブ双方の音響探知は重要な位置を占めている。その為、敵味方問わずあらゆる船、潜水艦、DSMVにDSCVの駆動音や航行音はデータベースに記録され、相手の識別に使用されるのだが――――。
「データが無い? どこかの新型か!?」
ジョンソン艦長が考えられる可能性を口にする、しかしクルーは再度首を横に振った。
「いえ、そもそも機械の駆動音ではありません! 強いて言えば、クジラか何かが泳いでいるような……」
その答えを聞き、マッケンジー補佐官の脳裏にある可能性が過った。
(機械ではない? まさか――――――)
「不明物体、急速に浮上ッ! 海面に出ますッ!!」
別のクルーが叫び、メインスクリーンが艦外のカメラ映像に切り替わる。その直後、海面に巨大なひし形の影が浮かび上がった。
「何だ、アレは…………?」
凪いだ海の様に静まり返った室内に、ウェルズ司令の声が響いた。
カメラが捉えたモノ、それは巨大な――――――巨大な『エイ』の姿だった。