第102話 一縷の望み
「ウォッチャー……何故お前がここに居る? そもそもここは何なんだ?」
南二尉が警戒しつつ、宙に磔にされた男に問う。問いを投げかけられたテロリストは『ニヤリ』と笑い、口を開いた。
「問えば答えが返ると思うのは傲慢だ……と、言いたい所だが。見ての通り、私はこのA・W-5に取り込まれつつあってな、完全に喰われるまでの時間を持てあましている。話に付き合ってやろう」
「A・W-5だと? 4じゃないのか?」
南二尉が更に問う。先刻の『付き合ってやる』という言葉の通り、ウォッチャーは世間話でもするような気軽さで答える。
「ああ、A・W-4は討伐された。アメリカ海軍から多少被害は出たものの、タイタンは無事だよ。君の犠牲は無駄ではなかったという訳だ」
先程の南二尉とイヴのやり取りを聞いていたのか、ウォッチャーは眼前の男がタイタン防衛戦で己が身を犠牲にし、A・W-4を撃退せしめた自衛官である事を察したようだ。それは兎も角、ウォッチャーは話を続ける。
「ああ……ちなみに。A・W-4は討伐された直後、A・W-5に喰われた。我々がここで顔を突き合わせているのはそれが理由だ」
「私を喰ったA・W-4を、更にA・W-5が喰らった? まったく、無茶苦茶だな」
南二尉は呆れ半分と言った風に、後頭部をガシガシと掻いた。普段であれば到底信じられない話だったが、A・Wなどという化け物と戦い、死んだはずの自分がこうして話をしているのだ。今この瞬間見聞きしているものを、あるがままに受け入れるしかないようだ……と、彼は大きく溜息を吐き出した。そして、今のウォッチャーの言葉に感じた違和感を問う。
「『それが理由だ』なんて随分と断定的だが、A・Wにはそういった特性でもあるのか? 私が生きていた時にはそんな話は聞かなかったが……」
「さっき言っただろう? 私はこの化け物に取り込まれつつある。だからだろうな……コイツの意思やら何やらが私に流れ込んでくるのさ。その中にはA・W-4と、A・W-4に喰われた連中の……そうだな『残滓』とでも言うべきものが混じっている。君もその類だ」
つまり、南二尉がここに居るのは『A・W-5に間接的に喰われたから』であり、ウォッチャーがその事を断定したのは、彼がA・W-5に取り込まれているから――と、言う事だ。
少なくとも今に至る経緯は分かった。だが、1つの疑問が解消すると2つ3つと新たな疑問が生まれてくる。南二尉はその新たな疑問をウォッチャーにぶつけた。
「自分がここに居る理屈は……まあ、分かった。だが、何故お前とイヴちゃんが揃ってここに居る?」
直接的にであれ、間接的にであれ、A・W-5に喰われたことで3人はここに集った。だが、イヴとウォッチャーが2人でここに居る経緯が不明であるし、何よりイヴがここに居るのならば、真道三尉の姿が無いのは不自然だ。
「簡単な事だ。我々GLFがその娘を奪取し、逃走中にこの化け物に喰われたからだよ。『A・W-5が自身と同じA・W細胞を優先的に狙う』という事で、遊撃艦隊はその娘を囮にする作戦を立案していたからな……急いで行動を起こしたらこのザマという訳だ」
「ちょっと待て! 立案段階の作戦計画をお前らが知っていただと?」
ウォッチャーの話の中に不穏な言葉を聞きつけて、南二尉が堪らずに問うた。これにも宙に吊られたテロリストは簡単に答える。
「協力者がいたのでね。君も知っているだろう? ムナカタという男だ。そのネーレイスの娘を奪取する際にも手引きしてもらったよ」
「宗像三尉が!? 彼もここに居るのか?」
南二尉は辺りを見回す。しかし、目に映るのは果ての見えない闇ばかりだ。
「あの男なら、もうこの化け物に取り込まれたよ。自分の境遇に相当な絶望を抱えていたようだからな……A・W-5にとっては良い餌だったんだろう」
「自分の境遇…………母親の事か。お前等、『治療費を援助する』とでも言って近づいたか?」
部下の事をよく見ていた南二尉は、即座に宗像三尉の裏切りの理由に思い当たる。ウォッチャーは答える事をしなかったものの、楽し気に歪められた口元が南二尉の言葉を肯定していた。
「…………全く、あのバカ! 1人で抱え込みやがって」
南二尉はそう吐き捨てて肩を落とす。しかし、その様子からは怒りや憎しみは感じられず、不出来な我が子を叱るような雰囲気があった。南二尉はイヴに向き直り、深く頭を下げた。
「イヴちゃん……私の部下のせいでこんな事になってしまって、本当にすまない」
イヴはふるふると首を横に振った。こうなる直前、最後に話した宗像三尉の様子を思い出す。『会って欲しい人がいる』と言い、飴だと言って白い錠剤を(睡眠薬だったのだが)くれた宗像三尉は、どこか辛そうな顔をしていた。
「ううん、シンタロー辛そうだった。きっといっぱい考えて、『そうするしかない』ってなったんだと思う。それにね、これもシンタローがくれたの。『コレを使えば、キョージが必ず迎えに来てくれる』って……」
そう言いながら、イヴはポケットからスマートフォンのようなモノを取り出した。手の平に収まる程度のそれを見て、南二尉は声をあげた。
「それは……サバイバルキットの救難ビーコンじゃないか!」
DSCVやDSMVは、非常時にはコクピットである耐圧殻をフレームから切り離し、水上へ脱出できるようになっている。しかし、すぐに回収されず海上を漂流してしまう場合を考慮し、コクピット内にサバイバルキットが備えられていた。
キットの中には最低限の医薬品、携帯用海水ろ過装置や数日分の保存食糧――そして、助けを呼ぶための救難ビーコン発信機が入っている。
「クックック……まさに苦し紛れといった所だな。その信号が君達の仲間に届く可能性は極小。よしんば届いたとしても、対A・W戦闘の切り札たるネーレイスの巫女がここに居るのだ、この化け物の隙を突いて救助するか? いいや、不可能だ。あがくだけ無駄だよ」
闇の中にウォッチャーの声が響く。それを聞いた南二尉は、視線をイヴから吊るされた男へと向けた。
「『人類を一つにして世界を救う』なんて言っていた男の言葉とは思えんな。あれは嘘だったのか?」
フィリピン海での戦闘において、ウォッチャーは世界の分断を憂い、人類を糾合して救う……そんな事を話していた。今の言葉は、そのような理想を掲げる男のものとは思えなかった。
――――しかし、ウォッチャーは今までで一番の歪んだ笑みを浮かべ、吐き捨てるように言い放つ。
「そうだ。あんなものはタテマエに過ぎない。適当な理想を語り、偽りでも希望を示してやれば、手足となって働く兵隊はいくらでも『調達』出来るからな」
「…………なら、お前の目的は何だ?」
自然と、南二尉の表情は険しいものとなり、ウォッチャーを問い質す。GLFの首領、危険なテロリスト……そして、A・W-5に取り込まれた男は長い溜息を吐き出すと、静かに語り出す。
「復讐……いや、八つ当たりと言ってもいい。全てを失い絶望に沈んだ男が、やり場のない思いを無差別にぶつけている――――それだけだよ」