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アビスウォーカーズ  作者: 大野 タカシ
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第1話 ニュー・ワールド・オーダー

 来たるべき近未来、右肩上がりに増え続ける世界人口と、それによって食い潰される諸資源とエネルギーの不足は、人類に大いなる選択を迫った。


 選ばれたのは『未知なる世界』への挑戦。

 つまり、未だ手付かずで残る深海資源の活用である。


 資源価格の高騰により、費用のかさむ海洋資源開発のコストをペイできるようなった事もあり、沿岸国は積極的に海洋資源の開発に乗り出す。そして、深海鉱床開発の為、新たな作業用重機が開発された。

 ――――深海多用途作業艇、Deep Submergence Multipurpose-working Vehicleの頭文字を取り『DSMV(ディーエスエムブイ)』と呼ばれるロボット重機である。


 DSMVは深海潜航用の耐圧殻をコクピットブロックとし、それに手足を備えたフレームユニットを装着する……文字通りのロボットだ。

 Multipurpose……多用途とその名にあるように、2腕2脚の基本形態から多腕多脚の異形までその姿は多岐にわたり、更に多種多様なオプションによりあらゆる作業に対応する。

 陸上においては未だ実用段階に至らない『脚』という移動手段……そして『人が乗り組むロボット型重機』という一見荒唐無稽に思える組み合わせは、海底という環境下においては最適なソリューションであった。


 ――――DSMVの登場により、海底の開発は飛躍的に進む……。しかし、その事が世界に新たな火種を(もたら)す事になった。


 海洋開発により潤う沿岸国と、その恩恵に(あずか)れない内陸国の経済格差は拡大の一途をたどり、かつての東西分断に代わる、新たな対立構造を生み出した。そして、その対立の火花が海の底に波及するのに時間はかからなかった。


 歴史を紐解くまでも無く、人と争いは不可分だ。海の底においてもそれは変わらない。


 世界中の深海鉱床において、『環境保護』を(うた)う過激派組織の襲撃・妨害事件が頻発するに至り、深海鉱床を持つ各沿岸国は自衛策を講じる。

 その結果生み出されたのが、DSMVのノウハウをそのまま軍事転用したロボット兵器――――深海戦闘艇、Deep Submergence Combat Vehicle……『DSCV(ディーエスシーブイ)』である。


 DSCVやDSMVを()り、水底(みなそこ)を往く者達…………人々は彼等を『アビスウォーカー』と呼んだ。



■北緯23度55分・西経164度30分、太平洋、ハワイ沖


 本来何もないはずの洋上に巨大な構造物が浮かび、その周囲に10隻の艦艇が展開、全方位に睨みを利かせていた。


 雲一つない晴天、凪いだ海に浮かぶ巨大な構造物は、環太平洋条約機構に所属する洋上移動拠点『ケロン』。複数のメガフロートを連結して建造された、海洋資源開発のための洋上プラットフォームである。

 常時1万人以上の作業員が働くケロンの上部には、海底から採掘した資源の集積所や、その一次製錬施設、淡水化プラントや作業員向けの各種生活施設などがひしめき合い、さながら一つの工業都市の様相を呈している。


 突如、様々な機械の騒音をかき消す様に、一際大きなアラームが鳴り響く。次いで、ノイズ交じりのアナウンスが洋上に流れた。


 『第3鉱区バケット浮上! 引き上げ要員は準備しろッ!!』


 アナウンスの後、少しの間をおいてケロン東側の海面が泡立ち、盛大な水飛沫(しぶき)をあげながら巨大なバケット(カゴ)が浮かび上がる。複数のバラストを取り付けられたそのバケットには大量の土砂……鉄鉱石や銅鉱石を主とした各種資源が満載されていた。

 海底で採掘された資源は、このようにして海上に届けられる。そして、タグボートがバケットをケロンに接舷(せつげん)させると、ケロンに備え付けられた巨大なクレーンが動き出す。どこから集まったのか、クレーン上で羽を休めていたカモメ達が驚き、一斉に飛び立った。

 クレーンはバケットを吊り上げ、資源集積所へと運ぶ。バケット内の各種鉱石は、今度はベルトコンベアで一次製錬施設に運び込まれる、そして製錬が完了したものから船積みされ、環太平洋条約機構加盟各国へ出荷されてゆくのだ。



■ケロン直掩(ちょくえん)艦隊旗艦、空母エンタープライズ、艦橋


 モニターに映し出されたケロンの様子を見ながら、直掩艦隊司令長官トーマス・ウェルズ少将は椅子に深く背を預け、『ふぅ』と息を吐いた。


「作業は順調のようだな。このまま何事も無ければいいが……」


 そう言いながら、彼は黒人特有の(ちぢ)れた髪を撫でつけながら帽子を被り直す。そんなウェルズ少将の様子を見、傍らに立つ士官が口を開く。


「『テロリスト』共の妨害は日々巧妙に、かつ大胆になって来ています。気の休まる暇はありません」


 そう答えたのはエンタープライズ艦長のアラン・ジョンソン大佐だ。海軍航空隊の攻撃機乗りだったジョンソン艦長は、ぴしりと背を伸ばしたまま、ケロンの様子が写るモニターや各種計器、それらをオペレートする艦橋要員達に視線を走らせる。

 彼が視線を留めた先、レーダー画面には複数の光点とその識別結果が表示されていた。<MR-01>と表示される一際大きな光点はケロン、その周囲に散らばる小さな光点はエンタープライズを始めとする直掩艦隊所属の艦艇だ。

