第12話 水面下にて
■ケロン直掩艦隊旗艦、空母エンタープライズ、飛行甲板
エンタープライズの飛行甲板に大勢の人間が整列している。一糸乱れず、直立不動で並ぶ彼等の先頭には、艦隊司令のウェルズ少将と艦長のジョンソン大佐が立つ。燦々と降り注ぐ陽光、凪いだ海とは対照的に張り詰めた空気の中、けたたましいエンジン音を轟かせ、甲板に一機のオスプレイが降り立った。
「御出でなすったな」
ウェルズ司令が小声で呟くと同時、オスプレイのハッチが開き機内からスーツ姿の男性が姿を現す。白髪白髭の老紳士……安全保障問題を担当する大統領補佐官、エドワード・マッケンジー上院議員だ。
元海兵隊の古強者であり、その知見に大統領も全幅の信頼を寄せる、アメリカの…………いや、環太平洋条約機構の安全保障政策のキーパーソンである。
「総員、マッケンジー補佐官に対し敬礼ッ!!」
ジョンソン艦長の号令が飛び、整列する隊員達が『ザンッ!』と脇を締めた海軍式の敬礼をする。マッケンジー補佐官は元海兵の経歴に恥じないビシリとした敬礼で応えた。そんな補佐官にウェルズ司令は歩み寄り、握手の為に右手を差し出す。
「艦隊司令のウェルズです。歓迎します、補佐官殿」
「出迎え感謝する。早速で悪いが、テロリスト襲撃時の詳細な報告を聞きたい」
握手に応えながらマッケンジー補佐官は本題に入る。ウェルズ司令が『了解しました』と答えた直後、艦上に警報が鳴り響いた。
「何だッ!? 状況報告ッ!!」
ジョンソン艦長が胸ポケットから通信端末を取り出し声を張り上げる、すると艦橋付近の外部スピーカーから即座に返答があった。
『深海層に展開中の03DSCV小隊より入電! 海底付近に複数の機械音源を確認!』
「機械音源……。DSMVか、或いはDSCVか……」
思案するように呟くウェルズ司令に駆け寄りながら、ジョンソン艦長が口を開く。
「総員戦闘態勢ッ! 司令……。現在、海底の採掘作業は全面休止中。安全確認作業も警備のために行われていません。完全に予定外、イレギュラーです」
「分かっている。好ましからざる連中がちょっかいをかけてきたようだな……。補佐官、申し訳ありませんが非常事態です。すぐにケロンのシェルターブロックへ避難をお願いします」
しかし、ウェルズ司令の言葉に、マッケンジー補佐官は首を横に振った。
「いや、その『好ましからざる連中』の目的はまず間違いなく私だろう。私がケロンに避難すれば、ケロンが危険に晒されかねない。この艦に留まる事にするよ」
現在のアメリカ、ターナー政権の中枢にいる人物……。それだけでテロリストに狙われる理由は十二分にある。
「それは理解できますが、しかし……」
難色を示すウェルズ司令、補佐官は更に言葉を続けた。
「些か不謹慎ではあるがね、これは私にとって好機なのだ。私の事は『居ない者』として扱ってくれ。君達の力、この艦隊の実力……この目で見せてもらうぞ」
真正面からウェルズ司令の眼を見据え、そう語る老紳士。時間が惜しい事もあり、ウェルズ司令は早々に折れた。
「了解しました。戦闘群司令部指揮所にご案内します、ついて来て下さい。艦長、移動しよう」
「アイ、サー!」
今までとは打って変わって喧騒に包まれた飛行甲板を、3人は歩き出した。
■護衛艦駿河、医務室
昼食を終え食器を食堂に返却した後、恭司は医務室でイヴの相手をしていた。何をしているのかといえば、日本語のお勉強である。
