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アビスウォーカーズ  作者: 大野 タカシ
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第10話 来訪者

『こちらはハワイ州オアフ島のダニエル・K・イノウエ国際空港です。たった今、到着した旅客機からエドワード・マッケンジー大統領補佐官が姿を現しました。タラップを降り、出迎えの軍関係者と挨拶を交わしていますが、その表情は硬いままです』


 ノートPCで再生されているニュースのネット配信……。ローザは資料をまとめる作業の手を止め、PCに目を向けた。画面には望遠で撮影されているのだろう、白髪白髭の老紳士の姿が映し出されていた。レポーターの言葉の通り、彼の表情は硬い。


『ハワイ沖深海鉱床が緑の解放戦線(GLF)に襲撃されてから3日、マッケンジー補佐官の電撃視察はターナー政権が今回の事件を重大視している何よりの証拠です。そして、GLFを始めとする所謂(いわゆる)『環境テロリスト』に対し、断固たる姿勢で臨むというメッセージを…………』


 レポーターは喋り続けるが、もはやローザの耳にはその声は届いていなかった。彼女は机の片隅に置かれている透明のケース…………イヴが奪おうとした『クラゲの化け物の細胞サンプルが入っていたケース』を見ながら思う。


 本当の脅威はテロリストなどではない――――と。



■ケロン直掩艦隊旗艦、エンタープライズ艦橋


「太平洋艦隊司令部より入電。ダニエル・K・イノウエ国際空港よりマッケンジー補佐官を乗せたMV-22(オスプレイ)が離陸しました。タイムスケジュール通りにケロンへ到着予定」


 ブリッジクルーの報告を聞きながら、ジョンソン艦長はおもむろに口を開いた。


「政府高官とは聞いていましたが、まさか大統領補佐官とは……」


「ニュースでも言っていたが、それだけ今回の件を重大視しているということだよ。予測できなかった事とはいえ、海底の大崩落により採掘作業は全面ストップ中だ、再開できるのは暫く先だろう。この経済的損失は……計算したくもないな」


 ウェルズ司令は更に言葉を続ける。


「しかも、懸案事項はそれだけではない。君もアニング博士の報告書を読んだだろう? (にわ)かには信じがたい内容ではある…………だが、あの内容が一部でも真実であるのなら、もしかすると我々は今、重大な危機に直面して居るのかもしれん」


 ジョンソン艦長はいつもと変わらずピシリと背筋を伸ばした直立不動の姿勢で……しかし、いつもとは違う憂いを含んだ声で答えた。


「正直、私はあの報告内容は飛躍し過ぎていると感じます。しかしその正体はどうあれ、DSCVに襲いかかるような危険生物が野放しになっているのは事実……見過ごすわけにはいかないでしょう」


 いかにも軍人らしい実直なジョンソン艦長の答えに、ウェルズ司令は『フッ』と軽く笑った。エンタープライズで共に仕事をするようになって長いが、この艦長はいつでも、どんな時でもこの調子なのだ。それが可笑しくも頼もしかった。


「そうだな……。まあ、とりあえずは目の前の課題に注力しよう。マッケンジー補佐官の受け入れ準備を。彼は元海兵隊(マリーン)の古強者だ、(たる)んでいるとすぐに見咎められるぞ」


「アイ・サー! 総員に気合を入れるよう通達します!」


 ウェルズ司令の言葉に、ジョンソン艦長は敬礼と共に答えた。



■スクリップス海洋研究所ケロン支部、1階大型資料保管所


 ケロンコントロールセンターの視察や今回の襲撃で負傷した作業員への見舞い等を終えたマッケンジー補佐官は、それまで随行していたマスコミをシャットアウトし、スクリップス海洋研究所ケロン支部を訪れた。

 職員に案内され踏み入った部屋は学校の体育館程のスペースがあり、その中央に採掘資源回収用のバケットが鎮座していた。バケットの周囲には足場が組まれ、その上で研究所の職員達がそれぞれの作業に勤しんでいる。これは化け物クラゲが入ったバケットであり、当初保管されていた倉庫から足場と共に移設されたものだ。

 そのバケットの前に一人の女性研究者が立っていた。彼女はマッケンジー議員に歩み寄ると、右手を差し出し握手を求めながら名乗る。


「初めまして。研究員のローザ・アニングです」


「マッケンジーだ。ハワイに来る機内で君の報告は読ませてもらった、流石にあの内容は飛躍し過ぎだと思うのだが……」


 握手に応えながらマッケンジー補佐官はローザの報告書――クラゲの化け物に関する報告内容に疑義を呈する。ローザは『その反応は想定の内だ』といった風に全く動じない。


「私も、人伝に聞いた話であればこんな事は信じなかったでしょう。文章よりも実際に見て頂いた方が早い。こちらです」


 そう言うと、ローザはマッケンジー補佐官を先導して歩き始める。彼に足元に注意するよう促しながら足場の階段を上り、バケットの中に在るモノを示した。

 海水から腐敗防止用の特殊溶液に入れ替えられたバケットの中に浮かぶのは、恭司が倒したクラゲの化け物の死骸。その姿を見たマッケンジー補佐官は『むぅ』と唸る。


「確かに資料で見るよりも、直に目にしなければこのスケール感は実感できないだろう……。しかし、それだけだ。大きさだけならシロナガスクジラにも匹敵するが、それでこの生物が『海の安全を脅かす脅威』とは思えん」


