第14話 コンセントレーション
■ケロン直掩艦隊、護衛艦駿河、戦闘指揮所
駿河のCIC内は蜂の巣をつついたような騒ぎに包まれていた。所属不明機との戦闘が始まったからではない、艦で保護している民間人――イヴが海に飛び込んだとの報告が齎されたからだ。
フライトデッキクルーの制止を振り切り、迷うことなく海に飛び込んだ褐色の少女の姿を複数の人員が目撃していた。日本国海上自衛隊の環太平洋条約機構派遣艦隊として、例え日本人でなくとも民間人から犠牲者を出すことなどあってはならない。そして尚悪い事に、『敵』の新手が迫って来ていた。
眉間に深い皺を刻んだ津川艦長が、危険を承知で救助のためのヘリと連絡用舟艇を出すべく指示を出そうとした時、クルーの一人が声を張り上げた。
「023緊急浮上! 海面に出ますッ!!」
「何だ? 機体の不調か!?」
駿河副長の木崎二佐が戸惑いの声をあげるが、津川艦長は構わず通信オペレーターに指示を飛ばした。
「023に繋げ! こちら艦長、023真道三尉聞こえるか!?」
『か、艦長ッ!? あ、いや……こちら023、音声は明瞭です!』
真道三尉は艦長からの直接通信に一瞬驚いたようだったが、ともあれ通信は問題なく届いているようだ。津川艦長は言葉を続ける。
「イヴ君が海に飛び込んだと報告があった。機体がまだ動けるなら彼女を捜索してくれ!」
機体に不調があるのならすぐにでも艦に収容するべきだが、海に飛び込んだ褐色の少女の事も放ってはおけない。津川艦長は無理を押してイヴを捜索するよう命じたが、帰って来たのは意外な返事だった。
『いえ、イヴなら先程回収しました!』
「何!? いや、経緯は分らんが好都合だ。新手が迫っている、即時駿河に戻れ!」
任務中は常に冷静さを保ち、殆ど感情を表に出さない津川艦長も流石に眉を吊り上げて驚きを露にしたが、何があろうと民間人を戦闘に巻き込む訳にはいかないと真道三尉に即時帰還を命じる――しかし。
『敵の新手はこちらでも確認しています! すぐに……ってイヴ!? ちょっと大人しく――』
『キョージ! なにか来る! しゅごーって』
無線の向こうで2人が何やら言い争いを始めたのと同時、戦闘指揮所のクルーが声を張り上げた。
「敵機、短魚雷を発射ッ!! 023に向かっていますッ!!」
「先手を打たれたか! 023聞こえたな? こちらも支援する、何としても回避しろ!」
真道三尉にそう命じると、津川艦長は続けてクルーに指示を飛ばす。
「誘導デコイ射出! 急げッ!」
「しかし、今からでは――――」
「それでもだ! 敵に2射目を撃たせるな!!」
戦闘指揮所のレーダー画面に映る023を示す光点と、それに急速接近する光点……敵が発射した短魚雷を睨み、津川艦長は拳を握りしめた。
■海上、第2戦闘艇小隊3号機
慌ててコクピットハッチを閉め、シートに座り身体をハーネスで固定する。すると、以前と同じようにイヴが恭司の膝の上に『ちょこん』と腰を落ち着けた。ヒレやら水かきやらが生え半ば異形と化してはいるが、預けられた肢体の柔らかさは紛れもなく女の子のそれだ。
恭司は思わず顔を赤らめそうになるが、さっきから八式の警告音が鳴りっぱなしだ、迫ってきている魚雷をどうにかしなければならない。
「ホントなら、後ろの予備座席を使って欲しいんだがなッ!」
そう言いながら操縦桿とフットペダルを動かし、恭司は八式を急速潜行させる。すると、イヴが一方を指さしながら口を開いた。
「キョージ! しゅごーっていうの、あっちから来るよ!」
彼女が指し示す先はソナーが捉えた魚雷の襲来方向と一致している……。しかしイヴはソナーの表示を見ていない、そしてよしんば見ていたとしても画面の見方を知っているとは思えない。思えば、先刻イヴは八式のセンサー類よりも先に魚雷の襲来を口にしていた。
恭司は慌ただしく機体を操縦しながら、膝の上の少女に問う。
「分かるのか!?」
その問いを、イヴは首を縦に振って肯定した。
「キョージも分かるようになるよ! じゃ、いくよ!」
そう言い、イヴは澄んだ声で歌い始める。クラゲの化け物と戦った時と同じ、歌詞の無いリズムだけの歌……。そしてやはり、恭司の身体にもあの時と同じ変化が起こった。
一切の雑念が洗い流され、ただ只管に集中力が高まってゆく感覚。彼の集中力は針先の様に研ぎ澄まされ、翻って知覚はかつて無い程に広がってゆく、そして――――。
「ッ!? 聞こえる! これは……魚雷のキャビテーションノイズかッ!?」
恭司の耳朶を魚雷が発する騒音が震わせた。微かな音だったがハッキリと聞こえる。水中を伝わり、八式の装甲を震わせ、そしてコクピットシートを伝ってその音は恭司に届いたのだ。
八式のセンサー類に拠らず、自身で直接周囲の状況を感じ取ることが出来るこの異常な状況に、しかし恭司の心中はさざ波すら立たず、自らが成すべきことにのみ意識が向いていた。それはまるで、何かを極めた『達人』と呼ばれるような類の――――。
「これならやれるッ!」
今や魚雷との相対距離すら手に取るように把握できる恭司の頭の中には、これからどう戦えば良いか、その戦闘の流れが既に組み上がりつつあった。彼は八式の動きを止めると接近する魚雷に集中し、『タイミング』を計る。
魚雷が接近すればするほど、魚雷が放つ『カァーン! カァーン!』という探信音の間隔が短くなる。普段であれば、敵の探信音を聞くことは生殺与奪の権利を握られたに等しい事であり、けたたましく鳴り響く探信音は死を告げる鐘といってもいい。
だが、今の恭司はその音すら意に介さない。恐怖はある、しかしイヴの歌が恐怖を上回る勇気を湧き立たせてくれている――――何の確証も無しに、恭司はそう思った。
「まだだ……早過ぎても遅過ぎてもダメだ。タイミングを合わせろ……」
恭司はコントロールパネルを操作し、八式両肩部の短魚雷ランチャーをスタンバイさせる。
「4……3……2…………今だッ!!」
恭司が満を持してコントロールパネルを叩いた直後、八式を魚雷の爆発が包み込んだ。