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アビスウォーカーズ  作者: 大野 タカシ
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第13話 押しかけセイレーン

 イヴの目の前にどこまでも続く青い世界が広がる、『ゴポゴポ』と気泡が視界を(よぎ)り、水面へと昇っていった。そのあぶくを見送り、イヴは視線を下に向ける。恭司を乗せたDSCVは既に相当な深度まで潜航していた。生身の人間には手の届かない水の中……しかし、イヴは構わず恭司を追って泳ぎ始めた。

 そんな彼女の身体に大きな変化が現れる。水中の音をより良く聞き分けられるよう耳は大きく尖り、背中には魚のようなヒレが生え、手足の指は大きく伸び、その間には水かきが形成された。そして、首筋と脇腹の左右にそれぞれ3(つい)のスリットが刻まれ、それがイヴの『呼吸』に連動し開閉し始めた。


 ――――――ネーレイスとは、『海に根差す民』。


 水中こそがイヴの『領域』であり、彼女の身体能力を最も発揮できる場所だ。

 イヴはイルカをも凌ぐスピードで泳ぎ、恭司のDSCVに追い(すが)る。



■直掩艦隊旗艦、空母エンタープライズ、戦闘群司令部指揮所(TFCC)


 ウェルズ司令を先頭に、ジョンソン艦長、マッケンジー補佐官の3人は戦闘群司令部指揮所の扉を潜る。室内では大勢のクルーがそれぞれの作業に従事しており、上院議員である白髪白髭の老紳士が姿を見せても『チラリ』と視線を向ける者はいても手を止める者は一人もいない。その様子を見てマッケンジー補佐官はエンタープライズ乗組員達の士気の高さを感じ取った。

 そんな彼に、ウェルズ司令は司令官席に座るよう勧めた。


「非常時です、大きく揺れる可能性もありますのでお座りください」


 その提案をマッケンジー補佐官は断った。


「司令官の席に私が腰を据えても置物にしかならんよ、君が座りたまえ。心配ない、私もかつては軍人だった、尻餅をつくような無様は晒さん」


 ウェルズ司令は軽い黙礼で謝意を示すと司令官席に着き、クルー達に報告を求めた。


「所属不明機の機種と数は特定できたか?」


 クルーの一人が即座に回答する。


「音紋照合の結果、所属不明機は総数4。全て民間作業用のDSMVです!」


 その報告を聞き、ジョンソン艦長が首を捻った。


「テロリストが……何処でそんなモノを手に入れた?」


「それが……ハワイ本島の港湾施設より、DSMV4機が盗難に遭ったと報告が……」


 クルーの言葉に、今度はウェルズ司令がため息を吐く。


「成程……連中、海底を徒歩(かち)で来たわけか。その執念を別のベクトルで使ってもらいたい物だな……。念の為警告を出せ! 従わなければ撃破して構わんッ!!」


「了解! 03DSCV小隊、及び第2戦闘艇小隊に指示を――――ッ!? 海底で爆発音を確認! 既に交戦状態に入った模様ッ!!」


 室内の空気を切り裂くような鋭い叫び声に、居合わせた全員が身を固くする。更に別のクルーから報告が上がる。


「03DSCV小隊より入電! 敵DSMVは携行式短魚雷発射機(ペッパーボックス)を所持!」


 携行式短魚雷発射機とはDSCV用の装備であり、その名の通りDSCVがマニピュレーターを使って保持し、グレネードランチャーよろしく短魚雷を撃ち出す武器だ。いくつかの種類はある物の、その外見は概して『魚雷発射用の複数の穴が開いた円筒形』であり、食卓にある胡椒や塩の容器に似ている事から『ペッパーボックス』や『ソルトシェイカー』の愛称で呼ばれていた。

 手早く簡単に魚雷の搭載弾数を増やすことが出来る装備だが、裏を返せば『腕』を持つDSMVでも運用することが可能なのだ。


火器管制システム(FCS)を持たないDSMVではおざなりな運用しか出来ないでしょうが、火力そのものは脅威ですね。砲雷撃要員、対抗妨害手段(カウンタージャマー)を準備しておけよッ!」


 ジョンソン艦長の指示が飛び、司令部要員達が即座に答える。その様子を見ながら、マッケンジー補佐官は無意識に握り拳に力を込める。

 『戦場に立つのは久しぶりだな』と思いながら。



■水深400メートル、第2戦闘艇小隊3号機


 海底目指し急速潜行する八式、恭司はそのサブカメラを操作し周囲の様子を確認する。日の光が薄れ始め、辺りは薄暗くなり始めている。恭司が通常の光学センサーからソナーに切り替えようとした時、メインモニターの片隅に白い『もや』のようなモノが映った。


「なんだ?」


 再度サブカメラを動かし白いもやを捉えようとした時、とんでもないものがカメラに映り込んだ。


「なぁッ!? い、イヴッ!!?」


 水深400メートルの海中で、褐色の少女が八式のサブカメラに取り付いていた。コクピットのメインモニターにイヴの顔がアップで表示される。それだけにとどまらず、イヴは恭司を呼ぶようにサブカメラを『コンコン』と叩き始めた。


「ちょッ! 何やってんだイヴ――――――って聞こえるわけねぇッ!! クソッ! 一旦浮上するぞ、浮上だッ!!」


 カメラの向こうの少女に声をかけようとして、それが不可能だとセルフ突っ込みを入れた後、恭司は八式の腕を操作して上を……海面を指し示す。そしてメインタンクを緊急排水し、急速浮上する。

 急速潜行から一転、急速浮上の振動に揺られる事数秒、八式は水しぶきを立てながら海面に頭を出した。恭司は大慌てでコクピットハッチを開け放つ。すると、ずぶ濡れのイヴがコクピットに転がり落ちてきた。恭司は咄嗟に少女の身体を受け止めた。


「イヴッ! お前何やって…………って、何だその恰好!!?」


 自身の腕の中に納まる少女の姿を見て、恭司は驚きに目を見開く。イヴの姿はここ数日で見慣れたそれでは無くなっていた。古いモンスターパニック映画で見た『魚人』や『半魚人』をもっとリアルにしたらこんな感じになるだろうか……と、そんな感想が恭司の脳裏を過る。


「とにかく今は非常時だ、一旦駿河に戻るか?」


 流石に、戦闘に一般人を(本当に一般人かどうか些か怪しいが)連れて行くわけにはいかない。しかし、恭司のその言葉にイヴは首をブンブンと横に振った。


「や! いっしょに戦う! そのために来ました!」


「いやいやいやッ! 危ないからッ! お気持ちだけありがたく受け取っとくからッ!!」


 今度は恭司がブンブンと首を横に振った。すると、ほぼ同時に八式が警告音を発する。ソナーが捉えた新たな反応が、メインモニター上に光点として表示された。


「――!? 新手かッ! この忙しい時にッ!!」


 恭司は歯噛みする。このままではイヴを戦闘に巻き込んでしまう……。しかし、当のイヴはニコリと笑い、長く伸び歪に節くれだった水かき付きの指で無理矢理握り拳を作りガッツポーズをとる。


「だいじょーぶ! わたしが歌うよッ!!」


 そう言って『フンス』と鼻息を荒くする褐色の少女を見て、恭司は開けっ放しのコクピットハッチから天を仰いだ。


「…………マジかよ」





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