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[第一章完結] 揺り籠の烙印者  作者:
第二章 ウィリディスの冒険
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第四話 政治都市フォルセティス

 外交、内政問わずトキタスア国の重要な拠点が集う"政治都市フォルセティス"――とはいえ、住宅街に他の都市とたいした違いはなかった。フォルセティスは政治都市とは言うものの、政治家や役人ばかりが住んでいる都市、という訳ではない。精々、外国語を扱える住民が多かったりとかその程度である。

 住宅街は役人居住区とは分けられているために、高級な屋敷が建ち並ぶわけでもなく、地価も他の都市と比べて取り立てて高いわけでもない。街中で散見されるはトキタスアで一般的な木造家屋であり、国の内外から人の集まる土地柄ゆえの観光業、飲食業に勤める者が多く所謂いわゆる中流階層が日々暮らす街であった。


 トキタスアへと外国から()()()()()()()()()が訪れているこの時も、長閑のどかな街の様子は常と変わるところはなかった。密やかに広まる、たったひとつの噂を除いて――。


「なあ、知ってるか? 南洋のアレヴターウェン様がフォルセティスに来ているらしいぞ」


     ●◒○・∫・∫・∫・∫・∫・∫・∫・∫・∫・∫・∫・∫・○◓●


 ここで登場するのは、ダリャトーリュンという盗人である。彼は地方からこの街に流れてきた貧民であった。

 慣れたいつもの店で真昼間から酒を飲んでいる彼は、中肉中背の不健康を絵に描いたような身なりをして、唯一、髪型だけは櫛が入れられているようで炭色の癖っ毛が目元でくるりと巻かれていた。


「どうしたもんかね」


 そんなダリャトーリュンの呟きを拾う者は、()()()周囲にはいなかった。だが、彼も誰かの反応が欲しかったわけではない。その呟きは思いがけずに口蓋から零れ落ちたのである。

 店の中にいる他の人間はどこぞの領主の話題に夢中のようであるが、ダリャトーリュンには興味もない。なぜなら彼は自分が社会の雑草だと思っていたからだ。

 中洋地方の地下都市から逃げ出したはいいが、ダリャトーリュンに居場所など無かった。真面目に勤勉に、人に迷惑を掛けずに生きてきたつもりであった人生は、他人によって雑草の如く簡単に踏み潰されてしまった。

 他人の勘違いのせいで咎人扱いをされ、村八分。社会に失意を覚えたというかがっかりしたというか、気が付けば生まれ育った土地からも離れてこんな処で酒を飲んでいた。

 今のように。有り金をはたいて一杯を買い、それをちびちびと。


 ダリャトーリュンは、このような事態に陥って初めて、自分がどれだけ他人から必要とされていなかったかについて知ることになったのである。

 最近大通りで財布を上手いこと掠め取る機会があって。その()()()で初めて飯を食った時には、これが本当の飯の味かなんて感傷に浸ったものだったが、それからはスリなんて慣れればなんてことなかった。浮ついている余所者からパッと頂戴するだけだ。服装や動向をちょっと観察するだけでそれが稼業になった。


 スリなんて最初はするつもりはなかった。けれども、道端で小物修理の露店をするにもやさぐれた男には気力が足りず、いまさら昔のように働くのかと思うだけで身も心も重くなる状態だった。その日を生きるために選んだこの道をふらふらと進んで来てしまったが、はて、この先はどうしたものか。

 いっそのこと取っ捕まって刑務所の御厄介になろう。というのが、ここ数時間酒を舐めながら考えた一番の妙案である。喉にへばり付くようにして静かに降りていく酒の熱がダリャトーリュンの脳みそをとろかしているようで、こんな考えしか浮かばない。その上半端にしか酒が効かないせいで自暴自棄にもなれないのだった。


 フォルセティスには警備隊もあるが、ダリャトーリュンは手配されたこともない。なにせこのフォルセティスには仕事や観光で余所者が多い。ダリャトーリュンのような盗人はよくうろついている。掃討されるとすれば、軍でも動かなければ人員が足りないだろう。

 刑務所に行くには自首するか、大きな事件でも起こすしかない。……そんな気力があれば就活でもするさ、などと自答してダリャトーリュンは塞ぎ込んだまま今日の仕事へ向かう。


 残念ながらあんな少量の酒で腹は満たされない。ダリャトーリュンは腹が減っていて、職場の大通りには今日も獲物がいっぱいだった。きょろきょろ辺りを見回しながら歩く小金持ち風の男とか、精一杯のおしゃれをして出てきたような田舎娘、あとはおつかいか何かで地図を見ながら歩いている――小さな少年。


 腹が減っていた、ただそれだけであった。


 ダリャトーリュンは目を付けたその少年の後ろへと忍び足で近づいていく――それが、彼の人生の節目となろうことなど知る由もなく。


「なあ、おチビちゃん。そのリュック見せてくれるかい?」

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