 米国船を意味する<USS>の表示に続き、各艦艇の艦番号が表示されている。エンタープライズであれば<USS/CVN-80>といった表示になる。

 だが、艦艇を表す光点の中に表示の違うものが4隻存在した。その表示は<JS>……日本の船舶である事を表すものだ。つまり、この直掩艦隊は日米の混成部隊なのだ。

 エンタープライズを旗艦とする米海軍第11空母打撃群と、海上自衛隊第『5』護衛隊群からなる一大艦隊が守護する洋上採掘プラットフォーム『ケロン』……。鉄壁と思える守りに固められたケロンだが、今までに幾度も『環境保護団体』を自称する過激派組織に狙われ、軽微なものではあるが実際に被害を出したこともあった。

 その時の事を思い出しているのだろう……ジョンソン艦長は眉根を寄せ、渋面を作る。


「今後に活かせるのであれば、過去を悔いるのは良い事だよ、艦長」


 艦長の表情からその内心を察し、ウェルズ司令がそう声をかけた時、通信オペレーターが緊張含みの声を上げた。


「カール・M・レビンより入電! 南南西60海里のポイントに不審な船影を確認、速力20ノットで当艦隊に接近中ッ!」


「噂をすれば、ですか……。無人偵察機(UAV)を出せ! 同時に不明船舶に対し無線で警告! それと、付近を航行中の船をリストアップしろ!」


 ジョンソン艦長がため息代わりに『フン』と鼻を鳴らし、即座に指示を飛ばす。それに続けてウェルズ司令が口を開く。


「方角的に一番近いのは日本隊か……。スルガのツガワ艦長にDSCV隊の出動を要請してくれ。ジョンソン艦長、我々は戦闘群司令部指揮所(TFCC)に移ろう」


「了解しました」


 ウェルズ司令とジョンソン艦長は、ブリッジクルー達に敬礼で見送られながら艦橋を後にした。



■ケロン直掩艦隊、護衛艦駿河(するが)戦闘指揮所(CIC)


 日本国海上自衛隊、環太平洋条約機構軍出向艦隊の旗艦を務めるヘリ空母『駿河』のCICには既に司令部要員が集結していた。

 LINK22―――戦術データリンクによって即座に情報共有され、直掩艦隊全艦に警戒態勢が発令されていた。そのため全員表情は硬く、薄暗い室内には緊張感が漂っている。

 司令部要員達が次々に、矢継ぎ早に状況を報告する。


「エンタープライズよりUAV発艦! LINK22接続!」

「不審船舶進路そのまま、依然20ノットで接近中!」

「ウェルズ司令名義でDSCV隊の出撃要請が来ています!」


 それらの報告を聞きながら、駿河艦長の津川武志(つがわたけし)一等海佐は豊かに(たくわ)えた顎髭を撫でつけた。人生の大半を艦上で過ごした老船乗りは、感心しきりといった風に顔に刻まれた皺をさらに深くする。


「流石に米軍さんは初動が早いな……。副長、第2戦闘艇小隊を出してくれ」


艦長の命令に、駿河副長の木崎将(きざきまさる)二等海佐が答えた。


「アイ、サー! 第2戦闘艇小隊、出撃急げ!」


木崎副長の命令を受け、駿河艦内に警報が鳴り響く。



■護衛艦駿河、格納庫(ハンガーデッキ)


 警報が鳴り黄色の回転灯が周囲を染め上げる格納庫の中で、3機のDSCVが四つん這いの状態で駐機されていた。球形の胴体に2腕2脚のフレームを取り付けたその機体は、海上自衛隊が保有する八式深海戦闘艇……米側からは『タイプ・エイト』と呼ばれるものだ。その3機に、それぞれ1名ずつパイロットが乗り込み、コクピットハッチが閉鎖された。


 パイロットの1人、023……第2小隊3号機に搭乗する真道恭司(しんどうきょうじ)三等海尉は自身の体を座席のハーネスで固定すると、イグニッションキーを回してシステムを起動、座席脇のタッチ式コントロールパネルに掌を押し当てる。僅かな間の後、正面のメインモニターに掌紋認証の成功とパイロットデータの照合が完了した旨の一文が表示された。


「こちら023、真道。システム起動完了、全機能異常なし!」


 恭司は無線を介し、ハンガーデッキクルーに出撃準備が完了した旨を告げる。すると、即座にヘルメットのインカムから『了解ッ!』という返事が聞こえて来た。

 メインモニターを見ると、機体正面に立つクルーが腕を大きく振り1人乗りの牽引車を誘導している。その牽引車は3号機が四つん這い状態で乗っているキャリアーに連結すると、キャリアーごと3号機を艦載機用エレベーターへと運んでゆく。


 エレベーターで飛行甲板(フライトデッキ)に上がると牽引車は切り返しを行い、機体を駿河の左舷に寄せる。潜望鏡を兼ねる機体頭頂部のサブカメラを旋回させると、同じ第2小隊の021と022も同じように艦の左舷に寄せられており、3機のDSCVが横一列に並べられたのが見て取れた。


『第2小隊、021から順次に発艦ッ! どうぞ!』


 フライトデッキクルーが手信号を送りながらインカムに向かって叫ぶ。その声を無線越しに聞いた第2小隊は021から順番に、スキューバダイビングを行うダイバーよろしく、背中から海面へと落下していった。

 

 盛大な水柱を上げ水中に消えるDSCV――――。恭司の眼前に、どこまでも続く青い世界が広がった。


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