第十三話 ダウルム王家 中編
お互い幼いころの話だ。人を殺すのに何故わざわざ首を落とすのかを尋ねると、アレヴターウェンは心底不思議そうにこう吐かした。
『首を斬らないと、生きているのか死んでいるのか分からないよ』
あの時に感じた得体の知れない嫌悪感は、今でもシレウスの胸の内に燻っている。
昔から関わりたくない人間だった上、会う度にその嫌悪感は増していき、今では顔を合わせる予定が決まっただけで憂鬱になる程なのに。
シレウスは視界に映る深緑の色を持つ少年を前に、現実逃避も叶わず項垂れた。
ウィリディスの育ちの良さような容姿を観察し、やはり、と呟く。
「やっぱり、アレヴターウェンだよなあ……」
「兄さまがどうしたの?」
ウィリディスの発した何気ないその発言に、周囲は大騒ぎ、やかましい言葉の嵐となった。もはやシレウス如きの言葉で抑えられるものではない。
「モモくん? 今、なんて言ったかな?」
聞き間違いであってくれと、内心白目になってシレウスは問いかける。
「ぼくモモじゃないよ」
「え?」
そして、ウィリディスは外の世界で初めて自らの名を名乗った。
「ぼくはウィリディス! ウィリディス・グリーンベールだよ。兄さまはウィリって呼んでくれるんだ」
瞬間意識が飛びそうになったシレウスは、気合で自分の意識を引っ張ってきて引き戻す。兄さま? 兄だって?
ふざけるな。
グリーンベール家が子供を隠していて、その上、その子供があのアレヴターウェンの弟だなんて……そんな話はどんなにつまらないジョークでも聞いたことがない。
一方、ウィリディスは先程よりも騒めきを増した人々を不思議がりながら、純粋に疑問を抱いたことを口にした。
「シレウスは兄さまのお友だちでしょ? なんでアレヴって呼ばないの? みんなそう呼んでるのに」
それは、彼の愛称を呼ぶような人間、つまり重臣か親しい親族はこの子供を知っているという証左だった。
あの野郎。驚きが通り越して怒りになってきたシレウスは、喧騒に当たり散らすことにした。冷静でいながらに警戒心を保つのは至難の技だ、こういうことも必要だった。
「黙れと言っただろう。国随一の軍隊を敵にしたいのか。騒ぐな。無責任に国家を揺るがすつもりか?」
南洋地方グリーンベール家が要する南洋軍を知らぬ者はいない。トキタスア国家への害悪を地の果てまでも追い回す統制された軍隊。幹部が着装している顔の半分を覆い隠す面もまた、その畏怖と畏敬を引き起こすのに一役買っているだろうことは疑いない。
シレウスがそう言うと周囲のざわめきはいくらか収まったが、話をここで留めることはもう不可能だった。
「あああああ」
「逃げようぜ。知らんくていい事知っちまった気がする」
「話聞いただけで殺されちゃたまんねえもんな」
おどおど、ぱらぱらと人が散っていく中、シレウスは喉から声を絞り出す。
「僕が愛称で呼ぶのはレジィだけだよ……ちなみに君の年は?」
「7才!」
両手を使って元気いっぱいに数字を示す少年は、まさしく天真爛漫という表現がぴったりだ。シレウスの知る、温厚な仮面をかぶった冷酷無比のアレヴターウェンとは似ても似つかない。
生まれ柄、人を見る目だけは養ってきたシレウスである。容姿魔法を解いた後の少年は嘘をひとつも言っていなかった。
本当に兄弟なのか? 義理? ここまで面影もない兄弟がいるものなのか。疑問は沸けども、少々特殊な自らの兄姉からは比べようもなく、シレウスはひとまずウィリディスを信用することにした。
「ああ、思い出した。ウィリディスくんだね、お兄さんから聞いたことあるよ。僕は王家のシレウスだ、一度くらい聞いたことあるだろ?」
「ぜーんぜん、知らない!」
明るくスパッと言い切るウィリディスに、シレウスの頬がピクリと引きつる。
あの野郎! 王族の話ぐらいはして……いや、なにかを吹き込まれているより余程良い。
それよりもだ、シレウスには確かめなくてはならないことがあった。アレヴターウェンが弟をどのように扱っていたのか、そして自分がどのように扱うべきなのかを。
「大丈夫。みんな君のお兄さんを知っていてね。彼はとても有名な人だから、驚いてしまったんだ」
「兄さま、有名なの?」
「ああ、とっても有名だよ。この国でも、八大陸中でもね」
そっかあ、と自分のことのように照れて喜ぶ少年は、どう見たって己の兄が”悪評”で有名な人物などと微塵も知らない様子である。
そんなことすら教えていない、教えられていない――のならば。
こちらの都合通りに、如何様にも動かせる。
「シレウス、早く兄さまのところに行こうよ」
無遠慮に手を引いてくるウィリディスへ、シレウスは努めてやさしく接した。
「ウィリディスくんは、どうしてフォルセティスに? 家出かな、喧嘩でもしたの?」
「さっき聞いたでしょ。兄さまに会いにきたの」
「お兄さんは、今は違う都市にいるよ。王都だ、王都のお城にいるんだ」
どうせ顔を合わせるのなら、地の利ばかりは取っておかなくてはと、読唇術のできる近衛のシウへ声を出さずに指令を出す。
『シウ、王城へ連れていく、アレヴターウェンを召喚しろ。迅速に、最優先だ』
『文言は簡潔に、”ウィリディス・グリーンベールを迎えに来い”。余計なことは伝えるな』
シレウスの視界の端で、シウは小さく首肯してこの場を去った。
シレウスはこの事態をハイ=オビリス族の来訪より重大な事項と見なしていた。手札を違えた場合の、なによりも内政への影響が大きすぎる。
シレウスは、自らが優先順位を秤違えていることを願う。しかし、違えてはいないだろうとも確信があった。
あのアレヴターウェンが関わることなんて、ろくでもないことに決まっているのだから。
「王さまのお城!」
ウィリディスは、本の中に何度も出てきた王城に行けるとなって、興奮して飛び上がった。
「ねえねえ、どうやって行くの? お空の機車?」
「もちろん、それも特別な機車だよ」




