文芸部を見学しよう
「初めまして。神楽理人です。よろしくお願いします」
簡潔な自己紹介を済ませ、指定された席に座る。昼間部から夜間部に編入してきたこともあり、興味津々といった様子で見てくるクラスメイトの視線が痛い。
(それにしても、本当にみんな呪いが効いてないんだな…)
薬を飲んで制御できてる状態でも、ねっとりとした視線を感じることが多々あったのに、ここではそういう目で見てくる人がいない。学ランの上に着ているパーカーのフードを下ろしているのに、だ。
(あぁ、なんて気楽なんだろう)
これならやっていけそうだ。そう思った瞬間だった。
「遅刻遅刻ッスー!」
バァン!!
「キキぃ!扉破壊しながら教室入んなって言ってるだろうが!!」
(…理解が難しい、か…)
どうやら気楽にとはいかないらしい。未だ現実に追い付いていない現実主義なボクが、鉄の扉が破壊された光景を見てふらりと倒れた。
キーンコーンカーンコーン…
「ねぇねぇ!うちの部活見ていかない?」
「あ、ずりぃぞ!神楽、うちの部活こそ見に来いよ!ボクシング楽しいぞー?」
「誘ってくれてありがとう。でも、先約があるんだ」
破壊された扉を魔法で直しに来たセラの方を見やる。結局セラは違うクラスだけど、魔法が使える生徒が少ないという理由で別クラスのセラが連れてこられたらしい。
「あぁ文芸部かー。あれ、でも文芸部って結構入部条件厳しいんじゃなかった?」
「そうなの?」
「そだヨー。入るには部長と副部長のお眼鏡に敵わないといけないらしいヨ」
(一体どういう部活なんだ?)
少し緊張しながら、ボクはセラのもとに向かった。
「ここです!」
セラに連れられたどり着いたのは、B棟の隅っこにある文芸部の部室だった。文芸部と書かれた紙が雑に貼られた教室の扉を、セラは迷いなく開けた。
「失礼しまーす!ぶちょー、副ぶちょー、神楽くん連れてきましたよー」
「おー、お疲れセラ」
扉の向こうには、狐のように目を細めた女子生徒と、伏し目がちの女子生徒が立っていた。
「ほぉー?ふぅーん、なるほどねぇ…ふむふむ」
細目の女子生徒は目を細めたまま、ボクを値踏みするかのごとく爪先から頭のてっぺんまでじっくり見てきた。一方で、伏し目がちの女子生徒も、何も言葉を発しないままで僕をじっと見ている。なるほどこれがカコの言っていた審査か。ボクはこの人達のお眼鏡に敵うんだろうか?
「…随分苦労してきたみたいだね?君。個人的には入部許可出しても良いかなー」
「…私も良いと思う」
「あら、エリーも?めずらしー」
「柚こそ。普段は門前払いしてばかりじゃない」
「…えーと?じゃあ僕は…」
「これで神楽くんも入部できますね!やったー!」
わーいとひとしきりはしゃいだセラは、ふと動きを止めた。
「そういえばまーさんは?いつもはまーさんのチェックもないとダメですよね?」
「木場なら今日来ないらしい」
「あ、そうでしたっけ?うーん、じゃあ神楽くんはまだ入部できないですかね…」
「セラの話聞くかぎりじゃ大丈夫だと思うけどねぇ。ま、しきたりはしきたりだしマサが来るまでは仮入部ってとこかな」
「…あの」
ボクはたまらなくなって、手を挙げて話の流れを中断させた。
「ん?どうしたんだい?」
「ボク、まだ入部するか決めてないんですけど…」
「あり?そうだっけ?」
「そういえば今日は見学だけって話でした!」
セラの言葉に、女子生徒二人は新喜劇のように転んだ。なかなかノリが良いみたいだ。
「まったく、それならそうと言ってくれたまえよ…。まあ何はともあれ自己紹介といこうか」
細目の女子生徒はボクにウィンクしてきた。
「初めまして、神楽理人くん。私は部長の日比野柚。何でも見通す目で入部希望者を鑑定するのが役目さ。ま、よろしくね」
「私は副部長の間嶋愛理絵。相当集中しないといけないけど、一応テレパシーが使える。よろしく」
伏し目な女子生徒ー間嶋さんは軽く僕に向かって会釈した。会釈し返してから改めて部屋の中を見回す。文芸部の部室ということもあり、部屋中本棚だらけだ。
「普段はどういう活動をしているんですか?」
「んー、そうだねぇ。普段はこれといって文芸部らしい活動はしてないかなぁ。なにせ私たちは見習いの魔者を育成するのが役目だからさ」
「魔者…というのは?」
「それは私たちよりセラの方が詳しい。セラ、説明よろしく」
名前を呼ばれて、セラは背筋をぴんと伸ばして元気よく手を挙げた。
「はい!魔者は簡単に言えば魔法が使える人達のことです。魔術師、魔法少女、魔女、魔法使いの総称とも言えますね」
「その4つは違いがあるの?」
「大アリです!魔法使いは色んな魔法が使える何でも屋みたいな存在で、魔女は薬の調合を得意としています。魔法少女は戦闘系の魔法に特化していて、魔術師は魔法使いの上位互換といった感じですね」
「へぇ~…」
そういえば出会った時、セラは魔法使いって名乗ってたっけ。
「話を続けるよ。元々この学校は魔者の育成のために設立されただけに、文芸部は特別な権威を認められてるんだ。さっきやった審査なんかもそうだね。だからこれといって文芸部らしい活動はしなくても良いんだ」
「なるほど…でもその割には、本がいっぱいありますよね?」
「これは全部魔者育成のための資料。禁止令が出る前の本もある。…神楽が知りたい呪いについても書かれてるかもしれない」
「ほ、本当ですか!?」
思わずボクは声をあげていた。慌てて口に手を当てる。そんな僕に日比野さんは生暖かい目を向けてきた。
「良いよ良いよ。りーくんの昔を考えたら、呪いが解けそうなチャンスを逃すわけにはいかないだろう?」
「り、りーくん…?」
にやぁ、と笑みを深めた日比野さんは獲物を捉えた捕食者の目をしていた。…しまった、これはもう逃げられない。
はぁ、とため息を吐けばセラはおろおろとし始めた。
「な、何か気にさわりました?」
「いや、違うよセラ…。…ボク、文芸部に入ります」
「はは、そう来ると思ったよ」
「…歓迎する」
「…アリガトウゴザイマス」
呪いに関する資料があると聞けば、ボクは入部せざるを得ない。最初から入部させる気満々だったんじゃないか、と日比野さんを睨めば、彼女は楽しそうに笑った。