依頼①
「今回はミストさんっていう方からの依頼なんですよー。神楽くんが飲んでる魔力を抑える薬を作った方なんです」
「へぇ、そうなんだ。それならボクも本腰入れて探さないと」
移動する途中、気になっていたことを聞いてみる。
「前部長がボクのことも依頼人って言ってたんだけど、それはなんで?」
「呪いを解く、という依頼をわたしが承ったということにしてるんです。だから神楽くんも依頼人の一人だと話しました」
「あぁ、そういうことか…。だとしたら、依頼達成した時何か渡さないといけないよね?お金とか…」
「そんな必要はありませんよ?わたし特に何ももらってないですし。強いて言うなら、これにサインしてもらってるくらいです」
そう言ってセラは一枚のカードを取り出した。小さいマスがずらっと並び、その中に文字が書かれているのもあれば、空白のままのものもある。
「サインが依頼達成のしるしなんですよ。これまでに38個は集まりました」
むふー、と誇らしげなセラには悪いけど、ボクにはそのカードがラジオ体操の出欠カードにしか見えなかった。
学校から出ると、すでに時刻は深夜をまわっていた。空を見上げると、まんまるの月がぽっかりと浮かんでいる。雲ひとつない、きれいな月夜だ。
「よし!じゃあ行きますか!」
「行くって、どうやって?」
「もちろん空を飛ぶんですよ!いつもそうしてます」
「空を飛ぶって…」
ボクはため息を吐く。
「ボク、セラみたいに飛べないんだよ?」
「それはわかってます!だからこうするんですよ!」
セラはボクの体をひょいっと抱えあげた。いわゆるお姫様抱っこという状態だ。…って、ちょっと待って。
「待ってセラ、この体勢はやめて。もっと違う抱え方あるよね?あとセラ意外と力持ちだね?」
「お褒めに預り光栄です!これでも鍛えてますから!」
「あ、ダメだこの子全然人の話聞いてない!」
「準備万端です、行きましょう!」
「待ってセラ、待って、う、うわぁぁぁぁ…」
セラはその勢いのまま、空へ飛び立った。
空へ飛び上がった後、しばらくはセラにしがみつくので必死だったけど、慣れてくると周りが見えるようになってきた。ぽつぽつと家の明かりが灯っていて、都会の夜景ほど立派ではないけど、ボクの心を満たすのには十分すぎる景色だった。
「…すごいね…」
「やっぱり飛ぶのは夜に限りますねぇ。闇に紛れますしこうして夜景も見れますし」
「そういえば今日はローブ着てるんだね」
「制服だと白くて目だってしまうんですよ。ですから夜に飛ぶ時はローブ着てるんです。昼は着ませんけど」
「あれ、でも初めて会った時もローブ着てたよね?空飛んでたって言ってたし」
「うっ…あ、あれはついうっかりと言いますか…」
セラは口をもごもごさせながら言葉を漏らした。
「あの時はローブを下ろしたてで着心地を確かめたくて…。ついテンションが上がって着てしまったと言いますか…。うう、一生の不覚です」
「…ま、まあ気持ちはわかるよ」
俯いてしまったセラに、ちゃんと前を見て飛んでもらうためボクは慌ててフォローに入った。こんなところで落とされでもしたらひとたまりもない。セラには安全運転を心がけてもらわないと。
「そ、そうだ。セラは色んな依頼を受けてるんだよね。その依頼ってどこから来てるの?」
「それはですね、わたしのおししょーが持ってきてくれるんです。おししょーは顔が広い方なので、種族を問わず知り合いがたくさんいるんですよ」
「へぇ、セラには師匠がいるんだ」
「そうです!すごい人なんですよ。いつか神楽くんにも会わせたいです。直接会えば呪いのことも何かわかるかもしれないと言ってましたから」
師匠の話になると、セラは途端に顔を上げ、自慢気に話し始めた。よっぽどその師匠のことを尊敬しているんだろう。意識をさっきの失敗談から逸らすことに成功したことに安堵しつつも、
(セラが単純で良かった…)
と思ってしまった。セラごめん…。
「あ、そろそろ着きますよ!降りますからしっかり掴まってくださいね!」
森の中に向かってセラは下降し始めた。
セラが着陸した森は、木と木の間が開けて月の光がよく差し込んで来ていた。日の光をよく浴びてるんだろう、地面に生えた芝は青々と繁っていた。
「んーどのへんかな…」
ぶつぶつ呟きながらセラは進んでいく。よく見ると、セラの目の回りには青い粒子が浮かんでいた。
「セラ?それは?」
「?それとは?」
「目の回りになんか浮かんでるよ?」
「あぁ、これは魔法を使ってるからですね。探し物に便利な魔法があるんですよ」
「呪文唱えたりしないんだね?」
「呪文は頭の中で唱えるのが普通なんですよ。口に出してしまうと、魔力が漏れてしまいますから」
「魔力が漏れる?」
「言葉には力が宿ってますから。魔法で使う言葉には魔力がこもって、口に出した途端に魔力が漏れて、魔法に必要な魔力がなくなってしまうこともあるんですよ。そうならないように、頭の中で唱えるんです」
「なるほど…言霊って言うもんね」
言われてみれば理にかなっている。言葉に魔力がこもるなんて考えたこともなかったけど、言霊があるくらいならそんなことがあっても不思議じゃない。
(なんだかセラに会ってから、ボクの中のファンタジーの概念がことごとく崩されてる気がするな…)
苦笑しつつセラを見れば、僕の隣で動きを止めていた。
「セラ、どうかした?」
「この辺りなのですが…あ、ありました!」
セラの指差す方を見れば、淡い青の光が灯っていた。セラと一緒に駆け寄れば、そこには青く光る丸々としたつぼみを持つ植物が生えていた。そこを皮切りに、同じように青いつぼみを持つ植物がぽつりぽつりと生えていた。
「これが月見草?」
「はい!今日は満月ですからつぼみを閉じてるんですけど…これがそうです!」
「すごい、綺麗だね…。で、これをどうするの?」
「いくつか持って帰って、花が開いたら花の蜜をとります。月見草の蜜は月の雫と言って、魔法関係の薬に使われるんですよ」
「なんというか、ザ・ファンタジーって感じの名前づくしだね…。僕は何本摘めば良い?」
「それじゃあ二本摘んでもらえますか?できれば他のものよりも丸々としたつぼみのものが良いですね」
「オッケー」
月見草を見て比べながら、めぼしいものを摘んでいく。そうして渡した月見草を見て、セラは満足そうに頷いた。
「これなら十分ですね!手伝ってくださりありがとうございます、神楽くん」
「セラの力になれたなら何よりだよ。これからも何かあったら、頼ってくれて良いから」
「…はい!ありがとうございます!」
にぱっと満面の笑みを浮かべたセラに、ボクも笑い返した。