 クラゲの化け物を見つつそう語る白髪白髭の老紳士。その横顔をチラリと見やり、ローザは口を開いた。


「この化け物が『幼生』だと言ったら…………どうでしょうか?」


「幼生だと? これでか!?」


 マッケンジー補佐官は彼女を振り返りながら驚きを口にする。ローザは無言で頷く。


「採取した細胞サンプルの中で、かろうじて『生きて』いたものがあります。別室にて保管しています。慌ただしくて申し訳ありませんが、こちらへ……」


 再度先導するローザの背中を、マッケンジー補佐官は無言で追った。



■スクリップス海洋研究所ケロン支部、2階実験室


 研究施設特有の薬品臭さが漂う実験室の片隅、6つの水槽が陳列されていた。水槽の大きさは様々だが、全て同じように無数のコードやホースが繋がれ、酸素の供給などが行われているようだった。その中は何らかの薬液で満たされ……そして正体不明の『肉塊』が浮いていた。


「これは採取した細胞サンプルの中で、まだ生命活動を行っていた物を培養したものです。事件の発生から3日、培養実験の開始から2日程しか経っていませんが、見ての通りです」


 ローザの解説を聞きながら、マッケンジー補佐官は驚きに大きく目を見開く。水槽は小さいものは一辺が30センチ程、大きいものになると1メートルを超えている。その中に浮かぶ肉塊は、30センチの水槽に浮かぶ小さいものでも、その重量は1キログラム程度はあるだろう。


「実験開始時のサンプルは1グラムにも満たない大きさでした。それが、ごく少量の栄養素混合液で数百倍、数千倍にまで急速に膨れ上がったのです。さらに、問題はそれだけではありません」


 マッケンジー補佐官は無言のまま、視線でローザに説明の先を促す。


「ご覧いただければ分かる通り、細胞の分化増殖……つまり成長の仕方に一貫性がありません」


 その説明の通り、6つの水槽に浮かぶ肉塊はその様相を全く異にしていた。魚のようなモノ、カニのような甲羅を纏うモノ、犬のような足を持つモノ、肉塊としか形容できないモノ…………。到底、同じ細胞から成長したとは思えない。

 そして、年若い女性研究者は特大の『爆弾』を落した。


「この細胞は多能性幹細胞……所謂(いわゆる)『万能細胞』です」


「万能細胞……? 医療分野で研究が進んでいるアレか」


 マッケンジー補佐官の眉間に深い皺が刻まれる。その様子を見ながら、ローザは更に言葉を続けた。


「正確には違います。しかし、万能細胞の特性を併せ持っているのは間違いありません。あらゆる特性の細胞に分化し、更には驚異的な成長速度を誇る……。尚悪い事に、この細胞は成長の限界がありません…………少なくとも、現在までの実験結果では」


 ローザは実験室の隅に置かれ、布がかぶせられた一番大きな水槽に視線を向けながら、恐れさえ含んだ声で語る。彼女の視線の先にある水槽に気付いたマッケンジー補佐官が問う。


「あの水槽は何だ? 何故布で隠している?」


「あれが、この実験の最大のサンプルです。ここにある物にもまして……その、『不快』な外見をしていますので…………」


 今まで淀みなく説明していたローザが口ごもる。その様子を見て不吉なモノを感じ取った老紳士は、布で隠された大水槽に歩み寄った。大水槽は縦長で高さは3メートル近い、自然と見上げる形になる。


「見せてくれ。今後の対応を誤らぬよう、ここで起こった事を全て見るために、私はここまで足を運んだのだ」


「しかし…………いえ、分かりました」


 思わず反駁(はんばく)しかけたローザだが、補佐官の横顔からその決意が固い事を読み取り、被せられた布を一気に取り払う。


 そして、姿を現したモノは――――――『ニンゲン』だった。


「うッ! これは……ッ!?」


 マッケンジー補佐官が(うめ)く。

 大水槽の中に浮かぶのは、頭と胴体と、両手両足を持つヒトガタだった。

 断じて『人間』ではない。頭は胴体に比べて肥大しており、その顔は無貌(むぼう)……目も鼻も口も無い。両手両足の長さも太さもてんでバラバラだ。

 例えるならば、幼子(おさなご)が粘土で人形を作ろうとして失敗したような、そんな歪な――――――。

 マッケンジー補佐官の脳裏にそんな感想が(よぎ)った時、そのヒトガタの『頭』に、縦に長い……頭が真っ二つになったのかと思えるほどの亀裂が入り、皮膚がバクリと左右に割れた。


 皮膚の下から覗いたのは、頭と同じくらいの大きさがある巨大な眼球。

 

 その巨大な一つ目は、水槽を隔てて立つ白衣の女性と老紳士を見定めると、ブルブルと身体を痙攣させた。その様は、まるで二人を嘲笑(あざわら)っているようだ。


「…………ッ! バケモノめ」


 全身が粟立ち、老紳士は吐き捨てるようにそう呟いた。



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