恭司は他の隊員から借りた児童文学書(気持ちがささくれ立った時に読むと落ち着くとは持ち主の弁)をイヴに読み聞かせている。彼女の学習能力は非常に高く、またその意欲も旺盛であるため、恭司はずっとイヴの質問攻めにあっていた。
分からない単語を指さして『これはどういう意味ですか?』や、挿絵を指さして『これは何ですか?』といった質問をしてくる彼女にその都度答える恭司だったが、突然艦内に『カーン! カーン! カーン!』と武鐘が鳴り響いた。直後、明らかに緊張した声音の艦内放送が続く。
『海底に所属不明機を確認! 戦闘態勢発令、総員対水雷戦用意! 繰り返す、総員対水雷戦用意ッ!』
「ッ!? イヴ、ここで良い子で待っててくれ。ちょっと行って来るからッ! 続きは中村さんに読んでもらって!」
そう言って本をイヴに渡すと、恭司は医務室を後にする。向かうは格納庫にある自分の機体だ。
「ん~?」
恭司が慌てて出て行った医務室の扉を見ながら、イヴは首を傾げる。恭司だけではなく、艦内が急に騒がしくなったことを彼女の耳は捉えていた。しかし、何が起こっているのかまでは分からない。そんな時、医務室の扉が開き女性自衛官が入室してきた。
年の頃40程の、恰幅の良いその女性は医官の中村薫一尉。この医務室の主である。中村一尉は部屋に1人残されたイヴの姿を見て『まあまあ』と声をあげた。
「本を読んでたの? おばさんが読んであげよっか?」
既婚者であり年頃の娘を持つ中村一尉は、かつて自身の娘にしたのと同じようにイヴの相手をする。ちなみに、イヴが着ている白いワンピースも中村一尉が娘へのお土産としてケロンで購入していた物だ。
ニコニコ顔で腰をかがめ褐色の少女と視線を合わせる中村一尉に、イヴは質問を投げかけた。
「さっきの『カーン! カーン! カーン!』は何ですか?」
「カーン……? ああ、武鐘ね。これから戦いが始まるっていうお知らせよ」
そう答えた中村一尉に、さらにイヴの質問が飛ぶ。
「たたかい……。キョージもたたかうの?」
「そうね、戦闘態勢が発令されたから……。本当は戦闘なんて無いに越したことはないんだけど、でも安心して、真道三尉も皆も強いんだから!」
その言葉を聞いた途端、イヴは弾かれた様に立ち上がり中村一尉の脇を抜け、医務室から走り去る。突然の事に一瞬呆気にとられた中村一尉は『イヴちゃん!?』と叫びながら通路に出るものの、すでに少女の姿は無い。彼女は壁に設置されている艦内通話機の受話器に取り付いた。
■護衛艦駿河、格納庫
「システム起動完了、全機能異常なし!」
八式に乗り込み、恭司は機体の起動を完了した。いつも通り、牽引車が八式を乗せたキャリアーを昇降機へ運んでゆく。
「ん?」
八式のカメラが捉える格納庫内の映像、その片隅に白い服が見えた気がした恭司はメインモニターに顔を寄せる……が、昇降機が上昇し始め、その『白い何か』はすぐに画面から消え去った。
■護衛艦駿河、艦内
イヴは狭い通路を走っていた。恭司の反応を追い、格納庫に辿り着いた時には彼は既に『大きな機械人形』に乗り込み、外に運び出されてゆく所だった。彼女も外に出る為、今度は潮の匂いを頼りに駿河の上階を……飛行甲板を目指しひた走る。
中村一尉の報告によりイヴの姿を見た隊員達に何度か止められそうになったものの、その全てを躱し、彼女は飛行甲板に出た。
イヴの目に飛び込んで来たのは、DSCVが甲板から落ちるように出撃する瞬間だった。『ドォン』という轟音と巻き上がる水柱。
「キョージッ!!」
イヴは再度走り出す。そして甲板要員の制止を振り切り、躊躇うことなく甲板の端を蹴り、青い海に飛び込んだ。